上 下
26 / 73
1 砂出しの働き方改革

1-26.これからのこと

しおりを挟む
「戻りましたぁ! あっ、イリスさん、ニコラウスさん!」
「ただいまー」

 リック、キータ、ミトスと六人の砂出したちが、どよどよと帰ってくる。途端に室内は、砂埃がむわっと立ち込めた。

「おかえり。首尾はどう?」
「ばっちりですよ! 皆、風で砂をまとめられるようになりました」
「ミトスはまだ、水しか出せないけどね~」
「そう。皆、すごいねえ」

 茶々を入れるキータを流して、ニコが感心する。たしかに、彼らはすごい。自分たちで、魔法を活用できるようになったのだから。

「ちょっと、地図を見てもらえる? ゴードンさん、お願いします」
「おう。皆、これからの体勢についてだが……」

 説明は、ゴードンに頼んだ。私とニコはあくまでも一介の砂出しである。ゴードンはきりりとした口調で、端的に今後の方針を説明する。

「……というわけで、王都のそれぞれの区画を、ふたりで担当していく」
「それ、できるかなぁ」

 ぼそり、と呟くキータ。口には出さないが、他の砂出しも不安を抱いているのがわかる顔つきをしている。

「できるわ」

 不安を払拭できるよう、私はきっぱりと断言した。

「魔法を使えるようになったんだもの。それに、毎日全部を回る必要はないんだから。自分たちでペースを決めて、満遍なく回ればいいのよ」
「……そっか、一日で全部やらなくていいんだね」
「で、その組み合わせだが、俺からの提案としてはだな……」

 キータが安心したような表情に変わったのを見て、ゴードンは話を続ける。

「……で、リックは、ジャックとだ」
「やっぱり! 俺、絶対嫌ですよ!」
「うるさい。つべこべ言うな」

 きいきいと喚くリックは、ゴードンに睨まれ、一瞬で静かになる。

「だってあいつ、口煩いんですよ……」
「だからだよ。丁度良いだろう」
「どういうことですか……」

 しゅん、とうなだれる。リックの反応はわかりやすい。

「ジャックって誰?」
「リックの双子の弟。真面目な奴だよ」
「双子の、弟……?」

 リックと、出会ったばかりの時に交わした会話を思い出す。

「リック、あなた四人兄弟の長男だって」
「長男ですよ。あいつは弟ですから」

 ぶすっとした顔で答えるリック。ご機嫌ななめだ。よほど、ジャックと馬が合わないのだろう。

「あと、不満のある奴はいるか? ……いないな。では、後は各々、働いてくれ」
「あっ、ひとつだけ教えさせて」

 話がまとまったところで、私は挙手して注目を集めた。

「暫くは全体の様子と、特に大変そうな王都の中心部は見るようにするけど……これからは、私がいつも近くにいるわけじゃないから。起こりそうな事態を教えておくわね」

 九つの目が、こちらを見る。力のある視線だ。意欲を感じる。
 私は、魔力の使いすぎと、それによって体調不良が起こる可能性があること、それは病気ではなく、待っていれば治ることを教えた。

「……すぐに治す方法はありますか」
「残念ながら、皆に治せる方法はないわ、ミトス。じっと耐えるだけ。まあ、それも経験だから」

 私は、魔孔から魔力を抜いてもらうことでニコの魔力を回復させられるが、それは特例である。基本的には、他者から魔力をもらうことはできない。自然回復に任せるだけだ。

「それを乗り越えると、使える量が増えていくの。皆は今まで魔法をほとんど使ってきていないから、そんなに多くは使えないのよ」

 人間の体は、生命に関わる量の魔力は使えないようにできている。体調不良はその危険を知らせるためのサインだ。しかし、ニコや彼らのように魔法を使わないと、それがかなり早い段階で現れてしまうことがある。

「これで、解散。皆、王都に砂がなくなるまで、頑張って稼ぎましょうね」
 
 砂出しは、成果報酬。砂を出す速度が上がれば、それだけ収入が上がる。金銭の話を出すと、何人かの目がきらっと光った。良いことだ。お金にしろ、何にしろ、目的があると成長は速い。
 その後の動きは、ペアによって様々。早速仕事に向かうペアもあれば、今日の分の報酬を握りしめて出て行くペアも、あっさりと解散するペアとある。ばらばらに出て行った彼らの後に残されたのは、私と、ニコと、ゴードン。

「リックは帰らないの?」

 そして、リックである。

「ほんとーに、俺、ジャックと組むんですか?」
「仕方ないだろう。あいつは、お前のためにこの仕事をしてるんだから」
「頼んでねえのに……」
「何が嫌なの?」

 ゴードンが無碍にあしらい、舌打ちするリック。私が質問すると、彼はぱっとこちらを向いた。

「あいつ、魔法使えるくせに、砂出しなんてやってるんですよ! 鼻持ちならねえ!」
「なんで砂出しをしてるの?」
「知りませんよ」

 未だ不機嫌なリック。ゴードンが「リックのせいなんだよ」と補足した。

「その話はしなくていいですよ!」
「リックは大家族なんだが……初任給を、ほら、何に使ったか言ってみろ」
「……初日に、全部色街に突っ込んだ」
「ふっ」

 ニコが控えめに吹き出す。

「わっ……笑わないでくださいよ!」
「しかも、ぼったくられたんだ、リックは。良い思いは何にもしてねえ」
「隊長!」

 髪の色と同じくらい顔を赤くして、リックは目を見開いた。

「それで、見張るつもりで砂出しになったのね」
「ああ。ジャックは魔法が使えるもんで、他と掛け持ちしてるから、そう頻繁には来ないけどな」
「ずっと来なくていいんだよ」

 リックは、唇を尖らせて悪態をつく。子供みたいだ。

「それは確かに、リックと一緒にしてあげないといけませんね」
「だろう、ニコラウス。仕方ないんだ」
「くっそ……」

 悔しげに唸るリックだが、今、彼に賛成するものはここにはいない。

「リックが一人になることも多いなら、できるだけ力を貸すわ。……ニコが」
「イリスは?」
「私は、知恵は貸せるけど、力は貸せないもの」

 リックは、砂の多い、王都の中央部を担当している。彼一人では、さすがに荷が重い。軌道に乗るまでは、私たちも一緒に活動した方が良さそうだ。

「また明日ね、リック」
「……はい」
「頑張れよ」
「ありがとうございます」

 まだ不貞腐れているリックを詰所に残し、私たちも出発した。まだ日は高い。とりあえず今日は、砂出しの仕事はもう良いだろう。

「ニコ、この後やりたいことはある?」
「特にないけど……なんで?」

 詰所の辺りは、先程彼らが魔法の練習で使ったのだろう。砂がほとんどなく、石造りの道が出ている。

「魔法の練習の、続きをしようと思って」
「ああ……その前に、腹ごしらえだけさせてくれる?」

 ニコのはにかんだ顔は、私の提案に対する嫌な感情を、微塵も感じさせない。私自身、わりとスパルタで魔法を仕込んでいると思うのに、タフなものだ。

「もちろん」

 向かうは、いつもの料理店。作業服をきちんと脱いで入店した私達は、美味しい昼食を、満足のいくだけ食べることができたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...