42 / 52
騎士様は魔女を放さない
選択と責任
しおりを挟む
「いよいよだね。皆の喜ぶ顔が楽しみだ」
「……はい」
ずらりと並んだ小瓶を前に、アテリアがいつものように、にかっと笑って言う。小瓶の中身は、調味用の薬草だ。数日かけて、アテリアと二人で薬草を干し、すり潰して、保存できる調味料にした。
これを各テーブルに置き、騎士たちに自由に振りかけ、肉の味わいを調節してもらうのである。
「なんだい、浮かない顔だねえ」
「あまり、喜んでいただけない気がするので」
もっと期待すべきだと思ったが、私の頭には、どうしてもアイネンの顔が浮かんだ。差し出した薬草を、ぽいと捨てたアイネン。魔女の作る奇妙な薬草を、食べてくれる騎士はいるのだろうか。
アテリアに助力してもらったからこそ、私の得体の知れなさが原因で悲しませることになったらどうしよう、とそんなことばかり考えてしまう。
「そりゃ、全員が喜ぶことはないだろうけど、誰かは喜んでくれるさ。あんた、気にしすぎだよ」
「……ですが」
「自分がしたくて、したことなんだろう? 文句を言う奴なんか、相手にしちゃいけないよ」
アテリアの言う通りだ。
私は否定的な反応を返されても、自分のしたい道を選ぶと決めたのだ。なのにいざ、目の前に来ると、反応が気になってそわそわしてしまう。選んだ道を進む時には、こんな不安も伴うのだ。私はそのことを、久しぶりに思い出した。
アテリアと一緒に、ひとつひとつのテーブルに瓶を置いて回った。作業には、さほど時間はかからない。あっという間に作業は終わり、それぞれのテーブルに、私たちの加工した薬草が配備された。
「こうして見ると、なかなかの量だねえ」
アテリアの呟きは、達成感に満ちている。
いっそ全部集めて、しまい込んでしまいたい、と思った。きっとアイネンのように、「こんなもの食えるか」と言われてしまうのだ。その反応を見るのが、怖い。アテリアをがっかりさせてしまうのも、怖かった。
「さ、夕飯を楽しみに、いってらっしゃい」
笑顔のアテリアに送り出され、私は瓶を置き去りにして、食堂を出ることになった。
本当に大丈夫だろうか。やっぱり、やめた方が良かったのではないか。そわそわとした恐怖が、胸を行き来する。
その時は来た。鍛錬を終え、私はエルートと共に食堂へ向かう。
食堂は既に騎士で賑わっていた。どのテーブルにも小瓶があるのを、横目で確認しながら進む。どの瓶も、まだ使われた様子はなかった。ひとり、若そうな顔をした騎士が、瓶を手に取って不思議そうに眺めていたくらいだ。
「さ、たんとお食べ。それは、この魔女さんが用意した薬草だよ」
アテリアは、湯気の立つ煮込み肉をどん! と置き、そう付け加える。アテリアのことだから、皆にそう伝えてくれたのだろう。それで、あの反応だ。やはり誰も食べていないのだとわかり、胸がきりりと痛む。
「へえ、嬉しいな」
エルートが瓶を手に取り、頬を緩める。彼は、薬草の味を気に入っているのだ。早速薬草を振りかけるエルートの嬉しそうな様子に、心が和らいだ。
「誰かが食べているのを見れば、皆この良さに気付くだろうよ」
の騎士たちが薬草に手をつけていないことに、アテリアも気づいていた。それでいておおらかに構え、あまり気にしない様子であることにも、少し救われる。
皿を置いたアテリアが去って行くと、食事時の喧騒が戻ってくる。薬草をかけた肉を、エルートは本当に美味しそうに頬張った。
「なに、それ?」
いきなり話しかけてきたのは、レガットである。隣には、アイネンもいた。エルートが答える前に、アイネンが渋い表情を作る。
「どうせまた魔女の薬草だろう。見たらわかる」
「へえ、魔女さんが用意してくれたんだ。食べてみようかな。かけるの?」
「やめておけ。どんな呪いをかけられているか知れんぞ。騎士たる者、得体の知れないものを口にしてはいけない」
興味を示したレガットを、アイネンが制する。彼の率直な言葉は、予想していたものではあったが、やはり胸にぐさぐさと突き刺さる。
「言い過ぎだ。ニーナが妙な呪いをかけると思うか?」
「ないとは言い切れない。普通の人間じゃない、魔女のことだからな」
「何度一緒に討伐に出たんだ。魔獣の前に身を挺して、俺たちを庇おうとした姿を忘れたのか」
「最初から、死なないことは分かっていたのだろう」
アイネンの口さがない物言いが、エルートとの言い争いに発展する。表情を揺らさずに答えるアイネンに、エルートがぴりぴりとした雰囲気を高めていく。
こんな時、レガットならうまく諫められるはずだ。すがる気持ちでレガットを見ると、緑の瞳と目が合った。彼はアイネン達ではなく、私を見ていた。その表情は、妙に切なげだ。
妹のことを考えているのだ。今のレガットには、アイネン達のやりとりはあまり頭に入っていないだろう。
「……知らないと、言われました」
「そうか。だよね。ありがとう」
だったこれだけで、彼とのやりとりは成立する。レガットは力無く溜息をつき、それから、アイネンに漸く視線を向けた。
「あれ? 何でお前、そんなに怒ってんの?」
「何で、って……元はと言えば、軽率に魔女の薬草を食うと発言した、お前に原因があるだろう」
「僕は食べるよ、味が気になるからね。それに、魔女さんのこと信じてるし」
ぱち、と華麗なウィンク。
たった今「妹を助ける手段は、王宮薬師も知らない」と聞かされたばかりなのに。落ち込んだ心を隠す切り替えの速さには、感服する。
「そういう問題ではない。大体お前は……」
「わかってるよ、不快にさせて悪いな」
「そこまでは言っていないだろう」
アイネンの矛先は、レガットの騎士としての在り方に向く。そのまま彼らは、別のテーブルへ向かって行った。
気付けば、アイネンとエルートの言い合いは、周囲の注目を浴びていたらしい。引いた水が戻るように、ざわめきが帰ってくる。
「やっぱり、魔女の薬草なんか食えないよな」
アイネンの言い方に触発されたように、聞こえよがしに放たれた辛辣な言葉が、ぐさりと刺さってくる。わかっていたのに、予想していたよりもつらい気持ちになった。
「……悪い」
「エルートさんのせいじゃありません」
「俺は、君を守るという誓いを果たせていない」
「十分、守っていただいています」
エルートは、私が命を守るための方法を、教えてくれている。今だって、私の騎士団での立場を守るために、アイネンに反論してくれたのだろう。
「違う」
なのにエルートは、悔しげな顔で首を横に振った。
「俺は、君の心が傷つくことを防げなかった。つらい思いでいるのは目を見ればわかるんだよ、ニーナ」
焦茶の瞳に、目の奥を見透かされる。
エルートはそこまで考えていてくれたのだ。彼の気持ちは嬉しい。しかしそれは、あまりにも、荷が重いことだ。
「気にしないでください。私は、自ら傷つきに行ったようなものですから。アイネンさんがあんな風に仰ることも、皆さんに嫌がられることも、見当が付いていました」
エルートに自責の念を持たせてはいけない。今回は、私がしたくてしたことなのに、彼にまで嫌な思いをさせたくない。どうしたらわかってくれるだろうか。言葉を選びながら話していると、いくらか冷静でいられた。
「でも私は、やってみたかったんです。この薬草が、アテリアさんの料理の良さを引き出すことには、自信があります。エルートさんが喜んでくださることも、わかっていましたから」
言葉にすると、自分の思考が整理される。そう、初めからそのつもりだったのだ。アイネンや騎士が、嫌な反応をするのは分かっていた。それでも、アテリアやエルートが喜んでくれればいいと思って、用意をした。
私が、自分が傷つく道を選んだのだ。その結果は、自分で受け止めなければならない。今までの私は、「誰かの言う通りにする」というやり方で、この責任を引き受けずにやってきたのだ。
「……俺が、食べたいと言ったから?」
「はい。エルートさんが美味しいと言って食べてくれるのを、見たかったんです」
「君は、本当に……」
エルートはそこまで言うと、額を抑えて俯いた。本当に、の後に続く言葉はわかっている。「自己犠牲的だな」だ。私はそんなつもりはないのに、エルートは全部、私が求められたことを嫌々やっているのだと捉えてしまう。
今まで歩いてきた道で、自分のまいてきた種だ。私はこのもどかしさも、自分で引き受けないといけない。
「……ただ、喜んでもらえれば、それでいいんです」
「俺に?」
「はい」
顔を上げたエルートは、何とも言えない微妙な笑いを浮かべた。
「そういう言い方は誤解を招くから、他の奴には言わないでくれよ」
私はもう何も言えずに、肉を口に運んだ。
今の会話は、エルートにはどんな風に映ったのだろう。薬草を用意したことも、「エルートに喜んで欲しい」と言ったことも、全て私の意思に反したものだと思われてしまっている。
気持ちを伝えるのに、どれだけの行動を積み重ねたらいいのだろう。エルートが相手だと、その道のりははるか先にあるようだった。
「……はい」
ずらりと並んだ小瓶を前に、アテリアがいつものように、にかっと笑って言う。小瓶の中身は、調味用の薬草だ。数日かけて、アテリアと二人で薬草を干し、すり潰して、保存できる調味料にした。
これを各テーブルに置き、騎士たちに自由に振りかけ、肉の味わいを調節してもらうのである。
「なんだい、浮かない顔だねえ」
「あまり、喜んでいただけない気がするので」
もっと期待すべきだと思ったが、私の頭には、どうしてもアイネンの顔が浮かんだ。差し出した薬草を、ぽいと捨てたアイネン。魔女の作る奇妙な薬草を、食べてくれる騎士はいるのだろうか。
アテリアに助力してもらったからこそ、私の得体の知れなさが原因で悲しませることになったらどうしよう、とそんなことばかり考えてしまう。
「そりゃ、全員が喜ぶことはないだろうけど、誰かは喜んでくれるさ。あんた、気にしすぎだよ」
「……ですが」
「自分がしたくて、したことなんだろう? 文句を言う奴なんか、相手にしちゃいけないよ」
アテリアの言う通りだ。
私は否定的な反応を返されても、自分のしたい道を選ぶと決めたのだ。なのにいざ、目の前に来ると、反応が気になってそわそわしてしまう。選んだ道を進む時には、こんな不安も伴うのだ。私はそのことを、久しぶりに思い出した。
アテリアと一緒に、ひとつひとつのテーブルに瓶を置いて回った。作業には、さほど時間はかからない。あっという間に作業は終わり、それぞれのテーブルに、私たちの加工した薬草が配備された。
「こうして見ると、なかなかの量だねえ」
アテリアの呟きは、達成感に満ちている。
いっそ全部集めて、しまい込んでしまいたい、と思った。きっとアイネンのように、「こんなもの食えるか」と言われてしまうのだ。その反応を見るのが、怖い。アテリアをがっかりさせてしまうのも、怖かった。
「さ、夕飯を楽しみに、いってらっしゃい」
笑顔のアテリアに送り出され、私は瓶を置き去りにして、食堂を出ることになった。
本当に大丈夫だろうか。やっぱり、やめた方が良かったのではないか。そわそわとした恐怖が、胸を行き来する。
その時は来た。鍛錬を終え、私はエルートと共に食堂へ向かう。
食堂は既に騎士で賑わっていた。どのテーブルにも小瓶があるのを、横目で確認しながら進む。どの瓶も、まだ使われた様子はなかった。ひとり、若そうな顔をした騎士が、瓶を手に取って不思議そうに眺めていたくらいだ。
「さ、たんとお食べ。それは、この魔女さんが用意した薬草だよ」
アテリアは、湯気の立つ煮込み肉をどん! と置き、そう付け加える。アテリアのことだから、皆にそう伝えてくれたのだろう。それで、あの反応だ。やはり誰も食べていないのだとわかり、胸がきりりと痛む。
「へえ、嬉しいな」
エルートが瓶を手に取り、頬を緩める。彼は、薬草の味を気に入っているのだ。早速薬草を振りかけるエルートの嬉しそうな様子に、心が和らいだ。
「誰かが食べているのを見れば、皆この良さに気付くだろうよ」
の騎士たちが薬草に手をつけていないことに、アテリアも気づいていた。それでいておおらかに構え、あまり気にしない様子であることにも、少し救われる。
皿を置いたアテリアが去って行くと、食事時の喧騒が戻ってくる。薬草をかけた肉を、エルートは本当に美味しそうに頬張った。
「なに、それ?」
いきなり話しかけてきたのは、レガットである。隣には、アイネンもいた。エルートが答える前に、アイネンが渋い表情を作る。
「どうせまた魔女の薬草だろう。見たらわかる」
「へえ、魔女さんが用意してくれたんだ。食べてみようかな。かけるの?」
「やめておけ。どんな呪いをかけられているか知れんぞ。騎士たる者、得体の知れないものを口にしてはいけない」
興味を示したレガットを、アイネンが制する。彼の率直な言葉は、予想していたものではあったが、やはり胸にぐさぐさと突き刺さる。
「言い過ぎだ。ニーナが妙な呪いをかけると思うか?」
「ないとは言い切れない。普通の人間じゃない、魔女のことだからな」
「何度一緒に討伐に出たんだ。魔獣の前に身を挺して、俺たちを庇おうとした姿を忘れたのか」
「最初から、死なないことは分かっていたのだろう」
アイネンの口さがない物言いが、エルートとの言い争いに発展する。表情を揺らさずに答えるアイネンに、エルートがぴりぴりとした雰囲気を高めていく。
こんな時、レガットならうまく諫められるはずだ。すがる気持ちでレガットを見ると、緑の瞳と目が合った。彼はアイネン達ではなく、私を見ていた。その表情は、妙に切なげだ。
