6 / 49
6 努力は自信につながらない
しおりを挟む
同じような話なのに、どうしてこうも新鮮なのだろう。
夜に布団に寝転び、図書室で借りた本を開く。ここ数日の、私の習慣だ。
本を読みながら、いつものように、物語の世界に没入していく。
乙女ゲームの世界に悪役令嬢の立場で転生した主人公だが、彼女にはそのゲームの記憶がない。テンプレートな「乙女ゲームのストーリー」を想起し、追放エンドを回避すべく、努力して自分を磨き上げていく。
彼女は転生したことによって「ステータス」を開示できるようになり、ヒロインを大きく超える能力値を手に入れる。
ついでに、努力した悪役令嬢と元から努力家のヒロインは気が合い、攻略対象そっちのけで、親友と呼べる関係に発展する。
最終的にはヒロインと悪役令嬢、それに攻略対象たちが織りなすほんわかしたやりとりを堪能し、私は本を閉じた。
本を閉じると、ページの間から、独特な埃の匂いが立ち上る。ふと、図書室でのやりとりが思い浮かぶ。
何度も温かく声をかけてくれた慧には、特待生なりの悩みがあった。
早苗と自分を比較して格差を感じている私と、一般生徒と自分を比較して格差を感じている彼には、たしかに共有できる感情があったのだ。
「周りと比べたら、自信なんてもてないわ」
物語の令嬢ほどでないにしても、私も、努力はしている。しかし、努力しているのは、私だけではない。
学年1位の海斗だって、そうだ。持ち前の才能だけで、1位をとり続けることはできない。
幼稚部の頃から家族ぐるみの付き合いをしているから、彼の努力は知っている。
早苗も、言わずもがな。維持することの大変さは、よくわかる。
努力はしても、それは自信にはつながらない。頑張っても海斗たちに敵わないのは、能力が足りないからか、と思ってしまう。
この劣等感があるから、慧と打ち解けることができた。
それは確かなことだけれど、この物語の主人公のように、早苗を凌駕するほどの能力値を得られたら、劣等感なんてもたずに済んだのに。
どうしたら、自信をもてるのだろう。
私は、本のページをぱらぱらと繰る。
本の主人公はゲーム世界に転生していて、「ステータス」という能力値が可視化されていた。彼女は努力によって、その数値を上昇させていく。
私も、数値が早苗を超えたとはっきりわかれば、自信をもてるかもしれない。
「……はあ」
溜息が出るのは、そんなにうまい話はないと、よくわかっているからだ。
勉強を重ねても、点数はそれほど劇的には伸びない。体力値、頭脳値のような、明確な基準があるはずもない。
ここは、ゲームではない。残念ながら、簡単にはいかない。
だから私は、いつまでも自信をもてないままなのだ。
気付いたら眠っていたらしくて、私はうつ伏せたまま、目が覚めた。
「……おはよう」
「おはようございます。あら、お嬢様……」
身支度をしてくれる侍女、高塚シノに声をかけると、彼女は口元をふわっと押さえた。
揃えた指先、小首を傾げる動作。
その何気ない所作にも品があるのは、彼女が昔から我が家に勤めており、かつては私に礼儀作法の教育などもしていたほどの、行き届いた侍女だからだ。
もう四十代に差し掛かっているはずだが、彼女はいつまでも若々しく、昔と変わらない。
「寝違えたのですか? 頬に痕が付いていますよ」
「え? ……あら、本当だわ」
鏡を見ると、頬にしっかり、斜めの痕が残ってしまっている。
あんな風に、うつ伏せで寝たからだ。頬に触れてその凹みを確認する私を、シノは微笑みながら見ている。
「治してから、登校しましょうね」
「え……いいわ、そんなの」
私が頬に痕をつけたところで、誰も気にかけないだろう。慧に会う放課後には、さすがに取れているだろうし。断る私を、シノは「駄目ですよ」と制した。
「淑女とあろうものが、自分の寝姿を想像させるような装いで、人目に触れるところへ出てはいけません」
「……はい」
シノは、私の作法の先生だ。
ちょっと厳しい口調でそう告げられてしまっては、何も言い返せない。
鏡ごしに彼女の様子を伺うと、シノは、またふわっと微笑んだ。
「お湯を持ってきますね。少々お待ちください」
「お湯?」
「ええ。足を温めると、頬の痕は治りますよ」
シノはそう言い残し、音も立てずに部屋を出て行く。相変わらずの身のこなしだ。感心する間もなく、湯気の立つ桶を持って、またシノが戻ってきた。
「早いわね」
「お嬢様をお待たせするわけにはいきませんからね。さ、おみ足をこちらへ」
言われるがまま、足を湯につける。程よい湯加減で、なんだか、足先からほっと力が抜けて行く感じがする。
「……寝てしまいそうだわ」
ぽかぽかと、足から体が温まって行く。目覚めた時の眠気が再度襲ってきた気がして呟くと、シノは「起こしますから、眠っても構いませんよ」と言った。
「肩もほぐしてよろしいですか?」
「ええ」
さらに、シノは私の肩に手をかけ、圧をかけ始める。
首がほぐれ、緊張が緩んでいく。
「……お嬢様」
ぐらぐら、と頭が揺らされた。
はっとして、目を開く。瞬きを幾度かしてから見えたのは、可笑しそうに笑うシノであった。
「……私」
「お眠りになっていましたよ。……ほら、ご覧ください。痕がすっかり消えたでしょう」
「本当だわ」
斜めに薄赤い線が入っていた私の頬は、すっかり痕が消えている。それどころか、薄桃色に染まり、いつもより血色が良い。
「……なんだか、肌艶も良いような」
「血行の良くなるマッサージをしましたから。いつものお美しさが、さらに増しましたね」
美しいかはともかく、肌がつやっとして、頬が上気して、いつもより顔色が良いのは確かだ。頬に手のひらで触れると、もちもちとした感触が返ってくる。
朝から目がいつもより開いて、顔つきが明るく見える。こんなに、見た目の印象が変わるなんて。
「ありがとう、シノ。痕も消えたし、肌が綺麗になって、ちょっと気分が上がったわ」
コンディションが良いことで、良い気分になった。礼を言うと、シノは「それなら毎日しましょうか」と応える。
「いいの? 大変じゃない?」
「いえ……お嬢様がお嫌そうな顔をされるので、控えていただけです。お嬢様も高等部に進学されたから、もっと色々、手をおかけしたいと思っていたのですよ」
「嫌そうな顔?」
質問すると、シノは顎に指先をあて、考えるそぶりをする。
「中等部にいらした頃、でしょうか……ほら、お出かけになるときに、お化粧をお勧めしたことがありましたでしょう」
「……そういえば」
中等部に入りたてのころ、外出時に化粧をするよう勧められ、断ったことがあったかもしれない。お化粧とか、髪を飾るとか、華やかな衣装を着るとか……そうした色気付いた行いは、年齢不相応な気がしていたのだ。
「お嬢様がお嫌でないのなら、お化粧も致しますよ」
「そう……どうしようかしら」
正直ことを言えば、今だって、まだ早いと思っている。お化粧など、大人びた身だしなみは、早苗達のような華やかな女子にだけ許されるものだ。私には、身分不相応である。
頭に、昨日読んだ本の一節がよぎる。
主人公の女性は、努力していく過程で、「目に見える変化があるって、楽しい」と言っていた。ステータス値の変化という目に見える向上があることで、努力するのも、何の苦でもない、と。頑張っても何も得られなかった現実世界でのことを思えば、むしろ楽しいくらいだ、と。
私は改めて、鏡に映る顔を見る。
朝から時間をかけて手入れした私の顔は、それだけでいつもより目が開き、明るい印象に見えた。
目に見える変化を重ねたら、いつか彼女を超えられるかもしれない。
「身だしなみに時間がかかって、シノに迷惑でないのなら」
「もちろん、迷惑なんてこと、ありませんよ。磨けば光ると思っていたのです。ふふ、腕が鳴りますね」
シノの瞳の色が、ぎらりと変わる。腕まくりをして、不敵な笑みを浮かべた。
「ご希望があったら、おっしゃってください」
「ううん……任せるわ」
私が言うや否や、シノは化粧水の瓶を取る。
そこから私はされるがまま、顔に何か塗られ、粉をはたかれ、眉を触られる。
「こんな感じで、いかがでしょう?」
シノの手が止まり、私は鏡を見る。
「思っていたより、派手じゃないのね」
「お嬢様は元がよろしいですし、まだお若いですから。そんなに派手には致しませんよ」
目はやや大きく、頬はやや桃色に。肌はややきめ細かく、そして少し色白に。化粧をするというのは、もっと派手に変化するのだと思っていた。
