公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

文字の大きさ
49 / 100

45.押しかけシャルロット

しおりを挟む
「キャサリン様、今日も来たようです」
「今日もなのね……」

 リサの報告を受け、私は額に手をやる。頭が痛くなりそうだ。

「今日もお勉強しに来たよ!」
「声が大きいです、シャルロット様」
「お勉強しにきたよ」
「……良いでしょう」

 出迎える私に、猪のように突っ込んできたのは、シャルロット。彼女を受け止めるのにも、慣れてしまった。避暑を終え、大きく変わったのが、呼んでもいないのにシャルロットが来るようになったことだ。
 放置されているシャルロットは、誰も制御する人が居ないのか、自分の護衛の騎士だけ連れてしょっちゅう遊びに来る。しょっちゅう、と言ったら語弊がある。ほぼ毎日だ。来ない日は、騎士団の誰かが、シャルロットが我が家に来るのを阻止できた珍しい日である。彼らは彼らなりに我が家に迷惑をかけぬよう、いろいろ苦労してくれているのだが、王女のシャルロットにそう強く意見もできないらしい。

「申し訳ございません」
「顔を上げて。あなたが謝ることではないわ」

 深々と頭を下げる彼に、そう告げた。今日の護衛は、エリックである。彼は私と知り合いだということもあってか、しばしばシャルロットと一緒に我が家を訪れる。
 謝る相手は私ではないし、そもそも彼が謝る謂れはない。問題なのは、大切なはずの王女をこうも野放しにしている王家なのだ。この件に関しては国王夫妻がどうも頼りないため、近々ミアと王太子に会い、今後どうするのか聞きたいと考えている。
 シャルロットがくるのは良いが、ずっとリアンと一緒に勉強させることができないのが、難点だ。午後から来た時は、実技だからシャルロットもついていけるーーというか、騎士の鍛錬に付き合っているシャルロットの方が良くできるので、リアンにも良い刺激になる。ところが、今日のように朝から来ると、リアンの勉強はシャルロットにはさっぱりわからない。居ても意味がないのだ。そこで、シャルロットには、手の空いている人が簡単なことから教えている。私が暇なら私が教えるし、私が屋敷を離れているときは、リサや使用人達が仕事の合間に面倒を見ているらしい。

「キャサリン様、ホウキ持ってきていい? ここの埃が気になるの」
「だめよ」

 最近シャルロットは、床や窓の清潔さを細かく気にかけるようになった。リサ達は、王女のシャルロットに、いったい何を教育しているのか。鍛錬に付き合わせている騎士達を、もう責められない。シャルロットはその能力の高さで、教わったことを素晴らしい速さで吸収していくため、誤った方向にどんどん突き進んでいる。

「エリック様がいるから、護身の練習ができるね」
「それはお城でやってくださいね」

 城でもやってほしくないところではあるが、毎日の鍛錬は、最早シャルロットの日課であるらしい。やめろと言っても聞かない。

「エリック様、シャルロット様に差し上げた教材はお持ちですか」
「はい。ここに」
「ねえあたし、けっこう進んだのよ! ほら!」

 エリックが取り出した教材を分捕り、ページを開いて見せるシャルロット。ちなみにこの教材は、私が幼い頃、勉強に使っていたものだ。超初歩の初歩……貴族の子どもならこんなもの、とっくに終わらせていておかしくないのに、シャルロットは単純な計算や文字もよくわかっていなかった。

「がんばりましたね」
「またキャサリン様にほめられた!」

 シャルロットなりに、前向きに勉強に取り組んでいるのは事実だ。安易な褒め言葉でも素直に喜ぶシャルロットは、可愛い。

「では今日は、この続きからですね」
「はい!」

 始まってしまうと、シャルロットの集中力は凄まじい。運動だけでなく勉強にも才能があるようで、知識を猛烈なスピードで習得している。私の説明を聞き、「わかった!」とがりがり教材に書き込んでいる。これだけ真剣に勉強されると、こちらも教えていて気持ちが良い。
 もちろん、王家に正式に抗議すれば、シャルロットの来訪はすぐ阻止できるだろう。それをしないのは、ひとえに彼女の懸命さゆえ。こうして真面目に頑張ろうとするシャルロットの姿を見ると、応援したい気持ちになる。それに、家族皆、可愛いシャルロットにそれなりに癒されているのだった。

「キャサリン様、また届きました。送り返して宜しいですね?」
「ええ」

 シャルロットの来襲と共に恒例になっているのが、セドリックからの贈り物である。用のない日は、使いを寄越して送りつけてくる。中身も見ずに返却しているのに、こちらは休みなく、連日だ。

 あの人、大丈夫なのかしら。

 要らないと言えばあっさり引き下がっていた段階から、進んでいるような気がする。セドリックの贈り物攻撃は、もはや強迫的と言って良い。
 いろいろと失礼なことをされたセドリックだから、そのまま放っておいても構わないはずだ。だが、私はセドリックの奇行がゲームのストーリーの影響なのではないかという考えを、捨て切れずにいる。そのくらい、セドリックの変貌は不自然だ。
 もしその仮説が当たっているのなら、セドリックも私と同じ、「ゲームの強制力」に巻き込まれた被害者だ。本来ならば優秀な商人である彼を、何とかしてあげられないか、と思わざるを得ない。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!

As-me.com
恋愛
 完結しました。 説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。  気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。  原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。  えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!  腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!  私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!  眼鏡は顔の一部です! ※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。 基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。 途中まで恋愛タグは迷子です。

悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される

仲室日月奈
恋愛
乙女ゲームのイベント分岐の鐘が鳴った。ルート確定フラグのシーンを間近に見たせいで、イザベルは前世の記憶を思い出す。このままだと、悪役令嬢としてのバッドエンドまっしぐら。 イザベルは、その他大勢の脇役に紛れることで、自滅エンド回避を決意する。ところが距離を置きたいヒロインには好意を寄せられ、味方だと思っていた専属執事からは宣戦布告され、あれ、なんだか雲行きが怪しい……? 平和的に婚約破棄したい悪役令嬢のラブコメ。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

処理中です...