まれぼし菓子店

夕雪えい

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世界にひとつのアイシングクッキー(前編)

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 おしゃれなジャズが流れる店内。
 スタイリッシュなテーブルの上に乗っているのは、これまたスタイリッシュなお皿。
 デザートを盛り合わせたプレートになっていて、お皿の上を彩っているのは、小さめにカットされたケーキが二種類と、小さなガラスの器にきれいに盛られたジェラート。それがいちごやブルーベリー、ミントの葉っぱやクリームなどで細やかに飾られている。チョコレートで引かれた繊細な線を目で追って全体を眺めれば、もう一枚の絵のような芸術品だ。
 パティシエさんのお仕事って本当にすごいなあと心から感じる。

 今日わたしが来ているのはまれぼし菓子店……ではない。珍しいことに。
 まれぼし菓子店がゆったりして暖かな感じだとしたら、こちらのお店はラグジュアリーで都会的な感じ。ある種、対照的な雰囲気のお店なのだ。

 周りはおしゃれできれいな女の人たちか、カップルの姿が多くて、ちょっとだけ落ち着かない気持ちになる。とはいえせっかく素敵なお店なんだからと思い直して、ザ・デザイナーもの!という感じのティーカップにたっぷりの紅茶をすすった。
 ソワソワしたまま向かいの席に目をやると……やっぱり彼もあまり落ち着かない様子でカップを手に取ったところだった。木森さんである。
 今日の木森さんはジャケットにシャツ、チノパンといういでたちで、いわゆるスマートカジュアルの格好。このお店にぴったりの服装だと思うけど、いつもの職人さんらしい姿と比べてみるとなんだか違う人みたいでドキッとする。結構さまになっているのがまた。

「……どうだ?」
「あ、ええと。本当におしゃれなお店ですね。デザートもとっても美味しいんですけど」
「おう。口に合ってるなら良かったんだが、その、なんだかすまんな。堅苦しくないか?」
「いえいえ! 誘ってくださってありがとうございます」

 そう。
 今日わたしがこんなこじゃれたお店に来ているのは、なんと木森さんにお誘い頂いたからなのだ。
 木森さんによると、このお店は修行時代からの仲間が新しくオープンさせたお店なのだそうだ。ご縁があって招待を受けたので、わたしを誘ってくれたらしい。それにしても……。

「木森さんこそ、かなり話題の素敵なお店なのに、一緒に来るのがわたしで良かったんですか?」

 メディアでも取り上げられている話題のお店で、招待されたわたしたちはすんなり入れたけども、外にはお客さんの列もあったくらい。
 デザート自体もなかなか高級そう。
 わたしもさすがにいつもよりおめかししてきたけど、こういうお店に馴染むタイプかと言われるとちょっと怪しい……。 

「いや、あんただからというか……」
「木森!」

 木森さんが口を開きかけたとき、ちょうどわたしの背後から声がかかった。
 振り返るとコックコート姿のすらりとした男性が立っている。なかなか爽やかな感じのハンサムだ。

「……おう、山里。久しぶり」
「やあ木森、久しぶりだなあ。元気そうで良かったよ。変わらないな、お前は」
「ああ。お前は更に垢抜けたな。それに立派な店だ、菓子も美味いし、また腕を上げたんだな」

 山里さんといえば確かこのお店のオーナーパティシエさんの名前だ。木森さんと仲良さそうに話しているし、この人が招待してくれた人なのかもしれない。
 そんなことを考えていると、山里さんはわたしにも気さくな笑顔を向けてくれた。

「お嬢さんも来てくださってありがとうございます。当店のスイーツ、楽しんでいってくださいね」
「ありがとうございます。とってもおいしいです!」
「そうおっしゃっていただけて光栄です。菓子職人冥利につきます」
「山里は作る菓子が美味いのはもちろん、デザートの盛り付けも上手くてな。芸術的なセンスがあるんだな。俺もこいつからは色々学ぶところが多かったんだ」

 木森さんが誇らしげに説明すると、山里さんも負けじと、

「それを言うなら木森もびっくりするほど勉強熱心でね。秘密のノート持ってたし、いつも居残りして頑張ってましたからね。秀才ってこういうやつのことかって思うほどだったんですよ」
「よせよ……そんな良いもんじゃないって」

 照れくさそうにしながらも木森さん、なんだか嬉しそう。そんな木森さんに山里さんも本当に嬉しそう。
 お互いのことを尊敬できる仲間がいるって素敵なことだなあと思う。二人ともタイプは違うけどとっても素敵な職人さんだ。

「それにしても木森、お前も奥手すぎてどうなるかと思ってたけど、良かったな、可愛い彼女さんができて……」
「えっえっ」
「いや、彼女はまだそういうんじゃなくて……」
「えっ? なんだ……人見知りのお前がすっかり打ち解けた様子だから、てっきり……」

 きょとんとした顔でわたしたちを見る山里さんと、なんだかあわあわしてしまうわたしと木森さん。
 間が悪いのか良いのか、そこで山里さんを呼ぶ店員さんの声がかかり、彼は慌ててバックヤードに戻って行った。
 二人に戻った席で、木森さんは申し訳なさそうにわたしにたずねる。

「すまん。……気を悪くしたか?」
「いいえ! あの、わたしのほうこそなんだか……。すみません、わたしが彼女なんて」
「違う、何もすまないことはなくてだな……」
 木森さんはしばらくうーんとかあーとか呻いてから、何とか言葉をついだ。小さな声で。
「俺は……嬉しいんだが、あんたには悪い気がして……」

 えっ!それって……。
 頬が熱くなってぽっぽしてくる。え、わたしだけの勘違いではない、ですよね?
 つまり今回のこれはもしかしてデートのお誘い……だったとか……?
 思わず木森さんをじっと見つめると、

「……そろそろジェラート、溶けるぞ」
「ああっ、やだ! 溶けないうちに食べます!」

 ……ひとまず食い気が勝ってしまった。
 だって、こんな芸術品を溶かしてしまったらもったいないのだから仕方ない。木森さんも言い出しっぺだしその辺は許してくれるだろう。

 溶けかけたジェラートをすくい終わる頃には、木森さんもお菓子の解説をしてくれたり、いつもと同じで多弁ではないけど雑談をしてくれたりして、すっかり元の雰囲気に戻っている。
 なんだか改めてたずねるのも気恥ずかしい空気になっていた。

 デザートプレートのお菓子を平らげて、お茶も飲み終えた。混んでいる店内だけどそれなりにくつろがせてもらって、帰り際。
 最後に山里さんが、綺麗にラッピングされたおみやげのクッキーを渡してくれた。

「木森のみやげにクッキーを渡すのはちょっと恥ずかしい気もするんですがね」
「それってどういう……?」
「ほら、木森の焼き菓子って飛びっきりうまいでしょ。得意なやつを前にわざわざっていうのもね……。あ、これだってしっかりおいしいですよ。私だってプロですからね、ははは。また遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます、おみやげまで。またぜひ」
「……元気でな」

 クッキーを渡してもらったとき、木森さんがなんだか微妙そうな顔をしているのがちょっと気になった。
 褒められたから照れたのだろうか。
 ちょっとだけそのことが胸にひっかかりながらも、わたしは木森さんとお店を後にしたのだった。


 今日はお昼をすぎての集合だったので、今の時刻は三時過ぎくらい。お天気は相変わらず良くて、ぽかぽかした気持ちの良い気候。
 分かれて帰るのにはちょっともったいない気がする。
 と言っておなかはくちくなっているから、別のカフェに入るのは気が引けてしまう。
 どうしようかな……?

「……少し散歩してから帰るか? 向こうはでかい公園になってるんだ」
「あ、良いですね! 緑の気持ち良い季節ですし、そうしましょう!」
 木森さんが良い提案をしてくれたので、少し公園をぶらついてみることにした。

 その頃にはクッキーを貰った時に木森さんが見せた表情のことはすっかり忘れていたし、デート? の話も頭から飛んでいたのだけど……。
 わたしが忘れていたそれらのこととは、お散歩先の公園で後ほどちゃんと向き合うことになるのだった。
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