妹のことを考えているのだ。今のレガットには、アイネン達のやりとりはあまり頭に入っていないだろう。
「……知らないと、言われました」
「そうか。だよね。ありがとう」
だったこれだけで、彼とのやりとりは成立する。レガットは力無く溜息をつき、それから、アイネンに漸く視線を向けた。
「あれ? 何でお前、そんなに怒ってんの?」
「何で、って……元はと言えば、軽率に魔女の薬草を食うと発言した、お前に原因があるだろう」
「僕は食べるよ、味が気になるからね。それに、魔女さんのこと信じてるし」
ぱち、と華麗なウィンク。
たった今「妹を助ける手段は、王宮薬師も知らない」と聞かされたばかりなのに。落ち込んだ心を隠す切り替えの速さには、感服する。
「そういう問題ではない。大体お前は……」
「わかってるよ、不快にさせて悪いな」
「そこまでは言っていないだろう」
アイネンの矛先は、レガットの騎士としての在り方に向く。そのまま彼らは、別のテーブルへ向かって行った。
気付けば、アイネンとエルートの言い合いは、周囲の注目を浴びていたらしい。引いた水が戻るように、ざわめきが帰ってくる。
「やっぱり、魔女の薬草なんか食えないよな」
アイネンの言い方に触発されたように、聞こえよがしに放たれた辛辣な言葉が、ぐさりと刺さってくる。わかっていたのに、予想していたよりもつらい気持ちになった。
「……悪い」
「エルートさんのせいじゃありません」
「俺は、君を守るという誓いを果たせていない」
「十分、守っていただいています」
エルートは、私が命を守るための方法を、教えてくれている。今だって、私の騎士団での立場を守るために、アイネンに反論してくれたのだろう。
「違う」
なのにエルートは、悔しげな顔で首を横に振った。
「俺は、君の心が傷つくことを防げなかった。つらい思いでいるのは目を見ればわかるんだよ、ニーナ」
焦茶の瞳に、目の奥を見透かされる。
エルートはそこまで考えていてくれたのだ。彼の気持ちは嬉しい。しかしそれは、あまりにも、荷が重いことだ。
「気にしないでください。私は、自ら傷つきに行ったようなものですから。アイネンさんがあんな風に仰ることも、皆さんに嫌がられることも、見当が付いていました」
エルートに自責の念を持たせてはいけない。今回は、私がしたくてしたことなのに、彼にまで嫌な思いをさせたくない。どうしたらわかってくれるだろうか。言葉を選びながら話していると、いくらか冷静でいられた。
「でも私は、やってみたかったんです。この薬草が、アテリアさんの料理の良さを引き出すことには、自信があります。エルートさんが喜んでくださることも、わかっていましたから」
言葉にすると、自分の思考が整理される。そう、初めからそのつもりだったのだ。アイネンや騎士が、嫌な反応をするのは分かっていた。それでも、アテリアやエルートが喜んでくれればいいと思って、用意をした。
私が、自分が傷つく道を選んだのだ。その結果は、自分で受け止めなければならない。今までの私は、「誰かの言う通りにする」というやり方で、この責任を引き受けずにやってきたのだ。
「……俺が、食べたいと言ったから?」
「はい。エルートさんが美味しいと言って食べてくれるのを、見たかったんです」
「君は、本当に……」
エルートはそこまで言うと、額を抑えて俯いた。本当に、の後に続く言葉はわかっている。「自己犠牲的だな」だ。私はそんなつもりはないのに、エルートは全部、私が求められたことを嫌々やっているのだと捉えてしまう。
今まで歩いてきた道で、自分のまいてきた種だ。私はこのもどかしさも、自分で引き受けないといけない。
「……ただ、喜んでもらえれば、それでいいんです」
「俺に?」
「はい」
顔を上げたエルートは、何とも言えない微妙な笑いを浮かべた。
「そういう言い方は誤解を招くから、他の奴には言わないでくれよ」
私はもう何も言えずに、肉を口に運んだ。
今の会話は、エルートにはどんな風に映ったのだろう。薬草を用意したことも、「エルートに喜んで欲しい」と言ったことも、全て私の意思に反したものだと思われてしまっている。
気持ちを伝えるのに、どれだけの行動を積み重ねたらいいのだろう。エルートが相手だと、その道のりははるか先にあるようだった。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる