83 / 100
76.エリーゼの紹介状
しおりを挟む
「それに私、あなたとは、一度ゆっくりお話をしてみたいと思っておりましたのよ」
「キャサリン様が、私と?」
「ええ。ヘランって、ずいぶん良い薬だそうじゃありませんか」
エリーゼは、お茶会でもヘランの話しかしない程度には、上位の貴族にヘランを勧めたがっている。私がヘランの話を持ち出せば食いつくかと思って水を向けてみると、案の定。
「そうなのです!」
訝しげな雰囲気は消え、目を輝かせてヘランの話をし始めた。こんなに単純な彼女が、国家転覆の危機に関われるのだろうか。心配になるほど、ぺらぺらと話し始める。
エリーゼの常套句であろう、ヘランはストレス解消になるだの、ヘランは頭が良くなるのという効用を聞いたあと、「でも気が引けますわ」と私は感想を漏らした。
「健康上の問題は、何もありませんのよ」
「そういうことではありませんわ。ヘランははじめこそ、陛下の勧める、斬新なものでしたけれど……もう下位の貴族や、それ以外の方にも広がっているでしょう? 今更口にしても、時代遅れという感が、否めないと言いますか……」
私たちにとっては、目新しいということも、重要な要素のひとつである。
「たしかに下位の貴族の方々にまで、広まっているのは事実ですが……」
「貴族どころか、平民や騎士の方にも、広まっているというじゃありませんか」
これは完全に、カマをかけたのである。私の言葉に、エリーゼはきっと目を剥いた。
「それは、事実ではありませんわ!」
「そうなのですか?」
「そうですわ。私達だって、広める相手は考えていますもの」
ツンとするエリーゼ。この言葉が真実かどうか、私にはわからない。仮に平民まで広がっていたとしても、この場ではそうは言わないだろうし。
もしかしたらうっかり口を滑らせないかと思って言ってみたが、そんな簡単には行かなかった。
「それなら、安心しましたわ。以前、タマロ王国風のパーティに、お招きくださったでしょう?」
「ええ」
「ああいう趣向を、私も取り入れてみたいと思いましたの。商人を紹介していただくことは、できないかしら?」
エリーゼが駄目なら、ヘランを扱う商人の方と、コンタクトを取ってみればいい。売り出すのは商人なのだから、調べれば、取引している相手を探ることもできるだろう。
私の質問に、エリーゼは表情を輝かせる。その顔を見て、私はなんとなく、違和感を覚えた。
どうしてエリーゼは、ヘランを勧めることに、こんなにも喜びを感じているのだろう。ヘランが広まった暁に、王妃になることを夢見ているのかもしれない。しかし、私がヘランに興味を示すことから公爵家へ広まり、パレードの警備を操作するところまで達するには、かなりの道のりがある。
広めること自体にメリットがないと、こんな風に喜ぶことは、ないのではなかろうか。
「もちろんですわ! 紹介状をお渡ししますね!」
嬉しそうに、既に記入済みの紹介状を渡され、私はますます戸惑った。準備が良すぎるし、何が嬉しいのかわからない。
エリーゼの喜びの背景も気になったが、彼女のことを、そこまで気にかける理由はない。私はエリーゼから招待状を受け取ると、適当にいなしながら、集まった令嬢たちとの会話を楽しんだ。
エリーゼに預かった紹介状には、カサール商会という名が書かれていた。聞いたことがないが、場所も記されているので、訪ねることはできよう。
ノア辺りが同行してくれると助かるのだが、彼は今、ニックの教育のために、学園の寮に行っている。休日に用を頼むのも申し訳ない。リサでは何かあった時不安だし、ライネルには頼めない。私が個人的な用を頼める従者というのは、こういう場合は、いないのであった。
まあ、令嬢である私が単身でよくわからない商会に行こうとしていること自体が、不適切な行動なのだけれど。止められるのが目に見えているので、父には言えない。
「いつもいつもあなたに頼んで、申し訳ないわ」
「俺なら、構いませんよ。キャサリン様がおひとりで行動するより、ずっといいです」
今日のエリックは、騎士の制服ではない、品のある服を着ている。私の従者に見せかけるためである。カサール商会に、タマロ風パーティの打ち合わせという体で、向かうことにしたのだ。
馬車に乗り合わせ、カサール商会に向かう。エリックは嫌な顔せずについてきてくれるが、今回のことは、ノアさえいればエリックに頼まなくても済んだ話だ。彼の武を必要とする場面でもないのに頼んでしまったことに、気が引けていた。
「エリック様がこうして私のために時間を割いてくれるのは、ありがたいし嬉しいのですが……それに、甘えてしまっていますの」
「俺は、自分の時間をあなたのために割けることを、嬉しく思っていますよ」
エリックの穏やかな声でそう言ってもらえると、安心する。エリックの、この優しさに甘えているのは、重々承知している。
「どうして?」
「どうしてって……それは、俺が」
何か言いかけたエリックの言葉は、馬車が止まったことで遮られた。
「着いたのね」
エリーゼが懇意にしている、カサール商会。私が確認したいのは、ヘランが貴族以外には流通していないという、それだけのことだ。
どう話せば、手がかりを得られるだろうか。考えながら、商会の案内人に連れられ、大きな建物の中へ入っていった。
「キャサリン様が、私と?」
「ええ。ヘランって、ずいぶん良い薬だそうじゃありませんか」
エリーゼは、お茶会でもヘランの話しかしない程度には、上位の貴族にヘランを勧めたがっている。私がヘランの話を持ち出せば食いつくかと思って水を向けてみると、案の定。
「そうなのです!」
訝しげな雰囲気は消え、目を輝かせてヘランの話をし始めた。こんなに単純な彼女が、国家転覆の危機に関われるのだろうか。心配になるほど、ぺらぺらと話し始める。
エリーゼの常套句であろう、ヘランはストレス解消になるだの、ヘランは頭が良くなるのという効用を聞いたあと、「でも気が引けますわ」と私は感想を漏らした。
「健康上の問題は、何もありませんのよ」
「そういうことではありませんわ。ヘランははじめこそ、陛下の勧める、斬新なものでしたけれど……もう下位の貴族や、それ以外の方にも広がっているでしょう? 今更口にしても、時代遅れという感が、否めないと言いますか……」
私たちにとっては、目新しいということも、重要な要素のひとつである。
「たしかに下位の貴族の方々にまで、広まっているのは事実ですが……」
