公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

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52.彼女が、もうひとりの

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 屋敷を訪れたシャルロットは、ふわふわの暖かそうな防寒具に身を包み、鼻を赤くしていた。表情を輝かせ、早速私に飛び込んでくる。

「ずっと、ずっと、楽しみにしていたの!」

 感極まっているシャルロットを、いつものように受け止める。今日はシャルロットと買い物に行く約束なのだ。行き先は、「ソルトレ」という店。セドリックがいつも贈り物を買っている店らしいのだが、その包装を確認したいので、その店に決めた。何しろ、セドリックからそのまま、受け取るわけにはいかないのだ。回りくどいけれど、仕方がない。

「じゃあ、行きましょうか。エリック様、お願いします」
「はい、お任せください」

 騎士の礼を取るエリック。制服が冬仕様の、厚手のものに変わっている。
 シャルロットと出掛けるにあたって、彼に護衛を頼んでいた。他の騎士より話しやすいので、つい、彼を頼ってしまった。
 馬車に乗り、目的地へ向かう。ソルトレの場所は、予め聞いてあった。窓の外には、馬でついてきているエリックの姿が確認できる。

「最近は、どんな勉強をしていますの?」
「うーんとね、計算がこういうのでー……」

 シャルロットの説明を聞くに、かなりの勢いで学習が進んでいることがわかる。その説明も理路整然としていて、きちんと新しい知識を理解している。やはりシャルロットは、賢い子だ。
 馬車は順調に進み、やがて店の前に停まる。私はシャルロットの手を引き、馬車を降りた。シャルロットは反対の手で、エリックの手を掴む。エリックは驚いたように微かに眉を上げたが、そのまま何も言わずに店へ私達をエスコートした。
 ソルトレは可愛らしい雰囲気の店であった。店内は白とピンクを基調に、パステルカラーで統一されている。きらきら、ふわふわとした、乙女心をくすぐるような内装だ。

「わあ……!」

 シャルロットが駆け出したそうに足踏みをする。私とエリックでそれぞれの手を握っているので、シャルロットの飛び出しは防げた。一緒に、ひとつひとつの棚を見ていく。
 華奢な金のブレスレット。透明なガラス玉を加工したブローチ。きらきら輝く宝石を付けた指輪。数々の可愛らしい品物の中で、私の目を引いたのは、ネックレスであった。繊細なレースで編んだ花が付けられ、儚げで、可愛らしい。こんな風にレースを編んだ品物は、初めて見た。

「この、アネモネを編んだネックレス、可愛いわね。シャルロット様には、この青いのがお似合いですわ」
「ほんと?」

 赤っぽい髪の色をしたシャルロットには、青がよく似合う。たくさん並んだレース編みの花の中から、青いアネモネを選び、購入することに決めた。

「キャサリン様は、自分のは買わないの?」
「私は……どれも可愛いけど、今回は買いません。シャルロット様のものを選びに来たのですから」

 選んだネックレスを店員に渡す。それをそのまま奥へ持って行こうとした店員に、包装するところを見たいと頼んだ。
 今回、敢えてこのソルトレを訪ねたのは、例の変わった包装が理由だ。それを見ない理由はない。
 私達から少し離れて店内を見ていたエリックを連れ、店の奥まで案内してもらう。

「こちらで包装をしております」
「……えっ?」
「あっ! キャサリン・オルコット!」

 包装担当として紹介されたのは、紛れもなく。私が見間違えるはずのない、かつての「恋敵」ーー主人公の、アレクシアであった。小動物的な愛らしさは、ご健在である。
 アレクシアは机上に紙を敷き、その上に箱を置いたまま、あんぐりと口を開けて私を見る。折りかけた手付きが、彼女が普段から包装をしていることを示していた。

「お知り合いですか?」
「いえ、なんというか……」

 エリックに問われ、なんと答えていいかわからなくて、言葉を濁す。「婚約破棄された原因です」と言われても、「ゲームのヒロインです」と言われても、困るだろう。素直に話したことが、かえって嘘くさいこともあるのだ。
 考えてみれば平民ながら能力は高いアレクシアが、こうした貴族向けの店で働いているのは、十分考えられる事態である。ただ、まさかこんな偶然にアレクシアと出くわすなんて、私は考えてもみなかった。予想外の事態に、言葉が出ない。
 同じく驚いた様子のアレクシアも、事情の飲み込めないエリックや店員も、誰も言葉を挟めない。微妙な沈黙が場を支配する。

「ねえ、あたしのネックレスは?」

 シャルロットの空気を読まない発言によって、微妙な雰囲気が打ち破られた。はっ、という感じで、店員がアレクシアに先程納入したアネモネのネックレスの箱を渡す。
 アレクシアはそれを受け取り、手慣れた手つきで、1枚の紙でぴったりと、箱を包んで行く。魔法のような手際だ。
 彼女はこんな技術を、いったいどこで手に入れたのだろうか。

