102 / 206
アズール遠征
101:友の為に オレリア
しおりを挟む放課後のテラスで、エレノアとヨランダとお紅茶を飲みながら読書の時間。
手にするのは【淑女の在り方】…ページを捲る手が進まない…エレノアは飽きたとばかりに本を閉じてカップを手に持ち、ヨランダは開いたページをそのままに、遠くを見つめて溜め息を漏らしている。
「ご機嫌様、令嬢方。沈鬱な表情も麗しいわね」
「「「リディア先生!」」」
「それで?御尊父方になんて叱られちゃったのかしら?」
憂鬱な空気を散らす明るい声とその主の登場に、私達の心も一気に軽くなったけれど、空いている椅子に腰を下ろしたリディア先生が、頬杖を付いて揶揄う様に放たれた言葉に、笑顔が固まる。
いち早く持ち直したヨランダが、苦笑いと共に話を始めた。
「感情を押さえられない者は、戦場で一番に命を落とすと言われましたわね」
「淑女の心得なる本を読まされて…扇子も取り上げられてしまいました」
「それでも、後悔はしておりません。友の為であれば素手であっても戦います……充分に気を付けながらですが…」
セイドのおじ様の言葉と、ラスターのおじ様の持って来られた本、そしてお父様に取り上げられた扇子…親子の面談で、反省していないとみなされた結果が今の私達。
「…プッ…アハハッ…ッフフ…流石だわ…フフ…うちの子達も心配してたけど、大丈夫そうね」
「私達の心配をする時間があるのなら、杖でも磨く様にとお伝え下さい」
「明日の合同演習で、私達の足を引っ張られても困りますからね…フフッ…」
「…リディア先生、明日の演習は宜しくお願い致します」
「貴方達となら、ドラゴンにも勝てる気がするわ…」
遠い目をしたリディア先生も、私達が反省していないと思っていらっしゃるのね…
私達の心配をしてくれているという魔術科の生徒達は、いつだって私達を快く迎えてくれる。
遠慮のない会話、裏のない態度、心からの笑顔…貴族科にはない友との距離が、私の萎縮した心を解してくれた。
その大切な友人達を、威圧して怯えさせて、笑うなんて…傷付けられる彼女達を、見て見ぬ振りなど出来ないと、エレノアとヨランダと共に立ち向かい、模擬戦の申し出を受けたけれど…色々な意味で驚かされた模擬戦だった。
『さあ、どなたからでもいいですよ。何なら3人ご一緒でも構いせんが?』
『…では、私からお願いしても?』
『エリックの婚約者殿か…傷を付けない様に気を付けないとね』
『フフッ…お気遣いありがとうございます』
『両者、剣を前に……ヨランダさんは…やはり扇子で?』
『これが私の剣ですので』
『……では、両者剣を前に、始めっ!』
『終わりだっ!』
『…遅いわ』
『…なっ!…うぐっ…』
相手の振り下ろす剣を、ターンして避けたヨランダの制服のスカートが翻る。
閉じたままの扇で相手の上腕の外側を突き、膝裏に蹴りを入れると、あっさり剣を離して膝を着いてしまった…
『ロイド先生?』
『?!し、勝者…ヨランダ・ファン・セイド!』
『『『『『『『『やったーっ!』』』』』』』』
『私のお相手は、どちらがして頂けるのかしら…?』
『女子だからとて、容赦はしない!』
『まぁ怖い…手が震えてしまうわ…?』
『両者剣を前に、始めっ!』
『この一振りで充分っ!』
『ガラ空きね…』
『はがっ…ゔぐっ…』
真横から斬り込む様に、相手が剣を構えて向かって来る…前にエレノアの扇子が相手の脇腹を打ち、落ちてきた顎に膝を入れて膝を着かせた。
『一刀くらい、剣を振らせて差し上げてもよかったかしら?』
『…勝者…エレノア・ファン・ラスター!』
『『『『『『『……おおっ…』』』』』』』
『勝負は付いてしまいましたが…いかがされますか?』
『っく…騎士が背を向けるなど、あってはならない!殿下の婚約者とて、ここは戦いの場。後で無礼などと仰る事のない様に』
