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後輩くんは狼男
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「さて……っと。今日はこれぐらいで終わりにしようか?」
すっかり人気の静まり返ったフロアに声が響き渡った。
このだだっ広い空間は夜の色に染まり、時折寝息を立てるように電源の入ったままのコピー機が機械音を鳴らした。そんな中、この一角だけはスポットライトにしては頼りない切れかけの蛍光灯に照らされている。
「は、はい。あっ、あの……僕もう……」
今ここにいる僕以外の人間。つまり僕の後輩という訳だが、彼はパソコンがシャットダウンされるのを待つ時間も惜しいのか、引ったくるようにして机の上に広げられた文房具から書類といった一切合切を鞄の中に押し込んで席を立とうとした。
時計の針はもう少しで垂直に重なり合おうというところなのだから無理もない。折角の華の金曜日だというのに、月曜朝一の会議のための資料作りで深夜残業をさせられる羽目になったのだから。
それにしたって、それにしたってだ。こんなことを言うと先輩風吹かせているだとか老害だとか言われるかもしれないけれど、二人っきりで残業していてお互いにこれで終わりにしようと言った手前、先輩の僕を差し置いて自分だけとっとと帰ろうとするのはいかがなものか。聞くところによると彼は一人暮らしだと言うし、終電を逃したって歩いて二十分ばかしの場所に住んでいるのだ。
「飯でも一緒に行かない? 今日は一日中忙しくてロクに食べられなかったでしょ。こんな時間だから牛丼屋ぐらいしか空いてないだろうけど。」
悲壮感に満ちた顔。え、なに、僕のことそんなに嫌いだったの? 普段はにこやかに接してくれるし、いつだったか彼の方からお誘いがあって一緒に登山だってしたじゃないか。
「すっ、すみません……その、もう帰らないと……」
あまりにも申し訳なさそうな口調になんだか自分が悪者に思えてきた。チラチラと時計を見ながら、一刻も早く帰りたいという気持ちを全身を使って表現している。
なんだ、楽しみにしている深夜アニメの放送時間が迫っているとでもいうのだろうか。そういえば今日仕事中もずっとソワソワとしてどこか浮ついた感じがあった。いつもならしないような些細なミスだって連発して、おかげでそのフォローに回った僕も一緒に残業する羽目に……って、そんなみみっちい説教がしたい訳じゃないけれど。
「すぐ準備するからさ、一緒に帰ろうよ。帰り道途中まで一緒でしょ?」
こんなに帰りたがっているんだから早く解放してあげればいいじゃないかという気持ちももちろんあった。こんな捨て犬みたいな目で見つめられたら同情だって込み上げてくる。だけどこんな時間にひとりっきりで帰るのは、いい歳してなんだと笑われるかもしれないがやっぱり怖い。いや別にオバケなんて信じていないけど、うん、断じて信じないぞ。
一度断った手前、突っぱねる訳にもいかなかったのだろう。彼は渋々ながらも首を縦に振るよりなかった。
「いやあ、悪いね。この公園突っ切るのちょっと怖くてさ。」
そう、ここを通ればかなりの近道になるのだけれど、如何せん街灯も少ない真っ暗な中を歩くのは一人では心細い。
「ふふ、先輩も怖いものとかあるんですね」
世の中怖いものだらけだぞ。オバケももちろんだけど、仕様変更とか顧客のクレームだとか、もっと怖いものもある。ああ思い出しただけで身震いしてしまう。
先輩の威厳はどこへやら、後輩を盾にするように全面に押し出して、彼のワイシャツを掴みながらその後を着いていく。小さい頃に両親といったお化け屋敷を思い出した。
「ねえ先輩、オバケとか信じてます?」
「なっ! なな、信じないぞ! 居たら怖いだろっ!!」
なんだ、意趣返しのつもりなのか? なにも今そんな話を切り出さなくてもいいだろ!
どんな表情を浮かべているのだろうか、ほくそ笑んで心の中でガッツポーズをしているのかもしれないな。
「そっ、そういう月待くんはどうなんだい?」
もうっ! 俺のバカ! なんでその話題を引っ張っちゃったんだ!
「……案外近くにいるかもしれませんね」
そんな脅かす台詞にしては、それに似つかわしくないどこか哀愁をはらんだ声。
「もしも、の話ですけど」
背中にピリピリとした電気が走り、滲み出した手汗が彼のシャツに吸い込まれていく。ヘビやスズメバチを目にした時の、理性を超えた極めて原始的な生存本能が脳内に煩いくらいにアラートを響かせる。
「ぼくが、狼男だったら……どうします?」
その言葉を理解するまでに、たっぷり五秒はかかった。
「ぷっ、くく……なんだそれ、脅かしてるつもりか? そうだなあ、犬好きだからウチでペットになってもらおうかな、一人暮らしだと飼えないし寂しいんだよね」
「ははは、いいですね、約束ですよ?」
首輪をつけた芝犬のような月待くんを思い浮かべて吹き出してしまう。先程までの恐怖感はもう微塵も残さず吹っ飛んでしまい、今なら鼻歌でも歌いながらスキップだってできそうだ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよくいったもので、一度気分が明るくなってしまうとなんてことはない。木の影から、ベンチの下から、あるいは後ろから、いつオバケが出てくるものかとビクビクしていたけれど、暗いからむやみに恐怖心を掻き立てられるだけで公園自体は昼間となにも変わらない。おまけに空を見上げると心強い味方が……
「お、みてみて、晴れてきたよ」
指さした先には分厚い雲の切れ間からひょっこり顔を出したまんまるなお月様。今日は満月だっただろうか、街灯なんていらないくらいに煌々と輝いて、二人分の影がくっきりと地面に浮かんでいた。
「ほら、月に向かってワオーンって吠え……えっ?」
月待くんと冗談めかして遠吠えでもしたらさぞかし愉快な気分だろうと思っていたのだが、彼は「しまった」と小さく漏らした後、その場にしゃがみこんで頭を抱えた。
ああそっちのタイプか。まったく演技派なんだから。きみには恐れ入ったよ、はいはい僕の負けだから。そう言って肩を叩こうとした時。
「グッ……ガッ、アッ!! グルル……」
全身を滅多刺しにされたかのような苦悶の唸りをききながら、人間が狼男へと姿を変える様を特等席で眺めることとなった。まるでCG合成の余りにも現実離れした光景。全身が大きく膨れ上がったかと思うと、指先の間からピョコンと三角の耳が飛び出す。科学者が居たら卒倒するか涎を垂らすか、非科学的であらゆる法則や常識を無視した現象が巻き起こっていた。メキメキと軋みを上げながら骨格が作り替えられて、それと同時に体表が被毛に包まれる。映画や漫画の中でみた狼男、人狼、獣人、呼びかたは色々あるだろうが、ともかくそれがそこに居た。
僕が叫び声を上げてこの場から逃げ出してしまわなかったのには理由があった。一つ目は腰が抜けて動けなかったこと。二つ目は非現実的なものを目の当たりにして、脳がそれに理由をつけて納得させようと正常性バイアスが働いたこと。それから三つ目はというと。
「つ、月待、くん?」
もはや人間のものとは全く異なる、オオカミの目がギロリと見開かれた。瞳の奥のタペタムが月光を反射して金色に輝いてまるで満月の、いや満月そのものだ。そしてその中に浮かんでいるのは怒りや食人の衝動なんかではなく、悲壮と恐怖の雫。
滅茶苦茶な速度で骨が再生成され筋肉が引きちぎられるなんて想像を絶する痛みだろう。車に轢かれるなんて目じゃないかもしれない。さぞかし痛かっただろうに。
「せ、せんぱ……い」
僕よりも二回り、いやそれ以上に大きな身体を縮こめて、姿を見られないように顔を手で覆って小さく震えている。
「とりあえず、さ。ウチに行こうか。」
人通りのない場所とはいえ、誰かに見つかってしまうかもしれない。見た目は随分と変わってしまったけれど、後輩をこんなところにほっぽり出しておく訳にはいかないだろう。
マンションの部屋まで、頭から僕のコートを被って連行される姿はまるで何かの犯罪者のようだった。警察に通報でもされていなければいいけど。
「ま、お茶でも飲んで」
そう言ってコップを差し出すと、大きく迫り出した口では人間のようには飲めないのだろう、ちょうど犬がそうするように長い舌を伸ばしてピチャピチャと舐めとっていく。
「あ、あの、すみませんでした……その、こんなになっちゃって」
姿形も声も、もはや面影は無いくらいなのに、その口調は確かに月待くんそのものだ。
「こっちこそごめんね、事情も知らずに」
聞くところによると、狼男と月との因縁は深いらしい。月の満ち欠けで体調が左右されて、満月の日には変身しちゃったり。今日も天気予報で日が変わる頃に空が晴れるのを知って、だからあれほど焦って帰ろうとしたとのことだった。
「いつもは満月を見ても元の姿に戻らないように抑えられるんですけど……今日は一年の中でも特別な満月で……つい……」
へえ。そうなんだ。満月なんてどれも同じだと思っていたけれど、違いがあるんだな。
「うん? 元の姿?」
その違和感がどうにも引っかかった。
「ぼく、こっちの姿の方が本来の姿で……だから、月を見て変身する狼男というよりは、普段は人間の姿に化けているという方が正確なんです」
そうなんだ。なかなか奥深いものなんだな。狼男というよりは男狼? いやそれもちょっと違う気がする。
それにしても、身なりはサラリーマンそのものなのに頭は犬、いや失礼オオカミだった。それに加えてこの言葉遣いなもんだから、怖さは全く無い。おまけにガラステーブルを挟んでちょこんと座っている姿は可愛いとすら思えてくる。なんせ大型犬好きだからね。
心の中に余裕が生まれてくると、邪な考えだって浮かぶ訳で。いつだったかテレビで見た光景が頭の中に浮かんでいた。
「ねえ、服パツパツになって苦しそうだけど、脱いだら?」
事実、ちょっとでも力を入れたらボタンなんか弾け飛んでしまうだろう。
「いえ、さすがにそれは」
「気にしなくていいからさ! ね? ね? ちょっと脱いでみせてよ!」
首元から覗くモフモフな毛。服の下にはどんな光景が隠されているのだろう。ああ、大型犬をワシャモフして撫で回すのが夢だったんだよなあ。
「あの先輩、その、もっとこう怖いとかそういう感想ってないんですか?」
なんだか少し拗ねたような表情。無闇矢鱈に怖がられるのは困るけど、全く怖がられないのもそれはそれで狼男としてのプライドに傷がつく。そんなところだろうか。
「ぜんっぜん! 初めは正直ビビったけど、こうして明るいところで見ると可愛い……ってそんな睨まないで、あー……格好いいよ! さすがオオカミって感じ。精悍で野生的な顔立ちで、男なら誰だって憧れちゃうような、おっ、なになに嬉しくて尻尾振っちゃった?」
ズボンの中に窮屈そうに押し込められている尻尾が暴れ回って布地がミシミシと悲鳴をあげている。このままエッチな逆漫画みたいに服が弾け飛んでしまうまであと何秒残っていることやら。僕からすればどっちにしろオイシイ事態には変わらない。さてどっちを選ぶ? 期待にニヤついた熱い視線を送っていると、やがて観念したのか大きなため息。
「……わかりました。脱ぎます、脱げばいいんでしょ」
さあさあストリップショーの開幕だ! ボタンを一つ、また一つと外していくたびに抑圧されていた毛が解放されて、ボフッと音が聞こえてきそうだった。思わずごくりと唾を飲んで、彼の一挙手一投足を脳裏に焼き付ける。カメラで録画しておけばよかった。
それにしても何だろうこの艶かしさは。相手は男だし、身体中が毛に覆われて動物みたいなもんだし、欲情する要素なんてこれっぽっちも無いはずなのに、恥じらいに身悶えしつつ伏し目がちにゆっくりと身体を露わにしていくその姿を見ていると倒錯的な興奮が呼び起こされて、正直なところ僕は勃起しかかっていた。
「あっ、あんまり見ないでっ……くださいよっ!」
いよいよズボンに手がかかったところで、神聖さすら感じた僕は無意識のうちに正座をしてその時を待ち構える。見るなって言われても土台無理な話だ。それに月待くんだって、場の雰囲気に押されたとかそういうのもあるんだろうけど、本当に見られたくなければ風呂場やトイレにでも籠って鍵をかけてしまうということだってできたはずなのだ。
「パンツ! ほらパンツも脱がないと! 尻尾がまだ窮屈そうだよ、ね? パ・ン・ツ! パ・ン・ツ!」
とんがった耳の先まで真っ赤にして涙目の狼男は、タイミングを図るように二、三度深呼吸をしてから一気にズボンをずり下げてから、瞬く間に両手で股間を隠した。憎たらしげにこちらを睨みつけるジト目とは裏腹に、解放された尻尾は振り子かプロペラのようにブンブンと部屋中の空気をかき回して埃を舞い上がらせた。
「こっ、これで満足、ですかっ!」
満足も何も、百点満点の大満足。だけど、足るを知るって言葉がある通り、それは裏を返せば人間にはあくなき欲望があるということだ。だがそれは何も悪いことばかりではない。まだ類人猿だった人間が道具を手にして、火を発見してやがて文明を築いて宇宙にロケットを飛ばす程にまでなった。それは探究心や好奇心、もっともっと生活を便利に楽にしたい。そんな欲望達こそがここまでの発展を遂げる推進剤となったのだ。貪欲たれ。それは僕が常日頃から意識していることなのだ。
「って! そんな上手いこと言ってやったみたいな顔しないでください。」
チッ……あと一押しだったのに。
「けど、朝までそうやってる訳にもいかないでしょ?」
グルグルとケダモノじみた唸り声。
特に満月の日は一度この姿になってしまうと、戻るには相当のエネルギーがいるらしい。すでに体力を大幅に消費したいま、早くとも朝までは力を蓄えないといけないとのことだ。
「……もう、好きにしてください。」
きっと今の僕の顔は犯罪者そのものになっていることだろう。
「見た目の割にはゴワゴワしてるなあ、おっ、ここめっちゃ柔らかい!」
股間はいまだに両の手のひらで覆われたままだったが、フローリングの上に仰向けになり、無抵抗のまま身体中を弄られる姿は差し詰め服従のポーズといったところだ。
びっしりと生えた体毛の海の中に手櫛を潜り込ませていくと、殆ど抵抗もなく非常にスムーズだ。いつだったか動画サイトでみた、外国人が大型犬を抱きしめて転げ回る様を思い出した。あの垂涎モノの光景が今自分のものになっているのだ。首元から胸にかけて生えている羽毛のような和毛。他の部位よりも格段に柔らかく、想像通り、いや想像以上のモフり心地。
月待くんは初めこそアレコレ文句を垂れていたものの、今となっては生娘とばかりギュッと目を閉じて身体を硬くするのみ。ウヘヘ、おっちゃんが悪いようにはしねえからな。
「わっ、結構臭うな……」
「ちょちょちょちょっとおお!!」
手でわしゃわしゃと撫で回すだけでは物足りなくなって、その魅力の海原に顔ごとすっぽりと埋めて鼻を押し付けて深呼吸。まあ生き物だから仕方がないのだけれども、これがまあ割と臭かったのだ。
腹を撫でられることは甘んじて受け入れた月待くんだったが、これには面食らったらしい。慌てて身体を起こして制止にかかる。
にょきっ
そんな擬音がピッタリだった。動いた拍子に手の隙間から、その、なんというか、大きな唐辛子の先っぽが見えてしまったのだ。
「あ。気持ちよくなっちゃった?」
イヌ科のペニス。図鑑で見たことはあるけど、こうして間近に見ると生々しいというか結構グロい。真っ赤な粘膜質の表面に絡みつく蔦のような血管が脈打ち、内臓がはみ出してしまったかのようにも見える。月待くんは僕に見られたことを悟るや怪人十二面相になり、声にならない声、それはもはや動物の、オオカミの喚き声としか表現できない声をあげたのだった。
「せっ、せせ、先輩も脱いでくださいよっ! ずるいですよ!!」
いや、どういう理屈だよ。そう発しかけたところで、とんでもない形相で睨みつけるオオカミに気圧されて、僕は赤べこになるより他はなかった。
「男同士、別に恥ずかしがることでも、無いよなあっ?」
声がうわずってしまう。
「ですよね。だから先輩も手で隠すのやめましょうよ」
すっかり吹っ切れた月待くんは、先程の恥じらいが嘘のようにそれはもう堂々と惜しげもなく隆起したオオカミのちんぽ、根本にぶっくりと膨れたコブのあるそれを見せつけるようにしながら、余裕綽々で僕に話しかける。
コイツ……ッ! 自分が有利になったと知るやえらく上から攻めてきやがった。まあいいさ、こんなまだ仕事も半人前のひよっ子なんかに遅れをとってたまるか。僕の方が社会経験も長い先輩だってことを思い知らせてやる。
「あれれ? 先輩も気持ちよくなっちゃったんですかねえ?」
どこかの名探偵みたいな台詞。別に変な気持ちになった訳じゃないぞ、これはなんつうか空気にあてられたというか、そもそも先に勃たせたのはそっちだろうが。
「まあ、月待くんだけ勃起させているのも恥ずかしいだろうからな、ほらこれでお互い様だろう?」
僕にはオオカミの毛が無い分、赤面した上に汗まで滴り始めたのは一目瞭然だろう。
「お互い様といえば先輩……」
獲物を品定めする眼光が突き刺さる。思わず尻餅をついて後退りをしても、四つん這いで近づいてくるその獣からは逃れられそうにない。ま、まてまてまて、割と本気で怖いから。今になって実は人間を食べるんですとかナシだからな。散々におちょくったんだからそのお代として片腕をガブリと食べられちゃうなんてこと無いよな。油断させておいて襲う戦略だったのだろうか。
「さんっざん触って、匂いまで嗅ぎましたよねえ?」
「はっ、はい……」
「じゃあ僕も同じことをする権利、ありますよね?」
「はい……」
それを聞いて舌なめずりする彼の顔は、童話の中の悪いオオカミそのものだった。
まあ食べられるよりは全然マシだ。腹を撫でられるくらい、ちょっとばかしくすぐったいだろうがどうってことはない。それで月待くんの気が済むなら安いもんだろう。それでも迫り来るオオカミ面に一抹の恐ろしさを感じて、丁度彼がそうしていたように目を閉じて最も無防備な体勢で寝転がる。さあ煮るなり焼くなり好きにしろってんだ。
「ふあっ……んっ、んんっ…………」
人間のそれとは作りの違う、プニッとした肉球と硬い爪がやんわりと腹を撫でる。それが蠢くごとに背筋がビクリと緊張してしまい、オオカミの喉が楽しげに鳴った。だがやがて、子供の頃にお腹を壊して寝込んでいる時、母親に優しく撫でてもらった記憶が呼び覚まされて徐々に緊張も解けていくのだった。
「そんなに気持ちいいんですか?」
得意げな声をあえて聞こえないフリ。腹の上をその手が滑るのに呼応して、硬く勃起した僕のちんぽは脈を打ち我慢汁を垂れ流す。手で隠そうと思えばできなくもなかっただろうが、そんな細やかな抵抗をしたところでまた嘲りの餌食となるだけだ。
「お次は……っと。すんすんっ……はあっ」
「ひゃっ!?」
一転して湿った冷たい鼻先がナメクジのごとく這い回り、情けない悲鳴が漏れてしまう。これ見よがしに乳首を突かれこねくり回されていると悲鳴が嬌声へと変質し、快楽が痺れとなって全身を駆け巡る。なんだこれ、ヤバい……。
「な、なあ! もういいだろ!? これで、おあいこ、な?」
もしこのままイカされでもしたら先輩の威厳もへったくれもあったもんじゃない。もう十分、彼が恥をかいた分、いやそれを差し引いてもお釣りがくるくらいに僕は辱めを受けたはずだ。
執拗にくっ付いていた鼻が離れると、心の中で安堵のため息。いや危なかった。
「ねえ先輩」
とっても嫌な予感。んでもってこういう時の直感ってのは大抵当たるんだ。
「こうなったのも、元を正せば先輩のせいですよね?」
え? なにこの展開。月待くんは何を言わんとしているんだ。
「僕はすぐに帰ろうとしたのに。先輩が引き止めるから。」
「あ、いや、それについては悪かったって……」
いくら事情を知らなかったとはいえ、嫌がっているのを無理矢理引き止めたのは悪かったと思っている。けどそれはさっきも何度も謝った。それを今この状態でこれ見よがしにぶり返さなくたって。
「また人間の姿になるには、膨大なエネルギーが必要なんですよね」
話が段々と読めなくなってきた。
「このままじゃ朝になっても変身できるかわかりませんし」
いや、さっきは朝になる頃には戻れるみたいな話してなかったか?