「すごーい!」

 シャルロットが感動し、身を乗り出しながらその様子を見る。私もその鮮やかな手つきに見入ってしまった。

「すごいわね、どうしてこんな風に包むことができるのかしら」
「私も、あなたと同じなのよ」
「同じ?」

 アレクシアの言葉遣いは、相変わらず礼儀がなっていない。学園時代のままだ。あの頃はこんなに品のない娘がベイルの心を奪っているということで、私は彼女のことが気に入らなかった。でも今は、ヒロインなのにベイルと結ばれなかったことを考えると、同情こそすれ、恨む気持ちはない。
 品のない口調に輪をかけて、彼女の発した意味不明な言葉。包装する手元に向けていた視線を上げる。アレクシアは、真っ直ぐに私を見つめていた。

「私も、前世の記憶があるの。わかるでしょ? だってあなた、泣かなかったんだから。それに、エリック・ハミルトンと一緒にいるし」
「エリック様……お知り合いなの?」
「いえ、全く」

 アレクシアの口から唐突に出るエリックの名前に、ますます困惑は深まる。しかし私は、アレクシアの発した「泣かなかった」という言葉に、ぴんと来るものがあった。
 ベイルに怒鳴りつけられた、エリーゼ主催のパーティ。あの日ベイルも、私が「泣かなかった」ことを責めていた。

「ベイル様から、そのことを聞いたの?」
「そのこと、って……」
「要するに、私が泣くはずだった、ということよ」

 アレクシアが何か知っているのは、間違いない。ただ、シャルロットやエリックを前に、「ゲームが云々」という話をするのは気が引けた。それでも、私の問いでアレクシアは理解したようで、緩く微笑んで頭を左右に振る。その揺れに合わせて、胸元で赤い花のネックレスが揺れる。先程の、レース編みの花だ。これもアレクシアが作ったのだろうか。

「私が、ベイル様に話したの。私たちに起こるべき出来事は、あなたが泣くことで、ハッピーエンドを迎えるって。私とベイル様は、一緒になれるって。そう話しちゃったのよ」
「ベイル様じゃなくて、あなたがそれを知っていたのね」
「うん。ゲームの通りに進めたのになあ。やっぱり、ベイル様とヒロインは結婚できないってことだったよ」

 話しながら、アレクシアは最後にリボンを十字に巻き、結び目をふわっと花のように開かせる。
 私が避けていた「ゲーム」という単語をあっさり出し、アレクシアは話を続ける。

「どういうこと?」
「だって、続編ではベイル国王のお妃は、ヒロインじゃないんだもん。知らないの? ……はい、出来上がったわ」
「わーい! ありがとう!」

 綺麗に包まれた箱を受け取り、小躍りするシャルロット。私はアレクシアから与えられる情報が処理しきれなかった。アレクシア自身が、「ベイルとは結ばれない」と理解していたこと。「ベイル国王」という言い方。
 私がゲームの知識を得たのと同様、他の人がその知識を得ていても、おかしくはない。それがまさか、アレクシアだったとは。
 それだけではない。ゲームには続きがあるらしい。私の知らないこの世界の未来を、アレクシアは知っているのだ。
 詳しい話を聞きたいが、もう頼んだ用は済み、案内してくれた店員が居心地悪そうにしている。私はシャルロットを連れ、去り際、アレクシアに声をかけた。

「今度また、お話を伺いに来てもいい? 手紙を送るわ」
「公爵令嬢から手紙なんか届いたら、大騒ぎになっちゃうよ。夕方には仕事が終わるから、それから来て」

 平民のアレクシアが私に対して時刻を指定するなんて、失礼だ。店員がさっと表情を硬ばらせる。この、身の程知らずの発言が、ずっと嫌だった。
 でも今の私には、アレクシアに腹を立てるよりも、知りたいことがあった。だから彼女の失言を流し、「そうするわ」とだけ答える。

「お邪魔致しました。作業を拝見させてくださり、ありがとうございます。良い勉強になりました」
「ありがとー! またきたいな!」
「シャルロット様に喜んでいただけて、よかったです」

 箱を胸元で大事そうに抱きしめ、満面の笑みを浮かべるシャルロット。彼女の髪を撫で、エリックにエスコートされて、店を出る。

「キャサリン様のお知り合いが、こんなところで働いていらっしゃるのですね」
「私の、学園時代の同級生よ。えーっと……」

 正直に「ベイルとの婚約破棄の原因」なんて言った日には、エリックに心配しかさせないだろう。

「彼女は平民なんだけど、珍しい共通点があって、それでちょっとね」
「そうでしたか。俺にはよく解らない話をしていましたが、それも……」
「それが私達の、共通点なの」

 納得したように頷くエリック。エリックの穏やかな態度と言葉に、ざわついていた心が少し落ち着く。

「あたしも、学園に入ったら、あんなすてきなお友達をつくりたいなあ」
「……できますわ、きっと」

 ここで動揺したら、シャルロットも心配する。彼女の純粋な発言で、私は心を引き締めた。
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