まれぼし菓子店

夕雪えい

文字の大きさ
上 下
81 / 96

ショコラアソートはどんな意味?

しおりを挟む
 リボンの掛けられた箱。シンプルな箱はちょっとシックすぎるくらいには真面目な感じのデザインで。
 開けてみると、中には小さな丸いチョコがふたつ、それに赤いバラの形をしたチョコがひとつ入っている。まるで咲き始めたバラとほころぶ前のそのつぼみのような佇まいだ。
 可愛らしい姿には、笑顔だってほころんでしまう。

「せんぱ~い」
「わっ」
「どうしたんですかぁ、にやにやして。あれ、チョコレートじゃないですかぁ」
「別ににやにやしてないよ! そう、チョコレート。もうすぐバレンタインだからね」

 ……会社の昼休みだったのを忘れていた。いけないいけない。
 今日のわたしはお弁当タイムの後に、もらったチョコレートと向き合っているところだった。バレンタインには少し早いけどと言われながらもらったが、いつもらっても嬉しいものは嬉しい。

 そんなににやにやしていただろうか……と顔を引きしめながら、わたしは後輩の綾瀬さんを振り返る。
 ちなみに彼女はバレンタインには手作りチョコを披露するそうで、準備に余念がないんだとか。先輩にももちろんあげますよ、と胸を張ってくれるのがなんだか可愛らしい。

「友チョコですかぁ? もしくはご褒美チョコ。それとも恋の予感~」
「あはは……食いつくねえ」
「乙女たるものやはり恋の話と美味しいものの話には敏感じゃないとですからね」

 と、綾瀬さん。確かにそれは彼女の有り様を体現していると思う。
 少なくとも今回は片方は満たしているわけだから、綾瀬さんの嗅覚は確かなのだろう。
 このチョコレートの味は折り紙つきだと思う。

「バレンタインのいただきものなの。今日のおやつに持ってきたんだ。三つしかないんだけど、良ければ一粒どう?」
「えーっ、そんな貴重なものを、いいんですかぁ!」

 と言いつつ明らかに嬉しそうになった綾瀬さんの手が、チョコレートに伸びかけて、ピタリと止まる。
 箱の中身を見つめて、むむむとうなりながら、眉間に皺を寄せている。
 どうしたんだろうと思って彼女を見ると、

「赤バラなんてなかなか意味深じゃないですかぁ……」
「んん?」
「これ手作りなんですかねえ?」
「……と思うけど」
「うーん。それじゃあなあ。……朴念仁の先輩にもわかるようにお伝えすると、バラって色によって花言葉が違うんですよぉ」

 朴念仁と言われるのは心外だったが、花言葉という概念自体にすら思いいたってなかったのだから、ぐうの音も出ないところだ。
 いいですか、と彼女はお説教スタイル。

「これは先輩、ちゃんと自分で食べないとダメなやつですよお!」
「は、はあ……? うん、わかった」
「このチョコを作った人も大変ですね、先輩が相手じゃ………………あ、まさか手嶌さんじゃないですよね!?」
「ち、違う違う。手嶌さんなら、バレンタインの開店記念日にトリュフ作って先着順で配るし、それどころじゃないよ」
「えっ!? 本当ですか! 半休取って並びます!」
「行動派だね、綾瀬さん……」
「手嶌さんのファンサが見られるとあれば外せませんからね。あわよくばもう一歩踏み込めればいいんですけど!」

 知ってはいたけど、彼女もなかなか激しい人だなあ。一生懸命さがちょっと微笑ましく思えてしまう。

 しかしわたしが自分で食べないとダメ、か。食いしんぼうの綾瀬さんがそう言ってくれるからにはよっぽどなのだろう。
 ころんとしたフォルムのチョコレートを一粒つまみ上げて、口に運んでみる。

 なめらかさがまず一番に印象に残る。
 これはいわゆるミルクチョコレートの味で、とても馴染み深い。馴染み深いだけに、その上質さというか美味しさが直球で伝わってくるものだ。
 中の部分に入っているの、なんていうんだっけ、プラリネ? 香ばしくて美味しい。
 こってり濃厚で、でもしつこさはなくて。あっという間に口の中でとろけていくような。
 食べやすい、わたしの好きな味。

 こうなると三粒だけなのが惜しくなる。あと二粒。それもひとつはバラの花が咲いているきれいな姿のものだし、大事に食べよう。
 そういえば。
「……赤いバラの花言葉だっけ」

 スマートフォンで検索してみて、はたと首を傾げる。
 赤いバラの花言葉は、愛情。
 ぶっきらぼうに手渡された時に、彼はいつものメニューの決まり文句もなしだったし、ひと際無口だったけど……。



「……まさかね」


 まれぼし菓子店で木森さんがくしゃみをするのが聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...