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其々の思い
40:教育
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オレリアを部屋まで送り届けてから、報告書を書く為に執務室に来たが、全く力が入らない。
「……教育か…」
「ナシェル殿は教育と言ってましたが、あれは支配です。あんな事を4年間も…オレリア様はよく耐えてきましたね…」
「いざという時は押さえろと陛下に言われていたが、危うく俺が先に出るところだった…フランが出てくれて助かった…」
2人掛けのソファの背凭れに背を預け、そのまま横に倒れ込む。ネイトは俺が倒れ込んだソファの肘掛けに腰をかけてうなだれており、カインも1人掛けのソファにだらしなく座って天井を見つめている。
ドナが気を遣って3人分のお茶を用意してくれたが、カップを持つ気力もない。
「面会の日にエルデが話していた事や、宰相閣下が言っていた事…今日のお2人を見てようやく理解したよ…自己評価が低いだとか、執着だの拒絶だのと…正直、何を言ってるのか俺にはよく解らなかった…」
「私も…本当の意味で解っていませんでした。塔に入ってからのオレリア様の様子がいつもと違ったのも、ただの緊張だと思っていました。オレリア様の中で…あの時からナシェル殿との面会が始まっていたんですね」
いいや、もっと前。
受付をしているカインを待つ間、塔を見上げていたあの時から、2人の時間が始まっていた…
オレリアが見つめていたのは塔ではなくナシェルだったんだ。
「ドレスに化粧、啓上の許可まで…他にもあるんだろうな…」
「最低限の交流だったと聞いてるが、最低限だったからこそ、一つ一つのやりとりが深く残るんだ。傷つけられたことは尚更な」
オレリアはどんな思いで今日のドレスを選んだんだ?今日の化粧はエルデに施させたのか?
俺との面会の日に纏っていたドレスの色は、俺の水色に合わせたのか?それともナシェルの水色に合わせたのか?
あの時は疑問も抱かなかったが、今思えば公爵家の令嬢が馬車を降りて待っていたのもおかしい。
下位貴族の令嬢でさえ、エスコートされるまでは馬車の中で待っている。
倒れた時もそうだ、体調を隠し、醜態を晒したと、自身を責めていた…
オレリアの全ての行動がナシェルに帰結する。
ナシェルの、ナシェルが、ナシェルに…
今になって沸々と怒りが沸いてくる。塔を見上げていたオレリアへの苛立ちは、俺ではなく、ナシェルに関心が向いてたから…
俺はそんなに頼りないのか、ナシェルとの4年間は、想いだけではどうにもならないのか…
何故、こんなにも苦しい…ナシェルを一発殴ってやらないと気が収まらない…
沸き上がった怒りを押さえ切れないまま、ソファから立ち上がり扉に向かうと、ネイトが立ち塞がった。
「…其処を退け、ネイト」
「何処へ行く気だ?」
「構うな。扉を開けろ」
「…面会は、もう終わったんだ」
「黙れ…王太子命令だ。今直ぐ扉を開けろ!俺の道を塞ぐなっ!!」
「俺は陛下の命令で此処に立っている。お前を行かせる訳にはいかないんだよ」
「抜かせっ…いいから其処を退けっ!ネイト・ファン・ソアデン!!」
「私情を挟むなっ!フラン・ダリア=スナイデル!!!」
ーーコンコン…ガチャリー
「ハハッ…やってるな、2人共」
「遅いですよ。叔父上…」
扉を開けて入って来たのは、近衛騎士団副団長のジーク叔父上。
互いに胸ぐらを掴み合う俺とネイトを見て、面白そうに笑っているが……何故ここに…
「悪いなカイン。入る時機を見計らっていたんだ」
「その顔、間違いなく楽しんでましたよね」
「お前に頼まれた通り、ちゃんと迎えに来てやったんだから細かい事を言うな。フラン、ネイト。行くぞ」
2人の会話も、状況も全く飲み込めないが、副団長の命令には逆らえないよう刷り込まれている俺とネイトは黙って付いて行く。
