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騎士様は魔女を放さない
選択と責任
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「いよいよだね。皆の喜ぶ顔が楽しみだ」
「……はい」
ずらりと並んだ小瓶を前に、アテリアがいつものように、にかっと笑って言う。小瓶の中身は、調味用の薬草だ。数日かけて、アテリアと二人で薬草を干し、すり潰して、保存できる調味料にした。
これを各テーブルに置き、騎士たちに自由に振りかけ、肉の味わいを調節してもらうのである。
「なんだい、浮かない顔だねえ」
「あまり、喜んでいただけない気がするので」
もっと期待すべきだと思ったが、私の頭には、どうしてもアイネンの顔が浮かんだ。差し出した薬草を、ぽいと捨てたアイネン。魔女の作る奇妙な薬草を、食べてくれる騎士はいるのだろうか。
アテリアに助力してもらったからこそ、私の得体の知れなさが原因で悲しませることになったらどうしよう、とそんなことばかり考えてしまう。
「そりゃ、全員が喜ぶことはないだろうけど、誰かは喜んでくれるさ。あんた、気にしすぎだよ」
「……ですが」
「自分がしたくて、したことなんだろう? 文句を言う奴なんか、相手にしちゃいけないよ」
アテリアの言う通りだ。
私は否定的な反応を返されても、自分のしたい道を選ぶと決めたのだ。なのにいざ、目の前に来ると、反応が気になってそわそわしてしまう。選んだ道を進む時には、こんな不安も伴うのだ。私はそのことを、久しぶりに思い出した。
アテリアと一緒に、ひとつひとつのテーブルに瓶を置いて回った。作業には、さほど時間はかからない。あっという間に作業は終わり、それぞれのテーブルに、私たちの加工した薬草が配備された。
「こうして見ると、なかなかの量だねえ」
アテリアの呟きは、達成感に満ちている。
いっそ全部集めて、しまい込んでしまいたい、と思った。きっとアイネンのように、「こんなもの食えるか」と言われてしまうのだ。その反応を見るのが、怖い。アテリアをがっかりさせてしまうのも、怖かった。
「さ、夕飯を楽しみに、いってらっしゃい」
笑顔のアテリアに送り出され、私は瓶を置き去りにして、食堂を出ることになった。
本当に大丈夫だろうか。やっぱり、やめた方が良かったのではないか。そわそわとした恐怖が、胸を行き来する。
その時は来た。鍛錬を終え、私はエルートと共に食堂へ向かう。
食堂は既に騎士で賑わっていた。どのテーブルにも小瓶があるのを、横目で確認しながら進む。どの瓶も、まだ使われた様子はなかった。ひとり、若そうな顔をした騎士が、瓶を手に取って不思議そうに眺めていたくらいだ。
「さ、たんとお食べ。それは、この魔女さんが用意した薬草だよ」
アテリアは、湯気の立つ煮込み肉をどん! と置き、そう付け加える。アテリアのことだから、皆にそう伝えてくれたのだろう。それで、あの反応だ。やはり誰も食べていないのだとわかり、胸がきりりと痛む。
「へえ、嬉しいな」
エルートが瓶を手に取り、頬を緩める。彼は、薬草の味を気に入っているのだ。早速薬草を振りかけるエルートの嬉しそうな様子に、心が和らいだ。
「誰かが食べているのを見れば、皆この良さに気付くだろうよ」
の騎士たちが薬草に手をつけていないことに、アテリアも気づいていた。それでいておおらかに構え、あまり気にしない様子であることにも、少し救われる。
皿を置いたアテリアが去って行くと、食事時の喧騒が戻ってくる。薬草をかけた肉を、エルートは本当に美味しそうに頬張った。
「なに、それ?」
いきなり話しかけてきたのは、レガットである。隣には、アイネンもいた。エルートが答える前に、アイネンが渋い表情を作る。
「どうせまた魔女の薬草だろう。見たらわかる」
「へえ、魔女さんが用意してくれたんだ。食べてみようかな。かけるの?」
「やめておけ。どんな呪いをかけられているか知れんぞ。騎士たる者、得体の知れないものを口にしてはいけない」
興味を示したレガットを、アイネンが制する。彼の率直な言葉は、予想していたものではあったが、やはり胸にぐさぐさと突き刺さる。
「言い過ぎだ。ニーナが妙な呪いをかけると思うか?」
「ないとは言い切れない。普通の人間じゃない、魔女のことだからな」
「何度一緒に討伐に出たんだ。魔獣の前に身を挺して、俺たちを庇おうとした姿を忘れたのか」
「最初から、死なないことは分かっていたのだろう」
アイネンの口さがない物言いが、エルートとの言い争いに発展する。表情を揺らさずに答えるアイネンに、エルートがぴりぴりとした雰囲気を高めていく。
こんな時、レガットならうまく諫められるはずだ。すがる気持ちでレガットを見ると、緑の瞳と目が合った。彼はアイネン達ではなく、私を見ていた。その表情は、妙に切なげだ。
妹のことを考えているのだ。今のレガットには、アイネン達のやりとりはあまり頭に入っていないだろう。
「……知らないと、言われました」
「そうか。だよね。ありがとう」
だったこれだけで、彼とのやりとりは成立する。レガットは力無く溜息をつき、それから、アイネンに漸く視線を向けた。
「あれ? 何でお前、そんなに怒ってんの?」
「何で、って……元はと言えば、軽率に魔女の薬草を食うと発言した、お前に原因があるだろう」
「僕は食べるよ、味が気になるからね。それに、魔女さんのこと信じてるし」
ぱち、と華麗なウィンク。
たった今「妹を助ける手段は、王宮薬師も知らない」と聞かされたばかりなのに。落ち込んだ心を隠す切り替えの速さには、感服する。
「そういう問題ではない。大体お前は……」
「わかってるよ、不快にさせて悪いな」
「そこまでは言っていないだろう」
アイネンの矛先は、レガットの騎士としての在り方に向く。そのまま彼らは、別のテーブルへ向かって行った。
気付けば、アイネンとエルートの言い合いは、周囲の注目を浴びていたらしい。引いた水が戻るように、ざわめきが帰ってくる。
「やっぱり、魔女の薬草なんか食えないよな」
アイネンの言い方に触発されたように、聞こえよがしに放たれた辛辣な言葉が、ぐさりと刺さってくる。わかっていたのに、予想していたよりもつらい気持ちになった。
「……悪い」
「エルートさんのせいじゃありません」
「俺は、君を守るという誓いを果たせていない」
「十分、守っていただいています」
エルートは、私が命を守るための方法を、教えてくれている。今だって、私の騎士団での立場を守るために、アイネンに反論してくれたのだろう。
「違う」
なのにエルートは、悔しげな顔で首を横に振った。
「俺は、君の心が傷つくことを防げなかった。つらい思いでいるのは目を見ればわかるんだよ、ニーナ」
焦茶の瞳に、目の奥を見透かされる。
エルートはそこまで考えていてくれたのだ。彼の気持ちは嬉しい。しかしそれは、あまりにも、荷が重いことだ。
「気にしないでください。私は、自ら傷つきに行ったようなものですから。アイネンさんがあんな風に仰ることも、皆さんに嫌がられることも、見当が付いていました」
エルートに自責の念を持たせてはいけない。今回は、私がしたくてしたことなのに、彼にまで嫌な思いをさせたくない。どうしたらわかってくれるだろうか。言葉を選びながら話していると、いくらか冷静でいられた。
「でも私は、やってみたかったんです。この薬草が、アテリアさんの料理の良さを引き出すことには、自信があります。エルートさんが喜んでくださることも、わかっていましたから」
言葉にすると、自分の思考が整理される。そう、初めからそのつもりだったのだ。アイネンや騎士が、嫌な反応をするのは分かっていた。それでも、アテリアやエルートが喜んでくれればいいと思って、用意をした。
私が、自分が傷つく道を選んだのだ。その結果は、自分で受け止めなければならない。今までの私は、「誰かの言う通りにする」というやり方で、この責任を引き受けずにやってきたのだ。
「……俺が、食べたいと言ったから?」
「はい。エルートさんが美味しいと言って食べてくれるのを、見たかったんです」
「君は、本当に……」
エルートはそこまで言うと、額を抑えて俯いた。本当に、の後に続く言葉はわかっている。「自己犠牲的だな」だ。私はそんなつもりはないのに、エルートは全部、私が求められたことを嫌々やっているのだと捉えてしまう。
今まで歩いてきた道で、自分のまいてきた種だ。私はこのもどかしさも、自分で引き受けないといけない。
「……ただ、喜んでもらえれば、それでいいんです」
「俺に?」
「はい」
顔を上げたエルートは、何とも言えない微妙な笑いを浮かべた。
「そういう言い方は誤解を招くから、他の奴には言わないでくれよ」
私はもう何も言えずに、肉を口に運んだ。
今の会話は、エルートにはどんな風に映ったのだろう。薬草を用意したことも、「エルートに喜んで欲しい」と言ったことも、全て私の意思に反したものだと思われてしまっている。
