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第1話 廃ビルの主

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 俺の名前は、久場 礼二くば れいじ
 どこにでもいる普通のサラリーマン……だった男だ。

 それが今や、こんな人気の無い廃ビルなんかで地縛霊なんてやってるんだから、世の中何があるか分かったもんじゃないな。

 ここは、それこそ俺みたいな、人生に疲れ、未来に絶望し、この先の社会を生き抜いていく自信が全く持てなくなったやつが、その生涯を自分の意思で終わらせようとするスポットとしてそこそこ有名な場所だったりするが、別に俺はその選択をしてここにこうしているわけじゃない。

 っていうか、そんな最終手段でも何でもねぇ何もかも間違ったバカな選択をして、不幸な自分に酔いしれちまうようなアホな奴なら、さっさとこの腐った世界から居なくなりてぇだろうから、霊なんかにならずに成仏するだろ。

 自分が霊になってみて分かったが、この世界を本当に嫌って他界する奴らは、わざわざそんな大嫌いな世界に残ったりしねぇ。

 まぁ、置き土産として呪いとかを残していく奴らはいるが、本人はグチグチと恨み辛みを垂れ流しながらも、こんな酷い場所にいられるかって感じでさっさと成仏しやがる。

 だから、俺みたいな、いつまでもこの世界に残っちまう幽霊とか地縛霊ってのは、未練はあれど、別にこの世界が嫌いって訳じゃない奴らばっかりだ。

 週末の残業帰りのサラリーマンと同じ。

 酔っぱらって、その対象である本人には直接言えない愚痴を辺りに喚き散らして、お店の人や同僚、道行く人々に多大な迷惑をかけまくるが、別に本気で他人や世界をどうこうしようとは思ってないし、する勇気もない。

 この世界に残ってる幽霊ってのは、そんな、どこまでいっても可哀想な奴らなんだ。

 だから、もし……。

 もし、俺のこの気持ちが、今この世界を生きる奴らに伝わるなら、ひとつだけ、頼みたいことがある……。

 どうか、頼む……。

 お願いだ……。

「夜中にひとん家の庭で花火大会しないでくれるぅぅううう!?」

「なんだよ、こんな夜中に! ご近所迷惑甚だしいよ!」

「スーパーで花火にロウソクに着火ライターからバケツまで買って準備万端のようだが、自治体の許可は取ったのかぁ? あぁん?」

「お揃いの学生服着て、近くの高校生なのか何なのか知らねぇが、ガキはさっさと家に帰って歯磨きして寝ろ!」

「はぁ……はぁ……」

 こんな叫んだところで、幽霊の俺の声は滅多に届かねぇんだが、だからこそ、叫ばずにはいられねぇ。

 迷惑な連中に注意するために大声を出しても、逆に近所から苦情が届くような世界じゃなくなったのは、まぁ地縛霊になって良かったことかもな。

 まぁ、そのせいで伝えたい相手の耳にも注意が届かないから、意味ないんだが。

「って……あれは……!」

 俺が寝床にしている二階から見下ろす視線を少し横にずらすと、そこには、盛り上がっている集団から少し離れた場所で、建物の壁を影にして今にもキスをしようとしているカップルらしき男女が……。

「不純異性交遊はいけませぇぇええん!!」

 俺は近くにあったヤカンを掴み、カップルの近くの地面に投げつける。

「きゃっ!」

 急に上からヤカンが降ってきたことにも、金属のヤカンがアスファルトに当たった大きな音にもそのカップルは驚いてくれたらしく、どうにかキスを止めることには成功したようだ。

「はっはっは、声は届かずとも、動かした物は届くんだなーこれが」

 今思うと、ポルターガイストってのは、本当に幽霊の仕業だったのかもな。

 幽霊の中にも、出来る奴と出来ない奴がいて、しかも出来る時と出来ない時があるらしいが、俺は今のところ百パーセント物を動かせる。

 その影響でなのか、物を食べたり飲んだりも出来るし、漫画を読んだり、ゲームで遊んだりもできる。

「痛っっっ!!! くっ……そっ……また……机の角に……小指を……っ」

 代わりに、こうやってしょっちゅう、ありとあらゆるものの角に足の小指をぶつけて、その度に悶え苦しむことになるんだがな……。

 普段は幽霊らしく壁をすり抜けたりも出来るんだが、このポルターガイスト(物理?)の力を使うときは、当たり判定があるから、当たり判定無しで生活できる時間がある分、足元とかに気を使わなくなるから、こういう時にそのクセが出てぶつかるんだよなぁ。

「痛つつ……まぁ、でも、どうやら今回も無事に撃退できたようだな」

 まだ痛む足の小指をさすりながら窓の外を眺めると、さっきのカップルが他の花火集団に報告したようで、怖くなったのか、まだ花火は残っているようだが撤収準備を始めたようだ。

「ふぅ……これでやっと眠れる」

 時計を見ると、現在時刻は既に牛の刻を越えていた。

「まったく、せっかく残業や接待飲み会の世界からおさらばしたって言うのに、寝不足なんて勘弁してほしいぜ」

 そうして、今日も廃ビルの二階、あちらこちらから廃棄されている家具を集めてすっかり自室になっているその部屋で、目を閉じる。

「明日は、今日よりも早く眠れますように」

 誰もいない、静かな空間で、ただただ、安らかな眠りを願う。

 これが、地縛霊になった元サラリーマン、久場 礼二の、今の日常だ。
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