まれぼし菓子店

夕雪えい

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バレンタインのトリュフ

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 バレンタインというイベントについて、今更解説はするまでもないだろう。
 日本では若者や恋人たちの胸を騒がせるイベントだし、職場や知り合いへの義理チョコもちょっとした問題をはらんだりする。
 そんな中わたしのバレンタインといえば、なんと言っても自分のためのものだ。

 巷にチョコレートがあふれるシーズン。
 海外の名だたる有名所から、隠れた名店まで。デパートの催事場が狂乱におどりまくっている。なんとも楽しい季節なのだ。
 自分チョコ、最近は、量よりは質ということにして、買う数をしぼっている。そうじゃないと無限にカロリーとお金が……。なかなか贅沢な悩みだ。

 今年は某デパートの催事場で何個かチョコレートを求めて、そのあとお楽しみのまれぼし菓子店に向かった。
 と……。
 お店の前まで、わいわいと常連さんたちの姿が見えている。すごい混雑だ。

 なんだろう?
 そう思いながらも近づけずにうろうろしながらお店を見る。
 なんだか、ちょっと華やかな飾り付けがされている気がする。バレンタインだからかな?
 そんな時、ちょうどわたしと目が合ったのは、以前お茶会に招待してくれた、奥様とにゃんにゃんさんだった。

「あら!あなたも恒例のバレンタインのアレにきたの?」
「今年も手嶌はモテモテあるよ」
「やっぱり手嶌といえばねえ」
 恒例のあれ。
 手嶌さんがモテモテ。
 手嶌さんといえば。

 確かに人波の奥には手嶌さんが見えた。 
 まさかこの人波、手嶌さんにチョコをあげたい人達の列なのかしらと思っていると、わたしたちの番がやってくる。

「こんにちは、皆様」
 そんな手嶌さんは、バスケットを抱えている。中に入っているのは、ビニールで包装された……、茶色くてコロコロした丸い何か。
 トリュフチョコレートだ。
 わたしがぼんやりたっていると、はい。と手嶌さんがわたしにも手渡してくれる。
「あの、これは?」
 周りのみんなを見回すと、にこにこしている。
 そして手嶌さんから答えがもたらされる。

「“感謝と祝福”トリュフチョコレートです」
 それはわかります。
「このお店は、実はバレンタインデーにオープンしたんです。そこでバレンタインにはこうして、皆さんに感謝の気持ちでトリュフをお配りしてるんです。少しですけれど」
 ビニールに包まれた二粒のトリュフ。でもかといって、みんなに配ってたら馬鹿にならない量と金額と負担になるだろう。

 ころんとまあるいトリュフは、可愛らしく掌《てのひら》に収まる。
 そういえば、わたしもトリュフ、作ったことがあったっけ。中学校時代に、当時好きだった男の子に……。
 もちろんそんなに上手くは作れなくて、ココアパウダーがまだらだったり、綺麗なまんまるにならなかったり。失敗したのは家族と自分で食べたっけ。
 初恋はみのらないというそのとおりに、わたしのそんな恋はトリュフが溶けるようにはかなく消えたのだが……えーい、やめやめ。
 そんなわたしの心を見透かしたみたいに、手嶌さんが優しく微笑んでいるので、なんだか恥ずかしくなってしまった。
 慌てて質問して別の話題を振る。

「トリュフも木森さんが作ってるんですか?」
「実は、これは私の一存で始めたことでして。星原にも木森にもちゃんとことわってありますけれどね。だから木森の手を煩わせたくなくて、わたしが作っています」
 手嶌さんの手作りチョコ!
 それはなんというか……レアだ。

 黙っていたからか、彼は悪戯な表情で小首を傾げる。
「ちゃんと美味しいですよ?」
「わかってますよ!だって手嶌さんが作ったお菓子ですもん」
「ふふ、少しですがどうぞ召し上がれ」

 列から離れたところで、トリュフの包みを開けてみる。
 一粒つまんで、口に入れる。
 ココアパウダーのさらりとした食感と香りから始まって。そのあとチョコの層がパキッと破れる。そうすると、中のガナッシュ部分が舌に絡みつくように口の中に風味を広げていく。
 ねっとりとしていて濃厚、それでいて次がほしくなる。
 そして、あっという間にとろけてなくなってしまうのだ。
 二粒目は……うちに帰ってからにしておこう。手嶌さん特製のトリュフだもの。

 今日はお店も混雑しているので、お菓子をいくつか持ち帰りで買い求めて帰ることにした。
 ふと……思い立ったわたしは、お店の入り口で、混雑に負けじとちょっと大きな声を出す。

「あっ、あの!開店記念日おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
 お店の中から、忙しそうな星原さんと木森さんも手を振ってくれる。
 お店の装飾。常連さんたちの笑顔。
 今年のバレンタインはなんだか特別にうきうきした気持ちを分けてもらえた気がした。

 甘い開店記念日。
 まれぼし菓子店みたいな素敵なお店。開いてくれてありがとう。
 そんな気持ちでいっばいで、寒さも気にならなかった。
 春も、多分もうすぐそこまで来ているだろう。
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