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2 恋の自覚

2-8 メイディの恋の自覚

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 アレクセイは、どうしてメイディを誘ったんだろう。どうして、忘れてくれと言ったんだろう。ああでもない、こうでもないと想像ばかりが膨らみ、本当のところはわからない。
 最近のメイディは、彼の言動が気にかかって上の空だった。勉強にも、魔導具の作成にも身が入らない。こんなときに限って、毎日顔を出していたアレクセイが、顔を出さなくなった。

「彼と、何かあったの?」

 1週間経った昼食のとき、ついにエミリーにそう探りを入れられ、メイディはぱっと顔を上げた。

「どうしてわかるの?」
「わかるわよ。毎日迎えにいらしていたのに、最近はいらっしゃらないもの。それにメイディ、あなた、自分がどんな顔をしているか、わかってる?」

 メイディは、自分の頬をむにむにと掴んでみた。いつも通りの感触だ。

「……わからない」
「悩んでいる顔、よ。まさかあなたが、恋のことで、そんなに迷うなんて思わなかったわ。ねえ、どうしたの? けんか?」
「けんか……けんかでは、ないかなあ」

 メイディにも、言っていいことと悪いことの違いくらいはわかる。無断外出のこと、アレクセイがディッケンの店を行きつけにしていること、卒業後に国外へ出ようと思っていること。どれも、口外してはいけない内容だ。
 どう説明しようか迷って、メイディはふと疑問に思った。なぜアレクセイは、口外されたら困るようなことをメイディに教えたのだろう。「恋人のふり」をするだけなら、そんな情報は必要ない。
 浮かんだ疑問が、ぽろりと口からこぼれ落ちる。

「……彼が私に秘密を教えてくれたのって、どうしてなんだろう?」
「メイディは、秘密を教えてもらったの? どんな秘密なのかしら」
「それは言えないけど……」
「そうよね、残念」

 新たな噂の種に瞳を輝かせるエミリーは、さらりと続ける。

「秘密を教えるのは、あなたが恋人だからに決まってるじゃない。好きな人には、自分の全部を知ってほしいものでしょう?」
「そういうものなの?」
「そうよ」

 彼女の何気ない指摘が、妙にしっくり来る。メイディの頭は、今までの出来事を次々に思い返した。

 恋をしていたら、二人きりになりたいものだ。彼は最近、他の学生に会わない場所ばかり選んでいた。
 恋をしていたら、相手の喜びは自分の喜びになるものだ。彼は、メイディが楽しいと、嬉しそうだった。
 恋をしていたら、相手に触れたくなるものだ。彼は、「恋人のふり」ではないときも、触れてきた。
 恋をしていたら、自分の全てを認めてほしくなるものだ。彼は、命の恩人であるディッケンにしか話していない秘密を、メイディにも教えてくれた。

 かつてアレクセイの指示でまとめた「恋」についての知識と、彼の態度が重なり合う。もしアレクセイがメイディを好きなら、違和感のあった彼の行動の、辻褄が合う。

「アレクって……私のこと、好き、なの?」

 恋人のふりをしていたはずだ。けれど、思い浮かぶアレクセイの振る舞いは、どれも二人でいるときのもの。誰かに見せるためではなかった。

「もう、何言ってるの、メイディ。お付き合いしてるんだから当たり前でしょう? ふふ、そんな真っ赤な顔して、可愛いんだから」

 エミリーに言われて、自分の顔に意識が向く。熱い。頬も額も、まぶたも、首まで。

「熱っ……え、何でこんなに熱いの」
「やだわあ、もう、メイディったら。恋人が自分を好きってだけで、そんなに照れるなんて。羨ましいわあ、相思相愛で。わたしも、そんな風に惚れ込む恋をしてみたいもの」

 相思相愛。
 アレクセイはメイディのことを好きで、メイディはアレクセイを好きだということ。

 そんなはずはない。メイディは、アレクセイの「恋人のふり」をしているだけ、のはずだ。
 確かに、彼のかけてくれる言葉は優しいものばかりで、心が救われたこともある。彫刻のような顔つきが崩れて、自然な表情を見られると嬉しくなる。アレクセイといる時間は楽しい。最近会えなくて、寂しい。魔導具の話、彼とディッケンの話、父の話、秘密の話。彼の話をもっと聞きたいし、自分の話を聞いてほしい。
 アレクセイに対する自分の気持ちを、整理したのは初めてだ。今まで感じてきたこと、今感じていることを並べてみて、メイディは気づいた。

「……私、アレクのこと好きなんだ」
「そうよね。ふふっ、恋人だものね。メイディったら、初々しくて可愛いわあ」

 アレクセイとメイディは、いつの間にか相思相愛になっていた。その前提に立つと、ディッケンの店での出来事は、色合いを変えて見える。

「どうしようエミリー……私、ひどいことしたのかも」

 ようやくメイディは、アレクセイが傷ついた理由がわかったのだった。
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