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逆透視

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 ここ最近は退屈でしようがない。
 三ノ宮の街も行き交う人の姿もすっかり疎らになり、いつもなら縫うようにして歩かねばならないセンター街のアーケードの下も、両脇には青白いシャッターが立ち塞がり閑散としていた。
 この様子じゃあ今日は”お楽しみ”できそうに無いな。そう心の中でガックリと頭を垂れながらも、どこか諦めきれずに犯行前の空き巣犯の様にきょろきょろと見渡しながら徘徊する。そういえば喉が渇いた。それに丁度ニコチンが切れ始めて喉の奥から沸々と苛立ちが湧いてくる。確かこの辺りで吸える所は……

 センタープラザの3階の東の突き当たりに、ひっそりと隠れる様にして設置された喫煙スペース。ビルとビルの間に挟まれた空中回廊に面しており、電話ボックスの様な息苦しい喫煙所と違ってベンチや自販機、観葉植物なんかも置いてあってお気に入りの場所の一つだった。
 ガラス張りのドアの向こうにはベンチに腰掛ける人影。げ。獣人かよ。
 人間が獣人を奴隷とし、やがて解放を求めて両者が争い合って沢山の血を流したのは僕が生まれるよりも前で、歴史の教科書や終戦記念日に決まって流れるドキュメンタリー番組の中の出来事だ。僕は地方に住んでいた事もあって、小さい頃はまだ獣人は珍しかった。中学時代に隣のクラスに獣人の転校生が来たときは野次馬に混じって遠目に見た思い出。
 獣人が嫌いな訳では無い。もちろん、差別的な感情なんて持ち合わせてはいない。今日日、うっかり獣人差別でもしようものなら袋叩きにされるのは僕の方だから。それでも、ここ最近は街中に獣人がいるのが当たり前になって、政治や国の中枢機関にまで彼らが進出していった今でも、僕の中では獣人は未知の惑星から来たエイリアンだった。
 ドアをくぐると、獣人が僕を一瞥した。分厚い灰色の被毛に覆われた顔は表情が読み取れない。それが獣人を苦手な理由の一つだ。二本足で歩き、言葉を喋って、知的水準も高い。だけれども、その毛で隠された心の内で何を考えているのかわからない。それが漫然とした苦手意識と恐怖の根源だ。
 缶コーヒーを買って、胸ポケットに手を入れながら自分の居場所を探す。流石に一つしかないベンチを仲良く並んで座る気にはなれなかった。何より、大柄なその身体がどっしりと腰掛けて半分以上は占拠されている。残された道は灰皿を挟んだベンチの向かい側に立つ事だった。
 左手に缶コーヒー、右手にはタバコ。両手が塞がっていて生憎スマートフォンを見る事は出来ない。スチール缶に印刷された成分表を眺める作業もそう長くは続かなかった。食塩相当量の記載はあっても砂糖のそれは書いてないんだな、これからは飲み過ぎに気を付けよう。
 否が応でも目の前の獣人の姿が目に入る。オオカミの頭、僕よりは二回りは大きい体躯、首元にはギラギラした下品なシルバーアクセサリー。服装も黒っぽいチャラチャラとした、何というかオラついていて水商売でもやっていそうな格好。多分に偏見が入っているが、明らかに僕が一番苦手なタイプ。人は見た目で判断しちゃいけないと言うけれど、どう見てもマトモな仕事をしているようには見えない。
「……チッ」
 咄嗟に目を逸らす。普段お目にかかる機会が無いものだからついじろじろと眺めてしまった。値踏みするような目で見られたのが気に食わなかったのだろう、オオカミは苛立たしげに舌打ちすると灰皿に灰を落とした。
 気まずい。まだタバコは3分の1も吸い終わっていないが、とっとと出てしまった方が無難だろう。万が一、このオオカミに凄まれでもしたら天地がひっくり返っても僕に勝ち目は無い。ただそう思う一方で、この憮然とした態度のオオカミに対して腹立たしさも感じていた。なにも人間と獣人で仲良く世間話でもしたかった訳では無いし、人間の方が偉いんだから席を譲れと言いたい訳でも無い。ただ、舌打ちは無いだろう、舌打ちは。獣人は表向き友好的ではあるが、先の大戦で憎しみあっていた関係だ。今は共存共栄だとか言っても、迫害され先祖を殺されたという事実は消えない。おおかたこの獣人も、反人間思想だとか野生主義の考え方に染まった手合いなんだろう。
 まさか勝ち目の無い暴力に訴える訳にもいかないし、面と向かって嫌味を言えるような勇気も無い。今日は人も少なくてボウズに終わる所だったけれど丁度いい。後頭部から意識を集中させて脳の奥底、視床に全神経を注ぎ込む。閃輝暗点が起こり鼻の奥がツンとする……よし、リンクできた。

「……ッ!? ……」
 オオカミはまん丸に目を見開いて、信じられないモノを見たという表情で固まっている。
 うまくいった。僕は礼儀のなっていないこのオオカミに一泡吹かせられた満足感が顔に出ないように、空を仰ぎ見ながらタバコをふかす。
「ぁ…………えっ……は?」
 パニックに陥ったオオカミが口を半開きにして白痴のように声を漏らす。その間抜けな顔といったら! 僕は手を叩いて笑い出してしまいそうになるのを必死に堪えていた。そりゃあそうだよな、目の前に立っている人間の服が透けて局部が丸見えになったら誰だって驚くよな。
 ポトリとオオカミの手からタバコが落ちる。再び時間の流れ出したオオカミが慌てて地面からそれを拾いながらぶんぶんと頭を振って、白昼夢を追い出そうと懸命に試みる。こんなコワモテのオオカミでも、反応は他の連中と同じなんだな。初めは驚愕して、それから自分の頭がおかしいのかと疑い始め不安と嫌悪が溢れてくる。そうそうその顔。たまんねえな。興奮が背筋を駆け上がって副交感神経を刺激して海綿体へと血液が流入していく。服を着ながらにして勃起したちんぽを見せつけられる最高の楽しみ。
 オオカミは何かを言いたげにするも、何も言わない。いや、言えないよな。あなたの服が透けて見えて、ちんぽが丸見えなんですなんて言ったら頭がおかしいと思われるだけだからな。
 吸い終わったタバコを灰皿に捨てようと一歩踏み出すと、オオカミが警戒するようにビクリと後退りする。入念に灰皿の上で火を消しながら、じっくりと至近距離で勃起を見せ付けてやる。サービスとばかりにちんぽに力を込めてピクピクと動かしてやると、顔をしかめて毛皮の上からでもわかる丸出しの嫌悪感。大嫌いな人間のちんぽなんて見たくも無いだろうに可哀想なことだ。
 すっかり気分の晴れた僕はスキップでもしたい気分で呆然としているオオカミを置き去りにして喫煙スペースのドアを閉めた。今日は気持ちよくオナニーが出来そうだ。

 翌日、目を覚ますと昨日の事を思い出してそれだけで勃起した。あの怯えた顔、汚物を見る目、たまらなく興奮する。普段なら一度ターゲットにした相手は避けるところだが、あのオオカミにもう一度ちんぽを見せつけたいという欲求は昼を過ぎる頃になっても収まらず、むしろ溢れ出してしようがなかった。
 またあのオオカミはいるだろうか。可能性は五分五分。もし居なかったら今日は大人しく帰って、ストリーミングサービスで途中まで観ていた海外ドラマの続きでも堪能しよう。期待にあふれながらエスカレーターを上り、明るさこそあるものの丑三つ時のように物静かな通路をひたひたと歩いていく。ああ残念。ベンチは虚しく口を開けたまま来訪者を待ちわびながら佇んでいた。まあ、普通の感性を持っていればあんな目に遭ったら気味悪がってしばらくはもう近づかないだろう。ダメで元々だと高をくくりながらも落胆は隠せない。まあ、奴が旅行者でも限りはまたこの近所で会えるかもしれない。それを楽しみにとっておこうと自分に言い聞かせて踵を返して来た道を引き返す。
 ガラガラになったショッピングモールでも、ちらほらと開いている店はあった。いくら客足が遠のいたからと言って、開けざるを得ない事情があるのだろう。開けたとて、閉めたとてどちらも苦しい選択である事には変わりはないだろうが。まあ所詮は他人事さ。そんな思いで歩いていると突然の電撃に背筋が震える。

 ——いた。
 あの背丈、あの服装、間違いない!
 ひっそりと通路から隠れるようにして開店するアクセサリーショップ。そこにあのオオカミがいた。
 人が二人すれ違うのも難しいであろうウナギの寝床。その奥のカウンターで椅子に腰かけて頬杖をついて所在なさげにしているオオカミ。なるほど、ここの店主という訳か。邪な考えが浮かび思わず笑みがこぼれてしまう。
「こんにちは」
「あー、いらっしゃ……ヒッ!」
 顔を見るなり幽霊に出くわしたかのように怯えた様子。ひどいな、こちとら足はちゃんと二本ついているんだぞ。
 さて、どうするかな。正直なところ、この店に並べられた趣味の悪いシルバーアクセサリーなんてこれっぽちも興味が湧かないし、欲しいなんて気持ちは毛頭無い。けれど店に入ったからには何か買う素振りでもしないと不自然だ。それに、客と店主の立場であれば無下に追い返すなんて事もしないだろう。
「ちょっといいですか?」
 死刑宣告を受けた囚人の顔。そんな顔をしていたら客が寄り付かないぞ。
「すみません、いいですか?」
 渋々立ち上がると足を引きずり気味に近寄ってくる。
「アー……なんスか?」
 さも鬱陶しいから早く立ち去れと言わんばかりの態度。これは教育的指導が必要だな。
「ベルトのバックルってありますかね?」
 努めて笑顔で、紳士的に。善良な顧客を装って問いかける。
「……そこの棚……」
 警戒しているのだろうか、距離を保ったまま顎をしゃくってみせる。まったく愛想の欠片も無いな。
 言われた通り棚を見ると、ゴテゴテとした装飾のバックルが並んでいる。骸骨、十字架、オオカミの頭。とても今の僕の服装に似合いそうにないな。興味が無いのを悟られないように、その中でも比較的シンプルなデザインの、月を背景にオオカミの遠吠えするシルエットがあるものを手に取った。これで5000円? 冗談だろう。
「これ格好いいですね」
「まあ、シンプルなデザインなんで……普段使いもできますし」
 悪い気はしなかったのだろう。こちらに攻撃の意図が無いと悟ったのか、本来の店員の顔に戻ったようだ。
「確かにそうですよね。こっちだとちょっと派手すぎるかな……」
 そう言って別のバックルを手に取って、自分のベルトにあてがって比べてみせる。
「うーん、人間サンの事はよくわからないですけど……こっちのが良いかもですね」
 僕の目の前に屈みこむとバックルを見比べながら、普段からこういう服装ならこっちのほうが目立ち過ぎないし、なんて店員らしいアドバイスを挟んで見せる。
 ……今だ!
 ベルトに目が行った瞬間を見計らって能力を使う。
「うおっ!?」
 盛大に尻餅をつくオオカミ。
「……? どうしたんですか?」
 近づいてみせる。早くも大きくなりかけたちんぽを近づけるように。
「やっ! やめっ! わっ」
「あの? 大丈夫ですか?」
 ヤク中のように突然幻覚に襲われたオオカミを気遣う素振り。いきなり腰を抜かしてどうしたんだと疑念の目。
 オオカミは頭をぶんぶんと振って目の前の悪夢を追い出そうと必死だ。
「あ……だ、だいじょ……す」
 説得力の無い声。起き上がる手を貸してやろうと近づいてみる。目と鼻の先には勃起したちんぽが見えているだろう。
「やめっ、やめ……」
 哀れなオオカミ。別に取って食おうって訳じゃないのに。
「? すみません、これお会計いいですか?」
 よたよたと力なく立ち上がったオオカミはげっそりとした様子でレジを打つ。
 想定外の出費だったが、まああれだけ楽しませて貰ったんだ。これぐらいは安いものだろう。会計を済ませる間も、オオカミは僕のちんぽをチラチラと見ては嫌悪に顔を歪ませていた。嫌なら目を逸らすなりすればいいのに。

 一仕事終えたあとの一服は最高の気分だ。
 なかなかあの距離で勃起したちんぽを見せられる機会は無いからな。満足感を胸に一杯吸い込んでから、空に向かってふうっと吐き出す。しばらくはオカズには困らなさそうだ。今まで獣人なんて眼中に無かったけれど、これからは時々スパイスがわりに相手にしてやっても良いかもしれない。これは大きな収穫だった。
 さて、帰って盛大に抜くとするか。そう思って喫煙スペースのドアを開けると、すぐ向こうにあのオオカミが硬直していた。降り積もったストレスを発散しようと来たのだろう。それにしても、そんなに驚かなくてもガラス張りのドアなんだから遠くからでも僕が居るのぐらいわかるだろうに。それにも気付かないくらいに動転していたのだろうか。
 軽く会釈をすると、向こうも会釈を返してくる。折角だから最後にちんぽを……この時の僕は頬が吊り上がるのを隠し切れなかった。
「……ッ!!」
 なんだ、なんなんだ。突然の事に頭が追い付かない。
 腕を千切れる程に引っ張られて引きずられる。どうなってる? なんで?
 抵抗も反論も置き去りにしたまま、僕はトイレの個室へと押し込められていた。
「やっぱりテメエ! おかしな事しやがったなッ!!」
 オオカミが牙を剥き出しにして僕に掴みかかる。胸元を捻りあげられて苦しい。
「オイッ!」
 怖い。声が出ない。足が震える。
「エ……な、ん……」
「俺に何しやがった! きったねえモン見せやがって!」
 いや、バレていないはず。気付く訳、わかるはずがない。
「や、やめ、けいさツ……オ゛エ゛ッ」
 衝撃。吐き気。腹が熱い。殴られた?
「クソ人間が、殺すぞ……」
 目頭が熱くなって視界が滲む。はあ? 急に変な言いがかりやめてくださいよ! 警察呼びますよ。これは傷害罪ですからね。毅然とした態度で、相手をなめ腐った態度で見下して、そう言い放ってやりたいのに、横隔膜が震えて死にかけのカエルみたいな声しか出ない。
「ぼ……ぼりょグッ…………やメ゛ッ」
 壁に押し付けられ、首元をググと締められる。オオカミの目は怒りに燃えている。苦しい。殺される……!
「ホントに殺しちまうか、今なら人も居ないしな」
「ご、ごべっ……さい、ゆるじで……」
 息が出来ず、鬱血し始めた頭をぶるぶると振って命乞いをする。教科書で見た、あの狂暴な獣人そのもの。目を血走らせ、めくれ上がった歯茎、残虐な牙。グルグルと威嚇の声を上げながら臭い息を吐くケダモノ。だから、分かり合える筈なんて無かったんだ。
 苛ついた様子でもう一度僕を壁に叩きつけると、拘束の手が緩められた。安心感からか、胃酸が一気に食道を駆け上がって嗚咽が漏れる。
「ツルツルの毛無しの猿がよう……クソっ、マジでキモいぜ」
 明らかに自分が優勢で、相手が取るに足らない雑魚だと理解したのか、息巻いていたオオカミのボルテージが徐々に下がっていく。
「どんなトリック使ったのかわかんねぇケドよ、おったてたチンコ見せるしか出来ねえみたいだな」
 僕はただ、蛇に睨まれた蛙の様に震えながら相手の目を見る事しか出来なかった。目を逸らしたくても、オオカミの眼力がそれを許さない。ともかく、命は助かりそうだ。なんとか機嫌を損ねない様にしなければいけない。このオオカミが興味を無くして立ち去るまで耐えれば家に帰れる。
「んなに見られるのが好きかよ、露出狂の変態ホモ野郎」
 相変わらず睨みつける目は燃え上がる様に凍り付いている。
「なんとか言えや」
 そう凄まれて反射的に首をカクカクと縦に振る。
「んじゃ今出して見ろよ?」
 今度はブルブルと横に振る。
「出せつってんダロ!」
 ともかく、逆らうのは不味い。何を言われても従った方が得策だ。
 睨みつけられる中、チャックに手を掛ける。手が強張って言うことを聞かない。カチャカチャと金属音を響かせてから、覚悟を決めてパンツをずり下げる。ぽろん。そんな表現が一番適当かもしれない。すっかり恐怖で縮み上がったちんぽが空気に晒される。
「見られて気持ちいいんじゃねえのかよ? なあなんとか言えよ人間サンよ?」
 俯いて、羞恥に耐える。このオオカミの気が済めば開放される。オオカミに目の前でちんぽを見られているにも関わらず、情けないくらいに弛緩したままだ。
「さっきは散々おっ立て……や……やがっ……」
 なんだ?
「クソっ……キモい…………ち、ちん……クセえっ」
 眉間に皺を寄せて、目に見えない虫を追い払うようにブンブンと頭を振るオオカミ。様子がおかしい。何が起こっている? 何も、何の能力も今は使っていない。
「ああ、ホモ野郎……くっせぇ…………はあっ……チンコ……」
 憎々し気に僕のちんぽを睨みつけると、なんとオオカミはしゃがみ込んで鼻を鳴らす。
 なんだ、嫌なんじゃないのか。なんでコイツはちんぽの匂いを嗅いでいる? オオカミは次第に正気を失っていき、眼光の鋭さが失われてどろりとした欲望の色で濁っていく。
「なんだよコレ…………ヤベえ……なんでだよ」
 自らの身に起こった未知の感覚に戸惑いを隠せない様子。ここで一つの仮説が生まれる。確か雄のイヌは雌のフェロモンを嗅いで発情する。それはオオカミも例外では無いだろう。そして、野生動物から進化して知性の光を獲得した今でも、獣人という種族にはこの特性が受け継がれているのかもしれない。本来は雌の発するフェロモンでしか起こりえない現象のはずだが、先ほどまで勃起していてパンツの中で汗と先走りに蒸された性の匂いにあてられたのかもしれない。
「も、もっと、嗅ぎますか?」
 恐る恐る問いかけてみる。あくまで仮説、まだ信用は出来ない。
「あ゛あ゛!?」
 そう言って口では凄んでみせるものの、身体は完全にちんぽの匂いに夢中だった。
 これは楽しくなってきた。コイツは僕のちんぽのフェロモンで発情しているのだ……!
 あれだけ縮こまっていたちんぽが、肉欲で満たされていく。しぼんだ風船の様に垂れ切っていたちんぽに芯が入り始めて、徐々に体積と角度を増していく。心臓が一拍する度に連動してちんぽがトクトクと脈打つと、オオカミの頭もそれに連動して上下する。ああ、あんなに粗暴な獣人が僕のちんぽに目が釘付けになっている。
「どうしたんですか? なんか辛そうですけど」
 白々しくそう言いながら、ちんぽを振って見せる。荒い息遣いをするばかりで言葉はもはや紡げないようだ。
「グル……ああ…………フゥーッ…………」
「獣人ってみんなちんぽ好きなんですかね? それともオオカミだけかな?」
 濁っていた目に怒りの炎が再び灯る。
「クソ人間、調子にんオッ……!」
 生意気な口を叩くのでちんぽを鼻に押し付けてやると白目を剥いて身体を痙攣させる。
 これは愉快だ。離れていても正気を失わせるだけの効果があるのだ、オオカミの敏感な鼻に直接勃起したちんぽを押し付ければ効果は絶大だろう。既にちんぽは痛いくらいに勃起していて、充血して真っ赤になった先端からは先走りが垂れ始めている。垂れそうになった先走りをティッシュペーパーで拭くぐらいの気持ちで、オオカミの鼻先で拭い取って塗り込んでいく。
「おオオ゛……すげ…………グッ……セえ……」
 湿ってヌルヌルになった鼻が尿道口を刺激してこそばゆさが気持ちいい。ちんぽの先端から走る刺激がキンタマの奥をずくりと疼かせる。
 パタ……パタタッ……
 冷たいタイルの上に液体が滴る。半開きになったオオカミの口からマグマの様にとめどなく涎が垂れて水たまりを作っていった。舌を伸ばしかけては引っ込めて、また無意識のうちに舌を伸ばす。すっかり蕩け切った顔。鼻先でぬちゃぬちゃと音を立てて遊んでいたちんぽを掴んで、今度は口元に持っていく。
「アッ……ハアッ……んっ…………ふうっ……」
