上 下
19 / 49

19 「自分のため」になること

しおりを挟む
「皆さんへのアンケートをもとに、企画の案をいくつか用意しました。皆さんの意見を受けて決定したいので、資料をご覧ください」

 ホームルームで、会長たちの説明とともに、資料が配られる。

 前回の話し合いで、私たちの学外活動は、スポーツ大会に決まった。予算内に収めるという観点から、場所は、学園から借りられる浜辺の一画に決まった。

 その後、希望の内容を問うアンケートが配られ、各々、それに対して意見を書いたはずだ。

 今回の資料は、その意見を集約したものだった。
 ビーチバレー、ピクニック、手持ち花火、スイカ割り、海水浴、などなど。それぞれが思いつくまま書いたであろう案を、並べてある。

「この形式だと見にくいね」
「私、これよりも、こっちの方がいいと思うのに」

 書類に目を通しながら、各々が、自分の感想を口に出す。
 それをなんとなく聞き流して、私は書類に目を落とす。

 たしかに、見にくさはあった。
 それでも、全員のアンケートを確認し、このようにわかりやすい表にまとめるまでには、それなりの手間がかかったはずだ。

 慧の言葉を思い出す。
 彼は、自分は参加できないのに、学外活動の計画に手を貸していると話していた。会長の苦労も知らず、皆のんきに文句ばっかり言っている、と。

 こういうことだわ。

 周囲の人々は、この書類を作った会長たちへのねぎらいもなく、あれこれと文句を言っている。
 教室の前に立つ会長たちは、穏やかな表情をしてはいるが……どのような気持ちで、この無責任な文句を聞いているのだろうか。

「あの」

 今日の話し合いによって、皆から出た案のいくつかが採用され、いくつかが没になった。
 ここから会長たちは案を詰め、いよいよ再来週に迫った学外活動の、当日を迎えることになるという。

 放課後になり、ざわつく教室。普段なら真っ先に図書室へ向かうのだけれど、今日は違う。

「……はい?」

 机に広げた書類を見つめていた会長たちが、顔を上げる。その表情は、訝しげだ。
 心臓が、きゅっと縮む。
 それでも私は、声をかけてみたかった。

「……何か、お手伝いできることがあればと思って」

 そう言った瞬間、警戒心を含んでいた彼らの表情が、ふっと緩んだ。

「ありがとう、藤乃さん。だけど大丈夫、これは、私たちの仕事だから」

 断られたけれど、その言い方は、決して刺々しいものではなくて。

「……そうだね。でも、買い出しとか、人手が必要なときには声をかけてもいいかな?」

 私は、もちろん、と頷いた。

「慧先輩の話を思い出して、手伝えることはあるか、聞いてみたんです」
「……へえ」

 図書室についた私は、慧に今日のことを話していた。慧の話を思い出し、会長たちに声をかけたこと。

「嬉しかったと思うよ、きっと」
「慧先輩なら、そう言ってくださると思いました」

 私は、慧からのその言葉が欲しかったのだ。
 そう思って、私は、あれ、と考えた。

 大変な仕事をしている会長たちのためと思って声をかけたけれど、実のところ私には、慧に褒められたいという下心があったのだ。

 実際にこうして褒められ、嬉しい思いもしている。だとしたら私の行為は、「自分のため」だったのではなかろうか。

 2つの選択肢が、頭を過ぎる。
 兄には、自分のためになる判断をしなさい、と言われた。
 今日の声かけが自分のためなのだとしたら、「自分のため」になる行動とは、案外幅広いのかもしれない。

「この間の続き、しようか」
「……はい」

 奥の部屋に続く扉に、慧は手をかける。私はその後を追って、部屋を移動した。

 どの選択が、自分のためになるのか。
 それを判断するには、いろいろな面から、考える必要がありそうだ。

 隠してあるゲーム機を取り出し、セットする。表示された画面から「ロード」を選択すると、ゲームは、前回の続きから始まった。

「勉強会の後からだったね」
「そうですね……あ、学外活動の話だ」

 そこから暫く進めると、教室でイベントが発生し、学外活動の選択肢が出てきた。

「クルーズ、花火大会、スポーツ大会。これって……」
「私のクラスで出た案と、全く同じです」
「へえ……すごいね」
「そうですね、本当に」

 感心した声を上げる慧に、私も同意する。
 もうわかってきてはいるものの、ここまで現実と重なると、やはり不思議な気持ちになる。

「どうする? 藤乃さんたちは、スポーツ大会をすることになったんだっけ」
「はい……ですが」

 私は、すぐにはボタンを押せなかった。

「早苗さんは、クルーズがいいって主張していたんです。もしそうなっていたら、どうなったかは、少し気になるというか……」
「なるほどねえ」

 慧も画面を見つつ、顎に手を添えて考えている素振りを見せる。

「さっきゲームを立ち上げたとき、複数のセーブデータを登録できるようになっていたから、両方確認できるんじゃない?」
「そうなんですか?」
「そう。とりあえずセーブしておこう。……貸して、藤乃さん」

 慧にコントローラーを手渡すと、彼は設定を開き、現在の進行をセーブする。

「とりあえずクルーズで進めて、そのあとスポーツ大会を選んで進めよう。現実に即していた方がいいだろうし」
「わかりました」

 私は、3つ並んだ選択肢から、『クルーズに行きたい』を選ぶ。

 学外活動は、現実とは違って、選択するとすぐにスタートする。

「ずいぶんと豪華な船だね」
「そうですか?」

 画面には、活動の舞台となるクルーザーが映し出されている。主人公が、(すごい豪華な船……!)と、慧と同じ感想を抱いている。
 父がそうした乗り物にあまり興味がないので、我が家は、クルーザーを持ち合わせていない。海斗の父は船が趣味なので、たしか、良いクルーザーを自家用に持っていたはずだ。

