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内緒のとろふわプリン
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プリンはかたいプリン派ですと言いました。
だけど、別にその、柔らかいプリンが嫌いなわけではなくてですね……。
向かい合ったわたしと木森さんは、スプーンを握りつつ、誰に言い訳しているんだろう。
そう、別に片方がより好きだからと言ってもう片方を貶める気もなければ、嫌いな訳でもない。
わたしたちは、全部の……多種多様、様々なプリンが好きなのだ。
そして今、わたしたちの目の前には、ちんまりと可愛らしい小瓶に入ったプリンがあった。
「まれぼしのプリンはかたいのだけだって前に聞いた気がするんですけど……?」
「それは確かにそうなんだが。これは、その……内緒のやつで」
「内緒」
「実は、手嶌が試作に作ってみろというから作ってみたんだ。それで一個余分にあるからお前にだな……」
内緒という言葉にふさわしく、木森さんがひそひそと耳打ちをしてくる。
特別になのか、たまたまなのか。わからないけど、わたしに食べさせてくれるのは嬉しいことだ。ちょっとくすぐったい気もする。
「〝新しさと懐かしさの小瓶〟とろふわプリン……という名前になっている。まだいつ店に出すかはわからないが」
「新しさと懐かしさかあ……よくわかる気がします」
「まあな」
二人で頷き合う。
とろけるようなプリンは、高級プリンとか……何となく新しいイメージが強い。でもプリンって、小さい頃から馴染みがある身近な食べ物でもあって。
新鮮さと王道の良さ両方を内包している気がするのだ。ギュッと、この小瓶に詰まっている。
〝新しさと懐かしさ〟、ぴったりな名前だと思う。
「じゃ、食べるか」
「木森さん、実は何個目です?」
「良いんだ俺が作ってんだから」
木森さん、やっぱり相当なプリン好きかもしれない。そして食いしん坊でもあるのかも?
そんなことを考えながら、プリンを見つめる。
小瓶から覗く表面と側面、気泡も入らず綺麗なものだ。いよいよ、わたしは小瓶にスプーンを差し込む。そして幸せの黄色をした、ふるふると震える柔らかいプリンを口に運ぶ。
最初に感じたのは、とろけるクリームのような、滑らかな口触りだ。そしてふんわりと甘い、卵と砂糖、バニラの香り。とろふわとはまさに的を射た表現だと感じる。甘いのに全然重くないのだ。果てしなくまろやかなのだ。
のどに滑り落ちていくような感覚を繰り返すのが嬉しくて、どんどん食べ進めてしまう。
そうしていると木森さんが少し笑みを浮かべてわたしの顔を見ていた。
「口に合ったようで良かった。それで、だ。これをかけてみてくれ」
小さなミルク入れを差し出された。
中には透明な褐色の液体が入っている。
これは……。
「カラメルソース……ですか?」
「当たりだ。そのまま食べるのもいいんだが、これをかけると味が少し変わって……またうまくなるから」
「そ、それは是非……!」
とろーり、少し粘りのあるカラメルを小瓶の中に落としてから、先ほどの続きを再開する。
かたいプリン用のカラメルより、こころなしか苦味が少なくて優しい味がする。クリーミーなプリンと素直なカラメルが混ざりあって、反発せずどちらの存在も引きたてあっている。
たまらない味だ。食べ進めてなくなってしまうのが、ものすごく名残惜しくなってしまう。
でもいつか終わりは来るのだ……。
「……ああー。木森さん、やっぱりすごいなぁ」
「突然なんだ」
「いや、こんなに美味しいものが作れちゃうの、本当にすごいと思って!」
「……」
プリンを食べていた木森さんに笑顔を向けたら、そっぽを向いて黙り込んでしまった。
が、どうも照れているらしいことは何となく伝わってきた。
最近、彼のことがまた少しわかってきた気がする。
「あ、でもわたし、小瓶のプリンの弱点をひとつ発見しました」
「……?」
「どうしても、瓶の中にプリンがちょっと残っちゃうんですよ!」
「……馬鹿、食いしん坊」
木森さんが小さく吹き出す。
いやでも、これって深刻な問題だと思うんだけどなあ!?
