まんぷくと腹八分

那珂田かな

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エラそうな婚約者様、ラーメンをヤケ食いする【前編】

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「ちょっと付き合って欲しいの」
「ど、どこにっすか?」
「ヤケ食いによ」
目の前の着物姿の女が言った。

「やけ食いっすか…」
「なに、嫌なの?」
「別に嫌とは言ってないっすよ。ただ、飯は美味しく食べたほうが...」
「私が食事をどう摂取しようが勝手でしょ。君にお説教される筋合いはないわ」
女の眼鏡の奥の目が鋭く光った。
なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ。
「わかりましたよ。で、何食べるんすか」
「やけ食いって言ったら、カロリーが高いものって決まってるでしょ」
さも当然、と言わんばかりに女が言った。
なんで、やけ食いごときで、偉そうに言わらなきゃならないんだ。
俺はムカムカするのを我慢しながら、携帯で店を探す。

ー絶対にギャフンと言わせてやる。

「カロリーが高い…そうだ、いいところがありますよ」
俺は、携帯の画面を女に見せた。
「場所は…駅の反対側ね。じゃあ行きましょ」
女はスタスタと歩き出した。着物だというのに歩くのが早い。俺は慌ててついて行った。

俺の名前は、千波 蒼。高校二年生の十七歳。
この偉そうな着物女の名前は、万里小路 菫。社会人で二十七歳。
十歳も離れた俺達は、兄弟でもなんでもない。知り合いといえば知り合いだが、ほんの二週間前にあったばかりの、薄っぺらな関係だ。
だから恋愛感情なんて甘いもんは一切ない。

でも、俺たちの関係は『婚約者』なんだ、一応。

偉そうな婚約者サマは、道中、俺に話しかけることはなく、歩いていく。
それにしても、さっき一瞬、携帯見ただけでよく場所わかるな。
俺は念のために携帯で場所を確認する。
「あのう、そっちじゃなくてこっちだと思うんすけど…」
俺が言うと、婚約者サマはピタリと立ち止まり、振り向いた。
「早く行ってくれない?」
「…スミマセン」
ギロリと睨まれ、俺はとっさに謝ってしまった。
なんだよ、勝手に歩いて行ったのは、あんたの方だろ!
俺は、そう言ってやりたいのを我慢した。今にみてろ、もうすぐギャフンと言わせてやるからな。
険悪な雰囲気のまま店につく。
12時少し前だったけど、ちょうど誰も並んでおらず、すんなり入れた。
「いらっしゃいませー!」
中から元気なバイトの声が聞こえる。俺が連れてきたのは、ラーメン屋だった。肉の匂いがプンプンする。
「ここで食券を買うんですよ」
「じゃあ私の分も買っといて」
女は万札を俺に渡す。
「もうちょっと細かい札で...」
しかし、女は席にスタスタと席についてしまった。
仕方なく俺は、バイトの子に謝って、両替してもらう。
ちきしょう、なんで俺がこんなことしなきゃならねえんだ。


ふん、せいぜいやけ食いを楽しむこった。
カロリー大盛を、この偉そうな婚約者様にぶちかましてやろう。
それも、野菜マシマシ、背脂たっぷり、ニンニクが凶悪的で有名なラーメンを。

俺は心の中でほくそ笑んだ。

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