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アズール遠征
104:中休日の庭園で
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「鱗に傷を着けないで下さいよ」
「分かってるよ!集中してるんだから声をかけるなっ!…それにしても本当に硬いな…刃こぼれしてきたぞ…」
「ちょっ、肉っ、肉が焦げてる!」
「肉より骨です。これだけ頑丈なら良い杖が作れそうですね」
「杖より、今夜の夕飯だろ…」
サラマンダーの屍の周りには、二日酔いから復活した魔術師と騎士達が集まり、鱗を剥いで、肉を捌き、骨を取り出している。
肉は今夜の夕飯に、鱗と骨は王都に持ち帰り防具や魔道具の素材に使われる為、皆真剣。
叔父上とセシル嬢は、伯爵夫妻と共に結婚式へ、レインはラヴェル騎士団長とフェリクス、エルデと共に蜂の様子を見に畑へ行き、俺とネイトは夜間訓練の疲れで未だ立ち上がれず、庭園に植えられた木の下に転がって、酷使した身体を労わっている…ウィルの視線が冷たい。
「まるで屍ですね…レインは?」
「オレンジ畑だ…」
「熱心ですね…で?お二方は叔父上に?」
「「………」」
憎たらしい程に爽やかな空気を纏ったカインは、顔を顰めながらレモン水を手渡してきた。
「まあ、今日は休みですし、ゆっくりして下さい。それと、昨日、エレノアから手紙が届いたんですが、ヨランダ嬢が婚約破棄されたそうです」
「……婚約破棄?」
「ええ、エリック殿が、真実の愛とやらに目覚めたらしいですよ」
「どこかで聞いた台詞だな…」
「台詞だけでなく、相手もそれと同じです」
「…まさか、元オット男爵令嬢?」
「そのまさかです」
ボーエン辺境伯領へ移送された、元オット男爵令嬢。久しぶりに聞いた名前と、辺境伯領でもやらかしたという話に、呆れを超えて感心さえする。
「逞しいな…」
「感心している場合か!セイド公爵家の危機だぞ!…っ痛…」
「耳元で叫ぶな…」
「その心配はいりませんよ、ネイト殿」
「え?」
「ヨランダ嬢も真実の愛を見つけたそうですから」
「「?!誰?」」
こちらも逞しい…ネイトの絵姿をこよなく愛する、エレノアの好敵手のヨランダ嬢だが、最近はオレリアも混えた3人で過ごしているらしく、イアン団長から聞いたお茶会の話からも、その中の良さが窺えた。
そのヨランダ嬢が、真実の愛とは…相手は一体誰なんだ?
「ユーリです」
「「「はあっ?!」」」
「ウィル殿、おめでとうございます」
「ちょ、ちょっと待って下さい!…本当に……うちのユーリが…?一体どこで?」
「近衛騎士団本部で、お茶を共にする機会があったそうです」
ウィルが驚くのも無理はない。
ユーリ・ファン・ゼクトル。俺と同齢の21歳。ウィルの弟で金髪に榛の瞳。ウィルと違って人懐こく、物怖じせずによく話す。
学園時代からの悪友は、俺と背丈も変わらない上に同じ髪色な為、よく間違われた…
ユーリの代わりに先生に叱られ、俺の代わりに令嬢に追いかけられる…
キリングの屋敷にも一緒に行く事が多かった為、カインともよく知り合う仲。
そんな学園生活を助け?合った悪友は、近衛では主にイアン団長の補佐に付き、書類仕事が増えて眼鏡をかける様になり、今は似非な知的さが加わっている。
因みに補佐という役はないが、忙しい叔父上に代わって、書類仕事をサボるイアン団長のお目付け役をしているユーリを、イアン団長自身も補佐と認識している。
叔父上の後を継ぐのは、ユーリで間違いないだろうと言われている若手の有望株だが、セイド公爵家に婿入りか…
「大出世だな…」
「で?エリック殿は?どうなるんです?」
「これまでも、セイドの名を語って恐喝紛いな事をしたり、授業もサボりがちで、学園の成績も著しくなかったそうです。なので学園は退学。勘当の上、ボーエン辺境騎士団の厩舎番です」
「自業自得とはいえ、厩舎番とは…屈辱だろうな…」
確実であった次期セイド公爵の地位は、平民にまで落ち、騎士の道は剣を持つ事も許されない厩舎番に取って代わった…
元令嬢もナシェルには利用されて終わったが、男2人の人生を狂わせた事には変わりない。
また新たな罰を科せられるだろう。
「それよりも、ユーリだろ」
「ネイト…面白がるな」
「面白がっては…面白いな」
「セイド公爵は何と?」
「アリーシャ様とヨランダ嬢が扇で黙らせたと…」
夜会の日に、娘2人には敵わないと言っていたセイド公爵。
話の中の冗談ではあったのだろうが、可愛い娘に嫌われたくないという意味でも敵わないという事か。
「カイン殿、セイド公爵家からゼクトルに打診はされているのでしょうか?」
「いえ、ヨランダ嬢はご自身を見てもらいからと、公爵には家からの打診は断ったそうです」
「本気なのか…あの眼鏡は伊達だというのに…」
「…眼鏡は関係ないですよね?」
「えっ?違うのか?ユーリは女性を落とす小道具だと言っていたんだが…」
「眼鏡で落とせる筈がないだろ…」
ウィルは何を言っているんだ。
馬鹿も賢く見せるという意味では効果もあるだろうが、女性にも好みがある。
眼鏡で落ちるのであれば、世の男は苦労しない。
しかも、知的の欠片もない不純な動機。
「書類仕事が増えて視力が落ちたのだと思ってましたよ…」
「ハハッ…確かに書類仕事もしているが、視力が落ちる程ではない。上手い事、団長に回しているよ」
「少しだけ、ほんの少しだけ見直してたんですが、あの眼鏡は下心の現れだったんですね…」
有望株でも何でもない、ただの破廉恥似非眼鏡野郎だった。
「ユーリがどうしたって?」
「叔父上、セシル嬢、式から戻られたのですね。この度はご結婚おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
「ウィルの言葉だけ受け取っておこう」
「ジーク…何を言ってるのよ。殿下、皆さん、ありがとうございます。改めまして、セシル・ファン・クローゼル=アズールです。今後とも宜しくお願い致します」
「そうか、セシル嬢ではなく、クローゼル夫人か…」
「感慨深いですね…これで叔父上も少しは大人しくなるでしょう」
「そうだな…真っ黒な腹も浄化されるだろう」
ーーゴツッーガツッー
「殿下?!カイン?!返事がない…ジークッ!」
「「………」」
「これがキリングの拳骨…見てるこっちまで痛みが伝わってくる…」
「…お2人共、そろそろ学習したらいかがです?」
「これで馬鹿が浄化されたな」
「分かってるよ!集中してるんだから声をかけるなっ!…それにしても本当に硬いな…刃こぼれしてきたぞ…」
「ちょっ、肉っ、肉が焦げてる!」
「肉より骨です。これだけ頑丈なら良い杖が作れそうですね」
「杖より、今夜の夕飯だろ…」
サラマンダーの屍の周りには、二日酔いから復活した魔術師と騎士達が集まり、鱗を剥いで、肉を捌き、骨を取り出している。
肉は今夜の夕飯に、鱗と骨は王都に持ち帰り防具や魔道具の素材に使われる為、皆真剣。
叔父上とセシル嬢は、伯爵夫妻と共に結婚式へ、レインはラヴェル騎士団長とフェリクス、エルデと共に蜂の様子を見に畑へ行き、俺とネイトは夜間訓練の疲れで未だ立ち上がれず、庭園に植えられた木の下に転がって、酷使した身体を労わっている…ウィルの視線が冷たい。
「まるで屍ですね…レインは?」
「オレンジ畑だ…」
「熱心ですね…で?お二方は叔父上に?」
「「………」」
憎たらしい程に爽やかな空気を纏ったカインは、顔を顰めながらレモン水を手渡してきた。
「まあ、今日は休みですし、ゆっくりして下さい。それと、昨日、エレノアから手紙が届いたんですが、ヨランダ嬢が婚約破棄されたそうです」
「……婚約破棄?」
「ええ、エリック殿が、真実の愛とやらに目覚めたらしいですよ」
「どこかで聞いた台詞だな…」
「台詞だけでなく、相手もそれと同じです」
「…まさか、元オット男爵令嬢?」
「そのまさかです」
ボーエン辺境伯領へ移送された、元オット男爵令嬢。久しぶりに聞いた名前と、辺境伯領でもやらかしたという話に、呆れを超えて感心さえする。
「逞しいな…」
「感心している場合か!セイド公爵家の危機だぞ!…っ痛…」
「耳元で叫ぶな…」
「その心配はいりませんよ、ネイト殿」
「え?」
「ヨランダ嬢も真実の愛を見つけたそうですから」
「「?!誰?」」
こちらも逞しい…ネイトの絵姿をこよなく愛する、エレノアの好敵手のヨランダ嬢だが、最近はオレリアも混えた3人で過ごしているらしく、イアン団長から聞いたお茶会の話からも、その中の良さが窺えた。
そのヨランダ嬢が、真実の愛とは…相手は一体誰なんだ?
「ユーリです」
「「「はあっ?!」」」
「ウィル殿、おめでとうございます」
「ちょ、ちょっと待って下さい!…本当に……うちのユーリが…?一体どこで?」
「近衛騎士団本部で、お茶を共にする機会があったそうです」
ウィルが驚くのも無理はない。
ユーリ・ファン・ゼクトル。俺と同齢の21歳。ウィルの弟で金髪に榛の瞳。ウィルと違って人懐こく、物怖じせずによく話す。
学園時代からの悪友は、俺と背丈も変わらない上に同じ髪色な為、よく間違われた…
ユーリの代わりに先生に叱られ、俺の代わりに令嬢に追いかけられる…
キリングの屋敷にも一緒に行く事が多かった為、カインともよく知り合う仲。
そんな学園生活を助け?合った悪友は、近衛では主にイアン団長の補佐に付き、書類仕事が増えて眼鏡をかける様になり、今は似非な知的さが加わっている。
因みに補佐という役はないが、忙しい叔父上に代わって、書類仕事をサボるイアン団長のお目付け役をしているユーリを、イアン団長自身も補佐と認識している。
叔父上の後を継ぐのは、ユーリで間違いないだろうと言われている若手の有望株だが、セイド公爵家に婿入りか…
「大出世だな…」
「で?エリック殿は?どうなるんです?」
「これまでも、セイドの名を語って恐喝紛いな事をしたり、授業もサボりがちで、学園の成績も著しくなかったそうです。なので学園は退学。勘当の上、ボーエン辺境騎士団の厩舎番です」
「自業自得とはいえ、厩舎番とは…屈辱だろうな…」
確実であった次期セイド公爵の地位は、平民にまで落ち、騎士の道は剣を持つ事も許されない厩舎番に取って代わった…
元令嬢もナシェルには利用されて終わったが、男2人の人生を狂わせた事には変わりない。
また新たな罰を科せられるだろう。
「それよりも、ユーリだろ」
「ネイト…面白がるな」
「面白がっては…面白いな」
「セイド公爵は何と?」
「アリーシャ様とヨランダ嬢が扇で黙らせたと…」
夜会の日に、娘2人には敵わないと言っていたセイド公爵。
話の中の冗談ではあったのだろうが、可愛い娘に嫌われたくないという意味でも敵わないという事か。
「カイン殿、セイド公爵家からゼクトルに打診はされているのでしょうか?」
「いえ、ヨランダ嬢はご自身を見てもらいからと、公爵には家からの打診は断ったそうです」
「本気なのか…あの眼鏡は伊達だというのに…」
「…眼鏡は関係ないですよね?」
「えっ?違うのか?ユーリは女性を落とす小道具だと言っていたんだが…」
「眼鏡で落とせる筈がないだろ…」
ウィルは何を言っているんだ。
馬鹿も賢く見せるという意味では効果もあるだろうが、女性にも好みがある。
眼鏡で落ちるのであれば、世の男は苦労しない。
しかも、知的の欠片もない不純な動機。
「書類仕事が増えて視力が落ちたのだと思ってましたよ…」
「ハハッ…確かに書類仕事もしているが、視力が落ちる程ではない。上手い事、団長に回しているよ」
「少しだけ、ほんの少しだけ見直してたんですが、あの眼鏡は下心の現れだったんですね…」
有望株でも何でもない、ただの破廉恥似非眼鏡野郎だった。
「ユーリがどうしたって?」
「叔父上、セシル嬢、式から戻られたのですね。この度はご結婚おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
「ウィルの言葉だけ受け取っておこう」
「ジーク…何を言ってるのよ。殿下、皆さん、ありがとうございます。改めまして、セシル・ファン・クローゼル=アズールです。今後とも宜しくお願い致します」
「そうか、セシル嬢ではなく、クローゼル夫人か…」
「感慨深いですね…これで叔父上も少しは大人しくなるでしょう」
「そうだな…真っ黒な腹も浄化されるだろう」
ーーゴツッーガツッー
「殿下?!カイン?!返事がない…ジークッ!」
「「………」」
「これがキリングの拳骨…見てるこっちまで痛みが伝わってくる…」
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