上 下
64 / 100

閑話 ヒロインは転生者

しおりを挟む
 私が、私は乙女ゲームのヒロインであるアレクシアだと気付いたのは、学園に編入したその日だった。貧乏であるはずの私のクローゼットにはドレスが並び、アクセサリーもたくさんあった。おかしいなと記憶を辿り、そして気づいた。それらは、前世の私が、ゲーム内で手に入れたものだった。

 第二王子であるベイルのファンだった私は、ゲームのストーリーをきっちり追い、ベイルとのハッピーエンドを手に入れた。「俺たちは一緒になれるのだろうか」と不安がるベイルは、「あなたが婚約破棄をちゃんとすれば、キャサリンは泣いて罪を認め、いなくなるから大丈夫」と励ましていた。それまでの展開がゲームの通りだったのだから、当然、ハッピーエンドを手に入れられるはずだった。いや、手に入れたのだ。一応は。私はベイルの隣で、キャサリンが婚約破棄される様子を見守っていた。婚約破棄はなされ、私とベイルは並んで卒業した。
 でも、あのとき悪役令嬢のキャサリンは、泣かなかった。

 実はこのゲームの続編では、王家の血を引くシャルロットという女の子がヒロインだ。ベイルが登場すると聞いて購入した私は、ベイルの隣に立つのが前作のヒロインではなく、全然違うキツそうなキャラクターであることに衝撃を受けた。
 ゲームと現実は違うから、ベイルの気持ちさえあればなんとかなると思っていたが、現実は甘くはなかった。身分の差を理由にあっという間にベイルと引き離され、色々な職を転々とした私は、「ソルトレ」という店に拾ってもらった。今では、前世で得た器用さと技術を生かして、小物の製作と販売に関わっている。

 結局、ゲームの展開は、ゲームの展開だったのだ。続編でヒロインがベイルと結婚していないのだから、ゲームのストーリーを追っただけでは、私とベイルも結ばれなかったのだ。「ヒロインである」ことに胡座をかいていた、自分にも非がある。
 あのとき、悪役令嬢のキャサリン・オルコットは、泣かずに自己主張をしたことで、没落を免れた。彼女もきっと、私と同じで、ゲームをプレイしていたのだろう。それに気付いたのは、ベイルと引き離されてから、いろいろ考えていた時期だった。
 まあ、キャサリンが泣いても泣かなくても、私がベイルと結ばれなかったのは変わらない。彼女を恨む気持ちはなかった。

 容姿も声も好みのベイルのことを思い出すことはあったものの、ゲームについて考えることはあまりなくなった頃、私は攻略対象のひとりを発見した。
 セドリック・アダムス。私は全く関わりがなかったが、彼も攻略対象のひとりだ。ゲームをプレイしていた時には、やたらと贈り物をしてステータスを上げてくれるので、良いように利用したこともあった。

「君の包装で持って行ったら、彼女が少し長く見てくれたんだ。だからまた、君に包装を頼みたい」

 真剣な眼差しでそう話すセドリックは、とても様になった。誰かがセドリックのルートに入ったのか、毎日、何かを買いに来る。受け取っては貰えないらしく、新しいものを買いに来るたび、突き返されたらしいプレゼントを「これは君にあげるよ」と私にくれた。私はその包装を剥がし、商品としてまた売っていた。だって、未使用・未開封なのだ。もったいない。

「このリボンを、彼女が触った形跡があるんだ。次から、この結び方で頼めないか」

 暫くするとセドリックはそう言って、同じ結び方を注文するようになった。仕事だからするけれど、こんなに贈り物をしても受け取ってももらえないなんて、相手を変えた方がいいんじゃないだろうか。
 そう思ったが、「君にしか頼めない」と取り憑かれたような目をしているセドリックには、何も言えなかった。ベイルが私を見ていたのと同じ、何かに心酔した目である。彼にここまでさせるとは、どんな女性なのだろうか。