実際のところ、鏡に映る私は、全体的な印象はさほど変わらないまま。少しずつ良い方向に変化していた。
「いい感じだわ」
顔を左右に傾ける。髪型はいつもと変わらないポニーテールだけれど、なんだかそれも、洗練されて見える。
「とってもお似合いです!」
目尻の垂れた優しい笑顔で、シノがそう太鼓判を押してくれる。
鏡に映る自分の口角がいつもより上がって見えるのは、化粧のせいだけではないだろう。
「おや……お嬢様、今日は雰囲気が違いますね」
車に乗り込むと、すぐに山口の指摘を受けた。
自分としては気に入った仕上がりだったけれど、今までお化粧なんてしたことがなかったから、おかしく見えるのかもしれない。
「……変よね」
「いえ。よくお似合いですよ」
柔らかな声色と穏やかな表情でそう褒められると、そんな気がしてくる。
「もちろん、お化粧なんてされなくても、素敵でいらっしゃいますが」
「……ふふ」
率直な言葉で褒められ、なんだか照れくさくて、私は笑ってごまかした。
山口はハンドルを柔らかなリズムで叩き、車を走らせてゆく。
学園の皆は、私のことを、どう見るのだろうか。
窓の外には、見慣れた風景が流れていく。学園が近づいてくるのを感じる私の胸には、期待と不安が入り混じっていた。
もしかしたら、海斗が気づいて、褒めてくれるかもしれない。
そうでなくても、クラスの誰かが気づいてくれるかもしれないという、淡い期待。
柄にもないと、笑われてしまうかもしれない。そんな不安。
そもそも私の変化になど、誰も気づかないのだから、やきもきする必要なんてないのに。
自分に言い聞かせながらも、気持ちは抑えきれず、どこか浮ついていた。
夜に布団に寝転び、図書室で借りた本を開く。ここ数日の、私の習慣だ。
本を読みながら、いつものように、物語の世界に没入していく。
乙女ゲームの世界に悪役令嬢の立場で転生した主人公だが、彼女にはそのゲームの記憶がない。テンプレートな「乙女ゲームのストーリー」を想起し、追放エンドを回避すべく、努力して自分を磨き上げていく。
彼女は転生したことによって「ステータス」を開示できるようになり、ヒロインを大きく超える能力値を手に入れる。
ついでに、努力した悪役令嬢と元から努力家のヒロインは気が合い、攻略対象そっちのけで、親友と呼べる関係に発展する。
最終的にはヒロインと悪役令嬢、それに攻略対象たちが織りなすほんわかしたやりとりを堪能し、私は本を閉じた。
本を閉じると、ページの間から、独特な埃の匂いが立ち上る。ふと、図書室でのやりとりが思い浮かぶ。
何度も温かく声をかけてくれた慧には、特待生なりの悩みがあった。
早苗と自分を比較して格差を感じている私と、一般生徒と自分を比較して格差を感じている彼には、たしかに共有できる感情があったのだ。
「周りと比べたら、自信なんてもてないわ」
物語の令嬢ほどでないにしても、私も、努力はしている。しかし、努力しているのは、私だけではない。
学年1位の海斗だって、そうだ。持ち前の才能だけで、1位をとり続けることはできない。
幼稚部の頃から家族ぐるみの付き合いをしているから、彼の努力は知っている。
早苗も、言わずもがな。維持することの大変さは、よくわかる。
努力はしても、それは自信にはつながらない。頑張っても海斗たちに敵わないのは、能力が足りないからか、と思ってしまう。
この劣等感があるから、慧と打ち解けることができた。
それは確かなことだけれど、この物語の主人公のように、早苗を凌駕するほどの能力値を得られたら、劣等感なんてもたずに済んだのに。
どうしたら、自信をもてるのだろう。
私は、本のページをぱらぱらと繰る。
本の主人公はゲーム世界に転生していて、「ステータス」という能力値が可視化されていた。彼女は努力によって、その数値を上昇させていく。
私も、数値が早苗を超えたとはっきりわかれば、自信をもてるかもしれない。
「……はあ」
溜息が出るのは、そんなにうまい話はないと、よくわかっているからだ。
勉強を重ねても、点数はそれほど劇的には伸びない。体力値、頭脳値のような、明確な基準があるはずもない。
ここは、ゲームではない。残念ながら、簡単にはいかない。
だから私は、いつまでも自信をもてないままなのだ。
気付いたら眠っていたらしくて、私はうつ伏せたまま、目が覚めた。
「……おはよう」
「おはようございます。あら、お嬢様……」
身支度をしてくれる侍女、高塚シノに声をかけると、彼女は口元をふわっと押さえた。
揃えた指先、小首を傾げる動作。
その何気ない所作にも品があるのは、彼女が昔から我が家に勤めており、かつては私に礼儀作法の教育などもしていたほどの、行き届いた侍女だからだ。
もう四十代に差し掛かっているはずだが、彼女はいつまでも若々しく、昔と変わらない。
「寝違えたのですか? 頬に痕が付いていますよ」
「え? ……あら、本当だわ」
鏡を見ると、頬にしっかり、斜めの痕が残ってしまっている。
あんな風に、うつ伏せで寝たからだ。頬に触れてその凹みを確認する私を、シノは微笑みながら見ている。
「治してから、登校しましょうね」
「え……いいわ、そんなの」
私が頬に痕をつけたところで、誰も気にかけないだろう。慧に会う放課後には、さすがに取れているだろうし。断る私を、シノは「駄目ですよ」と制した。
「淑女とあろうものが、自分の寝姿を想像させるような装いで、人目に触れるところへ出てはいけません」
「……はい」
シノは、私の作法の先生だ。
ちょっと厳しい口調でそう告げられてしまっては、何も言い返せない。
鏡ごしに彼女の様子を伺うと、シノは、またふわっと微笑んだ。
「お湯を持ってきますね。少々お待ちください」
「お湯?」
「ええ。足を温めると、頬の痕は治りますよ」
シノはそう言い残し、音も立てずに部屋を出て行く。相変わらずの身のこなしだ。感心する間もなく、湯気の立つ桶を持って、またシノが戻ってきた。
「早いわね」
「お嬢様をお待たせするわけにはいきませんからね。さ、おみ足をこちらへ」
言われるがまま、足を湯につける。程よい湯加減で、なんだか、足先からほっと力が抜けて行く感じがする。
「……寝てしまいそうだわ」
ぽかぽかと、足から体が温まって行く。目覚めた時の眠気が再度襲ってきた気がして呟くと、シノは「起こしますから、眠っても構いませんよ」と言った。
「肩もほぐしてよろしいですか?」
「ええ」
さらに、シノは私の肩に手をかけ、圧をかけ始める。
首がほぐれ、緊張が緩んでいく。
「……お嬢様」
ぐらぐら、と頭が揺らされた。
はっとして、目を開く。瞬きを幾度かしてから見えたのは、可笑しそうに笑うシノであった。
「……私」
「お眠りになっていましたよ。……ほら、ご覧ください。痕がすっかり消えたでしょう」
「本当だわ」
斜めに薄赤い線が入っていた私の頬は、すっかり痕が消えている。それどころか、薄桃色に染まり、いつもより血色が良い。
「……なんだか、肌艶も良いような」
「血行の良くなるマッサージをしましたから。いつものお美しさが、さらに増しましたね」
美しいかはともかく、肌がつやっとして、頬が上気して、いつもより顔色が良いのは確かだ。頬に手のひらで触れると、もちもちとした感触が返ってくる。
朝から目がいつもより開いて、顔つきが明るく見える。こんなに、見た目の印象が変わるなんて。
「ありがとう、シノ。痕も消えたし、肌が綺麗になって、ちょっと気分が上がったわ」
コンディションが良いことで、良い気分になった。礼を言うと、シノは「それなら毎日しましょうか」と応える。
「いいの? 大変じゃない?」
「いえ……お嬢様がお嫌そうな顔をされるので、控えていただけです。お嬢様も高等部に進学されたから、もっと色々、手をおかけしたいと思っていたのですよ」
「嫌そうな顔?」
質問すると、シノは顎に指先をあて、考えるそぶりをする。
「中等部にいらした頃、でしょうか……ほら、お出かけになるときに、お化粧をお勧めしたことがありましたでしょう」
「……そういえば」
中等部に入りたてのころ、外出時に化粧をするよう勧められ、断ったことがあったかもしれない。お化粧とか、髪を飾るとか、華やかな衣装を着るとか……そうした色気付いた行いは、年齢不相応な気がしていたのだ。
「お嬢様がお嫌でないのなら、お化粧も致しますよ」
「そう……どうしようかしら」
正直ことを言えば、今だって、まだ早いと思っている。お化粧など、大人びた身だしなみは、早苗達のような華やかな女子にだけ許されるものだ。私には、身分不相応である。
頭に、昨日読んだ本の一節がよぎる。
主人公の女性は、努力していく過程で、「目に見える変化があるって、楽しい」と言っていた。ステータス値の変化という目に見える向上があることで、努力するのも、何の苦でもない、と。頑張っても何も得られなかった現実世界でのことを思えば、むしろ楽しいくらいだ、と。
私は改めて、鏡に映る顔を見る。
朝から時間をかけて手入れした私の顔は、それだけでいつもより目が開き、明るい印象に見えた。
目に見える変化を重ねたら、いつか彼女を超えられるかもしれない。
「身だしなみに時間がかかって、シノに迷惑でないのなら」
「もちろん、迷惑なんてこと、ありませんよ。磨けば光ると思っていたのです。ふふ、腕が鳴りますね」
シノの瞳の色が、ぎらりと変わる。腕まくりをして、不敵な笑みを浮かべた。
「ご希望があったら、おっしゃってください」
「ううん……任せるわ」
私が言うや否や、シノは化粧水の瓶を取る。
そこから私はされるがまま、顔に何か塗られ、粉をはたかれ、眉を触られる。
「こんな感じで、いかがでしょう?」
シノの手が止まり、私は鏡を見る。
「思っていたより、派手じゃないのね」
「お嬢様は元がよろしいですし、まだお若いですから。そんなに派手には致しませんよ」
目はやや大きく、頬はやや桃色に。肌はややきめ細かく、そして少し色白に。化粧をするというのは、もっと派手に変化するのだと思っていた。
実際のところ、鏡に映る私は、全体的な印象はさほど変わらないまま。少しずつ良い方向に変化していた。
「いい感じだわ」
顔を左右に傾ける。髪型はいつもと変わらないポニーテールだけれど、なんだかそれも、洗練されて見える。
「とってもお似合いです!」
目尻の垂れた優しい笑顔で、シノがそう太鼓判を押してくれる。
鏡に映る自分の口角がいつもより上がって見えるのは、化粧のせいだけではないだろう。
「おや……お嬢様、今日は雰囲気が違いますね」
車に乗り込むと、すぐに山口の指摘を受けた。
自分としては気に入った仕上がりだったけれど、今までお化粧なんてしたことがなかったから、おかしく見えるのかもしれない。
「……変よね」
「いえ。よくお似合いですよ」
柔らかな声色と穏やかな表情でそう褒められると、そんな気がしてくる。
「もちろん、お化粧なんてされなくても、素敵でいらっしゃいますが」
「……ふふ」
率直な言葉で褒められ、なんだか照れくさくて、私は笑ってごまかした。
山口はハンドルを柔らかなリズムで叩き、車を走らせてゆく。
学園の皆は、私のことを、どう見るのだろうか。
窓の外には、見慣れた風景が流れていく。学園が近づいてくるのを感じる私の胸には、期待と不安が入り混じっていた。
もしかしたら、海斗が気づいて、褒めてくれるかもしれない。
そうでなくても、クラスの誰かが気づいてくれるかもしれないという、淡い期待。
柄にもないと、笑われてしまうかもしれない。そんな不安。
そもそも私の変化になど、誰も気づかないのだから、やきもきする必要なんてないのに。
自分に言い聞かせながらも、気持ちは抑えきれず、どこか浮ついていた。
0
お気に入りに追加
1,307
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?
無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。
「いいんですか?その態度」

[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで
紅月
恋愛
長い銀髪にブルーの瞳。
見事に乙女ゲーム『キラキラ・プリンセス〜学園は花盛り〜』の悪役令嬢に転生してしまった。でも、もやしっ子(個人談)に一目惚れなんてしません。
私はガチの自衛隊好き。
たった一つある断罪エンド目指して頑張りたいけど、どうすれば良いの?

悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる