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暖かな夜のミルクティ
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今年のクリスマスは休日に当たった。
そのせいか街は大変な賑わいになっていたけど、翌日は仕事だからか、日が暮れれば人がはけていくのは早かった。
クリスマスケーキを早々に売りきったまれぼし菓子店も、今夜はすっかりまったりモードになっている。
さすがに今日は全員揃っているまれぼしのスタッフ三人。その様子はそれぞれだ。
疲労困憊を隠せずにコックコートに私服を羽織り、店の端のテーブルに突っ伏す木森さんは、洋菓子担当だからさもありなんという感じ。
その逆で全くいつも通りの笑顔で、優雅なところまである手嶌さんは、相変わらず人間離れしていると思う。
そして星原さんは、その中間くらい。疲れてはいるのだろうけれど、落ち着いていて明るい様子で、わたしに温かい紅茶を運んできてくれた。
「クリスマスが終わると、いよいよ今年ももう少しって感じですね」
「そうですね。まだ大掃除と大晦日が残っているけど、お祭りムードというよりは何となく静かな雰囲気になっていくよね。今年はどうかしら、やり残したことはない?」
「大掃除はまだ、全然……。でも思いのほか色んなことが出来たなあって思ってます」
自分自身も進歩した気がするし、先輩からのひとり立ちとか、後輩の指導とか、それに不思議なことまで盛りだくさんだったように思う。
クリスマスの静かな夜にこうして暖かな場所で思い起こしていると、なんともしんみりとしたような気持ちで、一年の思い出を振り返っていることに気づく。
そんなわたしのことを察したのかどうか。
星原さんはわたしにお茶を勧めてくれた。
「“暖かな夜のための”アッサムティです。今のあなたには、ミルクがオススメよ」
「へえ、そうなんですか。早速いただきます」
言われた通りにミルクティにして頂いてみる。
あつあつのその液体をふうふうと口に含むと、ミルクの優しいまろやかさが際立つ。
それでいて茶葉の風味はかき消されずにしっかりやってくる。少し濃く淹れてあるのが功を奏しているのだろう。コクというものの存在も感じるのだ。
お砂糖を入れても美味しそうだと思い、砂糖を入れてみると、はたしてその通り。いつものお茶についているのとちょっと違った茶色がかった砂糖を入れれば、さらにコクはまして、すっかり独自の味わいになった。
ストレートで飲んでもおいしいに違いないが、これこそは今夜のわたしにはぴったりな味だと思う。
「ピッタリでしょ」
「バッチリです」
視線を上げると、星原さんがウィンクしてくれたので、わたしも下手なウィンクを返してみた。
イブでひとしきりのお祝いをしてしまったので、今日はケーキも休憩。
こんな静かで穏やかなクリスマスもいいなあと思う。
気づけばお客さんはわたしひとり。
まれぼし菓子店のみんなのおかげで、贅沢な時間を味わわせてもらっている。
店内に飾られているクリスマスツリーの飾りが、ほのかに明滅している。
「……メリークリスマス」
やっと復活したらしい木森さんが、こちらにやってきた。そしてわたしのティーカップの横にマカロンを一粒おいてくれる。
それを見た手嶌さんと星原さんは意外そうに目を丸くしている。
「今夜は雪が降りそうですね」
「木森がサンタさんするなんてね」
「うるせえ、冷やかすな。余りもんだからオマケだよ」
「あら冷やかしてなんていないわよ。びっくりしてるだけよ、私も手嶌も」
マカロンといえば木森さん。
彼もわたしと同じで、最初の頃に比べたら、たくさん成長してるんだなあと思う。そんなこんなで勝手に親近感を抱いているのは失礼だろうか。
ふと窓の外を見て、手嶌さんが目を細めて言う。
「ほら、本当に降り出しましたよ」
雪。ホワイトクリスマスか。
「木森さん、ありがとうございます」
すっかり三白眼のやぶにらみになっている木森さんに声をかける。
「ああ……」
「メリークリスマス!」
笑いかけると、ちょっとだけど笑い返してくれた。