「貴族どころか、平民や騎士の方にも、広まっているというじゃありませんか」
これは完全に、カマをかけたのである。私の言葉に、エリーゼはきっと目を剥いた。
「それは、事実ではありませんわ!」
「そうなのですか?」
「そうですわ。私達だって、広める相手は考えていますもの」
ツンとするエリーゼ。この言葉が真実かどうか、私にはわからない。仮に平民まで広がっていたとしても、この場ではそうは言わないだろうし。
もしかしたらうっかり口を滑らせないかと思って言ってみたが、そんな簡単には行かなかった。
「それなら、安心しましたわ。以前、タマロ王国風のパーティに、お招きくださったでしょう?」
「ええ」
「ああいう趣向を、私も取り入れてみたいと思いましたの。商人を紹介していただくことは、できないかしら?」
エリーゼが駄目なら、ヘランを扱う商人の方と、コンタクトを取ってみればいい。売り出すのは商人なのだから、調べれば、取引している相手を探ることもできるだろう。
私の質問に、エリーゼは表情を輝かせる。その顔を見て、私はなんとなく、違和感を覚えた。
どうしてエリーゼは、ヘランを勧めることに、こんなにも喜びを感じているのだろう。ヘランが広まった暁に、王妃になることを夢見ているのかもしれない。しかし、私がヘランに興味を示すことから公爵家へ広まり、パレードの警備を操作するところまで達するには、かなりの道のりがある。
広めること自体にメリットがないと、こんな風に喜ぶことは、ないのではなかろうか。
「もちろんですわ! 紹介状をお渡ししますね!」
嬉しそうに、既に記入済みの紹介状を渡され、私はますます戸惑った。準備が良すぎるし、何が嬉しいのかわからない。
エリーゼの喜びの背景も気になったが、彼女のことを、そこまで気にかける理由はない。私はエリーゼから招待状を受け取ると、適当にいなしながら、集まった令嬢たちとの会話を楽しんだ。
エリーゼに預かった紹介状には、カサール商会という名が書かれていた。聞いたことがないが、場所も記されているので、訪ねることはできよう。
ノア辺りが同行してくれると助かるのだが、彼は今、ニックの教育のために、学園の寮に行っている。休日に用を頼むのも申し訳ない。リサでは何かあった時不安だし、ライネルには頼めない。私が個人的な用を頼める従者というのは、こういう場合は、いないのであった。
まあ、令嬢である私が単身でよくわからない商会に行こうとしていること自体が、不適切な行動なのだけれど。止められるのが目に見えているので、父には言えない。
「いつもいつもあなたに頼んで、申し訳ないわ」
「俺なら、構いませんよ。キャサリン様がおひとりで行動するより、ずっといいです」
今日のエリックは、騎士の制服ではない、品のある服を着ている。私の従者に見せかけるためである。カサール商会に、タマロ風パーティの打ち合わせという体で、向かうことにしたのだ。
馬車に乗り合わせ、カサール商会に向かう。エリックは嫌な顔せずについてきてくれるが、今回のことは、ノアさえいればエリックに頼まなくても済んだ話だ。彼の武を必要とする場面でもないのに頼んでしまったことに、気が引けていた。
「エリック様がこうして私のために時間を割いてくれるのは、ありがたいし嬉しいのですが……それに、甘えてしまっていますの」
「俺は、自分の時間をあなたのために割けることを、嬉しく思っていますよ」
エリックの穏やかな声でそう言ってもらえると、安心する。エリックの、この優しさに甘えているのは、重々承知している。
「どうして?」
「どうしてって……それは、俺が」
何か言いかけたエリックの言葉は、馬車が止まったことで遮られた。
「着いたのね」
エリーゼが懇意にしている、カサール商会。私が確認したいのは、ヘランが貴族以外には流通していないという、それだけのことだ。
どう話せば、手がかりを得られるだろうか。考えながら、商会の案内人に連れられ、大きな建物の中へ入っていった。
0
お気に入りに追加
1,842
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!
餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。
なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう!
このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた
よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。
国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。
自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。
はい、詰んだ。
将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。
よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。
国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!
悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい
みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。
切ない話が書きたくて書きました。
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~
可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。
転生悪役令嬢は婚約破棄で逆ハーに?!
アイリス
恋愛
公爵令嬢ブリジットは、ある日突然王太子に婚約破棄を言い渡された。
その瞬間、ここが前世でプレイした乙女ゲームの世界で、自分が火あぶりになる運命の悪役令嬢だと気付く。
絶対火あぶりは回避します!
そのためには地味に田舎に引きこもって……って、どうして攻略対象が次々に求婚しに来るの?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる