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儀式と夜会
60:ローザの兄妹 オリヴィエ&フラン
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「どうだった?他国の王子様達は」
ダリア王城の客間の一室で、ソファに座って侍女の淹れたお茶を飲む。
ダリアが付けてきた騎士は扉の外だが、侍女達は早々に下げたので、部屋に居るのは自国の人間のみ。
本日一番の大仕事の晩餐会を終えて緊張が解け、自然と口調も軽くなる。
名前だけの友好国のローザを見ても眉一つ動かさず、笑顔で迎えられたのには驚いたが、後継争いから外れた皇族など眼中にないのだろう…
目の前でお茶を飲む双子の兄は、私の揶揄に眉を顰め、ソーサーにカップを戻すと、長い脚を組み替えて、ソファの背もたれに背を預けた。
膝の上で手を組んで目を閉じる…脳裏に浮かんだのはどこの国の王子様なのか…
「フラン殿がとても素敵だったよ……癖のない金髪に、澄んだ碧い瞳…低めの声も落ち着いていて、あの声で名前を呼ばれた時には……オリヴィエ、私はどうすればいい?どうしたらフラン殿のお傍にいられる?」
「落ち着いてルシアン、声が大きいわ。扉の外にはダリアの騎士も居るのよ」
「っすまない…」
「まあ、フラン殿下の容貌はルシアンの理想そのものだったものね…」
前のめりで話す兄の、予想通り過ぎる答えに溜め息が出る…
ダリア王国王太子、フラン・ダリア・スナイデル。前王太子の廃太子宣言で後釜に据えられた王弟の息子。
騎士出身と聞いていたから、粗野な王子を想像していたが、出迎えたのは女性の理想が全て詰め込まれた王子様だった。
「あんなに麗しい人はローザにはいないよ、ローザの男なんて武骨で厳つくて、横暴な人間ばかりだ」
兄の触手が動いたのはフラン様のようだが、他国の王子、王女も皆んな眩しい程に美しかった…
美しいものだけをその目に映し、美味しい食事に舌鼓を打ち、讃美の声を耳にしながら生きてきた、命のやり取りを知らない人達。
嗅ぎ慣れた血の匂い、耳を打つのは悲鳴と怒号、毒に怯えながら着く食卓…
同じ王皇族でここまで違うなんて不公平だと叫びたい。他国に居る今の方が寛げるなんてどんな皮肉よ。
「それを言ったら、今日来ている王子様達全員麗しいじゃない。それに、フラン殿下は婚約しているのよ?」
「ダリアの王族も側妃を持てるだろう?」
「ローザの基準で物事を見ないでよ…他国の王族を側妃に召し上げる国なんてローザだけよ。そもそも…側妃になれないでしょ」
「そう…だな……」
オリヴィエの最も返しにルシアンは項垂れるが、その瞳は妖しく光っている。
本来の目的を忘れつつある兄に不安を感じながら、国王陛下ご自慢の鮮度の高いフルーツを手に取る。口に入れたベリーは甘く瑞々しい。
こんなにゆっくり出来るのはいつ以来だろうか…いや、産まれて初めてかもしれない。
「ルシアン、あなたのお婿様を探すのはまた今度にしてちょうだい」
ーーー
「ローザの皇子が男色?」
「それは…本当なのですか?」
「義姉上が冗談を言っていないのであればな…」
「なんでお前は…いつも問題を持ち込んでくるんだ」
「おい、人を厄病神の様に言うな。今回は不可抗力だろ」
「それ以外は自覚があるのかよ…」
「まあ、真偽不明な事をここで話していても仕方ないですし、真実であったとしてもお2人なら大丈夫でしょう…それでは」
「ちょっと待てカイン、他人事の様に言うがお前は侍従だろ、もっと親身になれ」