「あ、これは」
「ミニゲームだね。借りるよ」

 船に乗り込み、ミニゲームを交えたイベントが始まる。私は、慧にコントローラーを渡した。
 慧はいつの間にか、この間と同じ、くつろいだ格好になっていた。緩んだネクタイから覗く首筋に一瞬目を奪われ、慌てて、視線を逸らす。
 なんだか、見てはいけないもののような気がした。

「ミニゲームは、同じ感じだね」
「それでも私には、できそうにありません」
「良かったよ、藤乃さんの役に立てて」

 器用なもので、慧は今回も、完璧に近い高得点を記録していく。

「この人、誰でしたっけ」
「生徒会長でしょ。見覚えがあるよ」

 得点の表示画面が終わると、ストーリーが進む。学外活動を楽しむ主人公の前に、生徒会長が現れる。

『楽しんでる?』
『先輩、どうしてここに』
『どうして、って、学外活動は生徒会が統括するからさ』

 会長は爽やかに微笑む。
 そこへ、海斗が横から現れる。

『会長、早苗に何か用ですか?』
『いや? 楽しんでもらえてるかな、と思ってさ。またね、早苗さん、海斗くん』

 生徒会長がいなくなり、海斗の姿が大写しになった。

『変なこと言われてないか?』
『別に、何にも。普通に話しただけだよ』
『そうか……変だな。会長と話している早苗を見たら、妙にいらいらしたんだ』

 どこか雰囲気のあるBGMが流れ始め、海斗は軽く俯き、複雑そうな表情を浮かべる。

『大丈夫? 食べすぎた?』
『いや、これは、そうではなくて……大丈夫。心配しないで』

 そう答える海斗の頬は、うっすらと朱に染まっている。現実では見たことのない、恥じらう様子だ。

「嫉妬、ってことですか?」
「まあ、そうだろうね。はっきりとは言及されてないけれど」
「ふうん……」

 頬を赤らめた海斗が、暫く主人公を見つめる。何か口を開いて言いかけ、口ごもった。

『なんでもない』

 その言葉で、会話は終わる。主人公は、(具合悪そうだったな。食べすぎたのかな?)と、またも呑気な感想を抱いている。

「私もそれほど気の利くタイプではありませんが……食べすぎなんて、そんなはず」

 あまりにも鈍感な主人公の対応に、そう違和感を呟く。それを聞いて、慧が、ふっと軽く笑った。

「まあね……でも、そうやって鈍感にして、だんだんエスカレートしていく感情表現を見るのが、この手のゲームの醍醐味なのかもよ」
「……なるほど」

 主人公が海斗の好意を察し、自ら積極的に好意を示し始めたら、海斗は引いてしまうだろう。少なくとも、私の知る海斗は、そういう人だ。
 主人公の鈍感な設定にも意味があるのだ、と納得しているうちに、イベントは終了した。

「早苗さんは、嫉妬する海斗さんを見たかったのでしょうか」
「それは、他の選択肢を試してみないとわからないんじゃないかな」
「それもそうですね。では、選択するところに戻ります」

 私は、セーブデータの画面を開け、データをロードする。戻るのは、学外活動をどれにするか、選択するところまで。

「スポーツ大会にします」
「……ここからは、未来を知ることになるね」

 私が選択肢を決定すると、慧がそう言った。

「……そっか」

 今までのゲームのストーリーは、現実に起きたことの後追い。過去にあったことと、ストーリーが重なることを確認してきただけだ。

 ここからは、一線を超える。
 私たちは、これから起こることを、先に知ることになる。

「ちょっと、悪いことをしている気分ですね」

 未来を知るなんて、普通の人間には、許されないことだ。知りたいと思っても、知れないもの。タイムマシンを作りたくても、それは実現しないものなのだ。
 なのに私は、これから、未来を知ってしまう。
 それは少し恐ろしくて、少し罪悪感があることだった。

「なら、やめる? 学外活動が終わってから続きをすれば、未来を知ることにはならないよ」
「そうですね……でも」

 早苗は未来を知っていて、その上で行動しているのだ。彼女の思うところを、私は知りたい。
 これは、単なる好奇心だ。

「気になるので、やってみます」
「良かった。俺も気になってたんだ」

 未来を知るという、普通ならあり得ない、してはいけないこと。私と慧は、今、密かに共犯者となった。

 そのとき、部屋に、電子音が鳴る。

「……あっ」
「時間だね」

 慧が予めセットしておいた、閉館時刻を知らせるアラームの音だ。

 ゲームに集中してしまうと時間がわからなくなるので、前回に引き続き、こうしてアラームをかけておいた。
 案の定ゲームに気を取られ、このアラームの音で、時間の経過に気づくこととなった。

「もう時間なんですね。昼間の時間は長いのに、ここに来ると、時があっという間に過ぎるように感じます」
「単に、時間が短いからではなくて?」
「いえ……楽しい時間はあっという間に過ぎる、という言葉通りです」

 クラスでなんとなく居心地悪くしている朝の時間、退屈なこともある授業の時間、ひとりで食べるお昼の時間……そうした時間と、図書室で過ごすときの時間の流れは、比較にならないほど違う。

「藤乃さんがここにいて楽しいなら、何よりだよ」
「はい。おかげさまで」

 図書室で慧と過ごす時間が、今の私にとっては、何よりも楽しくて楽しみな時間だ。

「また明日、藤乃さん」
「はい、また明日」

 お決まりの挨拶には、いつも、心温まる。私は慧と別れ、薄暗くなりつつある廊下を歩いた。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

処理中です...