50 / 96
いつも、いくつもミルクレープ
しおりを挟む
「うーん」
「うーむ……」
「不思議なんですよねえ……」
「不思議でなあ」
「そうなのよねえ……」
今日も暖かな灯のともる、まれぼし菓子店。
わたしと木森さんは二人でうなずきあっていた。
店内は今日はひっそり。
外はしとしと冷たい雨。
お客さんはわたししかいなくて、あんまり接客担当とは言い難い木森さんが、お店の方に出てきている。
手嶌さんがバックヤードでお菓子を作っているかららしいが。
それにしても。とにもかくにも不思議なのだ。
なんのことか?
というと……。
「「手嶌」さん」
のことなのだった。
まれぼし菓子店のスタッフの中で、私が一番初めに会ったのが、手嶌さんだ。
その時から、中性的だしどこか浮世離れして不思議な雰囲気だなあと感じていた。そろそろこの店に通いだして一年になるけど、その印象というのに変わりはない。店員さんとお客の関係だから……といえばそこまでなのだけど……。
だけどどうも、その不思議な印象というのは、木森さんもまた手嶌さんに対して抱いているものだったらしいのだ。同僚で付き合いも長いらしいのに、だ。
「なんていうんすかね……こう、つかめなくて……。若い感じなのに、年取ってるみたいにも思えて」
腕組みしながら首を傾げる木森さん。わたしは大いに共感してうんうんとうなずく。そうなんだよね……つかみどころがないのだ。
「この建物、二階建てと屋根裏ロフトみたいになってて、俺と手嶌はここに住んでるんだけど」
「へえ、そうなんですか!」
確かにお菓子を作るふたりの朝は、ものすごく早そうだ。夜は夜で、試作なんかしたらあっという間に深夜だろう。職場に住んでいたら、色々やりやすいだろうと思う。
「手嶌って何が趣味だとか、何考えてるとかいまいちわかんないんすよね。あと俺の目から見ても、異様に菓子作りと料理に習熟してるし」
プロである木森さんの目から見ても、ということは本当にそうなのだろう。それに何よりものすごく作業が早いそうなのだ。
「あんな若い感じなのに……熟練の職人さんもびっくりな……」
「そうなんすよね。……うーん謎が多い」
過去もよく分からないのだそうだが、本人に聞くのも何となくはばかられる。
うーん。
詮索は良くないけど……。ついつい二人で一緒に腕組みして考えてしまうのだった。
そういえば、不思議なことが起こるのは、手嶌さんがいる時が多いような……。
そんなことまで含めて、しばらく考えていたが、なんだか雲を掴むようなはなしだ。
そこで、
「あ、悪ィ……」
と、木森さんが話を区切る。
「コーヒーが冷める……」
そうだった。今日注文したのは、ミルクレープとコーヒー。豆はブラジル。
悩んでいたら少し冷めてしまったかも。
お菓子とお茶とわたしの心配をしてくれるのが木森さんらしくて、微笑みながらコーヒーを口に含む。
バランスのよい酸味と苦味に、ふう、と一息。
そして今日のお楽しみは“いくつもの顔”ミルクレープだ。
何枚もの生地を重ねた、手間隙かかってそうな……美味しいケーキ!
小さい頃は、ミルクのクレープだと思っていたけど違って、ミル(千枚)のクレープ、というフランス語らしい。
すいっとフォークを入れてみるも、力加減が難しい!やっぱり形が無様に崩れてしまう。
それを見てニヤニヤしている木森さんがちょっと憎たらしいので、スネを軽く蹴ってやりました。
ただ、これも彼の自信作のひとつ。ありがたくいただくとしましょう。
弾力のあるクレープと、その間にあるクリーム。縦にフォークをいれた所で不器用なわたしはちょっと形を崩してしまったが、層となったそれらは、食感がよりいっそう楽しめるようになっている。クリームの甘さと生地の甘さ、歯ごたえという三つの楽しさ。
生地を一枚めくって食べると、これもこれでクレープ単体としての、生地のうまみをしっかり噛み締められる。ぺらっとしているのに、この存在感はなんだろう。
後を引く甘さをコーヒーに任せて、食べ進める。クリームがはみ出てしまったところ、生地が密集しているところ、端っこの方、色々ある。これが、色んな顔、いくつもの表情ということなのだろう。
「なるほど……」
「? どうした?」
「こんな感じなのかなって思ったんですよ、いくつもの顔……」
「あー、さっきの話?」
「そう、手嶌さんの……」
「なるほど……わかったようなわからないような……」
「わたしもそんなかんじなんですけど……」
と、いってコーヒーを飲むうちに。
足音もなかったのに、いつの間にか木森さんの背後に手嶌さんがたっているのを見て、わたしはコーヒーを吹きそうになった。
「お二人とも、僕が何か?」
心底不思議そうに、でもにこにこと尋ねてくる彼を見て、わたしと木森さんは二人で首を横に振る。
うーん!
やっぱり、手嶌さんは……不思議なのだった。色んな時に垣間見せるいくつもの表情。いくつもの顔。それでもまだ彼をはかるには足りないくらい、この人はたくさんの顔を持っているのかもしれない。
雨は小降りになったのか、雨音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
わたしは気を取り直しながら、手嶌さんに、無理やり飲み干したコーヒーのおかわりを頼むのだった。
「うーむ……」
「不思議なんですよねえ……」
「不思議でなあ」
「そうなのよねえ……」
今日も暖かな灯のともる、まれぼし菓子店。
わたしと木森さんは二人でうなずきあっていた。
店内は今日はひっそり。
外はしとしと冷たい雨。
お客さんはわたししかいなくて、あんまり接客担当とは言い難い木森さんが、お店の方に出てきている。
手嶌さんがバックヤードでお菓子を作っているかららしいが。
それにしても。とにもかくにも不思議なのだ。
なんのことか?
というと……。
「「手嶌」さん」
のことなのだった。
まれぼし菓子店のスタッフの中で、私が一番初めに会ったのが、手嶌さんだ。
その時から、中性的だしどこか浮世離れして不思議な雰囲気だなあと感じていた。そろそろこの店に通いだして一年になるけど、その印象というのに変わりはない。店員さんとお客の関係だから……といえばそこまでなのだけど……。
だけどどうも、その不思議な印象というのは、木森さんもまた手嶌さんに対して抱いているものだったらしいのだ。同僚で付き合いも長いらしいのに、だ。
「なんていうんすかね……こう、つかめなくて……。若い感じなのに、年取ってるみたいにも思えて」
腕組みしながら首を傾げる木森さん。わたしは大いに共感してうんうんとうなずく。そうなんだよね……つかみどころがないのだ。
「この建物、二階建てと屋根裏ロフトみたいになってて、俺と手嶌はここに住んでるんだけど」
「へえ、そうなんですか!」
確かにお菓子を作るふたりの朝は、ものすごく早そうだ。夜は夜で、試作なんかしたらあっという間に深夜だろう。職場に住んでいたら、色々やりやすいだろうと思う。
「手嶌って何が趣味だとか、何考えてるとかいまいちわかんないんすよね。あと俺の目から見ても、異様に菓子作りと料理に習熟してるし」
プロである木森さんの目から見ても、ということは本当にそうなのだろう。それに何よりものすごく作業が早いそうなのだ。
「あんな若い感じなのに……熟練の職人さんもびっくりな……」
「そうなんすよね。……うーん謎が多い」
過去もよく分からないのだそうだが、本人に聞くのも何となくはばかられる。
うーん。
詮索は良くないけど……。ついつい二人で一緒に腕組みして考えてしまうのだった。
そういえば、不思議なことが起こるのは、手嶌さんがいる時が多いような……。
そんなことまで含めて、しばらく考えていたが、なんだか雲を掴むようなはなしだ。
そこで、
「あ、悪ィ……」
と、木森さんが話を区切る。
「コーヒーが冷める……」
そうだった。今日注文したのは、ミルクレープとコーヒー。豆はブラジル。
悩んでいたら少し冷めてしまったかも。
お菓子とお茶とわたしの心配をしてくれるのが木森さんらしくて、微笑みながらコーヒーを口に含む。
バランスのよい酸味と苦味に、ふう、と一息。
そして今日のお楽しみは“いくつもの顔”ミルクレープだ。
何枚もの生地を重ねた、手間隙かかってそうな……美味しいケーキ!
小さい頃は、ミルクのクレープだと思っていたけど違って、ミル(千枚)のクレープ、というフランス語らしい。
すいっとフォークを入れてみるも、力加減が難しい!やっぱり形が無様に崩れてしまう。
それを見てニヤニヤしている木森さんがちょっと憎たらしいので、スネを軽く蹴ってやりました。
ただ、これも彼の自信作のひとつ。ありがたくいただくとしましょう。
弾力のあるクレープと、その間にあるクリーム。縦にフォークをいれた所で不器用なわたしはちょっと形を崩してしまったが、層となったそれらは、食感がよりいっそう楽しめるようになっている。クリームの甘さと生地の甘さ、歯ごたえという三つの楽しさ。
生地を一枚めくって食べると、これもこれでクレープ単体としての、生地のうまみをしっかり噛み締められる。ぺらっとしているのに、この存在感はなんだろう。
後を引く甘さをコーヒーに任せて、食べ進める。クリームがはみ出てしまったところ、生地が密集しているところ、端っこの方、色々ある。これが、色んな顔、いくつもの表情ということなのだろう。
「なるほど……」
「? どうした?」
「こんな感じなのかなって思ったんですよ、いくつもの顔……」
「あー、さっきの話?」
「そう、手嶌さんの……」
「なるほど……わかったようなわからないような……」
「わたしもそんなかんじなんですけど……」
と、いってコーヒーを飲むうちに。
足音もなかったのに、いつの間にか木森さんの背後に手嶌さんがたっているのを見て、わたしはコーヒーを吹きそうになった。
「お二人とも、僕が何か?」
心底不思議そうに、でもにこにこと尋ねてくる彼を見て、わたしと木森さんは二人で首を横に振る。
うーん!
やっぱり、手嶌さんは……不思議なのだった。色んな時に垣間見せるいくつもの表情。いくつもの顔。それでもまだ彼をはかるには足りないくらい、この人はたくさんの顔を持っているのかもしれない。
雨は小降りになったのか、雨音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
わたしは気を取り直しながら、手嶌さんに、無理やり飲み干したコーヒーのおかわりを頼むのだった。
32
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる