上 下
164 / 174
XIX.心無い人間はいない【翻邪帰正、呑刀刮腸】

L'argent ne fait pas le bonheur.

しおりを挟む

「なんで、急に……」

「……もう、気づいてるんだろ」

「えっ……」



 彼の声が耳元を擽る。

ゆっくりと私の体を解放した彼は、
今にも泣きそうになりながら、更なる衝撃を告げた。



「俺が、お前の愛する男じゃないことに」 

「!!」



 動揺が隠せない。

隠せるわけが無い。

開いた目がどんどんと乾いていくのに、
閉じることもままならない。


 殺される。

そんな杞憂もほんの一瞬で。


「その顔を見れば、分かる」
優しい声色と、切なげな笑みで言った彼は体を起こした。


未だ返事のひとつ出来ない私の体をも起こさせると
ベッドサイドにあったガウンを私の肩にかけて。

また穏やかに微笑んだ。



「本当は、お前を殺してやろうと思ってた」

「な……」



 いきなり物々しい発言をされたことに
自然と肩が揺れる。

それを見たレオはふっと笑いながらも
「最初は、だ」と今は敵意のないことを付け足した。

それでも、畏れずにはいられない。

本当に、狂っている男だ。


 私の知らなかった殺意を顕にしたレオが、
自分の頭の中を謙虚にも話し始める。



「俺が、皇宮を出た話は聞いたのか」

「……えぇ」

「理由も?」

「……理由? 遊びたかったから、じゃないの?」

「まぁ、そう思われてるだろうな」



 ハッ、と自嘲気味に鼻で笑ったレオは
前髪をかきあげてふいっと外を向いた。


そう思われてる、って。

他の理由があるみたいな言い方、じゃない。


その横顔を見つめながら、彼の言葉を待つ。



「やるせなかったんだよ」

「え……?」




「何をしても、どう頑張ってもキースと比べられて
あいつが先に産まれれば良かったのにだなんて
死ぬ程言われてきた」

「大人達が、自分勝手に決めた法で
あいつを勝手に縛り付けて、俺を悪に仕立てあげて」 

「俺だって、好きで先に産まれたわけじゃねえのに」

「でも何故かいつも責められるのは俺で、
影なんて呼ばれながらも裏で褒め称えられるのはあいつで」

「どうしようもなくやるせなくて、
皇族なんてろくなもんじゃねえってずっと思ってた」 



 だから、皇宮を出たんだ。


これが、理由か。

彼の心情を理解すると共に、
汚かったのはまだ見ぬ大人達だったのだと知る。


「弱い男だろ」
そう言った彼は、嘲笑えとでも言うように
私に視線を向けてきた。


でも、笑うことなんて出来なくて。

彼の瞳を見つめ返すだけに留めれば
彼は再び視線を逸らした。 



「最初は、ただの嫉妬だったのに
いつの間にか気づいたら真っ黒に染まりあがってた」

「気に入らないことがあれば
権力を振り回すだけの男に成り下がって、
キースを褒め称えるような人間は全部その首を落とした」

「お前の執事の両親も、そのうちの人間だ」



 だから彼は、『王子でない貴方のほうが素敵だった』と言った
私に目の色を変えたのか。

遠回しにも、キースを褒めてしまったから。


彼の吐露した想いを刻んで、唇を噛み締めた。


許せたことでないのは確かなのに、
言い返すことも、誹ることも出来ない。

弱いのは、私だ。



「だから今回も、お前もキースも傷つけてやろうと思った」

「でも、最近のお前といると穏やかに戻れる自分がいて」 

「お前に愛されたいと思った」 



 今度は、真っ直ぐに目を射抜かれながら
言われた言葉に声を殺して。



「愛してる、アリア」 



 自分勝手にも、程があるはずなのに。

静かに近づいてきた唇を、私は拒めなかった。






【金持ちだからと言って、幸せだとは限らない】
L'argent ne fait pas le bonheur.

(私は、本当に意志の弱い女だ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

【完結】令嬢が壁穴にハマったら、見習い騎士達に見つかっていいようにされてしまいました

雑煮
恋愛
おマヌケご令嬢が壁穴にハマったら、騎士たちにパンパンされました

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

レイプ短編集

sleepingangel02
恋愛
レイプシーンを短編形式で

【R18】短編集【更新中】調教無理矢理監禁etc...【女性向け】

笹野葉
恋愛
1.負債を抱えたメイドはご主人様と契約を (借金処女メイド×ご主人様×無理矢理) 2.異世界転移したら、身体の隅々までチェックされちゃいました (異世界転移×王子×縛り×媚薬×無理矢理)

調教専門学校の奴隷…

ノノ
恋愛
調教師を育てるこの学校で、教材の奴隷として売られ、調教師訓練生徒に調教されていくお話

処理中です...