26 / 26
25
最終章
しおりを挟む
しばらくたった木曜日、東郷はもう五時半には七階のエレベーターホールで、下りのエレベーターを待っていた。
エレベーターは十階に止まっていたが、ほどなく彰司の階に降りてきた。
十階には女子更衣室がある。
彰司はおもむろに思った‘西村が乗って来ている かも’と。
スーッとドアが開いた。あんがい、時に、そう言う勘は当たったりする。
「あらぁ、東郷さん、今日は早いんですね」
「ふふ、たまにはね」彰司は苦笑いした・・・「(当たった)」。
「えっ、何ですかそのへんな笑い・・・・ま、いいですけど」
二人きりになり、エレベーターはそのまま一階をめざした。
「今日、東郷さんはこれからご予定は?」
「ん、どうした?特にないけど」
「じゃあ、軽く行きませんか。この界隈で」
彰司に断る理由は見つからなかった。
「おつかれさまでーす」
「ああ、おつかれさんでしたぁ」
佳奈子のニコッとした挨拶に、通用門にいつも居る守衛も微笑みながら応えた。
女子行員の挨拶だけには、守衛も顔をほころばせるものである。
店は、佳奈子の提案で博多駅裏手の、ここから歩いて十五分の所にあるアイリッシュパブとなった。
「帰り際に、いきなりチョット行こうかっていうのは、初めてのことだな」
「ねえ」そう言って笑顔を見せた。
二人が座ったのは、店のフロアの中央にあるハイテーブルだった。椅子も足長のものだった。
彰司には、ほんの少し足がフロアに付く感じだったが、佳奈子は椅子の下の方に付いている木製のバーに、両ヒールを乗せていた。よって、はたから見たら、ちょこんと佳奈子は座っているような格好だった。
テーブルはしぶい褐色で直径が五十センチほど・・・それでお互いが両肘をついていたので、二人の顔はけっこう近かった。
佳奈子はギネスのハーフ&ハーフを三分の一ほど飲んだ後で、もうご機嫌の様子だった。
手元にはフィッシュ&チップスのバスケットが一つ置いてあった。
「この前の、串焼き屋さん、おいしかったわね」
「そうだな。色んな具材も、串に刺されて焼かれちゃうと、案外、感動の料理になったりするもんだ」
うんうんと佳奈子もうなずいた。そして
「それでねぇ、今日は、私は休日前の解放感100%の日なのよ」
「どういうこと」
「有休の消化で、明日は休みなの・・・三連休」そう言って‘ふふふっ’と笑みを浮かべた。
「そういうことか、どうりで」
同時に彰司は、佳奈子の顔を覗き込んで‘なーるほど’と言う顔をした。
「ところで、この前だけど、瀬良は大いに語っていたな。君は勉強になったかい?」
「もちろん」
自然とその瀬良の話になって行き、彰司は浜川課長との件も佳奈子に話した。
佳奈子は、‘あら’‘まあ’‘そうだったの’‘それはよかった’と相槌を打ちながら聞いていた。
しばらくして、斉藤木材の件の話も終わり、次第に本店内のよもやま話になって行った。
佳奈子はいつものように、にこやかな表情で楽しげにいろんなことを東郷に話したのだった。
二人とも、話がひと呼吸つくたびに、手元のビールをコクッと飲んだ。佳奈子にしてみれば、三連休前で、今宵は解放感に浸った実に楽しいひとときであった。
そして佳奈子が銀行を出る前に「これから軽く一杯どうです?」とエレベーターで言った通りに、二人は一時間程度でここをきりあげた。
店を出て、二人並んで歩きながら、彰司は、ほろ酔いの気分で、「(ま、いいだろう。知っているかもしれないし・・)」と思いつつ、佳奈子に言った。
「それでさあ・・・」
「ん?ナニ」
「瀬良・・・・結婚するんだってな」
二人の空間が一瞬で凍りついた。
時間も一瞬、止まったようになった。
間違いなく、佳奈子のすべての動きが瞬間に止まった。
立ち止まった佳奈子は、彰司におそるおそる聞いた。
「えっ・・・、お相手の人は・・・銀行の娘(こ)?」
「本店国際部の船井さんだってさ」
「船井さん!!!(私の同期じゃないの・・・え、でもなぜ・・)」
さっきまでの楽しげな佳奈子とは打って変わり、急に口をつぐんだ。
「(接点はどこ?接点はなに?・・船井さんって東京の女子大だったよね。その東京の話題つながりかな?いえいえこう言う私もその部類だけど、そんな行員の会合があったことは無かったし・・・ん・・なんだろう)」
しばらく佳奈子は沈黙した。そして(わかったわ・・・!)
「ゴルフね!」
瀬良とその女子行員の接点は、それ以外には考えられなかった。
本店の行員同士で(おじさんも含めて)十四~十五人くらいで時々、ゴルフをやっているとの話は佳奈子も聞いていた。
「まちがいない!」
・・思わず最後の方は声に出た。
「ええ?何が?ゴルフがどうした」
「ううん、なんでもないの」
・・同期でもある船井美和は本店の中でも仲がいい友達だった。
佳奈子は何を思い余ったのか、彰司の顔を見て、いきなり言った。それはかろうじて聞き取れる弱い声だった。
「今日は、クルマで送ってください」「私の家まで」
そして
「お願いっ」
と、付け加えた。
「(俺の口から、今日は、話さなければよかったかな、瀬良のこの件は・・)」
心の中でつぶやいた。そして
「いいよ」 ・・そう応えた。
二人は店の近くでタクシーを拾った。
しばらく佳奈子は力なく、彰司とは反対側の、外を流れる景色を見ていた。
彰司は、佳奈子がバッグを握っている右手にそっと触れた。そして言った
「今度いつか、ゴルフを教えてあげようか」
「(えっ)」
そう彼女が言ったような気がした。
「やってみると案外楽しいよ」
佳奈子の顔が急に明るくなった。
「うれしい」・・・と
それはいつもの陽気な佳奈子の表情に戻っていた。
ほどなく、彰司は自分の左肩に、佳奈子が頬をのせる重みを感じた。
エレベーターは十階に止まっていたが、ほどなく彰司の階に降りてきた。
十階には女子更衣室がある。
彰司はおもむろに思った‘西村が乗って来ている かも’と。
スーッとドアが開いた。あんがい、時に、そう言う勘は当たったりする。
「あらぁ、東郷さん、今日は早いんですね」
「ふふ、たまにはね」彰司は苦笑いした・・・「(当たった)」。
「えっ、何ですかそのへんな笑い・・・・ま、いいですけど」
二人きりになり、エレベーターはそのまま一階をめざした。
「今日、東郷さんはこれからご予定は?」
「ん、どうした?特にないけど」
「じゃあ、軽く行きませんか。この界隈で」
彰司に断る理由は見つからなかった。
「おつかれさまでーす」
「ああ、おつかれさんでしたぁ」
佳奈子のニコッとした挨拶に、通用門にいつも居る守衛も微笑みながら応えた。
女子行員の挨拶だけには、守衛も顔をほころばせるものである。
店は、佳奈子の提案で博多駅裏手の、ここから歩いて十五分の所にあるアイリッシュパブとなった。
「帰り際に、いきなりチョット行こうかっていうのは、初めてのことだな」
「ねえ」そう言って笑顔を見せた。
二人が座ったのは、店のフロアの中央にあるハイテーブルだった。椅子も足長のものだった。
彰司には、ほんの少し足がフロアに付く感じだったが、佳奈子は椅子の下の方に付いている木製のバーに、両ヒールを乗せていた。よって、はたから見たら、ちょこんと佳奈子は座っているような格好だった。
テーブルはしぶい褐色で直径が五十センチほど・・・それでお互いが両肘をついていたので、二人の顔はけっこう近かった。
佳奈子はギネスのハーフ&ハーフを三分の一ほど飲んだ後で、もうご機嫌の様子だった。
手元にはフィッシュ&チップスのバスケットが一つ置いてあった。
「この前の、串焼き屋さん、おいしかったわね」
「そうだな。色んな具材も、串に刺されて焼かれちゃうと、案外、感動の料理になったりするもんだ」
うんうんと佳奈子もうなずいた。そして
「それでねぇ、今日は、私は休日前の解放感100%の日なのよ」
「どういうこと」
「有休の消化で、明日は休みなの・・・三連休」そう言って‘ふふふっ’と笑みを浮かべた。
「そういうことか、どうりで」
同時に彰司は、佳奈子の顔を覗き込んで‘なーるほど’と言う顔をした。
「ところで、この前だけど、瀬良は大いに語っていたな。君は勉強になったかい?」
「もちろん」
自然とその瀬良の話になって行き、彰司は浜川課長との件も佳奈子に話した。
佳奈子は、‘あら’‘まあ’‘そうだったの’‘それはよかった’と相槌を打ちながら聞いていた。
しばらくして、斉藤木材の件の話も終わり、次第に本店内のよもやま話になって行った。
佳奈子はいつものように、にこやかな表情で楽しげにいろんなことを東郷に話したのだった。
二人とも、話がひと呼吸つくたびに、手元のビールをコクッと飲んだ。佳奈子にしてみれば、三連休前で、今宵は解放感に浸った実に楽しいひとときであった。
そして佳奈子が銀行を出る前に「これから軽く一杯どうです?」とエレベーターで言った通りに、二人は一時間程度でここをきりあげた。
店を出て、二人並んで歩きながら、彰司は、ほろ酔いの気分で、「(ま、いいだろう。知っているかもしれないし・・)」と思いつつ、佳奈子に言った。
「それでさあ・・・」
「ん?ナニ」
「瀬良・・・・結婚するんだってな」
二人の空間が一瞬で凍りついた。
時間も一瞬、止まったようになった。
間違いなく、佳奈子のすべての動きが瞬間に止まった。
立ち止まった佳奈子は、彰司におそるおそる聞いた。
「えっ・・・、お相手の人は・・・銀行の娘(こ)?」
「本店国際部の船井さんだってさ」
「船井さん!!!(私の同期じゃないの・・・え、でもなぜ・・)」
さっきまでの楽しげな佳奈子とは打って変わり、急に口をつぐんだ。
「(接点はどこ?接点はなに?・・船井さんって東京の女子大だったよね。その東京の話題つながりかな?いえいえこう言う私もその部類だけど、そんな行員の会合があったことは無かったし・・・ん・・なんだろう)」
しばらく佳奈子は沈黙した。そして(わかったわ・・・!)
「ゴルフね!」
瀬良とその女子行員の接点は、それ以外には考えられなかった。
本店の行員同士で(おじさんも含めて)十四~十五人くらいで時々、ゴルフをやっているとの話は佳奈子も聞いていた。
「まちがいない!」
・・思わず最後の方は声に出た。
「ええ?何が?ゴルフがどうした」
「ううん、なんでもないの」
・・同期でもある船井美和は本店の中でも仲がいい友達だった。
佳奈子は何を思い余ったのか、彰司の顔を見て、いきなり言った。それはかろうじて聞き取れる弱い声だった。
「今日は、クルマで送ってください」「私の家まで」
そして
「お願いっ」
と、付け加えた。
「(俺の口から、今日は、話さなければよかったかな、瀬良のこの件は・・)」
心の中でつぶやいた。そして
「いいよ」 ・・そう応えた。
二人は店の近くでタクシーを拾った。
しばらく佳奈子は力なく、彰司とは反対側の、外を流れる景色を見ていた。
彰司は、佳奈子がバッグを握っている右手にそっと触れた。そして言った
「今度いつか、ゴルフを教えてあげようか」
「(えっ)」
そう彼女が言ったような気がした。
「やってみると案外楽しいよ」
佳奈子の顔が急に明るくなった。
「うれしい」・・・と
それはいつもの陽気な佳奈子の表情に戻っていた。
ほどなく、彰司は自分の左肩に、佳奈子が頬をのせる重みを感じた。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
それでもあなたは銀行に就職しますか 第3巻~彰司と佳奈子の勉強会~「連帯保証人」
リチャード・ウイス
現代文学
西村佳奈子は中堅銀行に入って五年目の独身の総合職。ゆくゆくは支店長を目指す佳奈子が、心を寄せる五年先輩の(同じく独身の)東郷彰司に、銀行のかなりきわどい事件処理を教わりながらキャリアを積んでいくストーリー、その第三弾。表には出ることのない、「お取引先」の不祥事を解決する金融ビジネスパーソンの葛藤や活躍を描いています。今回は「連帯保証」に関する事件。身近でよく聞く悲しいストーリーですが、最後は心がホッコリする展開へ! (なお、内容は全てフィクションであり、登場する人物・組織は実態の物とは関係がありません)
それでもあなたは銀行に就職しますか ~彰司と佳奈子の勉強会~ 「出資法違反『浮貸し』」
リチャード・ウイス
現代文学
西村佳奈子は中堅銀行に入って五年目、独身の総合職。支店長を目指したい佳奈子が、心を寄せる五年先輩の同じく独身の東郷彰司に、銀行のかなりきわどい事件処理を教わりながらキャリアを積んでいくストーリー。
表には出ることのない、「取引先」や「身内」の不祥事を解決する金融ビジネスパーソンの葛藤や活躍を描いています。 (なお、内容は全てフィクションであり、実態の物とは関係がありません)
それでもあなたは銀行に就職しますか 第2巻~彰司と佳奈子の勉強会~「木室建設事件」
リチャード・ウイス
現代文学
西村佳奈子は中堅銀行に入って五年目、独身の総合職。支店長を目指したい佳奈子が、心を寄せる五年先輩の同じく独身の東郷彰司に、銀行のかなりきわどい事件処理を教わりながらキャリアを積んでいくストーリー、その第二弾。表には出ることのない、「取引先」の不祥事を解決する金融ビジネスパーソンの葛藤や活躍を描いています。今回は全国の建設業界を揺るがした大事件に迫る! (なお、内容は全てフィクションであり、登場する人物・組織は実態の物とは関係がありません)
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑)
本編完結しました!
『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル
『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びに来る、舞踏会編はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
舞踏会編からお読みいただけるよう、本編のあらすじをご用意しました!
おまけのお話の下、舞踏会編のうえに、登場人物一覧と一緒にあります。
ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話を連載中です。もしよかったらどうぞです!
第12回BL大賞10位で奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。
心から、ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる