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57.セドリックの異変
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「ああ、お嬢様。今度、夜の町を見に、御一緒しませんか」
「えっ……?」
ハーバリウムを受け取りに来たセドリックにそう誘いの言葉をかけられ、私はぎょっとする。最近セドリックの贈り物攻勢が止み、彼の存在を忘れがちになっていた。それが今、唐突に、デートの誘いをかけられるなんて。しかも夜の町。
セドリックのルートを、思い返す。彼のハッピーエンドでは、贈り物を受け取り、好感度が高まると、セドリックから告白される。告白されるのは、夜の町を散策したデートから帰る、馬車の中だ。
段階が進んでいる。背筋が冷たくなった。ものを受け取っていないのに、どうしてだろう。
「気安く誘いをかけるなんて、失礼だわ」
「お嬢様は、私の気持ちを、受け取ってくださったじゃありませんか」
「受け取って、ないわよ」
やはりセドリックは、私が彼の贈り物を受け取ったと、勘違いしている。どこに落ち度があったのだろう。
剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ニックが私に近づいてくる。さっ、と空気が動き、ニックより先に、セドリックが目の前に来た。
「一度でいいんです、お願いです、お嬢様」
「いやよ、できないわ」
セドリックが跪いて懇願する。攻略対象級のイケメンに、こんな風に願われたら、世の女性はくらっとするだろう。でも、今の私は、恐怖しか感じられなかった。
足がふらっとする。セドリックから、あの強烈な、危険な甘い香りがしている。つい顔を近づけて嗅ぎたくなるような、あのーー近づきかけた体を、後ろからぐいっと引っ張られる。
「キャサリン様、もっとはっきり断らないとわかりませんよ」
「ノア、……ありがとう。セドリック、次私を誘ったら、承知しないわよ」
「はい、しかし」
「用が済んだら、出て行ってください」
ノアに促され、セドリックが倉庫から出て行く。その目つきには、まだ諦めていないという風情が漂っていた。
アレクシアの「セドリックはおかしい」という言葉を思い出す。確かに、おかしい。瞳に強迫的な色が見える。ゲームのストーリーに乗ると、それほどの強迫観念を呼び起こしてしまうのだろうか。
「キャサリン様は、どうしてあの方を、いつまでも重用されているのですか。たしかに優秀ではありますが」
「優秀だからよ」
「しかし、度を超えています」
確かに、その通りだ。そしてセドリックは、諦めないだろう。諦められないのだ。それが、ストーリーの流れだから。これからずっと、彼の好意を受け入れるまで、この誘いが続くかもしれない。
それにあの、香り。今日のセドリックは、以前嗅がされた、あの腰にくる怪しい香水を纏っていた。話を進めるためには、そうした正攻法でないやり方も、厭わずにはいられない、ということである。
「早く目を覚ましてほしいけれど」
「そんな、悠長な」
「そうよね」
そんなに、気長に待ってはいられない。ノア達が守ってくれているとは言え、セドリックがなりふり構わず来たら、私の身に危険が及ぶかもしれない。それが、ずっと続くのだろうか。例えセドリックを何らかの方法で締め出したとしても、彼は迫ってくるに違いない。
ストーリーは、そう進むから。
もし私がセドリックとのイベントを完遂したら、セドリックの目は覚めるのだろうか。もしそうならば、この恐怖から、逃れられるかもしれない。何をされるかわからない恐怖より、いっそ先の見えているものに飛び込んだ方が、安心できるのではないか。
「手を打たないといけないかもしれないわね」
「そうですよ。ご命令いただければ、彼をお嬢様の視界に入れないよう、いつでも対応致します」
ノアはそう言ってくれるが、私が考えているのは、そういうことではない。セドリックのストーリーは、このあとは最後のイベントになる。夜の町を観光し、最後に「パートナーになってくれ」と言われるのだ。
そこまで行き着くと、セドリックとのストーリーは終わる。私が、自分の登場する断罪イベントの最後で記憶を得たような現象が、セドリックにも起こるかもしれない。彼が、私への恋心から解放されれば、この危険はなくなる。
この問題に、敢えて飛び込む必要もないのかもしれない。ストーリーの展開にとらわれて、セドリックが苦しむだけなら、それでいい。けれど、このまま何をされるかわからない恐怖に怯えているのは、その方が辛い。
自ら問題に飛び込んで、自らストーリーを変える。あのとき泣かずに、自分を主張したのと同じ。行動することで、展開を変えるのだ。
「えっ……?」
ハーバリウムを受け取りに来たセドリックにそう誘いの言葉をかけられ、私はぎょっとする。最近セドリックの贈り物攻勢が止み、彼の存在を忘れがちになっていた。それが今、唐突に、デートの誘いをかけられるなんて。しかも夜の町。
セドリックのルートを、思い返す。彼のハッピーエンドでは、贈り物を受け取り、好感度が高まると、セドリックから告白される。告白されるのは、夜の町を散策したデートから帰る、馬車の中だ。
段階が進んでいる。背筋が冷たくなった。ものを受け取っていないのに、どうしてだろう。
「気安く誘いをかけるなんて、失礼だわ」
「お嬢様は、私の気持ちを、受け取ってくださったじゃありませんか」
「受け取って、ないわよ」
やはりセドリックは、私が彼の贈り物を受け取ったと、勘違いしている。どこに落ち度があったのだろう。
剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ニックが私に近づいてくる。さっ、と空気が動き、ニックより先に、セドリックが目の前に来た。
「一度でいいんです、お願いです、お嬢様」
「いやよ、できないわ」
セドリックが跪いて懇願する。攻略対象級のイケメンに、こんな風に願われたら、世の女性はくらっとするだろう。でも、今の私は、恐怖しか感じられなかった。
足がふらっとする。セドリックから、あの強烈な、危険な甘い香りがしている。つい顔を近づけて嗅ぎたくなるような、あのーー近づきかけた体を、後ろからぐいっと引っ張られる。
「キャサリン様、もっとはっきり断らないとわかりませんよ」
「ノア、……ありがとう。セドリック、次私を誘ったら、承知しないわよ」
「はい、しかし」
「用が済んだら、出て行ってください」
ノアに促され、セドリックが倉庫から出て行く。その目つきには、まだ諦めていないという風情が漂っていた。
アレクシアの「セドリックはおかしい」という言葉を思い出す。確かに、おかしい。瞳に強迫的な色が見える。ゲームのストーリーに乗ると、それほどの強迫観念を呼び起こしてしまうのだろうか。
「キャサリン様は、どうしてあの方を、いつまでも重用されているのですか。たしかに優秀ではありますが」
「優秀だからよ」
「しかし、度を超えています」
確かに、その通りだ。そしてセドリックは、諦めないだろう。諦められないのだ。それが、ストーリーの流れだから。これからずっと、彼の好意を受け入れるまで、この誘いが続くかもしれない。
それにあの、香り。今日のセドリックは、以前嗅がされた、あの腰にくる怪しい香水を纏っていた。話を進めるためには、そうした正攻法でないやり方も、厭わずにはいられない、ということである。
「早く目を覚ましてほしいけれど」
「そんな、悠長な」
「そうよね」
そんなに、気長に待ってはいられない。ノア達が守ってくれているとは言え、セドリックがなりふり構わず来たら、私の身に危険が及ぶかもしれない。それが、ずっと続くのだろうか。例えセドリックを何らかの方法で締め出したとしても、彼は迫ってくるに違いない。
ストーリーは、そう進むから。
もし私がセドリックとのイベントを完遂したら、セドリックの目は覚めるのだろうか。もしそうならば、この恐怖から、逃れられるかもしれない。何をされるかわからない恐怖より、いっそ先の見えているものに飛び込んだ方が、安心できるのではないか。
「手を打たないといけないかもしれないわね」
「そうですよ。ご命令いただければ、彼をお嬢様の視界に入れないよう、いつでも対応致します」
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この問題に、敢えて飛び込む必要もないのかもしれない。ストーリーの展開にとらわれて、セドリックが苦しむだけなら、それでいい。けれど、このまま何をされるかわからない恐怖に怯えているのは、その方が辛い。
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