王国の彼是

紗華

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其々の思い

37:愛称と絵本

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「フランお義兄様、オレリア義姉様に会いたいのですが、伺ってもよろしいですか?」

王家の朝食の席、斜め前に座るシシーが期待を込めた目で、お茶を飲む俺に話しかけてきた。

「シシー。オレリアは公爵家に戻る準備で忙しいのだから、邪魔してはいけないわ」
「構いませんよ、伯母上。シシー、午後でもいいか?」
「ありがとう!お義兄様。婚約のお祝いに刺繍したハンカチが完成したの!当日には間に合わなかったけど、喜んでくれるかしら?」
「勿論、リアも喜ぶよ。ありがとうシシー」

初めの頃は、ナシェルが座っていた席に着き、王族と共に朝食を摂る事に不自然さしか感じなかったが、今では会話をする余裕もできた。

明日はナシェルとの面会。
伯母上とシシーは、ナシェルのショックからまだ立ち直れていない為、面会の事は伏せている。
特にシシーは、オランド殿下の婿入りに、ナシェルの廃太子と同時期に2人の兄と離れ離れになって酷く落ち込んでいたが、少しずつ笑顔も戻り、時間があればオレリアに付いて回っている。

「私は忙しいから参加出来ないが、ゆっくりするといい」
「ありがとうございます。お義兄様」

もシシーと一緒に行ってみたらどうだ?」

「ん゛っっ」

「どうした?フラン、喉に詰めたか?」
「い、いえ…失礼しました」
「気を付けろよ?で?メリも一緒で構わないか?」
「勿論です、伯父上。………伯母上?」

伯父上の伯母上への愛称呼びに、飲んでたお茶を吹き出しそうになった。そんなに父上達が羨ましかったのか?
だが、呼ばれた本人は不満顔を隠してもいない。

「…なんでもないわ、フラン。お言葉に甘えて、私も行かせて頂くわね」
「メリ。オレリア嬢によろしく伝えてくれ」
「………」
「そ、それでは、私は執務に向かいます…」

「王妃陛下をと…お呼びになられてましたね」
「やめろ、カイン…」
「王妃陛下はご不満の様でしたが」
「カイン、やめてくれ…」

執務の時間に合わせて迎えに来たカインも、伯父上の愛称呼びに小さく反応していた。
1人で抱えきれないのだろう。俺もそうだ。だが、ここで反応するわけにはいかない。息を止め、出仕する人が行き交う廊下を足早に歩く。

俺を視認するな、頭を下げて通り過ぎるのを待つ必要はない、早く職場へ向かってくれ。

「私の母も、やはり父にと呼ばれてるんです」
「~~ッカイン!!伯母上の名前はだろっ!他に愛称はないのか!!」
「それは父に言って下さい」

「「「「「………………」」」」」

王城の廊下の真ん中で、侯爵夫人の名前を叫ぶ王太子に、周りが戸惑っているのが空気で分かる。
思わず反応してしまったが、どう切り抜ければいい、笑い飛ばすか?それとも、このまま去ればいいのか?

「殿下。こちらにいらしたのですね!お探しの物を見つけましたぞ!」

宰相の手にあるのは【創世物語】
親が子供に読み聞かせる物語で、どの家にも一冊は置いてあり、子供を預かる施設の寄付の中にも必ず一冊は入っている。ダリアでこの物語を知らない子供は居ない。

宰相は、とうとう絵本にまで手を出す程に、追い詰められているのか?
宰相も心配だが、何故、今なのかと頭を抱えたくなる。
夫人の名前を叫び、絵本を所望する王太子…男色の噂がようやく落ち着いてきたのに、今度はどんな二つ名が付けられるんだ。

「ここでは何ですから、殿下の執務室へ参りましょう。私が読み聞かせしますから、感想をお聞かせ下さい。」
「……………分かった」

ーーー
『神々に愛される末神ジューノに嫉妬した女神ヘーレは、神々の戦いを引き起こし、世界に厄災を落とした。神々は相討ちとなり、世界は荒れ果て、生きとし生けるもの達は、終末の時を迎えるの怯えながら待つだけ。
嘆き悲しんだジューノは世界を再生する為、地上に降り海となり、雨を降らせ、万物を再生し潤した。
大神のザーナとヴァナに処刑されたヘーレの嫉妬は厄災となり、度々世界を襲ったが、ジューノの加護が退けた。
ジューノの意志を受け継いだ神々は今も世界を見守っている』
ーーー

「おそらく、この物語のだと思われます」
「こんなところに、名前が残っていたのか…」

この物語の厄災とは大陸中にある【瘴気】、世界を襲うのは【魔物】を指す。

ダリアに出没する瘴気は地理学者の調査、推測を元に、王宮騎士団と各領の騎士団が定期的に討伐に赴き、魔物が増えれば王国軍の力を借りて討伐隊を出して対処している。

血統を重んじる騎士団に入団出来るのは貴族のみで、武の家門出身者が多くを占めているが、軍人は貴賎を問わない為、平民出身が多い。
ダリア王国軍は騎士団の指揮下に置かれ、訓練はするが普段は別の職に就く兼業の軍人が多く、大規模な魔物の討伐や戦争などの非常時に招集される。

「これは私とオーソンの推測ですが、ナシェル殿は過去に女神ユノンの声を聞いたのではないでしょうか」
「ナシェルが女神ユノンの声を?」

「王族の中に女神ユノンの声を聞き、契約した者が在ると記録も残っています。塔に居るナシェル殿が大聖堂のあの声を聞く術はありませんが、あの日降った銀粉は見ている筈。これまで姪に取ってきた態度も踏まえて、この推測に辿り着いたのです」

「宰相も2人を近くで見てきた1人だったな」
「ナシェル殿は執着と拒絶を繰り返し、姪を困惑させ、傷付けてきました」
「…執着?ナシェルは他の令嬢を選んで、あんな騒ぎを起こしたのに?」

「…私の話を聞くより、殿下の目で確かめて頂く方がいいでしょう。私は陛下に報告しに行きます。殿下、姪を…オレリアを宜しくお願い致します」

肩を震わせて執務室を辞した宰相が言っていた、執着と拒絶とは?涙目の宰相も気になるが、言葉の意味も気になる。

オレリアの為にも、もっと情報が欲しい。

「記録室に行く」
「今からですか?もうすぐラヴェル騎士団長が、各領地から上がった魔物の被害状況の報告書を届けにいらっしゃいますよ?」
「そうだった…」

社交シーズン初めに王都に来る当主達は、議会の際に魔物被害状況の年間報告書を提出する。
それを精査し、次年度の人員の派遣や、物資の供給などに掛かる予算案を提出しなければならない。予算の確保も総司令官の大事な仕事。

「ここ10年は大きな変化はありませんし、騎士団長との打合せも直ぐに終わるでしょう。その後でも遅くはないのでは?」
「そうだな。ドナ、お茶を頼む」
「かしこまりました」

数刻後、深刻な顔をしたラヴェル騎士団長が執務室に来た。





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