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45.押しかけシャルロット
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「キャサリン様、今日も来たようです」
「今日もなのね……」
リサの報告を受け、私は額に手をやる。頭が痛くなりそうだ。
「今日もお勉強しに来たよ!」
「声が大きいです、シャルロット様」
「お勉強しにきたよ」
「……良いでしょう」
出迎える私に、猪のように突っ込んできたのは、シャルロット。彼女を受け止めるのにも、慣れてしまった。避暑を終え、大きく変わったのが、呼んでもいないのにシャルロットが来るようになったことだ。
放置されているシャルロットは、誰も制御する人が居ないのか、自分の護衛の騎士だけ連れてしょっちゅう遊びに来る。しょっちゅう、と言ったら語弊がある。ほぼ毎日だ。来ない日は、騎士団の誰かが、シャルロットが我が家に来るのを阻止できた珍しい日である。彼らは彼らなりに我が家に迷惑をかけぬよう、いろいろ苦労してくれているのだが、王女のシャルロットにそう強く意見もできないらしい。
「申し訳ございません」
「顔を上げて。あなたが謝ることではないわ」
深々と頭を下げる彼に、そう告げた。今日の護衛は、エリックである。彼は私と知り合いだということもあってか、しばしばシャルロットと一緒に我が家を訪れる。
謝る相手は私ではないし、そもそも彼が謝る謂れはない。問題なのは、大切なはずの王女をこうも野放しにしている王家なのだ。この件に関しては国王夫妻がどうも頼りないため、近々ミアと王太子に会い、今後どうするのか聞きたいと考えている。
シャルロットがくるのは良いが、ずっとリアンと一緒に勉強させることができないのが、難点だ。午後から来た時は、実技だからシャルロットもついていけるーーというか、騎士の鍛錬に付き合っているシャルロットの方が良くできるので、リアンにも良い刺激になる。ところが、今日のように朝から来ると、リアンの勉強はシャルロットにはさっぱりわからない。居ても意味がないのだ。そこで、シャルロットには、手の空いている人が簡単なことから教えている。私が暇なら私が教えるし、私が屋敷を離れているときは、リサや使用人達が仕事の合間に面倒を見ているらしい。
「キャサリン様、ホウキ持ってきていい? ここの埃が気になるの」
「だめよ」
最近シャルロットは、床や窓の清潔さを細かく気にかけるようになった。リサ達は、王女のシャルロットに、いったい何を教育しているのか。鍛錬に付き合わせている騎士達を、もう責められない。シャルロットはその能力の高さで、教わったことを素晴らしい速さで吸収していくため、誤った方向にどんどん突き進んでいる。
「エリック様がいるから、護身の練習ができるね」
「それはお城でやってくださいね」
城でもやってほしくないところではあるが、毎日の鍛錬は、最早シャルロットの日課であるらしい。やめろと言っても聞かない。
「エリック様、シャルロット様に差し上げた教材はお持ちですか」
「はい。ここに」
「ねえあたし、けっこう進んだのよ! ほら!」
エリックが取り出した教材を分捕り、ページを開いて見せるシャルロット。ちなみにこの教材は、私が幼い頃、勉強に使っていたものだ。超初歩の初歩……貴族の子どもならこんなもの、とっくに終わらせていておかしくないのに、シャルロットは単純な計算や文字もよくわかっていなかった。
「がんばりましたね」
「またキャサリン様にほめられた!」
シャルロットなりに、前向きに勉強に取り組んでいるのは事実だ。安易な褒め言葉でも素直に喜ぶシャルロットは、可愛い。
「では今日は、この続きからですね」
「はい!」
始まってしまうと、シャルロットの集中力は凄まじい。運動だけでなく勉強にも才能があるようで、知識を猛烈なスピードで習得している。私の説明を聞き、「わかった!」とがりがり教材に書き込んでいる。これだけ真剣に勉強されると、こちらも教えていて気持ちが良い。
もちろん、王家に正式に抗議すれば、シャルロットの来訪はすぐ阻止できるだろう。それをしないのは、ひとえに彼女の懸命さゆえ。こうして真面目に頑張ろうとするシャルロットの姿を見ると、応援したい気持ちになる。それに、家族皆、可愛いシャルロットにそれなりに癒されているのだった。
「キャサリン様、また届きました。送り返して宜しいですね?」
「ええ」
シャルロットの来襲と共に恒例になっているのが、セドリックからの贈り物である。用のない日は、使いを寄越して送りつけてくる。中身も見ずに返却しているのに、こちらは休みなく、連日だ。
あの人、大丈夫なのかしら。
要らないと言えばあっさり引き下がっていた段階から、進んでいるような気がする。セドリックの贈り物攻撃は、もはや強迫的と言って良い。
いろいろと失礼なことをされたセドリックだから、そのまま放っておいても構わないはずだ。だが、私はセドリックの奇行がゲームのストーリーの影響なのではないかという考えを、捨て切れずにいる。そのくらい、セドリックの変貌は不自然だ。
もしその仮説が当たっているのなら、セドリックも私と同じ、「ゲームの強制力」に巻き込まれた被害者だ。本来ならば優秀な商人である彼を、何とかしてあげられないか、と思わざるを得ない。
「今日もなのね……」
リサの報告を受け、私は額に手をやる。頭が痛くなりそうだ。
「今日もお勉強しに来たよ!」
「声が大きいです、シャルロット様」
「お勉強しにきたよ」
「……良いでしょう」
出迎える私に、猪のように突っ込んできたのは、シャルロット。彼女を受け止めるのにも、慣れてしまった。避暑を終え、大きく変わったのが、呼んでもいないのにシャルロットが来るようになったことだ。
放置されているシャルロットは、誰も制御する人が居ないのか、自分の護衛の騎士だけ連れてしょっちゅう遊びに来る。しょっちゅう、と言ったら語弊がある。ほぼ毎日だ。来ない日は、騎士団の誰かが、シャルロットが我が家に来るのを阻止できた珍しい日である。彼らは彼らなりに我が家に迷惑をかけぬよう、いろいろ苦労してくれているのだが、王女のシャルロットにそう強く意見もできないらしい。
「申し訳ございません」
「顔を上げて。あなたが謝ることではないわ」
深々と頭を下げる彼に、そう告げた。今日の護衛は、エリックである。彼は私と知り合いだということもあってか、しばしばシャルロットと一緒に我が家を訪れる。
謝る相手は私ではないし、そもそも彼が謝る謂れはない。問題なのは、大切なはずの王女をこうも野放しにしている王家なのだ。この件に関しては国王夫妻がどうも頼りないため、近々ミアと王太子に会い、今後どうするのか聞きたいと考えている。
シャルロットがくるのは良いが、ずっとリアンと一緒に勉強させることができないのが、難点だ。午後から来た時は、実技だからシャルロットもついていけるーーというか、騎士の鍛錬に付き合っているシャルロットの方が良くできるので、リアンにも良い刺激になる。ところが、今日のように朝から来ると、リアンの勉強はシャルロットにはさっぱりわからない。居ても意味がないのだ。そこで、シャルロットには、手の空いている人が簡単なことから教えている。私が暇なら私が教えるし、私が屋敷を離れているときは、リサや使用人達が仕事の合間に面倒を見ているらしい。
「キャサリン様、ホウキ持ってきていい? ここの埃が気になるの」
「だめよ」
最近シャルロットは、床や窓の清潔さを細かく気にかけるようになった。リサ達は、王女のシャルロットに、いったい何を教育しているのか。鍛錬に付き合わせている騎士達を、もう責められない。シャルロットはその能力の高さで、教わったことを素晴らしい速さで吸収していくため、誤った方向にどんどん突き進んでいる。
「エリック様がいるから、護身の練習ができるね」
「それはお城でやってくださいね」
城でもやってほしくないところではあるが、毎日の鍛錬は、最早シャルロットの日課であるらしい。やめろと言っても聞かない。
「エリック様、シャルロット様に差し上げた教材はお持ちですか」
「はい。ここに」
「ねえあたし、けっこう進んだのよ! ほら!」
エリックが取り出した教材を分捕り、ページを開いて見せるシャルロット。ちなみにこの教材は、私が幼い頃、勉強に使っていたものだ。超初歩の初歩……貴族の子どもならこんなもの、とっくに終わらせていておかしくないのに、シャルロットは単純な計算や文字もよくわかっていなかった。
「がんばりましたね」
「またキャサリン様にほめられた!」
シャルロットなりに、前向きに勉強に取り組んでいるのは事実だ。安易な褒め言葉でも素直に喜ぶシャルロットは、可愛い。
「では今日は、この続きからですね」
「はい!」
始まってしまうと、シャルロットの集中力は凄まじい。運動だけでなく勉強にも才能があるようで、知識を猛烈なスピードで習得している。私の説明を聞き、「わかった!」とがりがり教材に書き込んでいる。これだけ真剣に勉強されると、こちらも教えていて気持ちが良い。
もちろん、王家に正式に抗議すれば、シャルロットの来訪はすぐ阻止できるだろう。それをしないのは、ひとえに彼女の懸命さゆえ。こうして真面目に頑張ろうとするシャルロットの姿を見ると、応援したい気持ちになる。それに、家族皆、可愛いシャルロットにそれなりに癒されているのだった。
「キャサリン様、また届きました。送り返して宜しいですね?」
「ええ」
シャルロットの来襲と共に恒例になっているのが、セドリックからの贈り物である。用のない日は、使いを寄越して送りつけてくる。中身も見ずに返却しているのに、こちらは休みなく、連日だ。
あの人、大丈夫なのかしら。
要らないと言えばあっさり引き下がっていた段階から、進んでいるような気がする。セドリックの贈り物攻撃は、もはや強迫的と言って良い。
いろいろと失礼なことをされたセドリックだから、そのまま放っておいても構わないはずだ。だが、私はセドリックの奇行がゲームのストーリーの影響なのではないかという考えを、捨て切れずにいる。そのくらい、セドリックの変貌は不自然だ。
もしその仮説が当たっているのなら、セドリックも私と同じ、「ゲームの強制力」に巻き込まれた被害者だ。本来ならば優秀な商人である彼を、何とかしてあげられないか、と思わざるを得ない。
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