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二人のなれそめ編
自覚 【後編】
しおりを挟む「それにしても、槇村さんっちゅうお人は、ナニモンや?」
豊橋からの突然の質問に、柚子ーユズカーは戸惑う。
「あの、えっと…」
「会社の経営者ですって。ねえユズカちゃん」
「は、はい。そうです」
ユズカは瑞樹のとっさのフォローに助けられた。
「それにしても、凄い迫力がやったなあ。いつも一人で静かに飲んではるさかい、あんな人やと思わんかった」
豊橋や、他のホステスは互いに頷きあう。
「でも、なんか嫌な感じだったな」
麗美が言った。
「なんか、本気で殺しそうな雰囲気だったじゃない?もうちょっと、余裕で対応してくれてもいいのにねえ」
「た、確かに怖かったですけど。でも、あれくらいしないと、あのお客様、大人しくならなかったと思います」
ユズカは麗美に言った。
「ユズカちゃんは、あの人のお気に入りだもんねえ」
麗美は鼻で笑った。
「確かに、よう一緒に飲んでるもんなあ。面白いコンビやといっつも思ってたんや。ユズカ、二人で何話してるんや?」
「いや、別に、私の学校の話とか、そんなことを話してるだけで…」
そうなのだ。ユズカが彰吾からの支援を突っぱね続けていると、今度は、学校で何をしているのか聞いてくるようになった。
「それにしても、あんなお人が、ユズカに気があるとはなあ。ユズカ、もうヤッたんか?」
「えっ?ヤッたって…」
「セックスしたんか、っちゅうことや」
「そ、そんなこと、するわけないじゃないですか!た、ただのお客様ですっ!」
ユズカは真っ赤になって叫んだ。
「相変わらずお子様やのう。別にええやないか、会社経営者やろあの人。
カラダ使ってでも、絶対捕まえといたほうがええ」
豊橋は真剣な顔で言った。
「豊橋様、今時そんなことしませんよ。本気で好きになったら別だけど」
瑞樹が笑い、他のホステスも苦笑する。
ユズカは真っ赤になりながら、ジュースを一気に飲み干した。
そして、今日だけは槇村彰吾に来てほしくない!と思った。
「私は辞めといたほうがいいと思うわよ。ユズカちゃん」
突然、麗美が言った。
「だってあの人、他にも女が沢山いるって、この前言ってたもん」
「えっ?」
「まあそうよねえ、ああいう人って、女をとっかえひっかえしてそうだもの。
まあ、ユズカちゃんが、沢山の一人になりたいなら別だけど」
麗美は意味ありげに笑う。
「それだけ女がほっとかん、ええ男やちゅうこっちゃ!頑張れよ、ユズカ!」
豊橋の謎の応援も、ユズカには聞こえていなかった。
槇村様には、他にも女性がいる。
当たり前じゃない、そんなこと。
優しくしてくれるのは、借りを返すためだって知っていたはずなのに。
分かりきっているはずなのに、なんで胸が痛むのだろう。
チリンチリン…
店のドアのベルが鳴った。
顔を向けると、そこに槇村彰吾が立っていた。
「おお!槇村はん、ええところに」
豊橋は自分から近づいていく。
「この間は、ホンマに迷惑かけてしもて。丁度良かった。一緒に飲みましょうや。
今日は奢らしてもらいまっさかい」
「いえ、そんなことは…」
豊橋は、遠慮する彰吾を、無理矢理同じテーブルに座らせた。
瑞樹も、あの麗美も、そして他のホステスも、皆さっきの話は忘れたかように、笑顔を見せている。
ユズカを除いては。
一瞬、ユズカと彰吾の目が合った。
笑おうとしても、顔が強張って上手く笑えない。
そんなユズカを見て彰吾は、相変わらずだな、とでもいうように、小さく笑った。
しかし、すぐに顔を豊橋に向ける。
柚子ーユズカーは思った。
言われた通り、作り笑顔の練習をしないといけないな。
自分の気持ちを押し込めるために。
そして。また、傷つかない為に。
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