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2 真相解明! 砂漠の行き倒れ
2-22.その後の顛末
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背中が妙に、ふわふわしたものに包まれている。身じろぎすると、後頭部も、なんだかふわふわしている。
なんで意識があるんだろう。一度死んだときは、新しい肉体で目覚めるまで、何もかもが無だったというのに。
「イリス、起きた……?」
幻聴まで聞こえる。幻聴? そんなはずはない。
「まぶし……」
目を開けることができた。白い光が視界を一面に染め上げる。
「おはよう、イリス」
額から、冷たいものがずり落ちる。
濡れタオルだ、たぶん。
「……ニコだ」
目の前には、ニコの顔があった。
「え、久しぶり……」
「久しぶりだね、イリス。無事……ではないけど、生きててよかった」
ニコが、喋ってる。
辺りは天国みたいに眩しい。だけど、ここは死後の世界ではない。死後の世界があるなら、私は一度行っているはずなのだ。だから違うとわかる。
なら、これは現実だ。
「私……」
げほ、と強めに咳が出た。喉がからからだ。すかさずニコがコップを差し出してくれる。水を飲む。染み渡るようだ。
ニコの顔を見ると、心底ほっとした。唇から、言葉が勝手にすべり出そうとする。話したいことが、たくさんある。
「ゆっくり話していいよ」
「私、アルを捕まえていた男に、捕まっていたの」
「うん、知ってる。怖かったね」
頭を撫でられた。たしかに怖かったが、問題はそこではない。あの老人は、非人道的なことをしていた。
「あの人、魔力石を売ってたの」
「知ってるよ、イリス。もう全部、はっきりしてる。男は裁かれたし、捕らえられていた人は、解放された。魔力石は、回収されたよ」
もう、全部終わってるよ。ニコにそう言われ、私は口を閉じた。思考がぼんやりと巡る。
「私、どれだけ寝てたの?」
「三日三晩。だからもう、全部終わったんだ。ずっと起きないから、心配したよ。目覚めてくれて、よかった……」
「ニコ……」
ニコの腕が、私の背に回る。温かい。私も腕を回して、額を彼の胸元に当てた。肉体の感触。この温かさと、確かな触感に、ニコはここにいるのだと実感できる。
ニコはあのあと起こったことを、掻い摘んで教えてくれた。
私の居場所を把握したニコは、入り口が見つからなかったので、地面をぶち抜いて、地下への道を開いた。
その時中にいたのは、私と、別の部屋にいた、もうひとりの女の子。彼女は私より後に捕まって、弱っていたが、意識はあったらしい。家族も見つかり、もう元気になったそうだ。
老人はそのときはいなかったが、すぐに戻ってきたところを、捕まった。もうひとりの女の子の証言で、老人がしてきた非道な行いが、発覚したという。魔力石は、一般には禁じられた品。それを私的に作って売りさばいていたというだけで、重罪に値する。ましてや、人をさらって、魔力を強引に奪い取っていたなんて。
その私的に作った魔力石を誰が買っていたのか、ということが問題になり、調べられたが、老人はついに口を割らなかった。吐き出させるための苛烈な拷問の中で、老人は命を落とした。
老人が使っていた魔力石は、回収された。
「……破棄された、んじゃないの?」
魔力石は、破棄されなければならないものだ。回収、とわざわざ言うと、まだ捨てられていないという意味になってしまう。
「回収、なんだ。そして、回収されたはずの魔力石は、王城に勤める魔導士が使うことになる」
「使うの?」
「そう。俺も詳しくは聞かされてないけど、信じられないことだよな」
ニコの言葉遣いが、いつになく乱暴だ。それで漸く、自分のことから、ニコのこれまでに意識が移った。
「ニコは、今まで、どう過ごしてたの?」
あのとき、ニコが連れていかれてから、ずいぶん経っているはずだ。私の寝ているこの場所は、見慣れたラルドの宿ではない。
ニコは頬を人差し指で掻き、視線を逸らす。
「実は俺、不思議なことになっててさ」
ニコはニコで、不可解なことに巻き込まれていたらしい。
ニコを呼び出したのは、王城付きの有力な魔導士。彼を「家出した家族だ」と言い張ったのは、やはり嘘であった。なぜそんな言い方をしたのかと言うと、家族ということにでもしないと、一般市民のニコは、王都のこちら側へ入ることはできないから。
一般市民は入ることのできない、王都の奥の門をくぐった先は、権力者たちの住むところ。そこでは魔力が不足しており、魔法が使える者は、常に求められているそうだ。
ニコを連れて行った魔導士は、王都の奥の環境を維持するのが役目。ニコは彼に、権力者たちの住むこちら側に、ひたすら雨を降らすよう命じられた。
「ニコは、大人しく毎日水を撒いていたのね」
「俺は、イリスは宿に帰ったって言われて、それを信じていたんだよ。妙なことをしたらイリスに危害が加わるようなことを、最初はほのめかされてさ。それは困るから」
途中ではったりだってわかったんだけど、とニコは補足する。
「仕方ないわ」
ニコを恨むつもりはない。何しろ彼は、最後には私を探し出してくれたのだ。
毎日水を降らせながら、ニコは魔力を感知する練習をしていた。私の助言通りに、気づいたら常に、意識するよう心がけて。あるとき不意に、体内の魔力の揺れを感じた。
「それで、イリスの位置がわかるかもしれないと思って、探したんだ」
「なんでわかったの?」
「その、ブレスレットだよ」
私は手首を見る。常にはまっていた、オレンジ色のブレスレット。
「そっか、あのとき」
「イリスのブレスレットに、俺の魔力を込めたからさ」
そんなこともあった。なるほど、ニコはこのブレスレットに込められた自分の魔力を頼りに、私の居場所を見つけたのだ。
その居場所がラルドの宿ではないことに驚いて、慌てて飛んできたとのこと。
「よくわかったわね」
「イリスが心配だったから、わかったんだと思う」
あれ以来、そんなに遠くのものは把握できない、とニコは言う。
とにかくそれが、事の顛末。王都の事情に巻き込まれてニコが連れて行かれたことと、私の肉体を監禁していた異常者に私が捕まったことが重なったせいで、私たちはこんなに長い間、離れ離れになってしまった。
そして今、見知らぬ部屋にいるというわけ。
「ここは王都の奥側なのね」
王都の砂漠化を探るためには、いつかこちら側へ来なくてはならないと思っていた。ニコが巻き込まれたおかげで、結果的に、こんなに早く来ることができたのだ。
私の肉体が監禁されていたことがわかったのに、その家族を探すことができていないのは気にかかるが……それもいつか、調べないといけないと思う事柄である。
「そう。俺が雇われている魔導士が、用意してくれた部屋の中だよ」
ふかふかのベッドに、窓辺に飾られた花。毛足の長い絨毯といい、ニコの座る頑丈そうな椅子といい、質の良さそうなものが揃っている。
「ずいぶんと好待遇ね」
「王都の奥では、ここは質素な部屋に含まれるそうだよ」
「そう……」
この部屋が質素だという感覚に、違和感を覚える。
「そのまま向こうにいても良かったんだけどね。俺は、王都の奥の現状をイリスに見せたいと思って、こっちに連れてきたんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。看病だけなら、ゴードンさんでも、リック達でも、サラにも頼める。イリスの体調を考えたら、その方が良かったかもしれない」
「そんなことないわ。ニコが近くにいると、安心できるもの」
彼と共に過ごした時間は長い。弱った姿を見せるなら、ニコがいい。
「ならいいんだ」