『…心得ております』
『最後の勝負です…両者剣を前に…始めっ!!』
『膝を着かせてやーーおゔっ…かはっ…』
相手は大会の優勝候補達、その大切な御身を傷付けてはいけないと充分に注意して、振り下ろされた剣を閉じた扇で受け止め、手首を返して鳩尾を打っただけなのに…
『吹き飛ばしてしまったわね…』
『膝を着かせるだけでいいのに…』
『…勝者…オレリア…ファン・デュバル…』
『『『『『『『…………』』』』』』』
相手方達が運び出された後、苦笑いのロイド先生に、リディア先生が何度も頭を下げていらっしゃったのを見て、加減を誤ってしまった事だけは反省した。
「リディア先生にも、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした…私のせいで、ロイド先生とーー」
「ちょっと?!オレリアさん?!激しく誤解している様だけど、私は別にロイド先生の事をす、好きなわけではないのよっ。一教員として敬慕しているだけーー」
「あら?ロイド先生ご機嫌様」
「え?!ロッ、ロイド先ーー」
「冗談ですわ」
「……ヨランダさん、貴女ね、教師を揶揄うものじゃないわ」
「揶揄ってなどおりません。ですが、先生は…素直になられた方がいいと思います」
「どういう意味かしら?」
「先日の王都のカフェ…とってもいい雰囲気で…声をかけるのも憚られてしまいました」
「エレノアさん…もしかして…街に出てたの?」
「ネイト様の絵姿の新作が出たので、ヨランダと共に購入しに」
綺麗に微笑むエレノアは、街で購入したネイト様の捩れた絵姿を手に、泣きそうな顔で、けれどどこか満足気な表情も浮かべてヨランダと共に寮に帰って来て、リディア先生にもう少しお肉を付けなければいけないと、最近では教員棟にお菓子の差し入れまでしている。
「嘘でしょ…」
「隠す事でもございませんのに…好きな方を好きと言える…羨ましいですわ」
「ヨランダ…」
羨ましいと言って長い睫毛を伏せたヨランダは、10年前の流行り病で、御令兄を喪くしている。
父は、お兄様とアリーシャお義姉様の婚約を白紙にしようとお申し出したけれど、ヨランダがいるから大丈夫だと、想い合う2人を割く事はしないと、セイドのおじ様は断られた。
ヨランダはセイド公爵家を継ぐ為、エリック様との婚約を受け入れたけれど、2人の仲は水と油の様に反発し合い、最近では顔を合わせる事もなくなり、休日も私とエレノアと共に過ごしている。
同じ政略でも、エレノアは甘い色の容姿から幼く見られる事に悩みながら、突拍子もない言動でカイン様を振り回す程に好きを溢れさせ、私も臆病になり過ぎて一歩を踏み出せずにいたけれど、今はフラン様を好きだと堂々と言えるまでに自信を持てる様になった。
私やエレノアの様に、婚約した方が好きな方になり、好きと言えて、好きと言ってもらえる人間は多くない。その殆どが、ヨランダの様に家の為と心に蓋をして、愛になるかも分からない結婚を受け入れる。
ヨランダにも幸せになって欲しい…けれど、わたし達は貴族。義務を放棄する事は許されない。
「その様な顔をなさらないで下さる?あのバ…エリック様との結婚は義務であり、勤めなのですから、私は気にしていないわ」
「今、馬鹿って言おうとしたわよね?」
「嫌だわ…エレノア様、その様な品のないお言葉…そちらの本をもう一度、表題から、読む事を、お勧めするわ」
「まあ、ヨランダ様…貴女も全く読み進んでいらっしゃらない様だけれど…難しい言葉でもありまして?私でよければ教えて差し上げるわ」
「この2人…仲は、良いのよね?」
「はい。私の大切な親友です」
エレノア、ヨランダ…私の大切な、大切な親友…貴女達の幸せを願うわ。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる