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第9話 夜伽

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私の地元では、夜伽(よとぎ)の文化がありました。夜伽とは、葬式の前日に亡くなった人の傍らで親族などが一晩過ごすという風習です。
その際、線香の火を決して絶やしてはいけないと言われており、親族は交代で寝ながら、朝まで線香を焚き続けて過ごすというのが定例でした。

私が二十歳の時、伯母が亡くなりました。
夜伽は大人だけで行うものでしたので、私はその時初めて夜伽に参加しました。
深夜1時ごろ順番が回ってきて、私は母と3つ上の姉と一緒に2時間の当番を当てられました。
伯母の棺の横で他愛もない話をしながら時間を過ごしていたのですが、私たちはだんだんと眠くなってきてしまいました。
母が
「眠気覚ましにお茶を入れてくる」
と席を立ちました。
それから数分経ったころ、私と姉がいる部屋の障子に人影が浮かびました。
部屋の前で人影は立ち止まったまま動きません。
私は母が帰ってきたと思い、お茶をのせたお盆で両手がふさがっているのかなと考え、障子を開けてあげようとしました。
「開けちゃダメ!」
姉が叫びました。
振り返ると、姉がライターをカチカチと鳴らして、新しい線香に火をつけようとしていました。
「線香が消えてるの。それはお母さんじゃない」
姉の声は震えていました。
線香立てに刺さっている線香の火がいつの間にかすべて消えていました。
やがて新しい線香に火がつき、姉はそれを線香立てに刺しました。
すると、ドタドタと走る足音がして、障子がスパーン!と開きました。
母が青ざめた顔で
「この部屋の前の廊下に黒い塊がいたの。アンタたちが狙われてると思って慌てたわ。部屋の近くまで来たらすっと消えたけど」
と言いました。

あの時、もし姉が線香が消えていることに気付かなかったらと思うと、背筋が冷たくなります。
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