62 / 65
第62話 逃亡
しおりを挟むピリリリリ、という、聞きなれた、味気ない着信音で目を覚ます。
仕事の電話みたいで嫌だと錬からは不評だが、俺は逆にそれがよくてプライベートでもこの昔ながらの単調な着信音を使い続けている。
上司や取引先からの電話じゃないかと、この音を聞くたびに胸がキュッと締め付けられるような感覚があるが、そのおかげでこうして寝ている時でも着信が鳴ったら起きられるというメリットがあるからな。
「はい、久場ですけど?」
だが、そのデメリットとして、電話に出た時の返答もとても業務的になった。
ちゃんと頭が働いていて、スマホの表示を確かめるという意識があれば、電話の主に合わせて返答を変える余裕があるが、何せ今起きたばっかりだ。
とりあえず3コールまでに電話に出る、という、身に沁みついた身体の動きに任せて電話に出たものの、そんなことを考える頭の余裕までは無い。
「礼二さん、お休み中のところ失礼します。地方公務員の宇井です」
「宇井さん? どうかしましたか?」
電話をかけてきた相手は、そんな業務的な対応で正解だったかもしれない、真面目で大人な地方公務員の宇井さん。
こちらも寝起きにしては真面目に返答したつもりだったが、どうやら寝起きの声までは隠せていなかったらしく、彼女には俺が寝起きであることがバレているようで、何となく気恥ずかしい気持ちになる。
しかし、その気恥ずかしさも相まって、直前まで昼寝をしていた俺の頭はだんだんと覚醒してきた。
相手も業務的な返答をしてきたということや、彼女からの電話はいつも自分にとってとんでもなく重要な案件だからという理由もあるのかもしれない。
……そして、どうやら今回の電話もその例にもれず、俺にとって重要な案件らしい。
「そちらに、静子さんが伺っていませんか?」
静子ちゃんが、ここに……?
いったいどういうことだ? 今は静子ちゃんは入院中で、しかも、一時的な記憶喪失で俺たちのことを忘れているはずじゃないか?
俺はその言葉に促されるように部屋の中を見渡してみるが、今のところは、彼女が訪れている様子も、訪れていた形跡も見当たらない。
「とりあえず周りに彼女の姿は見当たらないですけど、すみません。俺、工事が昼休憩の時間で止んでから、本当についさっきまで昼寝をしていたので……それよりも、静子ちゃんがここにくるって、どういうことですか?」
「それが……申し訳ございません……。るあさんがお見舞いに訪れた影響で、静子さんの記憶が戻ったようで、騒ぎになる前に、警察の協力の元、彼女を保護しようとしたのですが、逃げられてしまいまして……」
そんな簡易的なあらましの後、宇井さんは、この数時間で起きた出来事だとは思えないドタバタ劇の内容を話してくれた。
こんなことにならないようにと、宇井さんは、事前にるあちゃんの元を訪ねて、彼女に静子ちゃんのところへお見舞いには行かないようにとお願いしたが、るあちゃんは宇井さんの言うことを聞かずに、すぐにお見舞いに行ってしまったこと。
記憶を取り戻した静子ちゃんがどんな行動に走るか分からなかったので、警察の手を借りて保護しようと行動したが、病院に着いた時には既に予想以上の事件が発生していたため、半ば強制的に関係者を警察署へ連行したこと。
当事者たちから事情を聞くと、るあちゃんが病院についた時、タイミングが良いのか悪いのか、同じくお見舞いに来た静子ちゃんの叔父さんと鉢合わせて、静子ちゃんに会わせろ会わせないで口論になったこと。
ロビーで二人が口論しているという噂を聞いたネココが病室を飛び出して、るあちゃんの言い分に加勢する形で暴走して、病院のロビーにあったソファーを手当たり次第にひっくり返したこと。
何故かネココのポルターガイスト能力が変質し、霊体化していない物にも触れられるようになっていた影響で、一般人の目撃者が多く、病院では現在、警察や役人が対応に追われていること。
そんな事件の事情聴取や、役所側が検討している今後の対応方針の説明などをしている最中、静子ちゃんがお手洗いに立ち、なかなか出てこないので確認すると、個室の壁が霊体化していて、彼女の姿はどこにも無かったこと……。
どうやら別室で取り調べを受けていたネココも同じタイミングでお手洗いに立っていたようで、おそらくネココが机の下などから静子ちゃんをお手洗いに誘導して、逃亡の手伝いをしたものと思われること。
「おいおい、幽霊はトイレに行かないだろ? なんで取り調べの担当者はネココをトイレに行かせたんだ」
「ポルターガイストが変質した影響で催したのかもしれないと言われ、行かせてしまったそうです」
「変質って、霊体化していない物体に触れるようになったってやつか? 俺も同じことが出来るが、トイレに用はないぞ?」
「他人にはそこまで分かりませんので……」
「まぁ、そりゃそうか」
そして、宇井さんは、二人が逃亡したなら向かう先はここだろうと、俺に電話してきたらしい。
何というか、想像以上に大変なことになっていて、本当に関係者の方々には同情するが……静子ちゃんが俺の事を想い出してくれたこととか、警察から逃げてまでこちらへ向かってきてくれることに関しては、なんとなく嬉しく感じてしまう……。
大人として、良くない感情だな……。
「礼二さん、そういえば、お昼寝を始めたのはいつ頃ですか?」
「多分、12時半くらいだったけど、何でそんなことを聞くんだ?」
「突然すみません。いえ、その、そちらから特に工事の音が聞こえませんので、午後の工事はお休みなのか、と……」
「え……? ちなみに、今は何時です?」
「午後2時過ぎですね」
時間的には、確かに、もうとっくに作業は開始していていい時間だが……確かに、今、窓の外へ意識を向けても工事の音は聞こえない。
午後の工事が休み……? いや、そんなはずはない。
今日は一日中、工事があるはずだ……俺の睡眠時間がかかっているから、貼りだされている工事のスケジュールは毎日チェックしている。
「おい! そっち、いたか?」
「いや、こっちにもいねぇっす!」
そんな疑問を感じたので、窓を開け、工事が再開されているはずの外を見渡してみると、いつもの重機や工具が発する大きな音こそ聞こえないものの、人の怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
「まいったなぁ……これじゃあ工事再開できねぇぞ? 警備員は何をやってたんだ?」
「それが、出入り口に立っている警備員は、入ってきた高校生くらいの女の子の姿を見てないらしいんすよねぇ」
「は? バカ言え、出入り口以外は防音壁が立ってるだろ! スポーツ選手でもない学生が、掴むところもないあの壁を乗り越えてきたってのか?」
「……もしかして、壁を擦り抜けてきた、とか」
「……」
……。
「宇井さん、どうやらすぐにこっちに来た方が良さそうだ」
「え……?」
「たぶん、二人とも、ここに来てる」
俺は宇井さんにそう言って電話を切ると、他の助っ人に電話をかけながら、工事現場の人たちと一緒に、廃ビルへの侵入者を探し始めた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
機械仕掛けの魔法使い
わさびもち
ファンタジー
《多くを愛し、多くを救い、そして多くに裏切られてこの世を去った偉大なる異形の魔女アリドネ=ミストリア》。
かの者はかつて、人類を脅かしていた脅威の存在《魔獣》を仲間と共に《魔法》を発現することで打ち倒した原初の魔法使いであった。
しかし……平和となった世界ではあまりに強大な力を持つ彼女の存在は危険視され……鎖に縛られたまま洋館に火を放たれて絶命する。
何千年もの時が経過したある日のこと……アリドネは一人の少女によってその目を覚ます事となった。
自分を目覚めさせると同時に絶命したその少女の命令は……《人類を助けてくれ》。 機械仕掛けの魔法使いとして蘇ったアリドネは《原初の魔女》として再び大いなる敵へと立ち向かう!
『あなたの行く末に幸多からんことを』彼女を復活させると共に絶命した、とある王国の王女が最期に告げた言葉を胸に抱きながら。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる