王国の彼是

紗華

文字の大きさ
上 下
29 / 206
覚悟

28:裏側 エルデ

しおりを挟む
「クリームは必要なかったわね…」

「そうですね。それと、あれだけ独占欲が強いと小さなヤキモチも無理でしょうね」

私の呟きに対するあり得ない返事に、思わず隣りを仰ぎ見る。

「……ま、まさか…ネイト様…さっきの…き、聞かれて…」

「少しだけです。初心者の殿下には難易度が高すぎる要求でしたが、俺は挨拶のキスは大歓迎です。膝の上に乗せて手ずから食べさせるのは、うちの団長と同じ思考で笑えました。騎士なので抱き上げでベッドに運ぶのも問題ありません。ここからは男性としての意見ですが、指を絡めて髪にキスしながら口説くのは、カイン殿も言ってましたが、理性が保つもつか自信がないですね…」

努力はしますけど、などと言って笑ってるが、こっちはそれどころではない。
仕事なんて投げ出して、今すぐこの場から逃げたい。顔の温度がどんどん上がる。

泣いていいかしら、いや、今はダメよ、堪えるの。でも…泣きたい…

「~~すっ、少しって、全部じゃないですか!それに、カイン様もって……まさか…殿下も…?」

仕事中だからと聞き流すには、あまりにも衝撃が強すぎるネイトの話に声を潜めて抗議する。
聞き捨てならない名前カイン様まで出ており、このままでは己の進退に関わる。

「殿下が午前の仕事を早めに切り上げて、オレリア様の元に向かわれたんですよ。ノックしても返事がなかったので、様子を見るために、少し覗いたんです」

終わった…

侍女として、オレリア様のおそばに在り続ける事も、望んではいないが貴族令嬢として嫁ぐ道も、完全に、閉ざされた…

実家は、海に面した領地を持つ片田舎の伯爵家で特産品はオレンジ。
少ない雨量と、乾燥した土壌に糖度を高められた果実は、と呼ばれて王都では評判だが、自ら畑に立ち、汗を流して果実を育てる事に専念する父には野望などというものはなく、当然ながら社交は皆無。
家族も領地も大好きだけど、結婚は早々に諦め、侍女として公爵家に入り、一生懸命務めてきたのに…こんなはしたない事を考えているなんて知られてしまったら…

「……お嫁に行けないわ…」
「…どこかに嫁ぐ予定でも…?」

「ただの比喩です。それ程恥ずかいのです……察して下さい」
「そうですか?エルデ殿のは、男としては嬉しいものばかりでしたけど?」
「?!あれはっ…だ、だって、オレリア様がーー」

「頭を撫でるくらいじゃ、シシリア王女殿下と同列ですからね。忠告しておきますが、殿下は撫でるというよりから、オレリア様にはお勧めしません。王女殿下も髪型が崩れると怒るくせに、頭を撫でろと強請るんです。あの2人の挨拶ですね」

何だろう、ネイト様のこの余裕は…3歳しか違わないのに、恥ずかしくて、悔しくて堪らない。

「ご、誤解のない様言っておきますが、先程のは本音ではありませんから」
「大丈夫、分かってます。オレリア様を煽ったんですよね?」

本音だけど本音などと言えない私の、精一杯の意地にも絶対気付いてる。
気付いていながら、体のいい言い訳を提示してくるところがまた悔しい…

「煽ったわけではありませんが、あれ位言えば、もう少し欲を出して下さると思ったのは確かです」

「見ていてもどかしい位でしたからね」
「そうなのです。私だったらもっと積極的に……いえ…なんでもありません」

殿下との会話を聞いて常々思っていたが、ネイト様は言葉巧みに相手を誘導し、奥に隠した本音を引き出して、翻弄して楽しむ。
護衛より尋問職、いや、貴族当主でもやっていけるだろう。

「男は意気地が無いですから、積極的な方が助かります」
「…はしたないと思われないのですか?」

「誰にでもというわけではないのでしょう?」
「それは、そうですけど…申し訳ありません、仕事中に長話をしてしまいました」

「構いませんよ。仕事とはいえ、あの2人を見てるだけで砂糖が吐き出そうです。ウィルさんだったら無表情でいられるんでしょうけど…既婚者の余裕ってやつですかね」

それが騎士の通常ではないのかと思ったが、これ以上話を続けて墓穴を掘りたくない…

羞恥と緊張で、クタクタになって庭園から戻った私を迎えてくれたのは…

「ええっ!?クリームなしでいけたの!?」
「嘘でしょう…」

反応するのはそこなの?あんな破廉恥な話しを聞かれた事は恥ずかしくないのかしら?

「本当に恥ずかしくて…逃げ出したかったです」

「エルデさん、よく頑張ったわ」
「それにしても、クリームなしでキスに告白って、殿下も見どころあるわね」
「そうね。次はどの手で煽ろうかしら」

「煽るって…まさか…お2人は殿下達に気付いてたんですか?!」

「オレリア様とエルデさんは扉に背を向けてたから、気付いてなかったけどね」
「そ、そんな…」

「それにしても、理性が保たもたないって…フッ…若いわね」
「本当に…可愛いわねぇ」

そう笑う2人が既婚者だった事を、今思い出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...