まれぼし菓子店

夕雪えい

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花も見頃の花見だんご

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 咲き誇る。
 その言葉の意味を全身で体感できるほど、辺りは花の香りと満開の花々に満ちていた。
 桜の頃はとっくに過ぎて、若葉の緑も馴染んできた今日この頃。
 わたしの周りを包むのは、赤、ピンク、黄色、オレンジに白……色とりどりの薔薇の花。
 そしてわたしの前には、その薔薇のように優雅で美しい貴婦人……「奥様」。傍らには、にこにこと給仕してくれる手嶌さんがいる。

「良かったわ、ちょうどお招きできて」
 奥様は微笑んでそう言ってくれた。
 ここは、奥様の薔薇の庭園。
 今がちょうど、盛りの薔薇が最も多くなる時期なのだとか。
 確かに庭は天国のように美しく薔薇であふれ、そんな場所にテラス席を臨時で設けて、わたしは最高に贅沢にお茶をいただいている。
 青空、日差しはまだ柔らか。ぽかぽかといい日和。時折吹く風が、肌に心地よい。
 桜ではないけど、これ以上にはないくらいの絶好のお花見日和だ。

 週末。いつものようにまれぼし菓子店を訪れたわたしに、手嶌さんが声をかけてきたことから、このお話は始まった。
「よろしければ、奥様の薔薇園へ行きませんか?」
「薔薇園ですか?」
 奥様には以前もアフターヌーンティに招いてもらったり、こちらがお世話になる一方だったので、ちょっと気後れするところがあったけど……。

「奥様が、もしもあなたがいらっしゃったらぜひ声をかけてと」
 そう言われると、招かれる側としては素直に好意を受けるのが礼儀かなという気持ちになる。
 それじゃあ喜んで、という話になった。
「今はきっと素晴らしい景色が見られますよ」
「薔薇って今がシーズンなんでしたっけね? 楽しみです。……あ、手嶌さん」
 あちこちの植物園で、薔薇が盛りだというニュースをよく見かけている。食い気の塊のようなわたしだけど、綺麗なものだってそりゃ好きなのだ。

 さて楽しみなのは本当の気持ちとして、はたと思いつく。
「お招きに預かるのだから、なにか手土産を持っていきたいんだけど……」
「ふむ」
「何がいいかな?」

 きっと奥様は、選んできてくれたなら何でもと言って喜んでくれるだろうけど……。
 二人でショーケースを見つめる。
 しばらくの間、さ迷っていたわたしと手嶌さんの視線が、同じところで交錯する。
「あ」
「面白いですね。宜しいのではないですか」
「ですかね? じゃあそうしちゃおうかな!」
 手嶌さんが綺麗な入れ物を選んで包んでくれる。
 そうしてわたしは、今回の手土産を決めたのだった。

「奥様、お招き下さってありがとうございます。今回、おみやげがあるんです」
「あら、何かしら?」
「手嶌さん、お願いします」
 そう言って手嶌さんを見上げると、彼はにっこり微笑んで、小さめの重箱を取りだし、蓋を開ける。
「はい。〝名残の春〟花見だんごです」

 中に収まっているのは、ピンクと白と緑の花見だんご。
 お花見って、確かに、何も桜に限った話じゃない。春から初夏にかけて、それはたくさんの花たちが咲き乱れる。
 春の花たちを楽しむという意味で、まれぼし菓子店では長めに花見だんごを供しているそうだ。
 そのおだんごを、今日は手土産にしてきた。

 奥様はちょっと意外そうな顔をしながらも、嬉しそうに笑ってくれた。
「名残の春、そして夏への入口ね。風流だし、美味しそうだわ。早速頂きましょう」
「ご一緒に煎茶もどうぞ」

 わたしもおもたせですがと言いつつ、ご相伴に預かることにした花見だんご。洋風な庭園にミスマッチかなと思うところもあったけど、逆に日本風の季節のお土産であることが、奥様には好まれたらしい。
 嬉しそうに、美味しそうに食べてくれる彼女。お気に召したなら本当に幸いだ……何しろ素敵な人相手だ、お土産も緊張する。

 花見だんごの中にはそれぞれ、こしあんが入っている。おもちの生地と相まった滑らかさが嬉しく美味しい。
 生地はといえば、それぞれの色合いで味が違っている。プレーンな白。少し桜めいた風味のするピンク。そして草もちの味の緑。
 目にも、口の中にも華やかだ。また、もっちりとした快い歯ごたえと口触りが何ともたまらない。 
 それらの甘さを煎茶が締めて。口の中には爽やかなお茶の甘みが残るのだ。
 これがまた快い。

 薔薇を見て、おしゃべりを楽しみながら、また花見だんごを食べる。
 ここでは花よりだんごではなく、花もだんごもだ。
 そんな美味しいところばかりの時間が過ぎていく。
 日が傾き出すくらいの時間に、庭園を辞すまで、楽しい時間は続いたのだった。

 帰り際。
「よかったら、これ持って行って」
 奥様がわたしと手嶌さんに薔薇の花束を手渡してくれる。
 とても美しくて、香り高い薔薇。
 お礼を言って受け取った所へ、奥様は更にわたしに何かを手渡す。
 それは……。

 青い薔薇の刺繍された可愛いハンカチだった。

「あなた、ジンさんにも会ったんですってね」
 と彼女が言った時。
 手嶌さんの眼差しが鋭くなるのを見てしまった。この眼差しには見覚えがあった。
「ジンさん…… 」
「いいの、ともあれこれを持ってらっしゃいな。色々、巻き込まれやすいみたいだから、あなた」
「あ、ありがとうございます」
「また、お茶しましょうね」
「喜んで、ぜひ!」

 影が長く伸びる夕暮れの帰り道。
 薔薇の香りの中。
 ジンさんが誰なのか、手嶌さんに聞くことが出来なかったけど……。
 あの時出会った男の人なんだろうなと。
 何となくそんな気がしていた。

 いちご大福の春はすぎて。
 季節はめぐり、わたしはもう夏への入口に立っている。
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