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4 計画された婚約破棄

4-1 メイディとパーティ会場

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 パーティの時間が近づくにつれ、会場は徐々に生徒で埋まっていく。「身分の別なく学ぶ」学院でのパーティには、エスコートやダンスといった、貴族の作法は必ずしも必要ではない。生徒たちはそれぞれのタイミングで会場に入り、同級生と顔を合わせて語り合っている。
 開始時刻の間近になり、来賓も顔を出す。卒業生の親族、教員の知人。

「あ……ちゃんと来てくれた」

 入口を眺めていたメイディは、派手な装いをした男性に目を留めた。ケビンの甥である、飛空演劇団の座長。メイディと目が合うと、華やかなウインクを飛ばしてくる。隣の女生徒が「きゃあ」と黄色い声を上げるほどの美男子である。

「メイディ」
「……あ、お父さん、お母さん!」

 声をかけられ、メイディは顔をそちらに向ける。見知ったふたりの顔を見て、メイディは笑顔を浮かべた。

「卒業おめでとう、メイディ」
「ありがとう! ふたりとも、元気そうだね」
「ええ、お陰様で。お父さんなんか、また弟子を増やしたのよ」
「学びたい子供がいるなら、教えてやらないとね」

 話しながら、両親は視線をメイディの背後に向ける。

「……それが、手紙に書いていた魔導具ね?」
「そう。触れたら、空を飛ぶの。……私が学院でできたことは、結局これだけだったよ。騎士団にも、魔導士団にも入れなかったし」

 ぽろりとこぼれるのは、父を前にしたからかもしれない。何かを成し遂げられなかった自分の人生への、未練でもある。

「こんなに立派なものを作ったんだから、胸を張りなさい。空飛ぶ魔導具を一般化できたら、救われる人もいるかもしれない。お前の発明は偉大なんじゃないか、メイディ」
「……そうかな」
「ああ。何より、お前の頑張りが、俺たちの誇りさ」

 父の大きな手のひらが、メイディの頭に乗せられる。ぐしゃり。髪を乱される感覚が心地良くて、少しだけ寂しい。

「……ねえ。内緒の話、してもいい?」

 声を落として囁くメイディに、両親は顔を近づける。

「私ね、卒業パーティのあと……すぐ、国外に出ようと思うの」
「まあ……」

 母が小さく驚いて、口元を押さえる。

「どこに行くの、メイディ?」
「それは……ちょっと、言えないんだけど」

 両親にも、作戦の全貌は明かせない。それでもメイディは、言える範囲で伝えておきたかった。

「ただ……やりたいことがあって」

 アレクセイと、楽しく幸せな人生を送ること。それを叶えるために、ランドルンへ向かうのだ。

「いいじゃないか、頑張りなさい。俺たちはいつでも、お前のやりたいことを応援する」
「そうよ、メイディ。あなたの好きなように生きるのが一番」
「……そうだよね。ふたりなら、そう言ってくれると思ってた」

 メイディの気持ちを尊重し、応援してくれる両親。だからこそメイディは、勉強に専念できたし、学院への入学も許された。

「ありがとう。……心配かけるかもしれないけど、必ず連絡するから」
「わかったわ。楽しみに待ってるわね」

 言えるのは、ここまで。
 しばらくのお別れだ。メイディは両親の顔をゆっくり見比べてから、「またね」と言った。

「そろそろ始まるから、行ってきます」
「いってらっしゃい」

 両親に見送られ、メイディは会場の中心に歩いていく。

 見知った顔、知らない顔。3年間を同じ学舎で過ごしていても、接したことのない者は何人もいる。しかし今日、メイディのことは、おそらく皆の記憶に残る。残ってしまう。
 だからこそ、粗相はできない。ふう、と息を吸い、吐いた。

「メイディ。こっちだ」
「アレク。ごめんね、ぎりぎりになっちゃって」
「構わねえ。親と話してたんだろ」

 人混みからにゅっと出てきた腕に引かれると、そこにはアレクセイがいた。制服を着て、金の髪を撫で付けたいつもの姿。彫刻のような表情が、メイディを見ると緩くはにかむ。

「ミアはあそこだ。行こうぜ」

 アレクセイが、目で示す。予定通りだ。ミアは、自身の父であるラグシル公爵に挨拶をしている最中である。
 アレクセイはメイディの手を引き、ラグシル公爵に近づいていった。人の間をすり抜け、その目の前まで。

「ラグシル公爵」
「……ああ。ご無沙汰しております、第一王子殿下……?」

 貴族らしく貼り付けた笑みを浮かべたラグシル公爵は、メイディを見ると不審そうな目をする。

「ミアを、少しお借りしても?」
「はあ、構いませんが……」
「わたくしに、どのようなご用件でしょうか」

 ミアが反応し、アレクセイと向き合う。

「今をもって、君との婚約は破棄する」

 アレクセイが、凛と響く声でそう言い放った。

「婚約、破棄……」

 ミアは目を細め、「初めて聞いた」と言わんばかりの、出方を伺う表情をする。

「ああ。俺は君との婚約を破棄し、彼女と共に生きることにした。メイディ・ジュラハール男爵令嬢。俺の……愛する人だ」

 ここでアレクセイは、メイディの腰を抱き寄せる。

「俺は真実の愛に目覚めたんだ。愛のない結婚なんて、する気はなくなった。お前みたいな口うるさい女と添い遂げるなんて、考えるだけでうんざりする」

 あんまりな物言いに、ざわつく観衆。
 ミアは何かを言おうとして唇を開き、閉じた。アレクセイが「口うるさい」と言ったのを、気にしているように見える。

「……言いたいことがあるなら言えよ。聞くぜ」
「……第一王子殿下は、わたくしに、どうせよと仰るのですか……?」

 気品に満ちた彼女が見せる、弱々しい呟き。それが演技だと知っているメイディですら、同情に心が震わされるほどの名演だ。

「どうって、どうもこうもねえ。自由にすりゃいいだろ」
「自由、に……」
「その自由、わたくしにお預けくださいませんか」

 朗々とした声が響き、皆の視線が一気にそちらへ動く。宝石を縫い付けたきらびやかな衣装をまとった背の高い男性が、さっそうと現れる。

「あなたは……?」
「飛空演劇団の座長、ミルム・マッケイでございます、レディ。あなたの素晴らしい舞空術は、以前拝見させていただきました。自由な身の上になられるのなら……その手をぜひ、わたくしにお預けください。あなたを、空を舞い宙を泳ぐ、女神にして差し上げます」

 ミルムには「キザっぽい感じで誘いをかけてくれ」と伝えてあったが、予想以上の誘い文句だった。彼を見上げるミアの薄く染まる頬は、本当の照れに見える。

「はい……」

 呆然と、夢心地のように。ミアは、ミルムの手を取った。

「頂いていいですかな、殿下」
「俺に聞くなよ。ミアがそうしたいってんなら、好きにすりゃいいだろ」

 一応は第一王子であるアレクセイが、ラグシル公爵を差し置いて、勝手に許可を出してしまう。

「では、ありがたく」

 ミアの手の甲に、優しく唇を落とすミルム。ミアは見事に、「さらわれた」形になる。

「……あーあ、つまんねえもんを見た。行こうぜメイディ」

 アレクセイは、必要以上に声を張り上げる。今度は注目を、自分達に集めるのだ。

「俺は、王太子なんてもんにもなりたくねえんだ。メイディと添い遂げる。追ってくるなよ、来ても請けねえぞ」

 そう言い放ち、アレクセイはメイディの手を引いて歩き始める。

 こんな宣言で逃げられるのなら、とうに逃げていたとアレクセイは言っていた。
 後ろ盾となるラグシル公爵家との婚約を破棄した上に、極め付けがもうひとつ。

 アレクセイが歩くと、人々が道を開ける。その先にあるのは、メイディの作った空飛ぶ魔導具だ。アレクセイとメイディは、開いた扉から中に乗り込む。

「さらばだ!」

 アレクセイが手を触れると、魔導具の紋様に緑の光が走った。風の魔法である。美しい柄の浮かび上がった車体が、一気に飛び上がった。
 一気に、である。
 それは「飛行」ではなく、「発射」の勢いであり。

 真上に射出された魔導具は、そのまま会場の天井に当たり、どかんと。爆散した。

 途端に悲鳴が上がり、身を守るために人々が逃げ惑う。燃え上がった魔導具の破片は、ばらばらと会場に降り注いだ。
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