まれぼし菓子店

夕雪えい

文字の大きさ
上 下
70 / 96

おもたせのカヌレ

しおりを挟む
 お天気、よし。
 春の暖かな空気、太陽の光がさんさんと降り注いでいる。
 若葉のグリーンが目に心地よい。

 格好、よし。
 カジュアル過ぎず、でもカッコつけすぎないカジュアル。
 お花模様の刺繍がお気に入りのリネンのシャツと、春らしいカラーのミモザカラーの入ったスカート。
 お気に入りのラウンドパンプスを履いて。もちろんストッキングがデンセンしてないのも確認済み!

 そして持ち物、よし。
 紙袋をちらりとのぞいて、うふふとなる。
 まれぼし印の手土産はいつだってハズレなしなのだ。

 今日のわたしは結構気合いが入っている。
 というのも、今日は桜庭先輩のおうちにお呼ばれの日だからなのだ。
 ちょっと緊張するけど、その何倍も楽しみ。
 先輩のおうち、どんなところなのだろう?
 道案内の連絡を見ながらやってくると、そこは小綺麗で新しそうなマンションだった。


「いらっしゃい」
「こんにちは! お邪魔します、先輩」

 ベルを鳴らすとドアが開き、柔らかい笑顔が迎えてくれる。
 出会った頃は、笑顔なんてないのかもしれないと思っていた桜庭先輩。でも本当はこんなにも素敵な人なんだと今は知っている。

「おもたせですがコレ」
「あら、まれぼしのお菓子? 嬉しいな」
「定番は外せないなって思いまして」

 二人で笑いあうのも普通になった。それがまた嬉しい。
 ふわふわのスリッパをお借りしてお部屋にあがると、すごく素敵な空間が広がっている。
 何となく垢抜けないわたしの部屋とは違って、なんて言うんだろう……クラシックな感じだけど温かみがある。家具とかのセンスがいいし、物が少なすぎず多すぎずで綺麗で、今座らせてもらったこのソファとかもとても可愛い。
 早速淹れてくれたコーヒーのカップも、ぽってりしたフォルムで愛嬌があった。

「最近、ドリップコーヒーに凝っていて」
「すごい良い香りです! コーヒー美味しく淹れられるのは尊敬しちゃいますよ。ケトルも先が細いので本格的ですね!」
「この方がうまく入るの。と言っても星原さんには及ばないけど」

 そもそもポットでいきあたりばったりにいれているわたしの十倍は繊細だと思う。その違いを考えていて、普段の先輩とわたしのことも思い出されてちょっと笑ってしまった。
 手土産のつつみをあけながら先輩は、

「持ってきてくれたのは……カヌレ? 可愛い! ありがとう。一緒に食べましょう」
「はい! 実はカヌレははじめて食べます、わたし」
「私もよ。楽しみね」

 そしてわたしたちのコーヒータイムが始まったのだった。

 カヌレはもともと、フランスのお菓子らしい。最近ブームなのか、コンビニでも売り切れているのを見かけたことがあるし、お菓子屋さんならあちこちで取り扱われているようだ。
 溝のある円柱みたいな形が特徴的。小ぶりで、美味しそうな焼き色をしていて、なんとなーく可愛さを感じる。

「ええっと〝秘めた想いの〟カヌレですね。いただきます」
「ふふ。相変わらずちょっとキザ。いただきます」

 まず、ガリリという食感が第一に来る。外側の硬さが思ったよりしっかりしているのだ。少し驚きながらも食べ進むと、中はもっちり、ぎゅっと詰まっている。
 お酒の風味が少しして、ほろ苦く、そして甘い。
 素朴でやや無骨かも……と思う外見の中に隠されている、甘くて少し大人な魅力。
 なるほど、これがカヌレというお菓子!

「ラム酒が入っているのね」
「なるほど! ラム酒かあ。これ、おいしいですねえ。食感が特に好きです」
「私も。癖になっちゃうわね」

 微かな苦味と香ばしさ。それと対比するように存在する、まろやかで確かな甘み。
 少しミルクを入れたコーヒーとともにいただく。カヌレの香りとコーヒーの香りの相性が良くて、またおいしいさが増幅されるのだ。

「先輩のコーヒーも最高です……! カヌレ持ってきて良かったなあ!」
「喜んでくれて嬉しいわ」

 他愛ないおしゃべりをしながら、緩やかな時間が過ぎていく。
 ふと、会話が途切れた。
 でもその沈黙も決して怖いものではないのはわかっている。
 ふと、口を開いたのは先輩からだった。

「……あのね。あなたも今年から後輩を持つようになったでしょう。大丈夫かしら、悩みごとはないかしらって、少し心配していたの。後輩にもかなり付き合ってあげているみたいだったし」

 でも、と彼女はわたしの目を見て、微笑む。

「安心した。その……あなたはあくまであなたらしく、頑張っているのね。すごく成長を感じるし、私も誇りに思うわ。あなたが私の後輩で良かった」
「先輩……。」

 桜庭先輩は強い人だから、いつも毅然として、気を張って頑張ってきたのだろうけど。彼女がわたしの先輩になった時は、わたしと同じようにきっと不安がいっぱいだったのだろう。
 わたしは先輩のこと誤解していたのに、先輩はわたしにたくさんのことを教えてくれて、ミスのカバーもしてくれて。
 不意に込み上げてくるものが抑えられなかった。

「先輩……わたしもですっ……」
「……もう。泣かなくても良いのよ」
「だって……なんか嬉しくて……」

 先輩がそんな話をしてくれたのが嬉しくて。
 決して多弁ではない先輩の秘めた想いを聞いて、胸がいっぱいになってしまった。
 ……わたしの想いは、秘めるということを知らないようだ。
 いつもすぐ、心の中からあふれ出てしまう。

「そういうところも……好きよ。あなたの良いところだわ」
「ありがどうございまず……」
「コーヒー、おかわり持ってくるから」
「わたしも先輩すきですう……」
「わかったから、泣かないで」

 秘められた想い。秘めることが出来ない想い。
 どちらもどちらで良いものなのかもしれない。
 桜庭先輩とわたしがそうであるように。

 テーブルの上。カヌレがちょこんとわたしたちを見つめている。
 先輩が運んできてくれたコーヒーのおかわりが、ほかほかと白い湯気をたてている。
 窓の外。陽光がどこまでも柔らかい。
 涙を拭う。照れくさくて笑う。
 時間はたっぷりある。わたしたちの話題はまだまだ、尽きそうになかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

まずい飯が食べたくて

森園ことり
ライト文芸
有名店の仕事を辞めて、叔父の居酒屋を手伝うようになった料理人の新(あらた)。いい転職先の話が舞い込むが、新は居酒屋の仕事に惹かれていく。気になる女性も現れて…。 ※この作品は「エブリスタ」にも投稿しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...