29 / 65
第29話 一難去って
しおりを挟むるあちゃんが廃ビルで撮影を始めてから2日後の夜。
俺たちは月明かりの下で、彼女に別れの挨拶をしていた。
「それじゃあ、またいつかお会いしましょうねっ」
「ああ、またな」
「今度の番組、絶対見ます!」
「このサインは、絶対に高く売るニャ!」
「いや、売るなよ」
俺はネココの脳天にチョップをかましながら、帰りの車へと向かっていく彼女に手を振る。
この猫は、昨日、お弁当を持って夏休みの宿題をやりにきた静子ちゃんを迎えに来たところまでは良かったものの、俺たちと一緒にいた彼女が芸能人だと一瞬で見抜くと、光の速さでどこからともなく色紙を取り出し、サインをねだるという、大変失礼な登場をした罪深い猫だ。
彼女のことを知っていた点に関しては、流石は、俺に毎週のように漫画や雑誌などを提供してくれる本屋さんだな、といったところだが、出会って数秒でサインをねだり、あまつさえ、それを本人の前で売り払う宣言をする常識の無さときたら、本当に人間ではなく化猫なんじゃないかと思ってしまう。
今日だって、静子ちゃんと一緒に遊びに来たのはいいものの、隙あらば芸能界の裏側について、るあちゃんに根掘り葉掘り聞こうとしていたし、いったい俺が何度美鈴ちゃんに電話して捕まえてもらおうと思ったことか。
まぁ、見た目が子供ということもあってか、るあちゃん本人は気にする様子もなく、そんなやり取りさえ楽しんでいた様子だったから良かったが。
「行ってしまいましたね」
「そうだな」
「にっしっし、でもこれで匂いは覚えたからネココはいつでも追えるニャ」
「追わんでいい、というかお前は犬か!」
「猫ニャ!」
「うふふふ」
賑やかなのは嫌いじゃないし、静子ちゃんも楽しそうだから別にいいが、やっぱりコイツの相手は疲れるな……。
「というか、お前たちも流石にそろそろ帰れ、まだギリギリ遅めの晩御飯くらいの時間帯かもしれないが、これ以上は遅くなり過ぎだ」
「そうですね、宿題の難しいところもだいたい終わりましたし、言われた通り、残りを片付けてからまた来ます」
「ああ、こういうのはさっさと終わらせちゃった方が、残りの夏休みを心置きなく楽しめていいからな」
「ネココは宿題なんかしなくても心置きなく楽しめるニャ!」
「能天気なお前と真面目な静子ちゃんを一緒にするな」
そうして俺は、るあちゃんに続いて、静子ちゃんやネココにも手を振って見送った……。
月夜の晩、これが全行動範囲だと考えると狭くとも、ここに一人で住むと考えると広すぎる廃ビルの敷地に、俺一人だけが残される。
昨日と一昨日が賑やかだったこともあって、何だかちょっとセンチメンタルな気分になるな……まぁ、静子ちゃんやネココとは、どうせすぐにまた会うことになるんだろうが。
それに、一人になれたのは、悪いことばかりじゃない。
なにせ俺はこの二日間、まともに睡眠時間を取れていないのだから……。
「それもこれも、るあちゃんを一人でこんな場所に置き去りにした番組スタッフが悪い」
普通に考えて、若くて可愛くて、男性ファンだってたくさんいるグラビアアイドルが、セキュリティの欠片も無いこんな廃ビルに一人で泊まり込むなんて、危険すぎるだろう。
だから俺は、るあちゃんがテントに帰って別れても、心配で心配で、ずっと廃ビルの外で寝ずの番をしていた。
流石に昨日は眠くて、一度布団に潜り込んだのだが、やっぱり気になって、結局、廃ビルに近づく影がいないか夜の間はずっと見張りをしていたのだ。
それが、今日から全く心配がいらない……。
何も気にせず、心置きなく眠れる……。
「よっしゃぁあああ!! そうと決まれば、ちょっと早いが、今日はもうさっさと歯を磨いてこのまま……」
寝よう、と。そう思ったところで。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッという、聞き覚えのある重低音のリズムと、ジャカジャカとかき鳴らされるエレキギターの旋律……。
外に出ている俺に気づいたのか、ヘッドライトを真っすぐこちらへ向けて近づいてくるそれは、無駄に改造されたワンボックス……。
その車は俺の前で停止すると、二人の人影を下ろした……。
「久場様こんばんは、夜分遅くに失礼します」
「Yo! 礼二、今夜もノッてるかい?」
それは、地方公務員の宇井 市代さんと、キーヤンこと便利屋ヤンキーの佐藤 吉一郎……。
はぁ……どうやら俺は、今日もゆっくり眠れないようだ……。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる