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第24話 現行犯

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 仕事を選ばないグラビアアイドル、平井ひらい るあ は、どこかのテレビ局で放送されるらしい「密着!心霊スポット48時間!」というホラー番組で、心霊スポットに1人で丸々2日間泊まり込むという、とんでもない企画の撮影に来ていた。

 番組の趣旨としては合っていたとしても、大人の対応としてはどうなのか、番組スタッフたちは企画の内容通り、るあ氏を、テントや食料、携帯トイレなどと共にこの場に1人残してさっさと撤収してしまったので、この今話題の心霊スポットらしい俺の住む廃ビルで、彼女だけでカメラを回している。

「みなさん! これを見てください! さっきまで何もなかった場所に、何やら町で宣伝の旗を立てるときに使われていそうな……なんていう名前なんですかね? これ……が現れました!」

 生前も彼女の存在は知ってはいたが、特にファンというわけでも無かったので、俺は平井 るあ  というグラビアアイドルがどんな性格でどんな活動をしていたのかさっぱり分からないが、もしかすると1人でこういった撮影をするのは慣れているのだろうか……。

 彼女はガシッとハンディカメラを手に掴むと同時に、自分の顔がドアップで映るようにそのレンズを覗き込みながら喋り、まるで手品でも使ったような器用さで、次の瞬間にはカメラを三脚から外すと、さきほど錬が持ってきたコンクリートスタンドを映して見せた。

「そして、なんと入り口のすぐ外にも! この、なんかよく見るけど、何に使われてるのか分からないブロックが落ちていました! これも……多分ですけど、この廃ビルに入ってくるときにはありませんでした!」

 そのままクルリとまたカメラで自分に向けると、レンズに向かって話しかけながら器用に廃ビルの入り口まで移動して、今度は俺が置いたコンクリートブロックを映す……。

 よくもまぁ、よそ見をしたまま、別に歩きなれていないであろうこの薄暗い廃ビルの中を、足元も見ずにスタスタと歩けるもんだ。

(なんつーか、さすがプロって感じっすねー)

(ああ、よく足元も見ずにこの薄暗い中を歩けるよな)

 俺はそんな彼女を見守りながら、同じように近くで酒を飲みながら彼女を眺めている錬と、そんな会話を交わす。

(いや、それもそうっすけど、彼女、さっきまでピーピー泣いてたじゃないっすか、切り替えがすげぇなーって)

(確かにな)

 ここが薄暗いこともあって、もしかするとカメラを通してこの撮影を後から見るであろう番組視聴者には、伝わらないのかもしれないが、彼女は、先ほどまでずっと、今元気にリポートしているその心霊現象を怖がって泣いていた。
 秒速で済ませたメイクで涙の痕は隠しているが、目が充血している様子は隠しきれていないので、見る人が見たら気づくかもしれない。

 怖くとも、せっかく発生した心霊現象をレポートしないのは勿体ないと思えるのは、本当にたくましいプロ意識だとは思うものの、俺は深呼吸とほっぺたパチンで無理やり仕事モードに切り替えた彼女のメンタルが心配だ。

(俺っち、グラビアアイドルってのは、お金のために自分の身体を安売りしている軽い女ってイメージだったっすけど、ちょっと見方が変わったっすよ)

(奇遇だな、俺もだ)

 まぁ、もしかしたら彼女が特別頑張り屋だという線もあるが、きっと他のグラビアアイドルも、ただ雑誌の表紙で世の男たちに水着姿を披露しているだけじゃなく、見えないところで色々と努力しているのだろう。

「……それでは皆さん、私はまたテントを立てる作業に戻りますが、また何か変わったことがあればその様子をお届けしますので、続報をお待ちください!」

 と、そんなことを考えているうちに、彼女はひとまずの心霊現象レポートを締めくくったようだ。

 番組の視聴者がこれを見て実際にどんな反応をするのか分からないが、俺が夏のホラー番組を見ていた記憶を思い出す限り、多くの人が、別にその心霊現象が本物だなんて全然思って無くて、ただ番組の雰囲気とか演出とか、芸能人のリアクションを楽しんでいるだけなんだろうな……。

 もしかして、俺が見ていた番組の中にも、こうやって本当に幽霊が起こしていた心霊現象があったりしたんだろうか。

「ふぅ……」

 無事にレポートの撮影を終えた彼女は、ハンディカメラの録画を切ると、一呼吸置く。

「っ……」

 そして、力が抜けると同時に寒気でも感じたのか、自身の両腕を抱きかかえるようにして身体をゾクゾクと震わせた。
 別に俺や錬が何かやったわけでも無いので、純粋に張っていた緊張が解けて、外気温の低さに気づいたんだろう。
 いくら夏とはいえ、夜になればそれなりに涼しくなるからな……夏らしい彼女の薄着は、夜の気温に対抗するには少し心もとないかもしれない。