ニコが、ベッドサイドに置かれた果物を渡してくれる。切り分けられた黄金の果実は、甘酸っぱくて、素晴らしく美味しい。
「イリス、体調が戻ったら、俺の相談に乗ってくれる?」
「もちろんよ」
相談内容を聞く前に、私は即答した。
なんで意識があるんだろう。一度死んだときは、新しい肉体で目覚めるまで、何もかもが無だったというのに。
「イリス、起きた……?」
幻聴まで聞こえる。幻聴? そんなはずはない。
「まぶし……」
目を開けることができた。白い光が視界を一面に染め上げる。
「おはよう、イリス」
額から、冷たいものがずり落ちる。
濡れタオルだ、たぶん。
「……ニコだ」
目の前には、ニコの顔があった。
「え、久しぶり……」
「久しぶりだね、イリス。無事……ではないけど、生きててよかった」
ニコが、喋ってる。
辺りは天国みたいに眩しい。だけど、ここは死後の世界ではない。死後の世界があるなら、私は一度行っているはずなのだ。だから違うとわかる。
なら、これは現実だ。
「私……」
げほ、と強めに咳が出た。喉がからからだ。すかさずニコがコップを差し出してくれる。水を飲む。染み渡るようだ。
ニコの顔を見ると、心底ほっとした。唇から、言葉が勝手にすべり出そうとする。話したいことが、たくさんある。
「ゆっくり話していいよ」
「私、アルを捕まえていた男に、捕まっていたの」
「うん、知ってる。怖かったね」
頭を撫でられた。たしかに怖かったが、問題はそこではない。あの老人は、非人道的なことをしていた。
「あの人、魔力石を売ってたの」
「知ってるよ、イリス。もう全部、はっきりしてる。男は裁かれたし、捕らえられていた人は、解放された。魔力石は、回収されたよ」
もう、全部終わってるよ。ニコにそう言われ、私は口を閉じた。思考がぼんやりと巡る。
「私、どれだけ寝てたの?」
「三日三晩。だからもう、全部終わったんだ。ずっと起きないから、心配したよ。目覚めてくれて、よかった……」
「ニコ……」
ニコの腕が、私の背に回る。温かい。私も腕を回して、額を彼の胸元に当てた。肉体の感触。この温かさと、確かな触感に、ニコはここにいるのだと実感できる。
ニコはあのあと起こったことを、掻い摘んで教えてくれた。
私の居場所を把握したニコは、入り口が見つからなかったので、地面をぶち抜いて、地下への道を開いた。
その時中にいたのは、私と、別の部屋にいた、もうひとりの女の子。彼女は私より後に捕まって、弱っていたが、意識はあったらしい。家族も見つかり、もう元気になったそうだ。
老人はそのときはいなかったが、すぐに戻ってきたところを、捕まった。もうひとりの女の子の証言で、老人がしてきた非道な行いが、発覚したという。魔力石は、一般には禁じられた品。それを私的に作って売りさばいていたというだけで、重罪に値する。ましてや、人をさらって、魔力を強引に奪い取っていたなんて。
その私的に作った魔力石を誰が買っていたのか、ということが問題になり、調べられたが、老人はついに口を割らなかった。吐き出させるための苛烈な拷問の中で、老人は命を落とした。
老人が使っていた魔力石は、回収された。
「……破棄された、んじゃないの?」
魔力石は、破棄されなければならないものだ。回収、とわざわざ言うと、まだ捨てられていないという意味になってしまう。
「回収、なんだ。そして、回収されたはずの魔力石は、王城に勤める魔導士が使うことになる」
「使うの?」
「そう。俺も詳しくは聞かされてないけど、信じられないことだよな」
ニコの言葉遣いが、いつになく乱暴だ。それで漸く、自分のことから、ニコのこれまでに意識が移った。
「ニコは、今まで、どう過ごしてたの?」
あのとき、ニコが連れていかれてから、ずいぶん経っているはずだ。私の寝ているこの場所は、見慣れたラルドの宿ではない。
ニコは頬を人差し指で掻き、視線を逸らす。
「実は俺、不思議なことになっててさ」
ニコはニコで、不可解なことに巻き込まれていたらしい。
ニコを呼び出したのは、王城付きの有力な魔導士。彼を「家出した家族だ」と言い張ったのは、やはり嘘であった。なぜそんな言い方をしたのかと言うと、家族ということにでもしないと、一般市民のニコは、王都のこちら側へ入ることはできないから。
一般市民は入ることのできない、王都の奥の門をくぐった先は、権力者たちの住むところ。そこでは魔力が不足しており、魔法が使える者は、常に求められているそうだ。
ニコを連れて行った魔導士は、王都の奥の環境を維持するのが役目。ニコは彼に、権力者たちの住むこちら側に、ひたすら雨を降らすよう命じられた。
「ニコは、大人しく毎日水を撒いていたのね」
「俺は、イリスは宿に帰ったって言われて、それを信じていたんだよ。妙なことをしたらイリスに危害が加わるようなことを、最初はほのめかされてさ。それは困るから」
途中ではったりだってわかったんだけど、とニコは補足する。
「仕方ないわ」
ニコを恨むつもりはない。何しろ彼は、最後には私を探し出してくれたのだ。
毎日水を降らせながら、ニコは魔力を感知する練習をしていた。私の助言通りに、気づいたら常に、意識するよう心がけて。あるとき不意に、体内の魔力の揺れを感じた。
「それで、イリスの位置がわかるかもしれないと思って、探したんだ」
「なんでわかったの?」
「その、ブレスレットだよ」
私は手首を見る。常にはまっていた、オレンジ色のブレスレット。
「そっか、あのとき」
「イリスのブレスレットに、俺の魔力を込めたからさ」
そんなこともあった。なるほど、ニコはこのブレスレットに込められた自分の魔力を頼りに、私の居場所を見つけたのだ。
その居場所がラルドの宿ではないことに驚いて、慌てて飛んできたとのこと。
「よくわかったわね」
「イリスが心配だったから、わかったんだと思う」
あれ以来、そんなに遠くのものは把握できない、とニコは言う。
とにかくそれが、事の顛末。王都の事情に巻き込まれてニコが連れて行かれたことと、私の肉体を監禁していた異常者に私が捕まったことが重なったせいで、私たちはこんなに長い間、離れ離れになってしまった。
そして今、見知らぬ部屋にいるというわけ。
「ここは王都の奥側なのね」
王都の砂漠化を探るためには、いつかこちら側へ来なくてはならないと思っていた。ニコが巻き込まれたおかげで、結果的に、こんなに早く来ることができたのだ。
私の肉体が監禁されていたことがわかったのに、その家族を探すことができていないのは気にかかるが……それもいつか、調べないといけないと思う事柄である。
「そう。俺が雇われている魔導士が、用意してくれた部屋の中だよ」
ふかふかのベッドに、窓辺に飾られた花。毛足の長い絨毯といい、ニコの座る頑丈そうな椅子といい、質の良さそうなものが揃っている。
「ずいぶんと好待遇ね」
「王都の奥では、ここは質素な部屋に含まれるそうだよ」
「そう……」
この部屋が質素だという感覚に、違和感を覚える。
「そのまま向こうにいても良かったんだけどね。俺は、王都の奥の現状をイリスに見せたいと思って、こっちに連れてきたんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。看病だけなら、ゴードンさんでも、リック達でも、サラにも頼める。イリスの体調を考えたら、その方が良かったかもしれない」
「そんなことないわ。ニコが近くにいると、安心できるもの」
彼と共に過ごした時間は長い。弱った姿を見せるなら、ニコがいい。
「ならいいんだ」
ニコが、ベッドサイドに置かれた果物を渡してくれる。切り分けられた黄金の果実は、甘酸っぱくて、素晴らしく美味しい。
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