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高地柚子について1

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ピピピ…ピピピ…

枕元の目覚まし時計が鳴る。
柚子は手を伸ばし、時計をパシッと叩いた。
時計を見ると6時。柚子はのそりと起き上がる。

「おはよー」

誰もいない部屋に柚子の声が響く。
柚子は返事がないのを気にすることなく、リビングに向かった。
そして、テレビの隣に置いてある位牌に手を合わせる。

「おはようございます、お母さん」

しばらく手を合わせた後、柚子は台所に向かう。
冷蔵庫を開け、朝食の準備を始めた。
鍋にお湯を沸かしている間に、ハムと卵を焼き、豆腐を切り、糠漬けをかき混ぜ
昼食用のおにぎりを作る。
数分後、ハムエッグ、糠漬け、ごはん、豆腐の味噌汁が机に並べられた。
いつもと変わらない朝食。しかし柚子は笑顔だ。
「いただきまーす」
柚子はご飯を頬張り、みそ汁をすすり、糠漬けを音を立ててかみしめる。
そして「今日も美味しいなあ」と独り言を言った。

「ごちそうさま」

朝食が終わると、机の上に置いてある携帯をとり、短いメールを打つ。

『おはようございます!彰吾さん。
お仕事頑張ってください。
今日はバイトの日です。頑張りまーす!』

他愛のない文章を送信する。
そして片付けをし、顔を洗い、着替える。
歯を磨きながら、もう一度、携帯を見るが返事は来ていなかった。

柚子は、おはようとおやすみのメールを毎日、彰吾に送る。
だが、彰吾から五回に一回、返事が返ってくればいいほうだ。
以前喧嘩をした時、一日中、メールを送らなかったことがある。
すると彰吾から、『生きてるか』『連絡しろ』と短いメールが、何通も届いたことがあった。
まったくワガママな恋人だ。柚子は苦笑した。
それでも好きなのだから、今日は大目に見てあげよう。

「今日は金曜日。乗り越えたらお休みだ!」

柚子は大きなリュックを背負い、家を出た。


柚子の生活はごく普通の女子大生そのものだ。
真面目に授業を受け、友達とおしゃべりする。たわいもない日常を送っている。
もし、母親が生きていたら、ずっとそんな日ばかりだったろう。
しかし、柚子にはもう一つの顔がある。
それが、彰吾と出会うきっかけの一つになった。

柚子は最終の授業が終わると、急いで学校を出る。
そして家には帰らず、ある場所へと向かった。
そこは夜の帳が下りはじめた歓楽街。
まだ酔っ払いを見かける時間ではないが、すでに享楽的な匂いがある。
柚子はそんな街を大急ぎで走り、とある雑居ビルに入る。
そして「瑞樹」と看板の出ている店のドアを開けた。
「おはようございます!」
「おはよう、ユズカちゃん」
店内には一人の女性がいた。
黒のツーピースのスーツに、少し茶色でウェーブがかった髪。
笑いじわが目立つその口元には、威厳と色気がある。
「あと10分でお客様が来るから、急いで支度して」
「はいっ!」
柚子は入店した勢いのまま控室に走った。

控室にはロッカーが並び、その一つに『ユズカ』とネームプレートが張ってあった。
柚子はそのロッカーを開き、中にあった淡いピンクのワンピースに着替える。
そして、ロッカーについてある小さな鏡でメイクを直した。
目元にピンクのアイシャドウを少し濃い目につけ、唇にはヌーディな口紅を引く。
出来上がったのは、あどけなさの残る大人の女性だった。

「よし、もうひと踏ん張りっ!」

柚子のもう一つの顔。
それは『ユズカ』というホステスの顔だった。







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