辿り着いた先は近衛騎士団の訓練場。
「さあ、存分に走れ!走った後は素振り千回だ」
「……叔父上、これは一体何ですか?」
「お前達2人を押さえるのは無理だから、ナシェル殿との面会のが終わった頃に執務室に来るよう、カインに頼まれてたんだ。あんな狭い所で喧嘩するより、ここで走って、剣でも振った方がいいだろう」
「文官の私には、騎士2人の相手なんて出来ませんからね。それにしても、叔父上の言う事を本当に素直に聞くんですね。正に教育の賜物ですね」
「教育?支配の間違いだろ…」
「何か言ったか?ネイト」
「なんでもありません…行くぞ、フラン」
ナシェルへの怒りが霧散する程、走らされ、剣を振らされた俺とネイトは訓練場の真ん中で手足を投げ出して寝転んでいる。
太陽は落ち、空には赤と紫が広がっている。夕刻の風が気持ちいい。
カインが2人分の拭い布と水筒を持って近づいて来たがその表情には疲れと呆れが浮んでいる。
「騎士の体力というのは、本当に無尽蔵なんですね…報告書もまだなのに、お2人共、今日は徹夜ですよ」
「嘘だろっ!仮眠も取れないまま、ウィルさんと交代…」
「叔父上を持ち出すのは卑怯だろ、カイン…」
「それでも陛下の命に従った事に変わりませんから」
「「………」」
ナシェルと話してから、ずっと気になっていた事がある…
「…何故、女神ユノンの声を聞いたのがナシェルだったんだ…」
「立太子した者だったからでしょ」
「ナシェル殿だったからじゃない、あの時点でジュノー加護を持つ者の伴侶だったからだろ」
「……そうか」
「女神ジュノーが祝福したのはフラン様とオレリア様です。とは言え、女神ユノンの声を聞いたナシェル殿も選られたもの。生涯塔に幽閉になるでしょうね」
「女神の声を聞いた王族を辺境に送るわけにはいかないからな。だが、オレリア様も、女神の加護を持つと他国に知れたら狙わられるぞ」
「明日の伯父上との話合い次第だが、リアの事は来月の夜会まで伏せておきたいところだな…」
「お前達、まだ居たのか?夜間訓練に参加したいなら許可するぞ」
「フラン様、ネイト殿。私は先に戻ります」
「「………」」
「……教育か…」
「ナシェル殿は教育と言ってましたが、あれは支配です。あんな事を4年間も…オレリア様はよく耐えてきましたね…」
「いざという時は押さえろと陛下に言われていたが、危うく俺が先に出るところだった…フランが出てくれて助かった…」
2人掛けのソファの背凭れに背を預け、そのまま横に倒れ込む。ネイトは俺が倒れ込んだソファの肘掛けに腰をかけてうなだれており、カインも1人掛けのソファにだらしなく座って天井を見つめている。
ドナが気を遣って3人分のお茶を用意してくれたが、カップを持つ気力もない。
「面会の日にエルデが話していた事や、宰相閣下が言っていた事…今日のお2人を見てようやく理解したよ…自己評価が低いだとか、執着だの拒絶だのと…正直、何を言ってるのか俺にはよく解らなかった…」
「私も…本当の意味で解っていませんでした。塔に入ってからのオレリア様の様子がいつもと違ったのも、ただの緊張だと思っていました。オレリア様の中で…あの時からナシェル殿との面会が始まっていたんですね」
いいや、もっと前。
受付をしているカインを待つ間、塔を見上げていたあの時から、2人の時間が始まっていた…
オレリアが見つめていたのは塔ではなくナシェルだったんだ。
「ドレスに化粧、啓上の許可まで…他にもあるんだろうな…」
「最低限の交流だったと聞いてるが、最低限だったからこそ、一つ一つのやりとりが深く残るんだ。傷つけられたことは尚更な」
オレリアはどんな思いで今日のドレスを選んだんだ?今日の化粧はエルデに施させたのか?
俺との面会の日に纏っていたドレスの色は、俺の水色に合わせたのか?それともナシェルの水色に合わせたのか?
あの時は疑問も抱かなかったが、今思えば公爵家の令嬢が馬車を降りて待っていたのもおかしい。
下位貴族の令嬢でさえ、エスコートされるまでは馬車の中で待っている。
倒れた時もそうだ、体調を隠し、醜態を晒したと、自身を責めていた…
オレリアの全ての行動がナシェルに帰結する。
ナシェルの、ナシェルが、ナシェルに…
今になって沸々と怒りが沸いてくる。塔を見上げていたオレリアへの苛立ちは、俺ではなく、ナシェルに関心が向いてたから…
俺はそんなに頼りないのか、ナシェルとの4年間は、想いだけではどうにもならないのか…
何故、こんなにも苦しい…ナシェルを一発殴ってやらないと気が収まらない…
沸き上がった怒りを押さえ切れないまま、ソファから立ち上がり扉に向かうと、ネイトが立ち塞がった。
「…其処を退け、ネイト」
「何処へ行く気だ?」
「構うな。扉を開けろ」
「…面会は、もう終わったんだ」
「黙れ…王太子命令だ。今直ぐ扉を開けろ!俺の道を塞ぐなっ!!」
「俺は陛下の命令で此処に立っている。お前を行かせる訳にはいかないんだよ」
「抜かせっ…いいから其処を退けっ!ネイト・ファン・ソアデン!!」
「私情を挟むなっ!フラン・ダリア=スナイデル!!!」
ーーコンコン…ガチャリー
「ハハッ…やってるな、2人共」
「遅いですよ。叔父上…」
扉を開けて入って来たのは、近衛騎士団副団長のジーク叔父上。
互いに胸ぐらを掴み合う俺とネイトを見て、面白そうに笑っているが……何故ここに…
「悪いなカイン。入る時機を見計らっていたんだ」
「その顔、間違いなく楽しんでましたよね」
「お前に頼まれた通り、ちゃんと迎えに来てやったんだから細かい事を言うな。フラン、ネイト。行くぞ」
2人の会話も、状況も全く飲み込めないが、副団長の命令には逆らえないよう刷り込まれている俺とネイトは黙って付いて行く。
辿り着いた先は近衛騎士団の訓練場。
「さあ、存分に走れ!走った後は素振り千回だ」
「……叔父上、これは一体何ですか?」
「お前達2人を押さえるのは無理だから、ナシェル殿との面会のが終わった頃に執務室に来るよう、カインに頼まれてたんだ。あんな狭い所で喧嘩するより、ここで走って、剣でも振った方がいいだろう」
「文官の私には、騎士2人の相手なんて出来ませんからね。それにしても、叔父上の言う事を本当に素直に聞くんですね。正に教育の賜物ですね」
「教育?支配の間違いだろ…」
「何か言ったか?ネイト」
「なんでもありません…行くぞ、フラン」
ナシェルへの怒りが霧散する程、走らされ、剣を振らされた俺とネイトは訓練場の真ん中で手足を投げ出して寝転んでいる。
太陽は落ち、空には赤と紫が広がっている。夕刻の風が気持ちいい。
カインが2人分の拭い布と水筒を持って近づいて来たがその表情には疲れと呆れが浮んでいる。
「騎士の体力というのは、本当に無尽蔵なんですね…報告書もまだなのに、お2人共、今日は徹夜ですよ」
「嘘だろっ!仮眠も取れないまま、ウィルさんと交代…」
「叔父上を持ち出すのは卑怯だろ、カイン…」
「それでも陛下の命に従った事に変わりませんから」
「「………」」
ナシェルと話してから、ずっと気になっていた事がある…
「…何故、女神ユノンの声を聞いたのがナシェルだったんだ…」
「立太子した者だったからでしょ」
「ナシェル殿だったからじゃない、あの時点でジュノー加護を持つ者の伴侶だったからだろ」
「……そうか」
「女神ジュノーが祝福したのはフラン様とオレリア様です。とは言え、女神ユノンの声を聞いたナシェル殿も選られたもの。生涯塔に幽閉になるでしょうね」
「女神の声を聞いた王族を辺境に送るわけにはいかないからな。だが、オレリア様も、女神の加護を持つと他国に知れたら狙わられるぞ」
「明日の伯父上との話合い次第だが、リアの事は来月の夜会まで伏せておきたいところだな…」
「お前達、まだ居たのか?夜間訓練に参加したいなら許可するぞ」
「フラン様、ネイト殿。私は先に戻ります」
「「………」」
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