まれぼし菓子店

夕雪えい

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わ、わ、わ、ドーナツ

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 早起きは三文の徳。という言葉はよく知られているけれど、わたしはそんなに早起きが得意な方ではない。
 大概おふとんと仲良し過ぎて、目覚ましの何度目かのスヌーズを止めた後は、ベッドからのたのたと這いずりだしている気がする。
 ただ年に何回かは、スッキリと起きられる朝がある。
 今日はまさにそんな日で。

 そうなると早く着替えて、目玉焼きとトースト、それにサラダも作ってベーコンを添えて。朝食をちゃんと済ませる。それだけでなんとなく良い気分になったりもするものだ。
 おまけに天気も良くて、絶好のお散歩日和。
 もう、嬉しくってたまらない。
 身支度を整えると、わたしはややくたびれてきたスニーカーを履いて外に飛び出すのだ。

 まれぼし菓子店に行くようになってからというもの、ご近所はずいぶん歩きまわった気がする。
 知らないカフェや、お花屋さん、雑貨屋さん。商店の人にも顔見知りが増えたし、近所を散歩するいぬと飼い主さん(時々猫)とも大分馴染んだ気がする。
 今日もコーギーや柴犬とすれ違って、飼い主さんと立ち話をして……、こんなことしているとなおさら休日なんだなっていう気持ちが沸いてくる。

 そしてわたしの足は、自然とまれぼし菓子店の方に向いているのだが……。
 だが……。
 今日は流石にちょっと早くつきすぎてしまったかもしれない。
 オープン時間の前なので、まだ看板も出ていない。
 もう少し近所を散歩してくるかと踵を返しかけた所で、扉から手がにゅっと出てわたしを招いた。

「わあっ!?」
「変な声あげるな。俺だ」

 幽霊でも出たかと思ったら、ひょいと顔をのぞかせたのは木森さんだった。
 脅かさないでほしい。
 呼吸を整えながら、

「……おはようございます。ちょっと早く着きすぎちゃいました、すみません……開店までブラブラしてくるんで気にしないでください」
「いや、ちょうど良かった」
「? ちょうど良いってなんです?」

 良いから入れと手招きされて、わたしは彼の後に続く。
 なんだろう。またお菓子作りで悩んだりしているのかな? わたしで役に立つことがあるとはあんまり思えないけど……。
 そう思いながら案内されるままに席にかけて、木森さんの様子を伺う。あ、なんか良い匂いがしている。いつも良い匂いのするまれぼし菓子店だけど、今日は特に。

「……ほい」

 相変わらずぶっきらぼうだ。
 とん。と目の前にバスケットが置かれた。それとお茶。
 バスケットの中には、なにかが小山になって入っている。ころんと丸くて、茶色くて、白……粉砂糖がまぶされているのだ。
 食べてみろ。とせっつかれるので、頂きます。と素直につまむ。
 まだ、あったかい。

「わっ、これ、ドーナツですね、おいひい!」
「ああ……さっき揚げた」

 これってドーナツの輪っかの形を抜いたあとの、真ん中の所だ。
 小さい頃に、親と一緒に型抜きして作ったのを思い出す。あげたての真ん中がもらえるのは、居合わせた人の特権だった。
 口の中に砂糖の甘さがとろけるように広がった後に、生地の香ばしさ。この香ばしさは懐かしくてすごく快い。
 まだあたたかな生地をかむとサクサクして、するっとのどに落ちていく。ちょっと詰まるようになったところでお茶を飲んでひと息、またすぐに次がほしくなる。
 パクパクとすぐに三、四個食べてしまえた。

「ん、合格だな…… 」

 わたしの顔を見ると、木森さんが腕組みした後うんうんと頷いている。
 また顔に出ていたんだろうか。恥ずかしいけど、喜んでいそうなのでこの際良いか。

「今回は、あんたがちょうど良いタイミングで早く来たから……おまけだ。期間限定の〝まれぼしの輪〟ドーナツの、手嶌風にいえば星屑……か」

 手嶌さん風に説明をするときの木森さんは、なんだか恥ずかしそうなのがちょっと微笑ましい。
 期間限定。そういう言葉に弱い。
 今日、きっと輪の方をちゃんと買って帰ると思う。

「早起きは三文の徳……て言うだろ」
「こんなに幸せになれるなんて! ほんとに、ありがとうございます!」
「……おう」

 素直に伝えると木森さんはぷいっと横を向いてしまった。もうちょっとうまい言葉がかけられただろうか?
 木森さん、難しいな……!
 やがてやっとこちらを見た彼は、少しだけ笑ってくれていた。ぎこちないながらも。

「今日は、特別な」
 内緒。というように唇に人差し指をあてる木森さんに、
「はい、特別ですね!」
 わたしも笑い返す。
 朝から素敵な思いが出来ている。今日は本当に良い一日になりそう!

 星屑をまたひとつ口に放り込む。
 それはとっても素朴で優しい味だった。
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