「うぅっ……どうしよう……たぶん、これにロープを巻いたら、床に穴をあけないでもテントが張れると思うけど……使っていいのかなぁ……祟られたりしないかなぁ」

(祟っちゃうっすよ~)

(やめろ酔っ払い)

 るあちゃんの心配そうな言動に、錬が悪乗りをして幽霊っぽいポーズを始めたのを視界に捉えて、俺はその頭をチョップで叩く。
 まったく、これだから酔っ払いのおっさんってのは手に負えない。

「まぁ、考えても仕方ないか、そんなことより、いつまでも映像に進展がないのは面白くないもんね……」

 うぅ……なんて健気な子なんだ……。
 怖い思いをしても視聴者のことを考えるなんて……。

「そうと決まったら、これを……よいぃっ、しょぉっとぉ……うぐぐっ……思ったより重いぃ……」

 テントを支える金属の棒ポールを立った状態で固定するためには、その先端と地面に置いたコンクリートブロックをロープで結ぶ必要があるから、テントの場所までコンクリートブロックを持っていかないといけない。

 けれど、その俺がここまで運んできたコンクリートブロックは、1つ10kg……特に鍛えたりしていない女の子が持つには、1つずつ運ぶにしても少々重いだろう。
 彼女はカメラをそっとその場において、両手でしっかりとブロックを持ち上げたが、それでもかなり重そうな様子だ。

 うんうん。分かる、分かるぞ、その大変さ……。俺もさっき同じ苦労をしてきたからな……。

 なんか手も足もプルプルと震えちゃってるし、メチャクチャ手伝ってやりたい……メチャクチャ手伝ってやりたいが……。

 俺がここで手伝ったら、また彼女がホラーな現象に怯えることになるからな……残念ながら……ん?

 と、俺は後方で腕を組んで、心の中で彼女を応援していたのだが……彼女の進むすぐ先には、錬が持ってきたコンクリートスタンドが……。

 彼女はテントの設営場所から廃ビルの入り口まではカメラのレンズを見ながらでもスタスタと危なげなく歩いていたはずだが、カメラが回っていないとその集中力が落ちてしまうのか、重いコンクリートブロックを運ぶのに必死で、足元に注意が向けられているようには見えない……。

「きゃっ!」

 そして、予想通り、彼女は床に設置されたコンクリートスタンドに躓き……。

「危ないっ!」

 俺はとっさに彼女を受け止めるが、彼女が手放したコンクリートブロックが宙を舞って三脚の方へと飛んで行き……。

「錬っ!」

「うぃっす」

 そしてまたとっさに俺の呼びかけに応えた錬が、そのコンクリートブロックにポルターガイスト能力を使って、それが三脚にあたる前に、ブロックを宙に浮かせた状態で留まらせる……。

「……」

 何とか、彼女は転ぶことなく、宙を舞ったコンクリートブロックがハンディカメラの三脚を破壊することも無かったが……。

「えっ……?」

 ……俺と、るあちゃんの目が合う。

 さっきまで彼女は俺の姿は見えていなかったはずだが、これは絶対に見えている目だ……。

「あー……えーと……」

 若い女性を抱きかかえる、むさいおっさん……。

 前方に手を伸ばす少し若いおっさんと、空中に浮いたまま停止するコンクリートブロック……。

 そして……。

「不審者がいるとの通報を受けて参りました! 地域課の苦掘 美鈴にがほり みすず 巡査でありま……確保ー!!!!」

 何故かそんなタイミングでこんな場所に現れるミニスカポリス。

 って、ん? 不審者の通報? あ……。

 ——もしもし美鈴みすずちゃん? なんか廃ビルで薄着の女性をじっと眺めている不審者がいるんだけど——

「あ、やべ」

 この酔っ払いの仕業かぁぁああああ!! ってか、あの時本当に通報してたのかぁぁああああ!!!

久場 礼二くば れいじ! 管野 錬くだの れん! 女性に対する暴行又は脅迫の現行犯で逮捕します!!」

 もうめちゃくちゃだよ! 誰か助けてくれー!!

 と、こうして、また俺の睡眠時間が削られる事件が発生してしまった……。
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