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アズール遠征
80:新人
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これまで、北の塔で一生を終えた者はいない…
それはナシェルにも等しく同じで、人々が次代のダリア王家の安泰と繁栄を祝ったあの晩、ナシェルは伯父上の命を受け、教皇の祈りの元に毒杯を飲んだ。
社交シーズンであれば、ナシェルの報せは瞬く間に巡っていただろう。だが、シーズンを終えたダリアは領地へ戻る貴族も多く、王都に居を構える貴族も大きな社交がない為、ナシェルの報せは其々の家で静かに消化され、城下でも大きく騒がれる事はなかった。
夜会の翌日、教皇は迎えに来た秋の講団長一行と共に聖皇国へ帰国。教皇を見送ったゾマ殿はセリアズ殿とルシアン殿と共に、訓練に参加すると言ってデュバルへ向かった。
義姉とオリヴィエ皇女は、多くの時間を伯母上とシシーと共に過ごしている。
伯母上とシシーが悲しみに暮れる事なく、穏やかな日々を送れているのは2人のおかげで、セリアズ殿とルシアン殿がゾマ殿の同行を急遽申し出たのも、おそらくこの為なのだろう。
アミとユラは引き続きオレリアの護衛をする事になり、それぞれ侍女と学生に扮して学園に潜り込んでいる。学園でも大きな騒ぎはなく、オレリアは学園内の礼拝堂へ日参し、ナシェルへ祈りを捧げながら過ごしているとエイラからの報告と、オレリアからの手紙にも書かれていた。
王城の敷地内にある歴代の王族が眠る墓地。そこから少し離れた所に、北の塔の元王族達が眠る一画がある。
ダリアの花を手向けたナシェルの名が刻まれる石の下には何もない…
王族の処刑のみに使用される毒杯は、魔塔で作られているもので、骨さえも残らないと聞いている。
ナシェルの聞いた声が女神の声であれば、あるいは…
「いや、違うか…そもそもお前が声に惑わされる事がなければ、リアが傷付く事も、俺が王太子になる事も、お前が…こんな風に終わる事もなかったんだ」
夜会の翌日、伯父上と2人だけの静かな朝餐をとり、伯母上とシシーを見舞った後、警備報告を受けに向かった騎士団の詰所で、ラヴェル騎士団長と、イアン団長、叔父上の3人が潰れているのを発見。
3人の周りには夥しい数のワインの瓶が転がっており、非常に酒臭かった…
オレリアは学園を休み、部屋から一歩も出なかったと、宰相が涙ながらに報告してくれた。
『フランよ、王とは父に非ず、いや…最早人に非ずだな…』
力なく笑った伯父上の目は赤かった…
「ナシェル、お前は本当に、馬鹿だな……」
やっぱり一発殴っておけばよかった…
「フラン、そろそろ時間だ」
「今行く。ナシェル……また来る」
ーーー
「終わらない…」
「今日からだったよな、新しく侍従補佐が配属されるのは…」
うんざりした表情のネイトが、書類を期日別に分けながら声をかけてきた。
伯母上に義姉達と過ごす時間を増やしてもらおうと、伯母上の仕事を手伝う様になって早一週間。
アズールの遠征を控え、自身の仕事も前倒ししながら書類を捌き続けているが、執務机の上に積まれた山は一行に削れない…カインは勿論のこと、ネイトとウィルも巻き込んで書類と格闘している。
侍従は主の執務の補佐や生活の管理だけでなく、主を諌められる者でないと勤まらない。故に幼少期から主と共に過ごし、意思疎通を測りながら信頼関係を築いくのが一般的。
ナシェルは幼少期から同齢の侍従候補を3人付け、学園生活も共にしていたが、ナシェルの廃太子に伴い彼等もその任を解かれ、今は文官を目指すべく、文官科の転科試験を受ける為に猛勉強中だという。
最低でも3人は必要だという侍従だが、騎士だった俺にそんな伝手等ある筈もなく、職権を濫用して王城で働いていたカインを引き込んで手打ち。
自身で探すのは限界がある上に、俺の周りは俺を諌める人間しかいない為、伯父上と宰相にカインを補佐する侍従補佐の人選を頼み、今日から配属となった。
「ああ、ウィルが迎えに行っている」
「何でウィルさんが?」
「ゼクトル子爵家の養子で、ウィル殿の義弟だそうです。王立学園の奨学科を早期卒業、王城で文官として働いていましたが、王太子付きになる事が決まりゼクトル家と養子縁組をしたそうです」
「そういえば…ウィルさんの家とエイラ殿の家の名前を書類で何度か見かけましたね」
「ウィルとエイラの家だけじゃなく、子爵、男爵家と縁組をする者が多いからな」
「伯爵家以上ともなると社交が必要になりますからね、仕事に重きを置くなら子爵家までが妥当でしょう」
血と忠誠を重んじる騎士や、マナの保有量が最低条件の魔術師と違って、王城の文官は平民にも門戸を開いているが、残念ながら差別はある。
既得権益に胡座をかく貴族の下で、向上心のある優秀な人材を埋もれさせるのは勿体ないと、取り入れたのが養子縁組制度。
その水準は高く、誰でも縁を組める訳ではないが、縁組先は男爵家から侯爵家まで選べる。
縁組先も名前が売れて共存共栄となるので、養子縁組で起死回生を目論む高位貴族も多いが、殆どの人間が社交がほぼ皆無な子爵家と男爵家を選び、ある程度の立場を確立すると縁組解消をするのが現状。
ウィルのゼクトル子爵家も、こうして何人もの優秀な文官を支援している。
「やっと俺も本来の仕事に戻れるのか」
「本来の仕事も疎かだろうが、エルデにベッタリ張り付いて」
「当たり前だろ、エルデが1人で行ける所は限られているからな。それに、もうすぐ会えなくなる」
エルデは、遠征後に少しの長めの休暇を取ってアズールで過ごし、そのままオレリアの元へ戻る。
久し振りの帰省に嬉々とするエルデを見て落ち込むネイトの姿は、中々に面白い。
「なんならお前もアズールに残るか?」
「それもいいな…あっ…エルーー」
書類を整理しながらソワソワと扉ばかり見つめるネイトは、開いた扉に目を輝かせてエルデの名を呼びかけて固まった。
「義兄上の仰っていた通りですね」
「「「?!」」」
「失礼。作業の効率化を図る為、私の挨拶だけとさせて頂きます。この度、フラン王太子殿下専属侍従補佐に着きました、レイン・ファン・ゼクトルと申します」
それはナシェルにも等しく同じで、人々が次代のダリア王家の安泰と繁栄を祝ったあの晩、ナシェルは伯父上の命を受け、教皇の祈りの元に毒杯を飲んだ。
社交シーズンであれば、ナシェルの報せは瞬く間に巡っていただろう。だが、シーズンを終えたダリアは領地へ戻る貴族も多く、王都に居を構える貴族も大きな社交がない為、ナシェルの報せは其々の家で静かに消化され、城下でも大きく騒がれる事はなかった。
夜会の翌日、教皇は迎えに来た秋の講団長一行と共に聖皇国へ帰国。教皇を見送ったゾマ殿はセリアズ殿とルシアン殿と共に、訓練に参加すると言ってデュバルへ向かった。
義姉とオリヴィエ皇女は、多くの時間を伯母上とシシーと共に過ごしている。
伯母上とシシーが悲しみに暮れる事なく、穏やかな日々を送れているのは2人のおかげで、セリアズ殿とルシアン殿がゾマ殿の同行を急遽申し出たのも、おそらくこの為なのだろう。
アミとユラは引き続きオレリアの護衛をする事になり、それぞれ侍女と学生に扮して学園に潜り込んでいる。学園でも大きな騒ぎはなく、オレリアは学園内の礼拝堂へ日参し、ナシェルへ祈りを捧げながら過ごしているとエイラからの報告と、オレリアからの手紙にも書かれていた。
王城の敷地内にある歴代の王族が眠る墓地。そこから少し離れた所に、北の塔の元王族達が眠る一画がある。
ダリアの花を手向けたナシェルの名が刻まれる石の下には何もない…
王族の処刑のみに使用される毒杯は、魔塔で作られているもので、骨さえも残らないと聞いている。
ナシェルの聞いた声が女神の声であれば、あるいは…
「いや、違うか…そもそもお前が声に惑わされる事がなければ、リアが傷付く事も、俺が王太子になる事も、お前が…こんな風に終わる事もなかったんだ」
夜会の翌日、伯父上と2人だけの静かな朝餐をとり、伯母上とシシーを見舞った後、警備報告を受けに向かった騎士団の詰所で、ラヴェル騎士団長と、イアン団長、叔父上の3人が潰れているのを発見。