熱烈なプリン党、食い意地は……少し張っている……かもしれない。
さて、と木森さんが席を立つ。
プリンの空き容器を回収しつつ、アイスティを持ってきてくれた。
「試作品、食ってくれてありがと。……まだ皆には内緒な」
「バッチリの美味しさでしたよ! でも、内緒ですね。プリン、堂々とお持ち帰りできる日を楽しみにしてます!」
「……やる気が出る。あんたに付き合ってもらうとな」
「それは光栄ですね!」
逆にわたしの方が嬉しくなってしまった。
思えば彼がマカロンづくりに難儀していた頃から……長い付き合いになってきた。
まれぼし菓子店のみんなほど出来ることは多くないけど、わたしにも出来ることがあるのかもしれない。そして、わたしにしか出来ないことも。
しばらく経って、まれぼし菓子店の店頭にプリンが並んだ時、わたしは真っ先に買い求めたのだった。
「内緒」の言葉を思い出して、何となく笑顔になりながら。
だけど、別にその、柔らかいプリンが嫌いなわけではなくてですね……。
向かい合ったわたしと木森さんは、スプーンを握りつつ、誰に言い訳しているんだろう。
そう、別に片方がより好きだからと言ってもう片方を貶める気もなければ、嫌いな訳でもない。
わたしたちは、全部の……多種多様、様々なプリンが好きなのだ。
そして今、わたしたちの目の前には、ちんまりと可愛らしい小瓶に入ったプリンがあった。
「まれぼしのプリンはかたいのだけだって前に聞いた気がするんですけど……?」
「それは確かにそうなんだが。これは、その……内緒のやつで」
「内緒」
「実は、手嶌が試作に作ってみろというから作ってみたんだ。それで一個余分にあるからお前にだな……」
内緒という言葉にふさわしく、木森さんがひそひそと耳打ちをしてくる。
特別になのか、たまたまなのか。わからないけど、わたしに食べさせてくれるのは嬉しいことだ。ちょっとくすぐったい気もする。
「〝新しさと懐かしさの小瓶〟とろふわプリン……という名前になっている。まだいつ店に出すかはわからないが」
「新しさと懐かしさかあ……よくわかる気がします」
「まあな」
二人で頷き合う。
とろけるようなプリンは、高級プリンとか……何となく新しいイメージが強い。でもプリンって、小さい頃から馴染みがある身近な食べ物でもあって。
新鮮さと王道の良さ両方を内包している気がするのだ。ギュッと、この小瓶に詰まっている。
〝新しさと懐かしさ〟、ぴったりな名前だと思う。
「じゃ、食べるか」
「木森さん、実は何個目です?」
「良いんだ俺が作ってんだから」
木森さん、やっぱり相当なプリン好きかもしれない。そして食いしん坊でもあるのかも?
そんなことを考えながら、プリンを見つめる。
小瓶から覗く表面と側面、気泡も入らず綺麗なものだ。いよいよ、わたしは小瓶にスプーンを差し込む。そして幸せの黄色をした、ふるふると震える柔らかいプリンを口に運ぶ。
最初に感じたのは、とろけるクリームのような、滑らかな口触りだ。そしてふんわりと甘い、卵と砂糖、バニラの香り。とろふわとはまさに的を射た表現だと感じる。甘いのに全然重くないのだ。果てしなくまろやかなのだ。
のどに滑り落ちていくような感覚を繰り返すのが嬉しくて、どんどん食べ進めてしまう。
そうしていると木森さんが少し笑みを浮かべてわたしの顔を見ていた。
「口に合ったようで良かった。それで、だ。これをかけてみてくれ」
小さなミルク入れを差し出された。
中には透明な褐色の液体が入っている。
これは……。
「カラメルソース……ですか?」
「当たりだ。そのまま食べるのもいいんだが、これをかけると味が少し変わって……またうまくなるから」
「そ、それは是非……!」
とろーり、少し粘りのあるカラメルを小瓶の中に落としてから、先ほどの続きを再開する。
かたいプリン用のカラメルより、こころなしか苦味が少なくて優しい味がする。クリーミーなプリンと素直なカラメルが混ざりあって、反発せずどちらの存在も引きたてあっている。
たまらない味だ。食べ進めてなくなってしまうのが、ものすごく名残惜しくなってしまう。
でもいつか終わりは来るのだ……。
「……ああー。木森さん、やっぱりすごいなぁ」
「突然なんだ」
「いや、こんなに美味しいものが作れちゃうの、本当にすごいと思って!」
「……」
プリンを食べていた木森さんに笑顔を向けたら、そっぽを向いて黙り込んでしまった。
が、どうも照れているらしいことは何となく伝わってきた。
最近、彼のことがまた少しわかってきた気がする。
「あ、でもわたし、小瓶のプリンの弱点をひとつ発見しました」
「……?」
「どうしても、瓶の中にプリンがちょっと残っちゃうんですよ!」
「……馬鹿、食いしん坊」
木森さんが小さく吹き出す。
いやでも、これって深刻な問題だと思うんだけどなあ!?
熱烈なプリン党、食い意地は……少し張っている……かもしれない。
さて、と木森さんが席を立つ。
プリンの空き容器を回収しつつ、アイスティを持ってきてくれた。
「試作品、食ってくれてありがと。……まだ皆には内緒な」
「バッチリの美味しさでしたよ! でも、内緒ですね。プリン、堂々とお持ち帰りできる日を楽しみにしてます!」
「……やる気が出る。あんたに付き合ってもらうとな」
「それは光栄ですね!」
逆にわたしの方が嬉しくなってしまった。
思えば彼がマカロンづくりに難儀していた頃から……長い付き合いになってきた。
まれぼし菓子店のみんなほど出来ることは多くないけど、わたしにも出来ることがあるのかもしれない。そして、わたしにしか出来ないことも。
しばらく経って、まれぼし菓子店の店頭にプリンが並んだ時、わたしは真っ先に買い求めたのだった。
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