「だからこれは不可抗力というか、先輩には責任をとってもらう必要があるというか」
そんな言葉をぶつぶつと自分に言い聞かせるように唱えながら、何やら勝手に納得したのか何度も頷いている。さっぱりわからない。頭の中に疑問符が湧いて思考を埋め尽くしていく。
「うんっ……ふっ、くうっ……!」
僕の混乱をよそに、再び冷たい探査機が軟着陸をする。
そしてそれは、それまでの動きとは異なり、乳首を中心として周回するうちに脱出速度に達したのかスイングバイをして一直線に飛び出した。遥か深淵の探求者、ボイジャーとなったのだ。
ゆっくりと、だが確実に、それは明確な意思を持って動く。鳩尾で小休止をとってから更に南下して臍へとたどり着くもののまだ旅は終わらない。徐々に大きくなる湿っぽい鼻息が陰毛をくすぐり、オオカミのピンピンと張り出したヒゲが太ももの肉を突き刺した。
「えっ、ちょ、ちょちょっ、なんっ!?」
とうとうちんぽの根本にまで辿り着いたそれは、宝探しでもするように辺り一帯をまさぐった。長いオオカミのマズルが乱暴に暴れ回ると、その度にちんぽが右へ左へと押しのけられて、口元のブラシのように短い毛が裏筋を擦り上げる。
「はあっ……先輩、すっごい雄の匂いプンプンしてますよ?」
うっとりとしたため息。決して忌避するようなものでなく、むしろ好ましいものに対する感想。今までよりも一際大きくちんぽが脈打って、先走りが玉となり垂れていくのがわかる。確かイヌは人間の何千倍だか何万倍の嗅覚があるそうだ。この狼男という存在がその特性をまるっきり受け継いでいるかどうかはわからないが、人間よりも遥かに優れた嗅細胞がちんぽから発せられた臭気を捉えている。そしてその羞恥と興奮が隠し立てのできない形となってちんぽに現れているのを至近距離で克明に観察されているのだと気付いた時、それだけで軽い絶頂に達してキンタマの奥がズクリと疼いたのだった。
「ああっ、貴重なエネルギーなのにもったいない」
かぷっ
「ふおっ!? う、うそっ!?」
にわかには信じがたい事象に心臓が大きく跳ね、大規模な血流の変化が貧血にも似た目眩を引き起こす。だが、今まさに僕のちんぽをデロリと包み込むこの感触は断じて事実に他ならない。
ぐぷっ、じゅぶ……ちゅりゅっ
「んむ……先輩の、嬉しそうにビクビクしてますよ……」
なんてことだ! 後輩に、狼男に、月待くんに……その、口で、つまりアレ、フェラをされている。これまでの人生の中で右手から与えられる快楽しか知らなかった僕には熱くむず痒い蕩けてしまう快楽は脳のキャパシティをゆうに超えて、その電撃が雷となって幾度も身体を貫いていく。
制止しようとする手も、声も、情けない震えにしかならない。
「おいひ……んっ……んっ」
ぬぽっ、にゅっ、じゅっぷぐぼ……
もはや性器と化したマズルが、精液という報酬を得ようとちんぽに吸い付いて射精へと導いていく。唾液と先走りの混合物が口内で攪拌されて泡立って、ぐじゅぐじゅとした水音が部屋中に響き渡った。
「やば、やばっ……! つき……ああっ!」
じゅこっ! ぬぽっぬっぽ! ちゅぶぶっ!
イってしまう! このままじゃ、オオカミの、月待くんの口内に射精してしまう! 精巣から駆け上がり圧力を増したそれが出口を求めて、使命を果たすべく後戻りのできない進軍を始める。
このままじゃマズイ! 快楽に任せっきりだった頭が幾分かの理性を取り戻して、咄嗟にマズルからちんぽを引き抜こうと手を伸ばしたのだが、子孫を残すという本能がアッサリとちっぽけな理性を吹き飛ばしてしまった。月待くんの顔に伸ばされた両手は、藁にもすがる思いで目の前の大きな三角耳を掴み、一滴たりとも零させないとばかりにちんぽに向かって引っ張った。
びゅっ! びゅー、びゅるるっ!
何度も何度も、これでもかという程の精液が舌の上に、尖った牙に、喉奥へとぶちまけられる。そして多量の精液によってリスのように頬を膨らませたオオカミは、喉を鳴らして己の体内へと取り込んでいったのだった。
すっかりちんぽが萎えて硬度を失った後も、名残惜しげに口内の肉壁へと強請るように擦り付けて、それから赤子をあやすようにオオカミの大きな頭を撫でる。あれだけ散々出されたというのに咽せる様子ひとつなく、ただ甲高い笛のような甘い鼻声が聞こえてきた。
「あの先輩、その、すみません……調子に乗りました」
お互いに冷静さを取り戻した頃、月待くんが深刻そうな顔で謝罪を切り出した。
まあ確かに調子に乗ったこのオオカミに捕食されたのは間違いじゃない。でもそれはお互い様なところがあるし、何よりもとっても気持ちよかったのだから。
「……月待くん」
「はっ、はいっ!」
「交代、しようか?」
また部屋中に埃が舞う羽目となった。
結局朝まで、お互いのちんぽを見せ合い、嗅ぎ合い、食べ合って、それこそ猿のように盛り合うこととなった。そうして今は疲れ果てて床に寝転んで、僕は彼の胸元の毛を摘みながら考え事をしていた。
「あの、先輩、そろそろ戻りますね」
精液の匂いのする吐息。その匂いをもっと感じようと身を寄せて、ピタリとお互いの鼻をくっ付ける。
「そのままで、いいぞ」
戸惑いがちな口が言葉を発する前に、僕はこう続けた。
「ペットにするって約束したよな……?」
二つの影が重なって、大きな一つの塊になった。
すっかり人気の静まり返ったフロアに声が響き渡った。
このだだっ広い空間は夜の色に染まり、時折寝息を立てるように電源の入ったままのコピー機が機械音を鳴らした。そんな中、この一角だけはスポットライトにしては頼りない切れかけの蛍光灯に照らされている。
「は、はい。あっ、あの……僕もう……」
今ここにいる僕以外の人間。つまり僕の後輩という訳だが、彼はパソコンがシャットダウンされるのを待つ時間も惜しいのか、引ったくるようにして机の上に広げられた文房具から書類といった一切合切を鞄の中に押し込んで席を立とうとした。
時計の針はもう少しで垂直に重なり合おうというところなのだから無理もない。折角の華の金曜日だというのに、月曜朝一の会議のための資料作りで深夜残業をさせられる羽目になったのだから。
それにしたって、それにしたってだ。こんなことを言うと先輩風吹かせているだとか老害だとか言われるかもしれないけれど、二人っきりで残業していてお互いにこれで終わりにしようと言った手前、先輩の僕を差し置いて自分だけとっとと帰ろうとするのはいかがなものか。聞くところによると彼は一人暮らしだと言うし、終電を逃したって歩いて二十分ばかしの場所に住んでいるのだ。
「飯でも一緒に行かない? 今日は一日中忙しくてロクに食べられなかったでしょ。こんな時間だから牛丼屋ぐらいしか空いてないだろうけど。」
悲壮感に満ちた顔。え、なに、僕のことそんなに嫌いだったの? 普段はにこやかに接してくれるし、いつだったか彼の方からお誘いがあって一緒に登山だってしたじゃないか。
「すっ、すみません……その、もう帰らないと……」
あまりにも申し訳なさそうな口調になんだか自分が悪者に思えてきた。チラチラと時計を見ながら、一刻も早く帰りたいという気持ちを全身を使って表現している。
なんだ、楽しみにしている深夜アニメの放送時間が迫っているとでもいうのだろうか。そういえば今日仕事中もずっとソワソワとしてどこか浮ついた感じがあった。いつもならしないような些細なミスだって連発して、おかげでそのフォローに回った僕も一緒に残業する羽目に……って、そんなみみっちい説教がしたい訳じゃないけれど。
「すぐ準備するからさ、一緒に帰ろうよ。帰り道途中まで一緒でしょ?」
こんなに帰りたがっているんだから早く解放してあげればいいじゃないかという気持ちももちろんあった。こんな捨て犬みたいな目で見つめられたら同情だって込み上げてくる。だけどこんな時間にひとりっきりで帰るのは、いい歳してなんだと笑われるかもしれないがやっぱり怖い。いや別にオバケなんて信じていないけど、うん、断じて信じないぞ。
一度断った手前、突っぱねる訳にもいかなかったのだろう。彼は渋々ながらも首を縦に振るよりなかった。
「いやあ、悪いね。この公園突っ切るのちょっと怖くてさ。」
そう、ここを通ればかなりの近道になるのだけれど、如何せん街灯も少ない真っ暗な中を歩くのは一人では心細い。
「ふふ、先輩も怖いものとかあるんですね」
世の中怖いものだらけだぞ。オバケももちろんだけど、仕様変更とか顧客のクレームだとか、もっと怖いものもある。ああ思い出しただけで身震いしてしまう。
先輩の威厳はどこへやら、後輩を盾にするように全面に押し出して、彼のワイシャツを掴みながらその後を着いていく。小さい頃に両親といったお化け屋敷を思い出した。
「ねえ先輩、オバケとか信じてます?」
「なっ! なな、信じないぞ! 居たら怖いだろっ!!」
なんだ、意趣返しのつもりなのか? なにも今そんな話を切り出さなくてもいいだろ!
どんな表情を浮かべているのだろうか、ほくそ笑んで心の中でガッツポーズをしているのかもしれないな。
「そっ、そういう月待くんはどうなんだい?」
もうっ! 俺のバカ! なんでその話題を引っ張っちゃったんだ!
「……案外近くにいるかもしれませんね」
そんな脅かす台詞にしては、それに似つかわしくないどこか哀愁をはらんだ声。
「もしも、の話ですけど」
背中にピリピリとした電気が走り、滲み出した手汗が彼のシャツに吸い込まれていく。ヘビやスズメバチを目にした時の、理性を超えた極めて原始的な生存本能が脳内に煩いくらいにアラートを響かせる。
「ぼくが、狼男だったら……どうします?」
その言葉を理解するまでに、たっぷり五秒はかかった。
「ぷっ、くく……なんだそれ、脅かしてるつもりか? そうだなあ、犬好きだからウチでペットになってもらおうかな、一人暮らしだと飼えないし寂しいんだよね」
「ははは、いいですね、約束ですよ?」
首輪をつけた芝犬のような月待くんを思い浮かべて吹き出してしまう。先程までの恐怖感はもう微塵も残さず吹っ飛んでしまい、今なら鼻歌でも歌いながらスキップだってできそうだ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよくいったもので、一度気分が明るくなってしまうとなんてことはない。木の影から、ベンチの下から、あるいは後ろから、いつオバケが出てくるものかとビクビクしていたけれど、暗いからむやみに恐怖心を掻き立てられるだけで公園自体は昼間となにも変わらない。おまけに空を見上げると心強い味方が……
「お、みてみて、晴れてきたよ」
指さした先には分厚い雲の切れ間からひょっこり顔を出したまんまるなお月様。今日は満月だっただろうか、街灯なんていらないくらいに煌々と輝いて、二人分の影がくっきりと地面に浮かんでいた。
「ほら、月に向かってワオーンって吠え……えっ?」
月待くんと冗談めかして遠吠えでもしたらさぞかし愉快な気分だろうと思っていたのだが、彼は「しまった」と小さく漏らした後、その場にしゃがみこんで頭を抱えた。
ああそっちのタイプか。まったく演技派なんだから。きみには恐れ入ったよ、はいはい僕の負けだから。そう言って肩を叩こうとした時。
「グッ……ガッ、アッ!! グルル……」
全身を滅多刺しにされたかのような苦悶の唸りをききながら、人間が狼男へと姿を変える様を特等席で眺めることとなった。まるでCG合成の余りにも現実離れした光景。全身が大きく膨れ上がったかと思うと、指先の間からピョコンと三角の耳が飛び出す。科学者が居たら卒倒するか涎を垂らすか、非科学的であらゆる法則や常識を無視した現象が巻き起こっていた。メキメキと軋みを上げながら骨格が作り替えられて、それと同時に体表が被毛に包まれる。映画や漫画の中でみた狼男、人狼、獣人、呼びかたは色々あるだろうが、ともかくそれがそこに居た。
僕が叫び声を上げてこの場から逃げ出してしまわなかったのには理由があった。一つ目は腰が抜けて動けなかったこと。二つ目は非現実的なものを目の当たりにして、脳がそれに理由をつけて納得させようと正常性バイアスが働いたこと。それから三つ目はというと。
「つ、月待、くん?」
もはや人間のものとは全く異なる、オオカミの目がギロリと見開かれた。瞳の奥のタペタムが月光を反射して金色に輝いてまるで満月の、いや満月そのものだ。そしてその中に浮かんでいるのは怒りや食人の衝動なんかではなく、悲壮と恐怖の雫。
滅茶苦茶な速度で骨が再生成され筋肉が引きちぎられるなんて想像を絶する痛みだろう。車に轢かれるなんて目じゃないかもしれない。さぞかし痛かっただろうに。
「せ、せんぱ……い」
僕よりも二回り、いやそれ以上に大きな身体を縮こめて、姿を見られないように顔を手で覆って小さく震えている。
「とりあえず、さ。ウチに行こうか。」
人通りのない場所とはいえ、誰かに見つかってしまうかもしれない。見た目は随分と変わってしまったけれど、後輩をこんなところにほっぽり出しておく訳にはいかないだろう。
マンションの部屋まで、頭から僕のコートを被って連行される姿はまるで何かの犯罪者のようだった。警察に通報でもされていなければいいけど。
「ま、お茶でも飲んで」
そう言ってコップを差し出すと、大きく迫り出した口では人間のようには飲めないのだろう、ちょうど犬がそうするように長い舌を伸ばしてピチャピチャと舐めとっていく。
「あ、あの、すみませんでした……その、こんなになっちゃって」
姿形も声も、もはや面影は無いくらいなのに、その口調は確かに月待くんそのものだ。
「こっちこそごめんね、事情も知らずに」
聞くところによると、狼男と月との因縁は深いらしい。月の満ち欠けで体調が左右されて、満月の日には変身しちゃったり。今日も天気予報で日が変わる頃に空が晴れるのを知って、だからあれほど焦って帰ろうとしたとのことだった。
「いつもは満月を見ても元の姿に戻らないように抑えられるんですけど……今日は一年の中でも特別な満月で……つい……」
へえ。そうなんだ。満月なんてどれも同じだと思っていたけれど、違いがあるんだな。
「うん? 元の姿?」
その違和感がどうにも引っかかった。
「ぼく、こっちの姿の方が本来の姿で……だから、月を見て変身する狼男というよりは、普段は人間の姿に化けているという方が正確なんです」
そうなんだ。なかなか奥深いものなんだな。狼男というよりは男狼? いやそれもちょっと違う気がする。
それにしても、身なりはサラリーマンそのものなのに頭は犬、いや失礼オオカミだった。それに加えてこの言葉遣いなもんだから、怖さは全く無い。おまけにガラステーブルを挟んでちょこんと座っている姿は可愛いとすら思えてくる。なんせ大型犬好きだからね。
心の中に余裕が生まれてくると、邪な考えだって浮かぶ訳で。いつだったかテレビで見た光景が頭の中に浮かんでいた。
「ねえ、服パツパツになって苦しそうだけど、脱いだら?」
事実、ちょっとでも力を入れたらボタンなんか弾け飛んでしまうだろう。
「いえ、さすがにそれは」
「気にしなくていいからさ! ね? ね? ちょっと脱いでみせてよ!」
首元から覗くモフモフな毛。服の下にはどんな光景が隠されているのだろう。ああ、大型犬をワシャモフして撫で回すのが夢だったんだよなあ。
「あの先輩、その、もっとこう怖いとかそういう感想ってないんですか?」
なんだか少し拗ねたような表情。無闇矢鱈に怖がられるのは困るけど、全く怖がられないのもそれはそれで狼男としてのプライドに傷がつく。そんなところだろうか。
「ぜんっぜん! 初めは正直ビビったけど、こうして明るいところで見ると可愛い……ってそんな睨まないで、あー……格好いいよ! さすがオオカミって感じ。精悍で野生的な顔立ちで、男なら誰だって憧れちゃうような、おっ、なになに嬉しくて尻尾振っちゃった?」
ズボンの中に窮屈そうに押し込められている尻尾が暴れ回って布地がミシミシと悲鳴をあげている。このままエッチな逆漫画みたいに服が弾け飛んでしまうまであと何秒残っていることやら。僕からすればどっちにしろオイシイ事態には変わらない。さてどっちを選ぶ? 期待にニヤついた熱い視線を送っていると、やがて観念したのか大きなため息。
「……わかりました。脱ぎます、脱げばいいんでしょ」
さあさあストリップショーの開幕だ! ボタンを一つ、また一つと外していくたびに抑圧されていた毛が解放されて、ボフッと音が聞こえてきそうだった。思わずごくりと唾を飲んで、彼の一挙手一投足を脳裏に焼き付ける。カメラで録画しておけばよかった。
それにしても何だろうこの艶かしさは。相手は男だし、身体中が毛に覆われて動物みたいなもんだし、欲情する要素なんてこれっぽっちも無いはずなのに、恥じらいに身悶えしつつ伏し目がちにゆっくりと身体を露わにしていくその姿を見ていると倒錯的な興奮が呼び起こされて、正直なところ僕は勃起しかかっていた。
「あっ、あんまり見ないでっ……くださいよっ!」
いよいよズボンに手がかかったところで、神聖さすら感じた僕は無意識のうちに正座をしてその時を待ち構える。見るなって言われても土台無理な話だ。それに月待くんだって、場の雰囲気に押されたとかそういうのもあるんだろうけど、本当に見られたくなければ風呂場やトイレにでも籠って鍵をかけてしまうということだってできたはずなのだ。
「パンツ! ほらパンツも脱がないと! 尻尾がまだ窮屈そうだよ、ね? パ・ン・ツ! パ・ン・ツ!」
とんがった耳の先まで真っ赤にして涙目の狼男は、タイミングを図るように二、三度深呼吸をしてから一気にズボンをずり下げてから、瞬く間に両手で股間を隠した。憎たらしげにこちらを睨みつけるジト目とは裏腹に、解放された尻尾は振り子かプロペラのようにブンブンと部屋中の空気をかき回して埃を舞い上がらせた。
「こっ、これで満足、ですかっ!」
満足も何も、百点満点の大満足。だけど、足るを知るって言葉がある通り、それは裏を返せば人間にはあくなき欲望があるということだ。だがそれは何も悪いことばかりではない。まだ類人猿だった人間が道具を手にして、火を発見してやがて文明を築いて宇宙にロケットを飛ばす程にまでなった。それは探究心や好奇心、もっともっと生活を便利に楽にしたい。そんな欲望達こそがここまでの発展を遂げる推進剤となったのだ。貪欲たれ。それは僕が常日頃から意識していることなのだ。