3人の周りには夥しい数のワインの瓶が転がっており、非常に酒臭かった…
オレリアは学園を休み、部屋から一歩も出なかったと、宰相が涙ながらに報告してくれた。
『フランよ、王とは父に非ず、いや…最早人に非ずだな…』
力なく笑った伯父上の目は赤かった…
「ナシェル、お前は本当に、馬鹿だな……」
やっぱり一発殴っておけばよかった…
「フラン、そろそろ時間だ」
「今行く。ナシェル……また来る」
ーーー
「終わらない…」
「今日からだったよな、新しく侍従補佐が配属されるのは…」
うんざりした表情のネイトが、書類を期日別に分けながら声をかけてきた。
伯母上に義姉達と過ごす時間を増やしてもらおうと、伯母上の仕事を手伝う様になって早一週間。
アズールの遠征を控え、自身の仕事も前倒ししながら書類を捌き続けているが、執務机の上に積まれた山は一行に削れない…カインは勿論のこと、ネイトとウィルも巻き込んで書類と格闘している。
侍従は主の執務の補佐や生活の管理だけでなく、主を諌められる者でないと勤まらない。故に幼少期から主と共に過ごし、意思疎通を測りながら信頼関係を築いくのが一般的。
ナシェルは幼少期から同齢の侍従候補を3人付け、学園生活も共にしていたが、ナシェルの廃太子に伴い彼等もその任を解かれ、今は文官を目指すべく、文官科の転科試験を受ける為に猛勉強中だという。
最低でも3人は必要だという侍従だが、騎士だった俺にそんな伝手等ある筈もなく、職権を濫用して王城で働いていたカインを引き込んで手打ち。
自身で探すのは限界がある上に、俺の周りは俺を諌める人間しかいない為、伯父上と宰相にカインを補佐する侍従補佐の人選を頼み、今日から配属となった。
「ああ、ウィルが迎えに行っている」
「何でウィルさんが?」
「ゼクトル子爵家の養子で、ウィル殿の義弟だそうです。王立学園の奨学科を早期卒業、王城で文官として働いていましたが、王太子付きになる事が決まりゼクトル家と養子縁組をしたそうです」
「そういえば…ウィルさんの家とエイラ殿の家の名前を書類で何度か見かけましたね」
「ウィルとエイラの家だけじゃなく、子爵、男爵家と縁組をする者が多いからな」
「伯爵家以上ともなると社交が必要になりますからね、仕事に重きを置くなら子爵家までが妥当でしょう」
血と忠誠を重んじる騎士や、マナの保有量が最低条件の魔術師と違って、王城の文官は平民にも門戸を開いているが、残念ながら差別はある。
既得権益に胡座をかく貴族の下で、向上心のある優秀な人材を埋もれさせるのは勿体ないと、取り入れたのが養子縁組制度。
その水準は高く、誰でも縁を組める訳ではないが、縁組先は男爵家から侯爵家まで選べる。
縁組先も名前が売れて共存共栄となるので、養子縁組で起死回生を目論む高位貴族も多いが、殆どの人間が社交がほぼ皆無な子爵家と男爵家を選び、ある程度の立場を確立すると縁組解消をするのが現状。
ウィルのゼクトル子爵家も、こうして何人もの優秀な文官を支援している。
「やっと俺も本来の仕事に戻れるのか」
「本来の仕事も疎かだろうが、エルデにベッタリ張り付いて」
「当たり前だろ、エルデが1人で行ける所は限られているからな。それに、もうすぐ会えなくなる」
エルデは、遠征後に少しの長めの休暇を取ってアズールで過ごし、そのままオレリアの元へ戻る。
久し振りの帰省に嬉々とするエルデを見て落ち込むネイトの姿は、中々に面白い。
「なんならお前もアズールに残るか?」
「それもいいな…あっ…エルーー」
書類を整理しながらソワソワと扉ばかり見つめるネイトは、開いた扉に目を輝かせてエルデの名を呼びかけて固まった。
「義兄上の仰っていた通りですね」
「「「?!」」」
「失礼。作業の効率化を図る為、私の挨拶だけとさせて頂きます。この度、フラン王太子殿下専属侍従補佐に着きました、レイン・ファン・ゼクトルと申します」
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