「残念ながら私の専門外ですので、お力になれる事はありません」
「俺達だって専門外ですよ…」
ナシェルの後を引き継いで以降、王太子として表に出たのは立太子の儀と、学園で参戦を余儀なくされたエレノアとヨランダ嬢との三巴戦のみ。
ベールに包まれた王太子と呼ばれている様だが、ベールの中身は男色、ナシェルの後釜、破廉恥等…数々の屈辱的な二つ名。
己の油断が招いたものばかりだが、噂だけが一人歩きしている今の状況を打破する為にも明日の夜会だけは絶対に失敗出来ない…
「仕方ないですね…ローザ帝国第四皇子ルシアン殿下と第六皇女オリヴィエ殿下は同母腹の双子の兄妹で歳はフラン様と同じ21歳。母親は側妃ではなく流浪の踊り子で、皇子と皇女を出産後に城を出ています」
「それで?」
「それでとは?」
「その程度の情報なら知っている。もっと有益な情報はないのか?」
「ありません。そもそも皇位継承から外れた皇族は眼中にないと仰っていたのはフラン様でしょう」
「油断したな…フラン」
「油断は出来ないとも仰っていましたがね…まあ、他国の王子もいらっしゃるし、フラン様が標的になるとも限りませんからね」
「そうだな…リアと一緒にいれば問題ないだろう」
「自分で何とかしようって気概はないのかよ」
「俺がリアと一緒にいれば、もれなくエルデとも行動を共に出来るが?」
「名案だ」
本来の目的から激しく逸脱している感は否めないが、明日の夜会はオレリアとの仲を知らしめ、ローザの皇子に隙を与えず、ついでに己の男色の噂も完全に払拭する…
「オレリアを護るだけじゃなく、よもや己の貞操も守らねばならないとは…明日は気が抜けないな」
「……後孔に貞操帯でも付けてろよ」
「ネイト殿は、この後も叔父上の所に?」
「ええ」
「ネイトも懲りないな…明日の夜会は額に傷を付けて来るなよ?」
「黙れ」
「それでは、私も営舎に戻ります。まだ部屋の片付けも残っているのでね」
ダリア王城の客間の一室で、ソファに座って侍女の淹れたお茶を飲む。
ダリアが付けてきた騎士は扉の外だが、侍女達は早々に下げたので、部屋に居るのは自国の人間のみ。
本日一番の大仕事の晩餐会を終えて緊張が解け、自然と口調も軽くなる。
名前だけの友好国のローザを見ても眉一つ動かさず、笑顔で迎えられたのには驚いたが、後継争いから外れた皇族など眼中にないのだろう…
目の前でお茶を飲む双子の兄は、私の揶揄に眉を顰め、ソーサーにカップを戻すと、長い脚を組み替えて、ソファの背もたれに背を預けた。
膝の上で手を組んで目を閉じる…脳裏に浮かんだのはどこの国の王子様なのか…
「フラン殿がとても素敵だったよ……癖のない金髪に、澄んだ碧い瞳…低めの声も落ち着いていて、あの声で名前を呼ばれた時には……オリヴィエ、私はどうすればいい?どうしたらフラン殿のお傍にいられる?」
「落ち着いてルシアン、声が大きいわ。扉の外にはダリアの騎士も居るのよ」
「っすまない…」
「まあ、フラン殿下の容貌はルシアンの理想そのものだったものね…」
前のめりで話す兄の、予想通り過ぎる答えに溜め息が出る…
ダリア王国王太子、フラン・ダリア・スナイデル。前王太子の廃太子宣言で後釜に据えられた王弟の息子。
騎士出身と聞いていたから、粗野な王子を想像していたが、出迎えたのは女性の理想が全て詰め込まれた王子様だった。
「あんなに麗しい人はローザにはいないよ、ローザの男なんて武骨で厳つくて、横暴な人間ばかりだ」
兄の触手が動いたのはフラン様のようだが、他国の王子、王女も皆んな眩しい程に美しかった…
美しいものだけをその目に映し、美味しい食事に舌鼓を打ち、讃美の声を耳にしながら生きてきた、命のやり取りを知らない人達。
嗅ぎ慣れた血の匂い、耳を打つのは悲鳴と怒号、毒に怯えながら着く食卓…
同じ王皇族でここまで違うなんて不公平だと叫びたい。他国に居る今の方が寛げるなんてどんな皮肉よ。
「それを言ったら、今日来ている王子様達全員麗しいじゃない。それに、フラン殿下は婚約しているのよ?」
「ダリアの王族も側妃を持てるだろう?」
「ローザの基準で物事を見ないでよ…他国の王族を側妃に召し上げる国なんてローザだけよ。そもそも…側妃になれないでしょ」
「そう…だな……」
オリヴィエの最も返しにルシアンは項垂れるが、その瞳は妖しく光っている。
本来の目的を忘れつつある兄に不安を感じながら、国王陛下ご自慢の鮮度の高いフルーツを手に取る。口に入れたベリーは甘く瑞々しい。
こんなにゆっくり出来るのはいつ以来だろうか…いや、産まれて初めてかもしれない。
「ルシアン、あなたのお婿様を探すのはまた今度にしてちょうだい」
ーーー
「ローザの皇子が男色?」
「それは…本当なのですか?」
「義姉上が冗談を言っていないのであればな…」
「なんでお前は…いつも問題を持ち込んでくるんだ」
「おい、人を厄病神の様に言うな。今回は不可抗力だろ」
「それ以外は自覚があるのかよ…」
「まあ、真偽不明な事をここで話していても仕方ないですし、真実であったとしてもお2人なら大丈夫でしょう…それでは」
「ちょっと待てカイン、他人事の様に言うがお前は侍従だろ、もっと親身になれ」
「残念ながら私の専門外ですので、お力になれる事はありません」
「俺達だって専門外ですよ…」
ナシェルの後を引き継いで以降、王太子として表に出たのは立太子の儀と、学園で参戦を余儀なくされたエレノアとヨランダ嬢との三巴戦のみ。
ベールに包まれた王太子と呼ばれている様だが、ベールの中身は男色、ナシェルの後釜、破廉恥等…数々の屈辱的な二つ名。
己の油断が招いたものばかりだが、噂だけが一人歩きしている今の状況を打破する為にも明日の夜会だけは絶対に失敗出来ない…
「仕方ないですね…ローザ帝国第四皇子ルシアン殿下と第六皇女オリヴィエ殿下は同母腹の双子の兄妹で歳はフラン様と同じ21歳。母親は側妃ではなく流浪の踊り子で、皇子と皇女を出産後に城を出ています」
「それで?」
「それでとは?」
「その程度の情報なら知っている。もっと有益な情報はないのか?」
「ありません。そもそも皇位継承から外れた皇族は眼中にないと仰っていたのはフラン様でしょう」
「油断したな…フラン」
「油断は出来ないとも仰っていましたがね…まあ、他国の王子もいらっしゃるし、フラン様が標的になるとも限りませんからね」
「そうだな…リアと一緒にいれば問題ないだろう」
「自分で何とかしようって気概はないのかよ」
「俺がリアと一緒にいれば、もれなくエルデとも行動を共に出来るが?」
「名案だ」
本来の目的から激しく逸脱している感は否めないが、明日の夜会はオレリアとの仲を知らしめ、ローザの皇子に隙を与えず、ついでに己の男色の噂も完全に払拭する…
「オレリアを護るだけじゃなく、よもや己の貞操も守らねばならないとは…明日は気が抜けないな」
「……後孔に貞操帯でも付けてろよ」
「ネイト殿は、この後も叔父上の所に?」
「ええ」
「ネイトも懲りないな…明日の夜会は額に傷を付けて来るなよ?」
「黙れ」
「それでは、私も営舎に戻ります。まだ部屋の片付けも残っているのでね」
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