公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

文字の大きさ
62 / 100

57.セドリックの異変

しおりを挟む
「ああ、お嬢様。今度、夜の町を見に、御一緒しませんか」
「えっ……?」

 ハーバリウムを受け取りに来たセドリックにそう誘いの言葉をかけられ、私はぎょっとする。最近セドリックの贈り物攻勢が止み、彼の存在を忘れがちになっていた。それが今、唐突に、デートの誘いをかけられるなんて。しかも夜の町。
 セドリックのルートを、思い返す。彼のハッピーエンドでは、贈り物を受け取り、好感度が高まると、セドリックから告白される。告白されるのは、夜の町を散策したデートから帰る、馬車の中だ。
 段階が進んでいる。背筋が冷たくなった。ものを受け取っていないのに、どうしてだろう。

「気安く誘いをかけるなんて、失礼だわ」
「お嬢様は、私の気持ちを、受け取ってくださったじゃありませんか」
「受け取って、ないわよ」

 やはりセドリックは、私が彼の贈り物を受け取ったと、勘違いしている。どこに落ち度があったのだろう。
 剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ニックが私に近づいてくる。さっ、と空気が動き、ニックより先に、セドリックが目の前に来た。

「一度でいいんです、お願いです、お嬢様」
「いやよ、できないわ」

 セドリックが跪いて懇願する。攻略対象級のイケメンに、こんな風に願われたら、世の女性はくらっとするだろう。でも、今の私は、恐怖しか感じられなかった。
 足がふらっとする。セドリックから、あの強烈な、危険な甘い香りがしている。つい顔を近づけて嗅ぎたくなるような、あのーー近づきかけた体を、後ろからぐいっと引っ張られる。

「キャサリン様、もっとはっきり断らないとわかりませんよ」
「ノア、……ありがとう。セドリック、次私を誘ったら、承知しないわよ」
「はい、しかし」
「用が済んだら、出て行ってください」

 ノアに促され、セドリックが倉庫から出て行く。その目つきには、まだ諦めていないという風情が漂っていた。
 アレクシアの「セドリックはおかしい」という言葉を思い出す。確かに、おかしい。瞳に強迫的な色が見える。ゲームのストーリーに乗ると、それほどの強迫観念を呼び起こしてしまうのだろうか。

「キャサリン様は、どうしてあの方を、いつまでも重用されているのですか。たしかに優秀ではありますが」
「優秀だからよ」
「しかし、度を超えています」

 確かに、その通りだ。そしてセドリックは、諦めないだろう。諦められないのだ。それが、ストーリーの流れだから。これからずっと、彼の好意を受け入れるまで、この誘いが続くかもしれない。
 それにあの、香り。今日のセドリックは、以前嗅がされた、あの腰にくる怪しい香水を纏っていた。話を進めるためには、そうした正攻法でないやり方も、厭わずにはいられない、ということである。

「早く目を覚ましてほしいけれど」
「そんな、悠長な」
「そうよね」

 そんなに、気長に待ってはいられない。ノア達が守ってくれているとは言え、セドリックがなりふり構わず来たら、私の身に危険が及ぶかもしれない。それが、ずっと続くのだろうか。例えセドリックを何らかの方法で締め出したとしても、彼は迫ってくるに違いない。
 ストーリーは、そう進むから。
 もし私がセドリックとのイベントを完遂したら、セドリックの目は覚めるのだろうか。もしそうならば、この恐怖から、逃れられるかもしれない。何をされるかわからない恐怖より、いっそ先の見えているものに飛び込んだ方が、安心できるのではないか。

「手を打たないといけないかもしれないわね」
「そうですよ。ご命令いただければ、彼をお嬢様の視界に入れないよう、いつでも対応致します」

 ノアはそう言ってくれるが、私が考えているのは、そういうことではない。セドリックのストーリーは、このあとは最後のイベントになる。夜の町を観光し、最後に「パートナーになってくれ」と言われるのだ。
 そこまで行き着くと、セドリックとのストーリーは終わる。私が、自分の登場する断罪イベントの最後で記憶を得たような現象が、セドリックにも起こるかもしれない。彼が、私への恋心から解放されれば、この危険はなくなる。
 この問題に、敢えて飛び込む必要もないのかもしれない。ストーリーの展開にとらわれて、セドリックが苦しむだけなら、それでいい。けれど、このまま何をされるかわからない恐怖に怯えているのは、その方が辛い。
 自ら問題に飛び込んで、自らストーリーを変える。あのとき泣かずに、自分を主張したのと同じ。行動することで、展開を変えるのだ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!

As-me.com
恋愛
 完結しました。 説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。  気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。  原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。  えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!  腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!  私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!  眼鏡は顔の一部です! ※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。 基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。 途中まで恋愛タグは迷子です。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

処理中です...