気持ちを伝えるのに、どれだけの行動を積み重ねたらいいのだろう。エルートが相手だと、その道のりははるか先にあるようだった。
「……はい」
ずらりと並んだ小瓶を前に、アテリアがいつものように、にかっと笑って言う。小瓶の中身は、調味用の薬草だ。数日かけて、アテリアと二人で薬草を干し、すり潰して、保存できる調味料にした。
これを各テーブルに置き、騎士たちに自由に振りかけ、肉の味わいを調節してもらうのである。
「なんだい、浮かない顔だねえ」
「あまり、喜んでいただけない気がするので」
もっと期待すべきだと思ったが、私の頭には、どうしてもアイネンの顔が浮かんだ。差し出した薬草を、ぽいと捨てたアイネン。魔女の作る奇妙な薬草を、食べてくれる騎士はいるのだろうか。
アテリアに助力してもらったからこそ、私の得体の知れなさが原因で悲しませることになったらどうしよう、とそんなことばかり考えてしまう。
「そりゃ、全員が喜ぶことはないだろうけど、誰かは喜んでくれるさ。あんた、気にしすぎだよ」
「……ですが」
「自分がしたくて、したことなんだろう? 文句を言う奴なんか、相手にしちゃいけないよ」
アテリアの言う通りだ。
私は否定的な反応を返されても、自分のしたい道を選ぶと決めたのだ。なのにいざ、目の前に来ると、反応が気になってそわそわしてしまう。選んだ道を進む時には、こんな不安も伴うのだ。私はそのことを、久しぶりに思い出した。
アテリアと一緒に、ひとつひとつのテーブルに瓶を置いて回った。作業には、さほど時間はかからない。あっという間に作業は終わり、それぞれのテーブルに、私たちの加工した薬草が配備された。
「こうして見ると、なかなかの量だねえ」
アテリアの呟きは、達成感に満ちている。
いっそ全部集めて、しまい込んでしまいたい、と思った。きっとアイネンのように、「こんなもの食えるか」と言われてしまうのだ。その反応を見るのが、怖い。アテリアをがっかりさせてしまうのも、怖かった。
「さ、夕飯を楽しみに、いってらっしゃい」
笑顔のアテリアに送り出され、私は瓶を置き去りにして、食堂を出ることになった。
本当に大丈夫だろうか。やっぱり、やめた方が良かったのではないか。そわそわとした恐怖が、胸を行き来する。
その時は来た。鍛錬を終え、私はエルートと共に食堂へ向かう。
食堂は既に騎士で賑わっていた。どのテーブルにも小瓶があるのを、横目で確認しながら進む。どの瓶も、まだ使われた様子はなかった。ひとり、若そうな顔をした騎士が、瓶を手に取って不思議そうに眺めていたくらいだ。
「さ、たんとお食べ。それは、この魔女さんが用意した薬草だよ」
アテリアは、湯気の立つ煮込み肉をどん! と置き、そう付け加える。アテリアのことだから、皆にそう伝えてくれたのだろう。それで、あの反応だ。やはり誰も食べていないのだとわかり、胸がきりりと痛む。
「へえ、嬉しいな」
エルートが瓶を手に取り、頬を緩める。彼は、薬草の味を気に入っているのだ。早速薬草を振りかけるエルートの嬉しそうな様子に、心が和らいだ。
「誰かが食べているのを見れば、皆この良さに気付くだろうよ」
の騎士たちが薬草に手をつけていないことに、アテリアも気づいていた。それでいておおらかに構え、あまり気にしない様子であることにも、少し救われる。
皿を置いたアテリアが去って行くと、食事時の喧騒が戻ってくる。薬草をかけた肉を、エルートは本当に美味しそうに頬張った。
「なに、それ?」
いきなり話しかけてきたのは、レガットである。隣には、アイネンもいた。エルートが答える前に、アイネンが渋い表情を作る。
「どうせまた魔女の薬草だろう。見たらわかる」
「へえ、魔女さんが用意してくれたんだ。食べてみようかな。かけるの?」
「やめておけ。どんな呪いをかけられているか知れんぞ。騎士たる者、得体の知れないものを口にしてはいけない」
興味を示したレガットを、アイネンが制する。彼の率直な言葉は、予想していたものではあったが、やはり胸にぐさぐさと突き刺さる。
「言い過ぎだ。ニーナが妙な呪いをかけると思うか?」
「ないとは言い切れない。普通の人間じゃない、魔女のことだからな」
「何度一緒に討伐に出たんだ。魔獣の前に身を挺して、俺たちを庇おうとした姿を忘れたのか」
「最初から、死なないことは分かっていたのだろう」
アイネンの口さがない物言いが、エルートとの言い争いに発展する。表情を揺らさずに答えるアイネンに、エルートがぴりぴりとした雰囲気を高めていく。
こんな時、レガットならうまく諫められるはずだ。すがる気持ちでレガットを見ると、緑の瞳と目が合った。彼はアイネン達ではなく、私を見ていた。その表情は、妙に切なげだ。
妹のことを考えているのだ。今のレガットには、アイネン達のやりとりはあまり頭に入っていないだろう。
「……知らないと、言われました」
「そうか。だよね。ありがとう」
だったこれだけで、彼とのやりとりは成立する。レガットは力無く溜息をつき、それから、アイネンに漸く視線を向けた。
「あれ? 何でお前、そんなに怒ってんの?」
「何で、って……元はと言えば、軽率に魔女の薬草を食うと発言した、お前に原因があるだろう」
「僕は食べるよ、味が気になるからね。それに、魔女さんのこと信じてるし」
ぱち、と華麗なウィンク。
たった今「妹を助ける手段は、王宮薬師も知らない」と聞かされたばかりなのに。落ち込んだ心を隠す切り替えの速さには、感服する。
「そういう問題ではない。大体お前は……」
「わかってるよ、不快にさせて悪いな」
「そこまでは言っていないだろう」
アイネンの矛先は、レガットの騎士としての在り方に向く。そのまま彼らは、別のテーブルへ向かって行った。
気付けば、アイネンとエルートの言い合いは、周囲の注目を浴びていたらしい。引いた水が戻るように、ざわめきが帰ってくる。
「やっぱり、魔女の薬草なんか食えないよな」
アイネンの言い方に触発されたように、聞こえよがしに放たれた辛辣な言葉が、ぐさりと刺さってくる。わかっていたのに、予想していたよりもつらい気持ちになった。
「……悪い」
「エルートさんのせいじゃありません」
「俺は、君を守るという誓いを果たせていない」
「十分、守っていただいています」
エルートは、私が命を守るための方法を、教えてくれている。今だって、私の騎士団での立場を守るために、アイネンに反論してくれたのだろう。
「違う」
なのにエルートは、悔しげな顔で首を横に振った。
「俺は、君の心が傷つくことを防げなかった。つらい思いでいるのは目を見ればわかるんだよ、ニーナ」
焦茶の瞳に、目の奥を見透かされる。
エルートはそこまで考えていてくれたのだ。彼の気持ちは嬉しい。しかしそれは、あまりにも、荷が重いことだ。
「気にしないでください。私は、自ら傷つきに行ったようなものですから。アイネンさんがあんな風に仰ることも、皆さんに嫌がられることも、見当が付いていました」
エルートに自責の念を持たせてはいけない。今回は、私がしたくてしたことなのに、彼にまで嫌な思いをさせたくない。どうしたらわかってくれるだろうか。言葉を選びながら話していると、いくらか冷静でいられた。
「でも私は、やってみたかったんです。この薬草が、アテリアさんの料理の良さを引き出すことには、自信があります。エルートさんが喜んでくださることも、わかっていましたから」
言葉にすると、自分の思考が整理される。そう、初めからそのつもりだったのだ。アイネンや騎士が、嫌な反応をするのは分かっていた。それでも、アテリアやエルートが喜んでくれればいいと思って、用意をした。
私が、自分が傷つく道を選んだのだ。その結果は、自分で受け止めなければならない。今までの私は、「誰かの言う通りにする」というやり方で、この責任を引き受けずにやってきたのだ。
「……俺が、食べたいと言ったから?」
「はい。エルートさんが美味しいと言って食べてくれるのを、見たかったんです」
「君は、本当に……」
エルートはそこまで言うと、額を抑えて俯いた。本当に、の後に続く言葉はわかっている。「自己犠牲的だな」だ。私はそんなつもりはないのに、エルートは全部、私が求められたことを嫌々やっているのだと捉えてしまう。
今まで歩いてきた道で、自分のまいてきた種だ。私はこのもどかしさも、自分で引き受けないといけない。
「……ただ、喜んでもらえれば、それでいいんです」
「俺に?」
「はい」
顔を上げたエルートは、何とも言えない微妙な笑いを浮かべた。
「そういう言い方は誤解を招くから、他の奴には言わないでくれよ」
私はもう何も言えずに、肉を口に運んだ。
今の会話は、エルートにはどんな風に映ったのだろう。薬草を用意したことも、「エルートに喜んで欲しい」と言ったことも、全て私の意思に反したものだと思われてしまっている。
気持ちを伝えるのに、どれだけの行動を積み重ねたらいいのだろう。エルートが相手だと、その道のりははるか先にあるようだった。
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