上 下
12 / 65

第12話 委員長とヤンキー

しおりを挟む
「まずは自己紹介からさせていただきましょう」

 夜の十一時過ぎ。

 騒音改造車でロックだかメタルだかの曲を迷惑に響かせながら突然うちにやってきた来客は、俺がルーチンワークとして出したお茶をすすると、そう切り出した。

「私の名前は宇井 市代うい いちよ。霊役所に勤める地方公務員です。よろしくお願いいたします」

「は、はぁ……よろしくお願いします」

 最初にそう自己紹介してきた女性は、騒音改造車の後部座席に乗っていた、ピシッとしたスーツを身に纏ってメガネをかけた、いかにもな、真面目そうな女性。
 霊役所というのはよく分からないが、地方公務員と言っていることを考えると、市役所とか区役所の類なのだろう。
 やっぱりその職業もなんだか真面目そうな感じなのだが、この人はどうしてこんなチャラそうな男と一緒にいるんだ?

 と、俺が失礼ながらそんなことを考えつつ、そのまま横であぐらをかいている男へと視線をずらすと、それを続いての自己紹介を促されたのだと勘違いしたのか、こんどはそいつが自己紹介を始めた。

「オレは車の運転から水道の修理までなんでもやってる便利屋の佐藤 吉一郎さとう きいちろうだ。気軽にキーヤンとでも呼んでくれ、ヨロシクー!」

「……」

 そう言ってラッパーみたいなポーズを取りながら自己紹介を終えたこいつは、やっぱりそれを聞いても隣にいる女性とは関係が無さそうなやつだった。
 車の運転もする便利屋ってことだから、きっとタクシーとして使われただけなんだろう。

 となると、やっぱり俺に用があるのはその隣の女性……。

 地方公務員って言葉から頭に思い浮かぶのは、この前出会った自称警察官のコスプレガールだ。
 あの子が本当に警察官だったなら、同じ公務員として知り合いかもしれない。

「……それで、今日はどういったご用件で?」

 まぁ考えるより本人に直接聞いた方が早いだろうと、俺は自分の方も軽く自己紹介をした後、地方公務員を名乗る宇井 市代さんにそう訊ねた。

苦掘 美鈴にがほり みすずさんから伺っていると思いますが、あなたは地縛霊ということで、幽霊になってから霊役所を訪れておらず、住所の変更届けを出されていないということでしたので、本日はそちらの手続きをしていただくため、訪ねさせていただきました」

 苦掘 美鈴……? 名字は覚えていないが、美鈴ってのは確か、あのコスプレ警官の女の子の名前だったな。

 そういえばあの時、いきなり連行しようとした彼女に腹を立てたり、生前持っていたスマホとか身分証が念じれば出せることにテンションがあがったりして真面目に聞いていなかったが、住所登録の手続きが出来る役人を派遣するとか言っていたような気がする。

「ってことは、本当にあんたは幽霊用の役所の人で、あの美鈴って子も本物の警察官だったわけか」

「はい」

「んで、こっちの男は、タクシーの兄ちゃんね」

「その通りです」

「その通りって……委員長、それは酷くない?」

「委員長ではありません、地方公務員です」

 俺の言葉に真面目に答えて、その言葉に反応したヤンキーにも真面目に返す。

 笑っちゃ悪いが、眼鏡をクイッと上げながらそう返す彼女の仕草は、おそらくニックネームなのであろうその「委員長」という名称がとてもよく似合っている。

「まぁ、そういうことならさっさと手続きしちゃうか」

「はい、それではまずこちらの書類に……」

 そうして手続きを始めて見れば、担当してくれる彼女から公務員オーラが出ているせいか、場所が自宅のちゃぶ台ではあったものの、本当に役所でそういった手続きをするような雰囲気での対応となった。

 ヤンキーが勝手に俺の部屋を漁って漫画を読み始めたり、勝手にお湯を沸かしてお茶を入れ始めたりする度にツッコミを入れていたので、その雰囲気もちょくちょく中断させられていたが……。

「ってか、宇井さん、だっけ?」

「はい」

「まぁ、アンタじゃなくて美鈴さんの仕事かもしれないけど、あいつの車、取り締まらなくていいのか?」

「取り締まる、というと、ローダウンのことでしょうか」

「とか、カーオーディオ交換の騒音とか?」

「ふむ、まぁ、お気持ちは分かりますが、難しいですね」

「難しい?」

「はい。ローダウン……昔、日本でシャコタンと呼ばれていた改造は、平成7年の規制緩和によって、スプリング交換後のボディサイズなどが規定以内の数値であれば車検にも通りますし、カーオーディオ音量も、道路交通法的に明確にどのくらいの音量までならばカーオーディオを流してもよいという決まりはありませんので」

「そうなのか……」

「まぁ、パトカーのサイレンやクラクションなど、安全運転に必要な音が聴こえる状態から逸脱している場合や、他の車の迷惑になっている場合は取り締まれる可能性がありますが、残念ながら、あの車も霊体ですので、そこから流れるカーオーディオが聞こえるのも、私たち霊だけとなっております」

「うわー、俺にとって迷惑極まりない車だな」

 法律には詳しくないが、日本の法律は元から若干ヤンキーにも優しい法律な上に、それが幽霊業界ではさらに緩和されているようだ……。

「はっはっはー、その通り! 学生時代はともかく、オレはもう大人だからな、他人に迷惑をかけるとしても、ちゃんと法律の範囲内で留めているんだYO!」

 いや、大人なら法律の範囲内とかじゃなくて、他人に迷惑をかけるなよ……ってか、いい加減ロッカーなのかラッパーなのかハッキリしろ。

「まぁですが、あくまでも一般の人から苦情がこないというだけですので、久場様から苦情があったということは担当部署へ報告しておきます」

「お、そいつは助かる、よろしく頼むよ」

「オーマイガッ!」

 俺たちのそんな会話に、見た目はパンクだかメタルだかのヤンキーが、エアギターをかき鳴らしながら仰け反る……音じゃなくて見た目がうるさい場合は、騒音じゃなくてなんて言うんだろうな。

