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86.ふたりは共犯

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「実力行使、ですか?」

 馬車にエリックを乗せ、早速本題に入ると、彼は訝しげに眉を顰めて復唱した。

「そうよ。騎士団の様子も、変わらないでしょう?」
「確かに……配置換えを提案しましたが、取り合ってはもらえませんでした」

 ヘランに溺れていた騎士が、オーウェン達のパレードの警護から外れることになった。当然、その穴を埋めて尚完全な態勢を取れるよう、本来ならば計画を変える必要がある。
 私だってわかることなのに、警護のプロである騎士団がそのような決定をしないのは、それが「続編へ至る展開」には必要だからであろう。
 王太子であるオーウェンに隙ができることは、それほど多くない。続編が始まるときにベイルが国王になっているのだとしたら、仕掛けるタイミングとして、今回は最適なはずだ。

「きっと、その穴を突かれるんだわ」
「かもしれません」
「エリック様は、どうしたらいいと思う?」

 彼は渋い表情を作る。組んだ腕を、指先が忙しなくぱたぱたと叩いている。

「王太子様や、お父様ーーオルコット公爵は、静観の構えなのですよね」
「ええ」
「それなら、俺は反対です。俺たちだけでは、できることはあまりにも少ない」
「だけど」

 言い返しかけた私の言葉を、エリックはいきなり手を握ることで遮る。温かくてごつごつした手だ。

「俺は心配なんです。あなたを危険に、晒したくない。良いではありませんか、選択の結果、彼らに何が訪れようとも」
「それは……良くないわ」

 彼の真っ直ぐな視線を、跳ね除けるのは気がひける。それでも私は、エリックの言葉を否定した。
 選択の結果、何が訪れようとも構わない。それは確かに、その通りだ。しかし、その結果訪れる未来が、納得のいかないものであるなら。自分が行動を選択し、結果を変えようと試みたって良い。

「私が欲しいのは、平穏なのよ。リアンやシャルロット様達の生きる未来に、憂いのないような平穏が」
「……そうですか」
「続編の、タマロ王国に牛耳られる未来を変えられるなら、私はやる価値があると思うの」
「なぜ、キャサリン様がそれをやらなければならないのですか」

 エリックの真摯な眼差し。

「やる人がいないもの。お父様も王太子様も、普段の姿からは想像できないほど、伝統を守ることに頑なだったわ。騎士団の配置だって、変わらない。世界は続編に向かって動いているのよ」
「ならば、尚更です。そうした方々の力も借りずに、俺たちふたりで、何ができると仰るのですか」

 エリックの言うことは尤もである。私はただの公爵令嬢だし、エリックはただの騎士。私たちに、周りを動かす力なんてない。
 私も、それはわかっている。今日ここに来るまでに、いろいろと計画を立てたのだ。

「だから、実力行使よ」
「……と、言うと?」
「ミアと王太子様の影武者になるわ」

 空気が一瞬、凍った。エリックが訝しげな顔のまま固まる。

「それは、どういう……」
「ミアには確認を取ったの。式の後、パレードに出る前。ふたりの代わりに、私が馬車に乗り込むのよ」
「なるほど……ローレンス公爵令嬢は、協力的なのですね」

 私だって、自分の力だけでできることは少ないのはわかっている。いろいろ考えた結果、ミアとオーウェンの代わりにパレードへ出れば、最悪の事態は避けられると踏んだのだ。貴族たちはミア達の顔だって知っているから誤魔化せないが、町中に溢れる平民達は、私が代わりにそこに立っていてもわからないだろう。
 入れ替わるためには主役達の協力が必須である。ミアは、タマロ王国の魔の手を恐れ、私の提案に協力してくれることになった。

「わかっていますか? それは、一歩間違えば、命を落としかねないと」
「ええ。だから私は、エリック様に側にいてほしいの、本当は」
「もちろん、おひとりでは行かせませんが……」

 まだ歯切れの悪いエリック。それも当然だ。私の考えは、もしかしたら、自分の命や地位を犠牲にするかもしれないのだから。

「タマロ王国の者に狙われて、命を落とすかもしれない。何もなければ、王族に刃向かったとして、身分を剥奪されるかもしれない。リスクはわかっているわ。だけどね、どんな危険なことがあろうとも、確かなことはあるの」
「確かなこと?」
「ええ。王太子様とミアがあの場に出なければ、たとえタマロ王国の者に襲われたとしても、この国の未来は変わるわ」

 私はこのパレードで何かが起こるだろうという、確信めいた予感がある。ここでオーウェンとミアの命を守れれば、ベイルが即位する未来、タマロ王国に牛耳られる未来を、変えることができるだろう。
 その未来に私がいるのが一番だけれど、そもそもが没落するはずだった身。自分の判断で、未来に大きな変化をもたらせるのなら、それはそれで良い。

「わかりました。貴女様は、この国の未来を命よりも重んじる、生粋の貴族なのですね」
「そんな、大それたものではないわ」
「俺は、あなたをお守りします、キャサリン様。命の心配は、させません」

 エリックの言葉に、内心ほっとする。彼は腕の立つ騎士だ。隣にいてくれて、これほど安心できる存在は他にいない。

「もし、何も起こらなかったら。あなたにも迷惑をかけるかもしれないわ」

 タマロ王国の者が捕まれば良いが、もし誰にも襲われず、つつがなくパレードが終わったら。それはそれで問題なのだ。私とエリックは、ただ強引に王家の馬車に押し込んだ、とんでもない悪漢になってしまう。

「構いません。その時は、どこか遠くの国にでも一緒に行きましょうか」

 さらりと言うエリック。その表情は、いつもと変わらない。何か特別なことを言っているという風情もない。

「いいの?」
「俺の剣と、キャサリン様の頭があれば、生きていけないことはないでしょう。今のような生活は、送らせて差し上げられないかもしれませんが」
「エリック様……」

 そのとき私は漸く、エリックの気持ちがわかった気がした。彼は私のためになら、地位を捨てても惜しくないと言っている。それが恋でなくて、なんだというのか。

「嬉しいわ」

 そしてそう思われることが、これほど心が温まり、嬉しく思えることだなんて。

「……泣かれては困ります」
「あ、ごめん、なさい」

 胸元のポケットから取り出した柔らかい手巾で、いつの間にか溢れていた涙を拭われる。

「ほっとしたわ。こんなこと、エリック様以外の方には、わかっていただけないもの」
「俺は反対ですよ。あなたが危険に晒される必要はない。ただ、既に気持ちを決めたのなら、言っても駄目でしょうから」
「……それもそうね」

 彼の言うことは、どこまでも正論だ。私は、この国の行く末を知っていて何もしないなんて、そんなことは耐えられない。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 エリックの手を取り、握手を交わす。私が企てているのは、結婚パレードの乗っ取り。国意に反する行いである。今この瞬間、私たちは共犯者になった。

「ミアに、パレードまでの流れを確認したわ。それによるとね……」
「ああ、そのタイミングで入れ替わるのですね」
「そう。オーウェンが抵抗するかもしれないから、押し切って」

 そのまま顔を寄せ合い、計画の現実性を高めていく。綱の上を渡るような、微妙な計画である。それでもふたりで話していると、どこか楽しい気持ちになるのだった。
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