まれぼし菓子店

夕雪えい

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ほろにがアフォガート

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 突然だけど、わたしは普通の女子だと思う。
 で、わたしも普通の女子なので、誰かに好感を持つことはある。
 もっともその多くは恋なんてほどに育ったものではなくて、もっと芽のような小さな感情で終わるものだった。

 今回もそうだった。
 いつも優しくて気さくな同僚に、ちょっとだけ抱いていたささやかな好意。
 しかしそれは好意になりかけた瞬間に泡のように儚く消えた。

 というのも週末の帰り道、その彼が彼女(これもまた同僚の良い子だった)と待ち合わせているのを目撃してしまったからである。
 まあ良い人には大抵良い相手がいるもの、これは道理である。
 とにもかくにも、あまりにも短すぎる恋のつぼみの寿命だった。


「……はあ」
 かくして今日もわたしはまれぼし菓子店。
 梅雨よりじめっとした空気を感じたからなのか、木森さんはわたしを一瞬見たら、厨房に逃げていって(と言って間違いないだろう)しまった。
 手嶌さんはいつも通り優しい顔だけど、苦笑の感じが否めない。

 そんなに……。
 わたしったらそんな酷い顔してるのかしら。

 なんだかむしゃくしゃしているところに、星原さんがメニューを持ってやってきた。
「今日はほろ苦いヤツにしておく?」
 開口一番こうである。
「星原さん~~」
「よしよし。なんだか上手くいかないことってあるよね」
 よしよしされながらわたしはテーブルに突っ伏した。
 今日のこの気持ちをなんとしてくれよう。
 いっそ思い切り苦くなってしまえば気持ちの晴れようもあるのだろうか。

「なに、振られたの?」
「そんなんじゃないですよ」
「でもなんかにがーい顔してるよ。苦虫を千びきくらいかみ潰したような顔」
「千びきもですか!」
「そうよ。今日はそうだね、あたしのオススメメニューを食べてってよ」

 そう言うと、彼女はエスプレッソコーヒーの用意を始める。それとともに、厨房の木森さんに向かって、
「木森、バニラアイスとローストアーモンド!」
「アレっすね」
「そうよ。逃げてかないでちゃんと作ってね」
「……あい」
 やっぱり逃げてったのか……。

「何ができるんです?」
「それはね、出来てからのお楽しみ」
 と、星原さんはウィンクをするのだった。
 ほどなくして木森さんが恐る恐るといった有様で、少しふかめのガラスの器に入ったバニラアイスと、細かく砕かれたローストアーモンドを持ってくる。
 その頃には、ちょうど星原さんのエスプレッソの用意も終わっている。
 エスプレッソはごくごく少量だ。

「アイスクリームにお好みの量のコーヒーをかけて召し上がれ。ローストアーモンドはお好みで」
 あ、これ、知ってる。
 なんて言うんだっけ、ア、アフォ、……。
「アフォガートっていうのよ」
「アフォガート、聞いたことあります。頂きます」

 温かいエスプレッソコーヒーをそろそろとバニラアイスにかけていく。
 ふわりと濃いコーヒーの香り。アイスがじんわりと溶けていく。

「アフォガートって、溺れるアイスって意味なんだって」
「確かに、アイスクリームがコーヒーの中で、猛烈に溺れてますね」
 うっかり一気に全部のエスプレッソをかけたら、二段重ねのアイスクリームが溶け始めてゴボゴボに溺れている。溶けかけた雪だるまみたいだ。
 その様になんだか知らず微笑んでしまっていた。

 初めにそのまま匙を入れてみる。バニラアイスの甘みが強く舌の上に感じられるも、最後に残るのはコーヒーの強い苦味。
 そのギャップにちょっと驚きながら、もう一匙。今度はコーヒーの苦味がやってきてからの、バニラアイスの甘み。ほろ苦くとても甘く快い。

 ローストアーモンドを少し振りかけて食べてみる。
 香ばしさが追加されたアフォガートは、また別の落ち着いた美味しさを醸してくる。
 わたしはローストアーモンド込みの味の方が、香ばしくてポリポリサクサクとした食感もあり、好み!

 二段重ねのアイスとアイス、それにコーヒーの接触してる場所が、シャリシャリした食感になっているのも楽しい。ここはお楽しみポイントだ。

 とびっきり甘くて、かすかにほろ苦い。それって。

「今日のにがーい気分にはちょうどいいんじゃないかなと思うけどどうかしら?」
「そのこころは?」
「甘やかされすぎても悲しいけど、ちょっとは甘やかされたい時に、少しのほろ苦さを込めて」
 にこっと星原さんが笑う。
 彼女の笑顔は梅雨の晴れ間のようで、わたしの胸の曇天がだんだんと晴れていく。

「〝雲の切れ目〟アフォガートのお味はいかがでしたか?」
「聞くまでもなくわかってる顔してますよね?」
「何しろあなたの顔が語ってくれてるからね」
「もー。でもうん。とっても……美味しいです!美味しかったです」

 アイスの溶けきらないうちにといつの間にか急いでいたみたいで、器の中はすてに空っぽである。
 代わりにわたしの心の中には、梅雨の晴れ間に出会ったみたいな気持ちが残っていた。

「星原さんのチョイス、間違いないですね」
「そうでしょ」

 折しも、ずっと降りしきっていた外の雨もあがったところのようだった。
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