外は、寒い。雪が降り出したくらいなんだから。
でも、とても暖かな夜が更けていく。
メリークリスマス。
そのせいか街は大変な賑わいになっていたけど、翌日は仕事だからか、日が暮れれば人がはけていくのは早かった。
クリスマスケーキを早々に売りきったまれぼし菓子店も、今夜はすっかりまったりモードになっている。
さすがに今日は全員揃っているまれぼしのスタッフ三人。その様子はそれぞれだ。
疲労困憊を隠せずにコックコートに私服を羽織り、店の端のテーブルに突っ伏す木森さんは、洋菓子担当だからさもありなんという感じ。
その逆で全くいつも通りの笑顔で、優雅なところまである手嶌さんは、相変わらず人間離れしていると思う。
そして星原さんは、その中間くらい。疲れてはいるのだろうけれど、落ち着いていて明るい様子で、わたしに温かい紅茶を運んできてくれた。
「クリスマスが終わると、いよいよ今年ももう少しって感じですね」
「そうですね。まだ大掃除と大晦日が残っているけど、お祭りムードというよりは何となく静かな雰囲気になっていくよね。今年はどうかしら、やり残したことはない?」
「大掃除はまだ、全然……。でも思いのほか色んなことが出来たなあって思ってます」
自分自身も進歩した気がするし、先輩からのひとり立ちとか、後輩の指導とか、それに不思議なことまで盛りだくさんだったように思う。
クリスマスの静かな夜にこうして暖かな場所で思い起こしていると、なんともしんみりとしたような気持ちで、一年の思い出を振り返っていることに気づく。
そんなわたしのことを察したのかどうか。
星原さんはわたしにお茶を勧めてくれた。
「“暖かな夜のための”アッサムティです。今のあなたには、ミルクがオススメよ」
「へえ、そうなんですか。早速いただきます」
言われた通りにミルクティにして頂いてみる。
あつあつのその液体をふうふうと口に含むと、ミルクの優しいまろやかさが際立つ。
それでいて茶葉の風味はかき消されずにしっかりやってくる。少し濃く淹れてあるのが功を奏しているのだろう。コクというものの存在も感じるのだ。
お砂糖を入れても美味しそうだと思い、砂糖を入れてみると、はたしてその通り。いつものお茶についているのとちょっと違った茶色がかった砂糖を入れれば、さらにコクはまして、すっかり独自の味わいになった。
ストレートで飲んでもおいしいに違いないが、これこそは今夜のわたしにはぴったりな味だと思う。
「ピッタリでしょ」
「バッチリです」
視線を上げると、星原さんがウィンクしてくれたので、わたしも下手なウィンクを返してみた。
イブでひとしきりのお祝いをしてしまったので、今日はケーキも休憩。
こんな静かで穏やかなクリスマスもいいなあと思う。
気づけばお客さんはわたしひとり。
まれぼし菓子店のみんなのおかげで、贅沢な時間を味わわせてもらっている。
店内に飾られているクリスマスツリーの飾りが、ほのかに明滅している。
「……メリークリスマス」
やっと復活したらしい木森さんが、こちらにやってきた。そしてわたしのティーカップの横にマカロンを一粒おいてくれる。
それを見た手嶌さんと星原さんは意外そうに目を丸くしている。
「今夜は雪が降りそうですね」
「木森がサンタさんするなんてね」
「うるせえ、冷やかすな。余りもんだからオマケだよ」
「あら冷やかしてなんていないわよ。びっくりしてるだけよ、私も手嶌も」
マカロンといえば木森さん。
彼もわたしと同じで、最初の頃に比べたら、たくさん成長してるんだなあと思う。そんなこんなで勝手に親近感を抱いているのは失礼だろうか。
ふと窓の外を見て、手嶌さんが目を細めて言う。
「ほら、本当に降り出しましたよ」
雪。ホワイトクリスマスか。
「木森さん、ありがとうございます」
すっかり三白眼のやぶにらみになっている木森さんに声をかける。
「ああ……」
「メリークリスマス!」
笑いかけると、ちょっとだけど笑い返してくれた。
外は、寒い。雪が降り出したくらいなんだから。
でも、とても暖かな夜が更けていく。
メリークリスマス。
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