「って! そんな上手いこと言ってやったみたいな顔しないでください。」
チッ……あと一押しだったのに。
「けど、朝までそうやってる訳にもいかないでしょ?」
グルグルとケダモノじみた唸り声。
特に満月の日は一度この姿になってしまうと、戻るには相当のエネルギーがいるらしい。すでに体力を大幅に消費したいま、早くとも朝までは力を蓄えないといけないとのことだ。
「……もう、好きにしてください。」
きっと今の僕の顔は犯罪者そのものになっていることだろう。
「見た目の割にはゴワゴワしてるなあ、おっ、ここめっちゃ柔らかい!」
股間はいまだに両の手のひらで覆われたままだったが、フローリングの上に仰向けになり、無抵抗のまま身体中を弄られる姿は差し詰め服従のポーズといったところだ。
びっしりと生えた体毛の海の中に手櫛を潜り込ませていくと、殆ど抵抗もなく非常にスムーズだ。いつだったか動画サイトでみた、外国人が大型犬を抱きしめて転げ回る様を思い出した。あの垂涎モノの光景が今自分のものになっているのだ。首元から胸にかけて生えている羽毛のような和毛。他の部位よりも格段に柔らかく、想像通り、いや想像以上のモフり心地。
月待くんは初めこそアレコレ文句を垂れていたものの、今となっては生娘とばかりギュッと目を閉じて身体を硬くするのみ。ウヘヘ、おっちゃんが悪いようにはしねえからな。
「わっ、結構臭うな……」
「ちょちょちょちょっとおお!!」
手でわしゃわしゃと撫で回すだけでは物足りなくなって、その魅力の海原に顔ごとすっぽりと埋めて鼻を押し付けて深呼吸。まあ生き物だから仕方がないのだけれども、これがまあ割と臭かったのだ。
腹を撫でられることは甘んじて受け入れた月待くんだったが、これには面食らったらしい。慌てて身体を起こして制止にかかる。
にょきっ
そんな擬音がピッタリだった。動いた拍子に手の隙間から、その、なんというか、大きな唐辛子の先っぽが見えてしまったのだ。
「あ。気持ちよくなっちゃった?」
イヌ科のペニス。図鑑で見たことはあるけど、こうして間近に見ると生々しいというか結構グロい。真っ赤な粘膜質の表面に絡みつく蔦のような血管が脈打ち、内臓がはみ出してしまったかのようにも見える。月待くんは僕に見られたことを悟るや怪人十二面相になり、声にならない声、それはもはや動物の、オオカミの喚き声としか表現できない声をあげたのだった。
「せっ、せせ、先輩も脱いでくださいよっ! ずるいですよ!!」
いや、どういう理屈だよ。そう発しかけたところで、とんでもない形相で睨みつけるオオカミに気圧されて、僕は赤べこになるより他はなかった。
「男同士、別に恥ずかしがることでも、無いよなあっ?」
声がうわずってしまう。
「ですよね。だから先輩も手で隠すのやめましょうよ」
すっかり吹っ切れた月待くんは、先程の恥じらいが嘘のようにそれはもう堂々と惜しげもなく隆起したオオカミのちんぽ、根本にぶっくりと膨れたコブのあるそれを見せつけるようにしながら、余裕綽々で僕に話しかける。
コイツ……ッ! 自分が有利になったと知るやえらく上から攻めてきやがった。まあいいさ、こんなまだ仕事も半人前のひよっ子なんかに遅れをとってたまるか。僕の方が社会経験も長い先輩だってことを思い知らせてやる。
「あれれ? 先輩も気持ちよくなっちゃったんですかねえ?」
どこかの名探偵みたいな台詞。別に変な気持ちになった訳じゃないぞ、これはなんつうか空気にあてられたというか、そもそも先に勃たせたのはそっちだろうが。
「まあ、月待くんだけ勃起させているのも恥ずかしいだろうからな、ほらこれでお互い様だろう?」
僕にはオオカミの毛が無い分、赤面した上に汗まで滴り始めたのは一目瞭然だろう。
「お互い様といえば先輩……」
獲物を品定めする眼光が突き刺さる。思わず尻餅をついて後退りをしても、四つん這いで近づいてくるその獣からは逃れられそうにない。ま、まてまてまて、割と本気で怖いから。今になって実は人間を食べるんですとかナシだからな。散々におちょくったんだからそのお代として片腕をガブリと食べられちゃうなんてこと無いよな。油断させておいて襲う戦略だったのだろうか。
「さんっざん触って、匂いまで嗅ぎましたよねえ?」
「はっ、はい……」
「じゃあ僕も同じことをする権利、ありますよね?」
「はい……」
それを聞いて舌なめずりする彼の顔は、童話の中の悪いオオカミそのものだった。
まあ食べられるよりは全然マシだ。腹を撫でられるくらい、ちょっとばかしくすぐったいだろうがどうってことはない。それで月待くんの気が済むなら安いもんだろう。それでも迫り来るオオカミ面に一抹の恐ろしさを感じて、丁度彼がそうしていたように目を閉じて最も無防備な体勢で寝転がる。さあ煮るなり焼くなり好きにしろってんだ。
「ふあっ……んっ、んんっ…………」
人間のそれとは作りの違う、プニッとした肉球と硬い爪がやんわりと腹を撫でる。それが蠢くごとに背筋がビクリと緊張してしまい、オオカミの喉が楽しげに鳴った。だがやがて、子供の頃にお腹を壊して寝込んでいる時、母親に優しく撫でてもらった記憶が呼び覚まされて徐々に緊張も解けていくのだった。
「そんなに気持ちいいんですか?」
得意げな声をあえて聞こえないフリ。腹の上をその手が滑るのに呼応して、硬く勃起した僕のちんぽは脈を打ち我慢汁を垂れ流す。手で隠そうと思えばできなくもなかっただろうが、そんな細やかな抵抗をしたところでまた嘲りの餌食となるだけだ。
「お次は……っと。すんすんっ……はあっ」
「ひゃっ!?」
一転して湿った冷たい鼻先がナメクジのごとく這い回り、情けない悲鳴が漏れてしまう。これ見よがしに乳首を突かれこねくり回されていると悲鳴が嬌声へと変質し、快楽が痺れとなって全身を駆け巡る。なんだこれ、ヤバい……。
「な、なあ! もういいだろ!? これで、おあいこ、な?」
もしこのままイカされでもしたら先輩の威厳もへったくれもあったもんじゃない。もう十分、彼が恥をかいた分、いやそれを差し引いてもお釣りがくるくらいに僕は辱めを受けたはずだ。
執拗にくっ付いていた鼻が離れると、心の中で安堵のため息。いや危なかった。
「ねえ先輩」
とっても嫌な予感。んでもってこういう時の直感ってのは大抵当たるんだ。
「こうなったのも、元を正せば先輩のせいですよね?」
え? なにこの展開。月待くんは何を言わんとしているんだ。
「僕はすぐに帰ろうとしたのに。先輩が引き止めるから。」
「あ、いや、それについては悪かったって……」
いくら事情を知らなかったとはいえ、嫌がっているのを無理矢理引き止めたのは悪かったと思っている。けどそれはさっきも何度も謝った。それを今この状態でこれ見よがしにぶり返さなくたって。
「また人間の姿になるには、膨大なエネルギーが必要なんですよね」
話が段々と読めなくなってきた。
「このままじゃ朝になっても変身できるかわかりませんし」
いや、さっきは朝になる頃には戻れるみたいな話してなかったか?
「だからこれは不可抗力というか、先輩には責任をとってもらう必要があるというか」
そんな言葉をぶつぶつと自分に言い聞かせるように唱えながら、何やら勝手に納得したのか何度も頷いている。さっぱりわからない。頭の中に疑問符が湧いて思考を埋め尽くしていく。
「うんっ……ふっ、くうっ……!」
僕の混乱をよそに、再び冷たい探査機が軟着陸をする。
そしてそれは、それまでの動きとは異なり、乳首を中心として周回するうちに脱出速度に達したのかスイングバイをして一直線に飛び出した。遥か深淵の探求者、ボイジャーとなったのだ。
ゆっくりと、だが確実に、それは明確な意思を持って動く。鳩尾で小休止をとってから更に南下して臍へとたどり着くもののまだ旅は終わらない。徐々に大きくなる湿っぽい鼻息が陰毛をくすぐり、オオカミのピンピンと張り出したヒゲが太ももの肉を突き刺した。
「えっ、ちょ、ちょちょっ、なんっ!?」
とうとうちんぽの根本にまで辿り着いたそれは、宝探しでもするように辺り一帯をまさぐった。長いオオカミのマズルが乱暴に暴れ回ると、その度にちんぽが右へ左へと押しのけられて、口元のブラシのように短い毛が裏筋を擦り上げる。
「はあっ……先輩、すっごい雄の匂いプンプンしてますよ?」
うっとりとしたため息。決して忌避するようなものでなく、むしろ好ましいものに対する感想。今までよりも一際大きくちんぽが脈打って、先走りが玉となり垂れていくのがわかる。確かイヌは人間の何千倍だか何万倍の嗅覚があるそうだ。この狼男という存在がその特性をまるっきり受け継いでいるかどうかはわからないが、人間よりも遥かに優れた嗅細胞がちんぽから発せられた臭気を捉えている。そしてその羞恥と興奮が隠し立てのできない形となってちんぽに現れているのを至近距離で克明に観察されているのだと気付いた時、それだけで軽い絶頂に達してキンタマの奥がズクリと疼いたのだった。
「ああっ、貴重なエネルギーなのにもったいない」
かぷっ
「ふおっ!? う、うそっ!?」
にわかには信じがたい事象に心臓が大きく跳ね、大規模な血流の変化が貧血にも似た目眩を引き起こす。だが、今まさに僕のちんぽをデロリと包み込むこの感触は断じて事実に他ならない。
ぐぷっ、じゅぶ……ちゅりゅっ
「んむ……先輩の、嬉しそうにビクビクしてますよ……」
なんてことだ! 後輩に、狼男に、月待くんに……その、口で、つまりアレ、フェラをされている。これまでの人生の中で右手から与えられる快楽しか知らなかった僕には熱くむず痒い蕩けてしまう快楽は脳のキャパシティをゆうに超えて、その電撃が雷となって幾度も身体を貫いていく。
制止しようとする手も、声も、情けない震えにしかならない。
「おいひ……んっ……んっ」
ぬぽっ、にゅっ、じゅっぷぐぼ……
もはや性器と化したマズルが、精液という報酬を得ようとちんぽに吸い付いて射精へと導いていく。唾液と先走りの混合物が口内で攪拌されて泡立って、ぐじゅぐじゅとした水音が部屋中に響き渡った。
「やば、やばっ……! つき……ああっ!」
じゅこっ! ぬぽっぬっぽ! ちゅぶぶっ!
イってしまう! このままじゃ、オオカミの、月待くんの口内に射精してしまう! 精巣から駆け上がり圧力を増したそれが出口を求めて、使命を果たすべく後戻りのできない進軍を始める。
このままじゃマズイ! 快楽に任せっきりだった頭が幾分かの理性を取り戻して、咄嗟にマズルからちんぽを引き抜こうと手を伸ばしたのだが、子孫を残すという本能がアッサリとちっぽけな理性を吹き飛ばしてしまった。月待くんの顔に伸ばされた両手は、藁にもすがる思いで目の前の大きな三角耳を掴み、一滴たりとも零させないとばかりにちんぽに向かって引っ張った。
びゅっ! びゅー、びゅるるっ!
何度も何度も、これでもかという程の精液が舌の上に、尖った牙に、喉奥へとぶちまけられる。そして多量の精液によってリスのように頬を膨らませたオオカミは、喉を鳴らして己の体内へと取り込んでいったのだった。
すっかりちんぽが萎えて硬度を失った後も、名残惜しげに口内の肉壁へと強請るように擦り付けて、それから赤子をあやすようにオオカミの大きな頭を撫でる。あれだけ散々出されたというのに咽せる様子ひとつなく、ただ甲高い笛のような甘い鼻声が聞こえてきた。
「あの先輩、その、すみません……調子に乗りました」
お互いに冷静さを取り戻した頃、月待くんが深刻そうな顔で謝罪を切り出した。
まあ確かに調子に乗ったこのオオカミに捕食されたのは間違いじゃない。でもそれはお互い様なところがあるし、何よりもとっても気持ちよかったのだから。
「……月待くん」
「はっ、はいっ!」
「交代、しようか?」
また部屋中に埃が舞う羽目となった。
結局朝まで、お互いのちんぽを見せ合い、嗅ぎ合い、食べ合って、それこそ猿のように盛り合うこととなった。そうして今は疲れ果てて床に寝転んで、僕は彼の胸元の毛を摘みながら考え事をしていた。
「あの、先輩、そろそろ戻りますね」
精液の匂いのする吐息。その匂いをもっと感じようと身を寄せて、ピタリとお互いの鼻をくっ付ける。
「そのままで、いいぞ」
戸惑いがちな口が言葉を発する前に、僕はこう続けた。
「ペットにするって約束したよな……?」
二つの影が重なって、大きな一つの塊になった。
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