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駅までの十二分間
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東郷から、斉藤木材に関するメールを受け取ってから数日後、瀬良は福岡県の中央部に位置する久留米支店に行くために、いまからJR博多駅に向かうところだった。
ATMで用事を済ませ、本店営業部の正面の自動ドアを出ようとした時に、偶然、飯塚審議役と一緒になった。
「審議役はどちらまでですか」
「広島だよ」
「お疲れ様です、じゃあJRまで一緒ですね」
一呼吸おいて、(それで・・・あのー)と瀬良は切り出した。
「斉藤木材の件、聞いていますよ。審議役の陰の力があったと伺いました」
飯塚は前をビシッと見た姿勢のまま、歩きながら言った。
「まあ、斉藤木材さんの経営も、このところ安定しているようだし、よかったな。新庄支店の支店長からも‘問題なく推移しています’と聞いている」
「飯塚さんは、斉藤木材の相談役の博子さんはご存知ですよね」
「もちろんだ。俺が新庄支店に赴任したての頃に、ご自宅にメシを呼ばれたこともあった」
続けて言った
「あの人はしっかりしている。商売のツボを押さえているな。そして、会社のカネの流れの肝心なところだけはきっちりと掴んでいる。おそらく、自身の過去の体験から来ているんだろうが・・」
「おっしゃる通りだと思います。それで、審議役は、斉藤木材が屋久杉などの銘木を商いしていたと言う事を、新庄支店時代から知って・・」
「知ってたさ」瀬良を遮って飯塚は言った。
本店の建物から、博多駅までは十二分程だったが、その間、二人の会話は続いた。
瀬良も、審議役と話すことについて、嫌悪感らしきものはもう持ってはいなかった。
飯塚は続けた
「瀬良。新庄支店の場合を考えるとだな、一か月間に総額いくらの金額が、お客さんから返済されていると思う?あくまでも一年以上の長期融資の案件の話だ(つまり一年以下の運転資金などの短期融資は除く)」
「月々ですか・・・あの当時で約八千万円だったと思います。もちろん住宅ローンや進学ローンも含めて」
「じゃあ、次に聴くが、月々、その金額が返済されていくことを、瀬良はどう思う」
瀬良はしばし、うーんと考えて
「きちんと問題なく返済されているわけですから、これ幸い、良しということでしょうね」
「それがちょっと違うんだよ・・」
「はあ、・・と言いますと」
「毎月、その額が新庄支店の融資残高から確実に消えてなくなって行っている訳だよ」
「そうですね」
「我々が、その流れに対して、何もできず、自然体で臨んだらどうなる。ほっといたらどんどん融資総額は減っていく。一年たったら十億円減少する計算だろ。ゆくゆく支店はつぶれっちまうぜ」
「・・・」
「そうなった時、支店の営業職はみんなクビだよ。まあ支店長が真っ先にクビを切られるだろうな」
「わかります」
「そのためには、新規融資先の獲得だよ。誰が考えたってわかるだろう。毎月、八千万円以上の新規の長期融資を必死で獲得して行かなければ」
「わかります。審議役が前におっしゃった『さもなくば、次の昇格なんてないぜ』の意味が」
「ああ、人事部は容赦ないからな。そんな不振の支店の行員は、昇格どころか、銀行のどっかすみっこ追いやられちゃうよ」
そう言うと審議役は瀬良の方を振り向いてにっこりと笑顔を作った。
飯塚の口元は(な、そうだろう)と言っているように見えた。そんな飯塚の柔和な表情を、瀬良は初めて・・・見た。
ATMで用事を済ませ、本店営業部の正面の自動ドアを出ようとした時に、偶然、飯塚審議役と一緒になった。
「審議役はどちらまでですか」
「広島だよ」
「お疲れ様です、じゃあJRまで一緒ですね」
一呼吸おいて、(それで・・・あのー)と瀬良は切り出した。
「斉藤木材の件、聞いていますよ。審議役の陰の力があったと伺いました」
飯塚は前をビシッと見た姿勢のまま、歩きながら言った。
「まあ、斉藤木材さんの経営も、このところ安定しているようだし、よかったな。新庄支店の支店長からも‘問題なく推移しています’と聞いている」
「飯塚さんは、斉藤木材の相談役の博子さんはご存知ですよね」
「もちろんだ。俺が新庄支店に赴任したての頃に、ご自宅にメシを呼ばれたこともあった」
続けて言った
「あの人はしっかりしている。商売のツボを押さえているな。そして、会社のカネの流れの肝心なところだけはきっちりと掴んでいる。おそらく、自身の過去の体験から来ているんだろうが・・」
「おっしゃる通りだと思います。それで、審議役は、斉藤木材が屋久杉などの銘木を商いしていたと言う事を、新庄支店時代から知って・・」
「知ってたさ」瀬良を遮って飯塚は言った。
本店の建物から、博多駅までは十二分程だったが、その間、二人の会話は続いた。
瀬良も、審議役と話すことについて、嫌悪感らしきものはもう持ってはいなかった。
飯塚は続けた
「瀬良。新庄支店の場合を考えるとだな、一か月間に総額いくらの金額が、お客さんから返済されていると思う?あくまでも一年以上の長期融資の案件の話だ(つまり一年以下の運転資金などの短期融資は除く)」
「月々ですか・・・あの当時で約八千万円だったと思います。もちろん住宅ローンや進学ローンも含めて」
「じゃあ、次に聴くが、月々、その金額が返済されていくことを、瀬良はどう思う」
瀬良はしばし、うーんと考えて
「きちんと問題なく返済されているわけですから、これ幸い、良しということでしょうね」
「それがちょっと違うんだよ・・」
「はあ、・・と言いますと」
「毎月、その額が新庄支店の融資残高から確実に消えてなくなって行っている訳だよ」
「そうですね」
「我々が、その流れに対して、何もできず、自然体で臨んだらどうなる。ほっといたらどんどん融資総額は減っていく。一年たったら十億円減少する計算だろ。ゆくゆく支店はつぶれっちまうぜ」
「・・・」
「そうなった時、支店の営業職はみんなクビだよ。まあ支店長が真っ先にクビを切られるだろうな」
「わかります」
「そのためには、新規融資先の獲得だよ。誰が考えたってわかるだろう。毎月、八千万円以上の新規の長期融資を必死で獲得して行かなければ」
「わかります。審議役が前におっしゃった『さもなくば、次の昇格なんてないぜ』の意味が」
「ああ、人事部は容赦ないからな。そんな不振の支店の行員は、昇格どころか、銀行のどっかすみっこ追いやられちゃうよ」
そう言うと審議役は瀬良の方を振り向いてにっこりと笑顔を作った。
飯塚の口元は(な、そうだろう)と言っているように見えた。そんな飯塚の柔和な表情を、瀬良は初めて・・・見た。
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