「君! 君のおかげで、彼女が贈り物を受け取ってくれたよ」

 ある日、セドリックにそう握手を求められた。いよいよ、彼の思いが通じたらしい。ストーカーじみた勢いで贈り物攻撃をされ続け、心が折れたのだろうか。かわいそうに。
 セドリックは、彼女に送った白い花のブレスレットを、身につけているのを見たのだと言う。その白い花のブレスレットはこの間セドリックが持ってきたから、また店頭に並べた気がするが、気のせいだろうか。

「でも、俺の気持ちを受け取っても、女性からは、行動を起こせないだろう? だから今度は、俺から気持ちを伝えるんだ」

 そうそう、ゲームのセドリックルートは、たしかこんな感じだった。ヒロインがセドリックの贈り物を受け取り、好感度が一定に達すると、セドリックに告白されるハッピーエンド。
 盛り上がっているセドリックに、「あなたが贈ったのとは別物だと思う」とは言えず、私は口を噤んだ。それから、セドリックは店には来なくなった。

 セドリックが贈り物をしていた女性が、悪役令嬢であるキャサリン・オルコットだとわかったのは、単なる勘だった。
 エリックを連れたキャサリンと、続編の話をした時、彼女は手首に白いアネモネのブレスレットをしていた。私が作ったものだ。それを見て、「セドリックと揉めている?」とカマをかけたら、案の定そうだったらしい。

 キャサリンの中の人は、私と違って、前世の記憶も曖昧で、続編のことも知らないらしい。何も知らないのに、続編のヒロインのシャルロットを救ったようだし、私の作品も褒めてくれた。
 私の知っていることは、あまり彼女の助けにはならないらしい。何かの参考になればと思って、セドリックについて、思ったことを言っておいた。
 私のせいで彼女がベイルから婚約破棄されたのは間違いない。それはストーリー上仕方ないと思っていたが、彼女も同じ転生者だとわかった途端、申し訳ない気持ちが芽生えた。自分自身のあまりの都合の良さに呆れてしまいつつも、今度は彼女の幸せのために何かしてあげたい。そう思わせる魅力が、キャサリンにはあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢は冒険者になればいいと気が付いた

よーこ
恋愛
物心ついた頃から前世の記憶持ちの悪役令嬢ベルティーア。 国の第一王子との婚約式の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付いた。 自分はメイン攻略対象にくっつく悪役令嬢キャラだった。 はい、詰んだ。 将来は貴族籍を剥奪されて国外追放決定です。 よし、だったら魔法があるこのファンタジーな世界を満喫しよう。 国外に追放されたら冒険者になって生きるぞヒャッホー!

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。 切ない話が書きたくて書きました。 転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

転生悪役令嬢は婚約破棄で逆ハーに?!

アイリス
恋愛
公爵令嬢ブリジットは、ある日突然王太子に婚約破棄を言い渡された。 その瞬間、ここが前世でプレイした乙女ゲームの世界で、自分が火あぶりになる運命の悪役令嬢だと気付く。 絶対火あぶりは回避します! そのためには地味に田舎に引きこもって……って、どうして攻略対象が次々に求婚しに来るの?!

悪役令嬢は王子の溺愛を終わらせない~ヒロイン遭遇で婚約破棄されたくないので、彼と国外に脱出します~

可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。第二王子の婚約者として溺愛されて暮らしていたが、ヒロインが登場。第二王子はヒロインと幼なじみで、シナリオでは真っ先に攻略されてしまう。婚約破棄されて幸せを手放したくない私は、彼に言った。「ハネムーン(国外脱出)したいです」。私の願いなら何でも叶えてくれる彼は、すぐに手際を整えてくれた。幸せなハネムーンを楽しんでいると、ヒロインの影が追ってきて……※ハッピーエンドです※

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

【完結】婚約破棄をして処刑エンドを回避したい悪役令嬢と婚約破棄を阻止したい王子の葛藤

彩伊 
恋愛
乙女ゲームの世界へ転生したら、悪役令嬢になってしまいました。 処刑エンドを回避するべく、王子との婚約の全力破棄を狙っていきます!!! ”ちょっぴりおバカな悪役令嬢”と”素直になれない腹黒王子”の物語 ※再掲 全10話 白丸は悪役令嬢視点 黒丸は王子視点です。

処理中です...