51 / 96
バレンタインのトリュフ
しおりを挟む
バレンタインというイベントについて、今更解説はするまでもないだろう。
日本では若者や恋人たちの胸を騒がせるイベントだし、職場や知り合いへの義理チョコもちょっとした問題をはらんだりする。
そんな中わたしのバレンタインといえば、なんと言っても自分のためのものだ。
巷にチョコレートがあふれるシーズン。
海外の名だたる有名所から、隠れた名店まで。デパートの催事場が狂乱におどりまくっている。なんとも楽しい季節なのだ。
自分チョコ、最近は、量よりは質ということにして、買う数をしぼっている。そうじゃないと無限にカロリーとお金が……。なかなか贅沢な悩みだ。
今年は某デパートの催事場で何個かチョコレートを求めて、そのあとお楽しみのまれぼし菓子店に向かった。
と……。
お店の前まで、わいわいと常連さんたちの姿が見えている。すごい混雑だ。
なんだろう?
そう思いながらも近づけずにうろうろしながらお店を見る。
なんだか、ちょっと華やかな飾り付けがされている気がする。バレンタインだからかな?
そんな時、ちょうどわたしと目が合ったのは、以前お茶会に招待してくれた、奥様とにゃんにゃんさんだった。
「あら!あなたも恒例のバレンタインのアレにきたの?」
「今年も手嶌はモテモテあるよ」
「やっぱり手嶌といえばねえ」
恒例のあれ。
手嶌さんがモテモテ。
手嶌さんといえば。
確かに人波の奥には手嶌さんが見えた。
まさかこの人波、手嶌さんにチョコをあげたい人達の列なのかしらと思っていると、わたしたちの番がやってくる。
「こんにちは、皆様」
そんな手嶌さんは、バスケットを抱えている。中に入っているのは、ビニールで包装された……、茶色くてコロコロした丸い何か。
トリュフチョコレートだ。
わたしがぼんやりたっていると、はい。と手嶌さんがわたしにも手渡してくれる。
「あの、これは?」
周りのみんなを見回すと、にこにこしている。
そして手嶌さんから答えがもたらされる。
「“感謝と祝福”トリュフチョコレートです」
それはわかります。
「このお店は、実はバレンタインデーにオープンしたんです。そこでバレンタインにはこうして、皆さんに感謝の気持ちでトリュフをお配りしてるんです。少しですけれど」
ビニールに包まれた二粒のトリュフ。でもかといって、みんなに配ってたら馬鹿にならない量と金額と負担になるだろう。
ころんとまあるいトリュフは、可愛らしく掌《てのひら》に収まる。
そういえば、わたしもトリュフ、作ったことがあったっけ。中学校時代に、当時好きだった男の子に……。
もちろんそんなに上手くは作れなくて、ココアパウダーがまだらだったり、綺麗なまんまるにならなかったり。失敗したのは家族と自分で食べたっけ。
初恋はみのらないというそのとおりに、わたしのそんな恋はトリュフが溶けるようにはかなく消えたのだが……えーい、やめやめ。
そんなわたしの心を見透かしたみたいに、手嶌さんが優しく微笑んでいるので、なんだか恥ずかしくなってしまった。
慌てて質問して別の話題を振る。
「トリュフも木森さんが作ってるんですか?」
「実は、これは私の一存で始めたことでして。星原にも木森にもちゃんとことわってありますけれどね。だから木森の手を煩わせたくなくて、わたしが作っています」
手嶌さんの手作りチョコ!
それはなんというか……レアだ。
黙っていたからか、彼は悪戯な表情で小首を傾げる。
「ちゃんと美味しいですよ?」
「わかってますよ!だって手嶌さんが作ったお菓子ですもん」
「ふふ、少しですがどうぞ召し上がれ」
列から離れたところで、トリュフの包みを開けてみる。
一粒つまんで、口に入れる。
ココアパウダーのさらりとした食感と香りから始まって。そのあとチョコの層がパキッと破れる。そうすると、中のガナッシュ部分が舌に絡みつくように口の中に風味を広げていく。
ねっとりとしていて濃厚、それでいて次がほしくなる。
そして、あっという間にとろけてなくなってしまうのだ。
二粒目は……うちに帰ってからにしておこう。手嶌さん特製のトリュフだもの。
今日はお店も混雑しているので、お菓子をいくつか持ち帰りで買い求めて帰ることにした。
ふと……思い立ったわたしは、お店の入り口で、混雑に負けじとちょっと大きな声を出す。
「あっ、あの!開店記念日おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
お店の中から、忙しそうな星原さんと木森さんも手を振ってくれる。
お店の装飾。常連さんたちの笑顔。
今年のバレンタインはなんだか特別にうきうきした気持ちを分けてもらえた気がした。
甘い開店記念日。
まれぼし菓子店みたいな素敵なお店。開いてくれてありがとう。
そんな気持ちでいっばいで、寒さも気にならなかった。
春も、多分もうすぐそこまで来ているだろう。
日本では若者や恋人たちの胸を騒がせるイベントだし、職場や知り合いへの義理チョコもちょっとした問題をはらんだりする。
そんな中わたしのバレンタインといえば、なんと言っても自分のためのものだ。
巷にチョコレートがあふれるシーズン。
海外の名だたる有名所から、隠れた名店まで。デパートの催事場が狂乱におどりまくっている。なんとも楽しい季節なのだ。
自分チョコ、最近は、量よりは質ということにして、買う数をしぼっている。そうじゃないと無限にカロリーとお金が……。なかなか贅沢な悩みだ。
今年は某デパートの催事場で何個かチョコレートを求めて、そのあとお楽しみのまれぼし菓子店に向かった。
と……。
お店の前まで、わいわいと常連さんたちの姿が見えている。すごい混雑だ。
なんだろう?
そう思いながらも近づけずにうろうろしながらお店を見る。
なんだか、ちょっと華やかな飾り付けがされている気がする。バレンタインだからかな?
そんな時、ちょうどわたしと目が合ったのは、以前お茶会に招待してくれた、奥様とにゃんにゃんさんだった。
「あら!あなたも恒例のバレンタインのアレにきたの?」
「今年も手嶌はモテモテあるよ」
「やっぱり手嶌といえばねえ」
恒例のあれ。
手嶌さんがモテモテ。
手嶌さんといえば。
確かに人波の奥には手嶌さんが見えた。
まさかこの人波、手嶌さんにチョコをあげたい人達の列なのかしらと思っていると、わたしたちの番がやってくる。
「こんにちは、皆様」
そんな手嶌さんは、バスケットを抱えている。中に入っているのは、ビニールで包装された……、茶色くてコロコロした丸い何か。
トリュフチョコレートだ。
わたしがぼんやりたっていると、はい。と手嶌さんがわたしにも手渡してくれる。
「あの、これは?」
周りのみんなを見回すと、にこにこしている。
そして手嶌さんから答えがもたらされる。
「“感謝と祝福”トリュフチョコレートです」
それはわかります。
「このお店は、実はバレンタインデーにオープンしたんです。そこでバレンタインにはこうして、皆さんに感謝の気持ちでトリュフをお配りしてるんです。少しですけれど」
ビニールに包まれた二粒のトリュフ。でもかといって、みんなに配ってたら馬鹿にならない量と金額と負担になるだろう。
ころんとまあるいトリュフは、可愛らしく掌《てのひら》に収まる。
そういえば、わたしもトリュフ、作ったことがあったっけ。中学校時代に、当時好きだった男の子に……。
もちろんそんなに上手くは作れなくて、ココアパウダーがまだらだったり、綺麗なまんまるにならなかったり。失敗したのは家族と自分で食べたっけ。
初恋はみのらないというそのとおりに、わたしのそんな恋はトリュフが溶けるようにはかなく消えたのだが……えーい、やめやめ。
そんなわたしの心を見透かしたみたいに、手嶌さんが優しく微笑んでいるので、なんだか恥ずかしくなってしまった。
慌てて質問して別の話題を振る。
「トリュフも木森さんが作ってるんですか?」
「実は、これは私の一存で始めたことでして。星原にも木森にもちゃんとことわってありますけれどね。だから木森の手を煩わせたくなくて、わたしが作っています」
手嶌さんの手作りチョコ!
それはなんというか……レアだ。
黙っていたからか、彼は悪戯な表情で小首を傾げる。
「ちゃんと美味しいですよ?」
「わかってますよ!だって手嶌さんが作ったお菓子ですもん」
「ふふ、少しですがどうぞ召し上がれ」
列から離れたところで、トリュフの包みを開けてみる。
一粒つまんで、口に入れる。
ココアパウダーのさらりとした食感と香りから始まって。そのあとチョコの層がパキッと破れる。そうすると、中のガナッシュ部分が舌に絡みつくように口の中に風味を広げていく。
ねっとりとしていて濃厚、それでいて次がほしくなる。
そして、あっという間にとろけてなくなってしまうのだ。
二粒目は……うちに帰ってからにしておこう。手嶌さん特製のトリュフだもの。
今日はお店も混雑しているので、お菓子をいくつか持ち帰りで買い求めて帰ることにした。
ふと……思い立ったわたしは、お店の入り口で、混雑に負けじとちょっと大きな声を出す。
「あっ、あの!開店記念日おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
お店の中から、忙しそうな星原さんと木森さんも手を振ってくれる。
お店の装飾。常連さんたちの笑顔。
今年のバレンタインはなんだか特別にうきうきした気持ちを分けてもらえた気がした。
甘い開店記念日。
まれぼし菓子店みたいな素敵なお店。開いてくれてありがとう。
そんな気持ちでいっばいで、寒さも気にならなかった。
春も、多分もうすぐそこまで来ているだろう。
31
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!
梅丸みかん
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。※書籍化に伴い「転生少女は異世界でお店を始めたい」から「転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!」に改題いたしました。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる