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あまあまモンブラン
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ごくたまになのだけど、まれぼし菓子店の面々に休憩時間に出くわすことがある。
前の店休日の手嶌さんしかり。星原さんとも一度あり、その時は立ち話で大いに盛り上がった。
そして……。
今回初めて木森さんが休憩している所に出くわした。
今日は空気も澄んで、よく晴れて、珍しく大分秋を感じられるような天気の日だった。
店の前に置いてあるベンチにかけて、木森さんはなにか熱心にノートに書き込んでいる。
休憩であっても休憩でないような雰囲気……ちょっとためらったが、結局わたしは彼に声をかけてみることにした。
「こんにちは、木森さん」
「うわっ!?」
彼はベンチから本当に数センチ飛び上がって、びっくりしていたように思う。
悪いことをしたなあ……。そう思ったので素直に謝った。
「ごめんなさい、びっくりさせて」
「いや……大丈夫」
「休憩中ですよね?」
「ああ…………座るか?」
「はい、ありがとうございます」
木森さんがベンチの隣席を勧めてくれたので、ありがたくかけることにする。
ノートに書き込まれている文字がちらりと見えたので、わたしは尋ねる。
「レシピの研究中ですか?」
「ああ……秋の新作メニューを色々と」
「なるほど……」
食欲の秋、実りの秋。
秋のまれぼし菓子店の新作メニュー。聞くだに魅力的な言葉だ。
葡萄、さつまいも、梨、カボチャに栗。わたしの好きなものが盛りだくさん!
思わずよだれが出そうになってしまう。
期待の秋だ。
「……多分あんたが好きそうなものは大概出来ると思う……っス」
もしかすると顔を見て察してくれたのか、木森さんはノートに目を落としたままそう言ってくれた。
「嬉しい! 木森さんのオススメはなんですか?」
「どれもだけど、やっぱりモンブランが……」
と、木森さんが言いさした時だった。
「あらっ!希じゃないの!」
そう言う女性の声がして、今度こそ木森さんは十センチくらい飛び上がったと思う。
声の方を見ると、ロングヘアを流したいかにも快活そうな妙齢の女性が立っていた。
女性はこちらに歩み寄ってくると首を傾げて、わたしと木森さんを交互に見る。
「隣は? カノジョ?」
「ち、ち、違う!! お客さん!」
真っ赤になって木森さんが否定するので、なんだかつられてしまい、わたしの頬もぽっぽと温まってきた。
「あら、それはごめんなさいね、お嬢さん」
「あ、大丈夫です。あの、あなたは……」
「あたしは希の姉で木森有子って言うの。いつも弟がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ!」
「姉貴、何しに……」
「何しにってもちろん、ケーキを食べにきたのよ。あんたのケーキを」
「……いらっしゃいませー……」
と、そんなこんなで。
何故か今日のわたしは、木森有子さんと同席して、木森さんのオススメ、モンブランがやってくるのを待っていた。
「いやあ、ごめんなさいね、あなたがあんまり可愛くて、あの人見知りが懐いてるもんだから、弟にもついに春が……とか思っちゃって」
「い、いえいえ良いんです。いつも木森さんには良くしてもらってますし、お菓子も美味しいし……」
有子さんによると、木森家は三女一男で、木森さんが末っ子なのだと言う。
末の弟はみんなに可愛がられており、皆に心配されてもいて、それで今回ついに店にやってきたのだとか。
「希は結構ぶっきらぼうで強そうに見えるけど、根っこがすごくシャイだからね。つい過保護になっちゃうのよ」
アッハッハと豪快に笑うお姉さんは、なるほど木森さんとは全然タイプが違うように思える。お姉さんたちは皆こんな感じらしい。
なんとなく木森さんの家の力関係がわかったような気がする……。
そんな話をしていたところで、モンブランが運ばれてきた。
日本のケーキの定番のひとつと言っていいだろう、モンブラン。名前の由来はフランス語で、白い山を意味するんだとか。
確かに栗で出来た薄茶のクリームの上には、粉砂糖がかけられていて、山の上の雪のように見えなくもない。一番のてっぺんには、マロングラッセ。
運んできてくれた木森さんが言う、
「……“まれぼしの秋”モンブランです」
その名前からするに、まれぼし菓子店でも秋の看板メニューってことなのだろう。
「へえー、美味しそうだわ、早速いただくわね」
と言う有子さんを、木森さんは緊張の面差しで見守っている。
わたしもなんだがつられてハラハラしてしまう。
「……ふうん」
モンブランを一口、口に運んだ後で、有子さんは頷き、その後無言で二口三口と食べ進めていく。
そして完食すると、カチャリとフォークを置いた。
「希」
「な、なんだよ」
「美味しいじゃない」
そう言った時の有子さんの笑顔はまるで花のように艶やかで、誇らしげだった。
木森さんは……赤くなってうつむき、おう、とか、ああ、とか小さく言っていた。
「おみやげにモンブランつつんで頂戴。パパとママとあたしたちの分とあんたの分で、六つね」
そしてテイクアウトの用意が整うと彼女は席をたち、
「お嬢さんも付き合ってくれてありがとうね。楽しかったわ。希のこと、これからもよろしく頼むわね」
「あっ、はっ、はい!」
彼女はわたしの分のお会計も払ってくれて、颯爽と店を去っていったのであった。
「木森さん」
「……ああ」
「お姉さん、すごいね」
「…………ああ」
すっかり圧倒されたわたしたちは、静かに頷きあったのだった。
さて、と気を取り直してモンブラン攻略に着手する。まず上のマロングラッセから。優しい甘さの栗は、モンブランという山の象徴に相応しく頂上にある。
そして栗のクリーム。ほのかな粉砂糖の風味から始まり、それが栗の存在がしっかり感じられるような、独特の風味としっかりとした甘さに変わる。
その下には、山は一枚岩ではないぞと言うかのように、スポンジとクリームが存在している。
ふわっとしたスポンジの食感。クリームのプレーンで優しい甘み。
決して有子さんの身内びいきではない、木森さんの間違いないお菓子作りの腕前。
うんうん頷きたくなる、納得の味だ。
「……美味いか。良かったっス」
「顔に出てました?」
「ああ、おまけにうなずいてた」
「それだけおいしかったってことですよ、まれぼしの秋は」
それにしても、有子さんは……それにきっと他のお姉さんたちも、末っ子の木森さんには甘々のデレデレなんだなと思った。
そう、ちょうどこのモンブランみたいに。
わたしは最後の一口をパクリと食べる。
口の中に広がる秋。これからも存分に満喫したい季節の到来だった。
前の店休日の手嶌さんしかり。星原さんとも一度あり、その時は立ち話で大いに盛り上がった。
そして……。
今回初めて木森さんが休憩している所に出くわした。
今日は空気も澄んで、よく晴れて、珍しく大分秋を感じられるような天気の日だった。
店の前に置いてあるベンチにかけて、木森さんはなにか熱心にノートに書き込んでいる。
休憩であっても休憩でないような雰囲気……ちょっとためらったが、結局わたしは彼に声をかけてみることにした。
「こんにちは、木森さん」
「うわっ!?」
彼はベンチから本当に数センチ飛び上がって、びっくりしていたように思う。
悪いことをしたなあ……。そう思ったので素直に謝った。
「ごめんなさい、びっくりさせて」
「いや……大丈夫」
「休憩中ですよね?」
「ああ…………座るか?」
「はい、ありがとうございます」
木森さんがベンチの隣席を勧めてくれたので、ありがたくかけることにする。
ノートに書き込まれている文字がちらりと見えたので、わたしは尋ねる。
「レシピの研究中ですか?」
「ああ……秋の新作メニューを色々と」
「なるほど……」
食欲の秋、実りの秋。
秋のまれぼし菓子店の新作メニュー。聞くだに魅力的な言葉だ。
葡萄、さつまいも、梨、カボチャに栗。わたしの好きなものが盛りだくさん!
思わずよだれが出そうになってしまう。
期待の秋だ。
「……多分あんたが好きそうなものは大概出来ると思う……っス」
もしかすると顔を見て察してくれたのか、木森さんはノートに目を落としたままそう言ってくれた。
「嬉しい! 木森さんのオススメはなんですか?」
「どれもだけど、やっぱりモンブランが……」
と、木森さんが言いさした時だった。
「あらっ!希じゃないの!」
そう言う女性の声がして、今度こそ木森さんは十センチくらい飛び上がったと思う。
声の方を見ると、ロングヘアを流したいかにも快活そうな妙齢の女性が立っていた。
女性はこちらに歩み寄ってくると首を傾げて、わたしと木森さんを交互に見る。
「隣は? カノジョ?」
「ち、ち、違う!! お客さん!」
真っ赤になって木森さんが否定するので、なんだかつられてしまい、わたしの頬もぽっぽと温まってきた。
「あら、それはごめんなさいね、お嬢さん」
「あ、大丈夫です。あの、あなたは……」
「あたしは希の姉で木森有子って言うの。いつも弟がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ!」
「姉貴、何しに……」
「何しにってもちろん、ケーキを食べにきたのよ。あんたのケーキを」
「……いらっしゃいませー……」
と、そんなこんなで。
何故か今日のわたしは、木森有子さんと同席して、木森さんのオススメ、モンブランがやってくるのを待っていた。
「いやあ、ごめんなさいね、あなたがあんまり可愛くて、あの人見知りが懐いてるもんだから、弟にもついに春が……とか思っちゃって」
「い、いえいえ良いんです。いつも木森さんには良くしてもらってますし、お菓子も美味しいし……」
有子さんによると、木森家は三女一男で、木森さんが末っ子なのだと言う。
末の弟はみんなに可愛がられており、皆に心配されてもいて、それで今回ついに店にやってきたのだとか。
「希は結構ぶっきらぼうで強そうに見えるけど、根っこがすごくシャイだからね。つい過保護になっちゃうのよ」
アッハッハと豪快に笑うお姉さんは、なるほど木森さんとは全然タイプが違うように思える。お姉さんたちは皆こんな感じらしい。
なんとなく木森さんの家の力関係がわかったような気がする……。
そんな話をしていたところで、モンブランが運ばれてきた。
日本のケーキの定番のひとつと言っていいだろう、モンブラン。名前の由来はフランス語で、白い山を意味するんだとか。
確かに栗で出来た薄茶のクリームの上には、粉砂糖がかけられていて、山の上の雪のように見えなくもない。一番のてっぺんには、マロングラッセ。
運んできてくれた木森さんが言う、
「……“まれぼしの秋”モンブランです」
その名前からするに、まれぼし菓子店でも秋の看板メニューってことなのだろう。
「へえー、美味しそうだわ、早速いただくわね」
と言う有子さんを、木森さんは緊張の面差しで見守っている。
わたしもなんだがつられてハラハラしてしまう。
「……ふうん」
モンブランを一口、口に運んだ後で、有子さんは頷き、その後無言で二口三口と食べ進めていく。
そして完食すると、カチャリとフォークを置いた。
「希」
「な、なんだよ」
「美味しいじゃない」
そう言った時の有子さんの笑顔はまるで花のように艶やかで、誇らしげだった。
木森さんは……赤くなってうつむき、おう、とか、ああ、とか小さく言っていた。
「おみやげにモンブランつつんで頂戴。パパとママとあたしたちの分とあんたの分で、六つね」
そしてテイクアウトの用意が整うと彼女は席をたち、
「お嬢さんも付き合ってくれてありがとうね。楽しかったわ。希のこと、これからもよろしく頼むわね」
「あっ、はっ、はい!」
彼女はわたしの分のお会計も払ってくれて、颯爽と店を去っていったのであった。
「木森さん」
「……ああ」
「お姉さん、すごいね」
「…………ああ」
すっかり圧倒されたわたしたちは、静かに頷きあったのだった。
さて、と気を取り直してモンブラン攻略に着手する。まず上のマロングラッセから。優しい甘さの栗は、モンブランという山の象徴に相応しく頂上にある。
そして栗のクリーム。ほのかな粉砂糖の風味から始まり、それが栗の存在がしっかり感じられるような、独特の風味としっかりとした甘さに変わる。
その下には、山は一枚岩ではないぞと言うかのように、スポンジとクリームが存在している。
ふわっとしたスポンジの食感。クリームのプレーンで優しい甘み。
決して有子さんの身内びいきではない、木森さんの間違いないお菓子作りの腕前。
うんうん頷きたくなる、納得の味だ。
「……美味いか。良かったっス」
「顔に出てました?」
「ああ、おまけにうなずいてた」
「それだけおいしかったってことですよ、まれぼしの秋は」
それにしても、有子さんは……それにきっと他のお姉さんたちも、末っ子の木森さんには甘々のデレデレなんだなと思った。
そう、ちょうどこのモンブランみたいに。
わたしは最後の一口をパクリと食べる。
口の中に広がる秋。これからも存分に満喫したい季節の到来だった。
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