「じゃあついでに、今度何か用がある時は日中に来てもらうことって可能か? まぁ、わざわざ出向いてもらってる身で申し訳ないんだけど、俺、普通に夜は寝たい派だからさ」

「……申し訳ございませんが、それも難しいですね」

「あー、やっぱり、日中はちゃんと役所に行ける人の対応で忙しい?」

「あ、いえ、その逆です」

「逆?」

「はい……霊役所に訪れる方は夜型の幽霊が殆どですので、それに合わせ、開庁時間も夜の八時半から朝の五時までとなっております」

 役所が昼夜逆転してるぅー!!!

「まぁ、その範囲内で、担当できる者が空いていれば、時間をずらすことも可能かとは思われますが……それが良いことなのか悪いことなのかは置いておきまして、霊役所は人手不足ですので、ご要望に沿えないことが多いかと思われます」

「あー……」

 そうだよな……。

 誰でも命を落としたら幽霊になるわけじゃなくて、何らかの大きな未練がありつつも、この世界を嫌っていないような人が幽霊になるわけだから、総人口も少なければ、役所に勤める人も少ないということ。

 宇井さんの言う通り、人手が多い、少ない……つまり、大きな未練を抱えたまま亡くなっている人が多いか少ないかということに対して、良い、悪いの感想を持つことは出来ないし、そういうことであれば、俺の対応が深夜になってしまうのも仕方ないだろう。

「いや、わがまま言って悪かったな……何だかんだ夜更かしすることも多いから、時間帯のことは気にしないでくれ」

「いえ、こちらこそ、ご期待に沿えず申し訳ございません」

 そうして、ちょっと気持ちが暗くなる話を挟みつつも、俺は必要な書類を書き終えて、彼女に渡す。

 そんな真面目な話をしている間も、チャラ男ヤンキーは相変わらず人の家を好き勝手漁って、いつの間にか俺がへそくりで隠しておいたスナック菓子を開けて食べていたが、もしかしたらこいつなりに暗い雰囲気を和ませようとしてくれているのかもしれないな……。

 ……まぁ、だとしてもスナック菓子は普通に殴って取り返したが。

「はい、特に記入漏れもありませんので、こちら持ち帰り、手続きの方を進めさせていただきます」

「わざわざ来ていただいてありがとうございました」

「そうだぜ、わざわざ出向いてやってんだから、今度はコーラでも用意しておけYO!」

「あははは、今度は別のタクシーを使ってもらえるとありがたいです」

「そうですね、善処いたします」

 俺は戯言をつつしまない男を殴りながら、真面目な地方公務員さんと笑顔で分かれる。
 彼女が善処しますという言葉で留めたように、きっとタクシー業界もこちら側では人手不足なのだろう。
 当人も便利屋と自己紹介していた通り、彼も別にタクシー業をメインの仕事にしている感じではなさそうだったしな。

 来るときと同じく、あたりに騒音をまき散らしながら去っていく車に手を振って見送ると、窓を閉め、カーテンを閉める。

 今まであまり気にしていなかったが、この世界にとどまっているということは、あの地方公務員さんも、自称便利屋のヤンキーも、何かこの世に未練があるってことだよな……。

 それは、あの時の女性警察官も、後輩も、野良猫も……。

 ……そして、俺も。

 まぁ、俺自身のことは分かり切っているし、別に隠すようなことでもないが、皆がそんな俺に訪ねないように、俺もそれを皆に訊ねたりしないから、皆がどんな未練を背負っているのか知らないし、今後も聞くつもりはない。

 よく分からないが、俺にその幽霊になる条件を教えてくれた、何だかんだ、こうなってから一番付き合いが長いネココも、それを話してくれたとき、いつも通り明るく振舞いつつも、何かにおびえているような様子だった。

 俺は察しが悪いから後になってから思ったんだが、きっとあの時ネココは、それを説明した流れで、「じゃあ、お前はどんな未練を持っているんだ?」みたいなことを聞かれることを恐れていたんだろう。

 それを俺が尋ねなかったのは本当に偶然だったが、おそらくあの時、俺がネココにそれを尋ねてしまっていたら、きっとそこで彼女との交流は止まっていたと思う。

「暗黙のルールは、国で定められた法律よりも重い……か」

 明示されていないのに、破ったら、感性によっては法律を破った時以上のデメリットとなりえるなんて、迷惑なルールだ……。

 ……だが、それは確かに存在するし、この世界から消えることは無いだろう。

「俺はそんなものよりも、就寝時間を法律できっちり定めて欲しいものだけどね」

 布団に寝転がりながら時計を見ると、時刻はそろそろ二時になる時間帯……。

 真面目公務員さんが、その地区のゴミの分別方法を説明するかのように幽霊として生活する上でのルールを事細かに説明してくれたり、書類を書いているところをヤンキーの自由奔放さに邪魔されたりしていたので、結局こんな時間になってしまった。

 役所の開庁時間も昼夜逆転していたし、きっと幽霊としては、生きている人たちとは逆の生活リズムで暮らすのが自然なんだろう。

 だけど、俺は生前の生活リズムを諦めない……。

 誰に、何度、睡眠を妨害されたって、朝七時半には起きてやる。

 ……明日も、あいつが来るだろうからな。

 俺はひらひらと風に揺れる布を思いながら、目を閉じた……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...