上 下
49 / 65

第49話 雨

しおりを挟む

 午後から、雨が降り出した。

 その日の天気予報は、晴れ時々曇りで、降水確率は30%程だったと聞いていたんだが、徐々に雲が目立つようになってきたなと思ったら、そのまま打率三割を当てて降り出してしまったようだ。

 原宿で集団デート中のやつらは……まぁ、雨が降ったところで濡れることも風邪をひくことも無い幽霊組みは大丈夫だろうが、静子ちゃんや、るあちゃんは、どこかでちゃんと雨宿り出来ているだろうか。

 チャララララ、と、おそらくスマホの着信音だろうと思われる軽快なメロディが、空が雨雲に覆われて薄暗くなった室内に、その雨の音をかき消すように派手に鳴り響く。

 俺は、着信音的に自分のスマホじゃなさそうだなとは思いつつも、とりあえず近くで着信音が鳴ったらスマホを取り出して確認するという、パブロフの犬のように身についてしまった習慣的な動作のまま、念のためそれを確認するが、予想通り、自分の方には何の通知も来ていない。

「先輩、ちょっと出てきますね」

「ああ」

 同じように、自然な動作でスマホを取り出していた錬が、その画面を確認した後、首をかしげてから、そう言って、まだ鳴り続けているスマホを手に部屋を出て行った。

 その反応からして、美鈴ちゃんではなさそうだなとは思ったから、いったい誰からかかってきたものなのか少し気になりはしたものの、まぁ、プライベートなことでも仕事の事でも、好奇心でつついていい内容では無いだろうと、俺は読んでいた漫画に再び視線を落とす。

 仕事の連絡でも、電話ではなくメッセージアプリなどを活用することが多くなってきたこの現代で、メッセージではなく電話の方を利用する機会なんて、そんなにない。

 あるとすれば、普段からメッセージアプリより電話を利用する機会の方が多い、かしこまった職業の人たちか、まだ少し時代の波についていけてない電話時代の人たちか、緊急性の高い要件のときくらいだと思う。

 俺も、少し前まで幽霊でもスマホが使えるということすら知らなかったわけだが、使えるようになってから連絡先を交換したネココや錬と何か連絡を取る時は、電話ではなくメッセージアプリを利用することが殆どだ。

 たまに電話の方を使うことになるのは、こちらからメッセージアプリで連絡を送っても、何故かそのメッセージアプリで返信せずに電話をかけてくる、宇井さんくらいじゃないか?

 まぁ、そもそも地縛霊になってから、連絡を取る相手が両手で数えれるだけしかいなくなったから、何の参考にもならないとは思うが……幽霊のスマホでは幽霊としか連絡が取れないので、静子ちゃんや、るあちゃんとは連絡先を交換してないし。

「先輩……」

「うぉっ! ……戻ったか」

 しばらくして部屋に戻ってきた錬は、幽霊らしく、音も気配もなく、気が付いたら俺のすぐそばに立っていた。

 自分も同じ幽霊で、それなりに幽霊経験を積んできているとしても、彼らの神出鬼没さにビックリせずにはいられない。

「部屋に入る時はノックくらい……」

「先輩……」

「……何かあったのか?」

 俺は錬に、幽霊なのでノックすることが出来ないと分かりながらも、そんな言葉のボールを冗談交じりに投げかけようとしたが、何やら、錬がそういった雰囲気ではないことに気が付いて、そのボールをしまった。

 錬はいつも陽気でお茶らけているやつだが、別にそれほど頭が悪いわけでは無いし、仕事となれば大人な対応もできる奴だ。

 とは言っても、プライベートで、こいつがこれほど真面目な顔をするのは珍しい……。

 俺は、その時点で、なんとなく、無性に、言葉では言い表せない、嫌な予感を感じたが……。


「……静子ちゃんが、病院に運ばれました」


 その言葉は、そんなちっぽけな嫌な予感を上回るような現実で、俺の脳は、その事実を処理できる能力を持っていなかったのか、頭の中が真っ白になって、何も考えが廻らなくなった。

「詳しくは、今、宇井さんがこっちに向かってるから、その時に聞いてほしいんすけど……」

 錬がまだ何か言っている。

 だが、その声は、音としては耳に届いているが、意味として脳までは届かない……今それよりもはっきりと聞こえている雨と同じ、ただの環境音だ。

 ああ、気が付いたら、外は土砂降りじゃないか……天気予報の降水確率は何だったんだよ……。

 静子ちゃん、雨に濡れてないといいな……。

 俺は、そんなフワフワとした思考の中、特に保とうともしないまま、意識を手放した……。
しおりを挟む

処理中です...