まれぼし菓子店

夕雪えい

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ショコラアソートはどんな意味?

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 リボンの掛けられた箱。シンプルな箱はちょっとシックすぎるくらいには真面目な感じのデザインで。
 開けてみると、中には小さな丸いチョコがふたつ、それに赤いバラの形をしたチョコがひとつ入っている。まるで咲き始めたバラとほころぶ前のそのつぼみのような佇まいだ。
 可愛らしい姿には、笑顔だってほころんでしまう。

「せんぱ~い」
「わっ」
「どうしたんですかぁ、にやにやして。あれ、チョコレートじゃないですかぁ」
「別ににやにやしてないよ! そう、チョコレート。もうすぐバレンタインだからね」

 ……会社の昼休みだったのを忘れていた。いけないいけない。
 今日のわたしはお弁当タイムの後に、もらったチョコレートと向き合っているところだった。バレンタインには少し早いけどと言われながらもらったが、いつもらっても嬉しいものは嬉しい。

 そんなににやにやしていただろうか……と顔を引きしめながら、わたしは後輩の綾瀬さんを振り返る。
 ちなみに彼女はバレンタインには手作りチョコを披露するそうで、準備に余念がないんだとか。先輩にももちろんあげますよ、と胸を張ってくれるのがなんだか可愛らしい。

「友チョコですかぁ? もしくはご褒美チョコ。それとも恋の予感~」
「あはは……食いつくねえ」
「乙女たるものやはり恋の話と美味しいものの話には敏感じゃないとですからね」

 と、綾瀬さん。確かにそれは彼女の有り様を体現していると思う。
 少なくとも今回は片方は満たしているわけだから、綾瀬さんの嗅覚は確かなのだろう。
 このチョコレートの味は折り紙つきだと思う。

「バレンタインのいただきものなの。今日のおやつに持ってきたんだ。三つしかないんだけど、良ければ一粒どう?」
「えーっ、そんな貴重なものを、いいんですかぁ!」

 と言いつつ明らかに嬉しそうになった綾瀬さんの手が、チョコレートに伸びかけて、ピタリと止まる。
 箱の中身を見つめて、むむむとうなりながら、眉間に皺を寄せている。
 どうしたんだろうと思って彼女を見ると、

「赤バラなんてなかなか意味深じゃないですかぁ……」
「んん?」
「これ手作りなんですかねえ?」
「……と思うけど」
「うーん。それじゃあなあ。……朴念仁の先輩にもわかるようにお伝えすると、バラって色によって花言葉が違うんですよぉ」

 朴念仁と言われるのは心外だったが、花言葉という概念自体にすら思いいたってなかったのだから、ぐうの音も出ないところだ。
 いいですか、と彼女はお説教スタイル。

「これは先輩、ちゃんと自分で食べないとダメなやつですよお!」
「は、はあ……? うん、わかった」
「このチョコを作った人も大変ですね、先輩が相手じゃ………………あ、まさか手嶌さんじゃないですよね!?」
「ち、違う違う。手嶌さんなら、バレンタインの開店記念日にトリュフ作って先着順で配るし、それどころじゃないよ」
「えっ!? 本当ですか! 半休取って並びます!」
「行動派だね、綾瀬さん……」
「手嶌さんのファンサが見られるとあれば外せませんからね。あわよくばもう一歩踏み込めればいいんですけど!」

 知ってはいたけど、彼女もなかなか激しい人だなあ。一生懸命さがちょっと微笑ましく思えてしまう。

 しかしわたしが自分で食べないとダメ、か。食いしんぼうの綾瀬さんがそう言ってくれるからにはよっぽどなのだろう。
 ころんとしたフォルムのチョコレートを一粒つまみ上げて、口に運んでみる。

 なめらかさがまず一番に印象に残る。
 これはいわゆるミルクチョコレートの味で、とても馴染み深い。馴染み深いだけに、その上質さというか美味しさが直球で伝わってくるものだ。
 中の部分に入っているの、なんていうんだっけ、プラリネ? 香ばしくて美味しい。
 こってり濃厚で、でもしつこさはなくて。あっという間に口の中でとろけていくような。
 食べやすい、わたしの好きな味。

 こうなると三粒だけなのが惜しくなる。あと二粒。それもひとつはバラの花が咲いているきれいな姿のものだし、大事に食べよう。
 そういえば。
「……赤いバラの花言葉だっけ」

 スマートフォンで検索してみて、はたと首を傾げる。
 赤いバラの花言葉は、愛情。
 ぶっきらぼうに手渡された時に、彼はいつものメニューの決まり文句もなしだったし、ひと際無口だったけど……。



「……まさかね」


 まれぼし菓子店で木森さんがくしゃみをするのが聞こえた気がした。
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