 ちんぽに吸い寄せられながらも必死な抵抗。こんなに情けない醜態を晒しておいて、まだくだらない矜持があるのだろうか。生臭く湿った息がちんぽに吐きかけられる。ちんぽを食べたくて食べたくて我慢が出来ないのだろう。
「あ……んっ…………」
 口を開き、とうとうちんぽを口の中に捕らえようと夢遊病患者の動きで迫るオオカミよりも、少しだけ先んじて腰を引く。オオカミの犬歯がガチリと音を鳴らして空を切った。
「な……なん……で………」
 恨めしそうに僕を見上げる仔犬の顔。背中を羽毛で撫で上げられたようにゾクリとした感触が走る。
「オオカミさんって、ホモなんですか?」
 引きつった顔。
「男なのにちんぽ舐めるとか、ホモですよね?」
 歪んで、歪んで、ぐちゃぐちゃの感情が露わになる。
「わ、わガんねえっ…………よ……グッ…………ウゥ……」
 とうとう、親に叱られた子供の様にポロポロと涙を流してしまう。どす黒い支配欲が溢れ出してこのオオカミを丸ごと喰らいつくしてしまいそうだ。ここでこのまま置き去りにして帰ったらオオカミの心は壊れてしまうだろうか、いやもう手遅れかもしれないな……
「お……オレ…………ホモ……っから……」
「うんうん」
「っ…………ぐすっ……食べ…い…です……」
 その時の僕の顔は、見るに堪えない酷い有様だっただろう。
「いいですよ、ほらどうぞ」
 目の前に再びちんぽを差し出す。今度はもうそこから動くことはない。
「はあ……あ、ああ…………はむっ……」
 それだけでもう絶頂してしまいそうだった。ちんぽが震えて先走りがオオカミの口内に吐き出される。想像していたよりもずっとくすぐったい。粘っこい口の中でちんぽが撫で上げられる。いつものオナニーのような右手のゴツゴツした感触でなく、ふんわりとしたティッシュペーパーで包まれるようだ。見下ろしてみると、オオカミのマズルにすっかり根本までちんぽが収まって、ちんぽが無くなってしまったかのような錯覚すら覚える。
「あーあ、ちんぽ食べちゃった」
 オオカミは口に含んだものの、そこからどうすれば良いのかわからずに鼻息を荒くしながら固まっている。戸惑いがちに救いを求める様な上目遣い。
「ほら、お口動かして、ちんぽチュッチュッってしようね?」
 ぎこちなく筋肉が始動する。
「んむっ……ちゅぽ…………ぐぶっ…………」
 こそばゆさの方が強くて射精にはまだ程遠い淡い快楽。まあ、初めてだから加減もなにもわからなくて当然か。口内からもたらされる物理的な刺激と熱よりも、あのオオカミが僕に跪いて言いなりにちんぽを咥えているというビジュアル面での興奮の方が強い。
「えらいえらい、牙立てない様にしてちんぽ気持ちよくしてね」
 幼稚園児に言い聞かせる口調。
「ちゅっ……うっへぇ…………くぶぶっ……ちゅぶ」
 文句を垂れながらも従順に適応していく。野生のオオカミは序列に厳しい生き物だとドキュメンタリー番組か何かで見たことがある。飼い犬の躾にしても、その習性を利用する形で飼い主がリーダーだと認識させれば、比較的言うことを聞くのだとか。このオオカミも、自分がちんぽよりも格下だと自覚したのだろうか。まだ少し生意気だが。
「ああ……気持ちいいよ……」
 チラチラと心配そうに僕の顔色を伺うものだから、大げさに声を漏らすとオオカミは安心した様子でフェラを続ける。躾は始めが肝心と言うからな。しっかり飴と鞭を使い分けてやらないと。
「おいしい?」
「お……おいし…………んぶっ……ちゅぷっ…………ぴちゃっ…………」
 感情の籠った声で本当に心の底から美味しいと言うものだから、僕自身もいつかちんぽを食べてみたいとさえ思った。
「それにしても」
 不思議そうに見上げる目。
「なんだっけ、クソ人間だっけ? そんなに嫌いな奴のちんぽなのにおいしいの?」
「あ、あ……ひがう…………ちゅっぽ…………じゅるっ……」
 顔中が怒りと絶望に染まりながらも、機嫌を損ねてはちんぽが貰えないと学んだのか必死になってちんぽに奉仕を続ける。まあ僕とてこのオオカミが何が何でも憎いという訳でもない。獣人は苦手だし、いけ好かない奴だとは思うけれど、目の敵にして虐めてやりたい程の黒い感情は引き潮のように目減りしていっていた。
「んぼっ! じゅぶ……じゅっぷ! ぢゅこっぬこっ!」
「うあ……やば! あ……あああ」
 ちんぽに適応したオオカミの攻めが唐突に激しくなる。ちんぽが欲しい、ちんぽを食べたいという感情よりも、気持ちよくなって、いって欲しいという気持ちの方が昂ってきたようだった。
「ああ! 気持ちいい! すごい、いきそう!」
「んん、ちゅぶちゅ! ぶっぷ! ぐっぽ……らひて……!」
 口内射精を懇願するオオカミに逆らう術は無かった。
「いく! いくいくっ! 口の中でちんぽイくからねっ!!」
 びゅーっ、びゅびゅー……びゅるっびゅ……ぴゅぶ
「んごっ……んぐっ…………ごくっ、ごく……あああ……いっぱい……んくっ」



「なあなあ、アレやってくれよ」
 スーパーで大根を手に取って見比べていると、横からオオカミの耳打ち。
「はあっ!? い、いま?」
 オオカミは手に持っていたコンニャクを僕の引いていたカートのカゴに放り込みながら、ニタニタと笑う。
「減るもんでもないし。どうせ他の奴らにはわかんねえんだしさ」
 そうは言っても、あれ結構集中力使うんだぞ。いやそんな事よりも……
「家でもう2回もヤったでしょ! 節操なしのバカオオカミ!!」
 未だににやけ面の頭をはたくと、ぶつぶつと文句を言って納得がいかない様子。あんまり聞き分けが無いなら夕飯はピーマン炒めにしちゃうぞ。
「まったく、レジ終わるまでだからね」
 そう言ってから頭の中に神経を集中させる。おお、キタキタ! と尻尾を振って舞い上がるオオカミ。
 二人の漫才を見ていたレジのおばちゃんの視線が痛い。絶対変な奴だと思われてるよ……今に始まった話じゃないけどさ。
「あと、よ」
 次はなんだ。ポテチは太るからダメだぞ。
「ん。これ、やる」
 そう言って差し出された手のひらには、シルバーのネックレス。
 オオカミが半月に向かって遠吠えしている姿が彫られていた。これに似たものを僕は何度も見ている。
 ハッとして彼の胸元を見ると、残りの半分がそこにあった。二つを合わせると、2匹のオオカミが寄り添って満月に向かって遠吠えしていた。
「ずっと二人で同じ月を、ってな?」
 鼻先をポリポリとかきながらそっぽを向く。
「バカ……バカバカ! なんで今なんだよ!」
 ほんっと、ムードもへったくれもないじゃないか。身体中がふんわりしたオオカミの匂いに包まれる。出会いは最悪だったけど、今は最高に幸せだ。

 お会計の時、レジのおばちゃんの言葉に二人して顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。
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