まれぼし菓子店

夕雪えい

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特製プリンの誘惑

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 プリンといえばあんこと同じで、またしても派閥がある。主に、かたいプリン派と柔らかいプリン派に分かれる。
 どっちが王道だと断じる気はない。
 わたしはどちらも美味しく頂く。けれど、どちらかというとかたいプリンが好き。
 しかもカラメルがしっかり効いてるプリンが好きなのだ。

 という話を、以前あんこ論争となった木森さんとしてみた。
 すると、彼もなんとかたいプリン派だという。
 今日はちょうど客足も落ち着いているので、木森さんもホールに出てきている。人見知りの彼がわざわざ接客に出てきてくれるのは、いよいよまれぼし菓子店に馴染んできた気がしてなんだか嬉しい。

「というわけでうちのプリンはかたいのだけなんスよ」
 むしろ得意げに言うのが面白かった。
「今回は木森さんと趣味が一致しましたね~」
「カラメルがちゃんとしてるやつが好きで」
「そうそう!! そうなんですよね!」
「皿に富士山みたいに立つくらいのが好き」
「わたしも~」
 今度は前と反対に、なんだかすっかり意気投合してしまった。

 プリン、今でも食べるけど、子供の頃は一際嬉しいおやつだった。三連になったお安いのから、個包装のもの。お子様ランチについてるものや、お店で食べるようなプリンアラモードなんか、ちょっとお目にかかれないご馳走のような感覚だったと思う。
 というとこれも感覚が古いと言われてしまうだろうか。
 おばあちゃん子だったわたしには、とにかくちょっと懐かしいメニューに愛着が強いものが多いのだ。

 今は逆に、アラモードとかクリームの乗ったのを頼むよりは、プレーンなプリンそのものを楽しむことが多い。

 木森さんが朴訥とした調子で語るところによると、彼もおばあちゃん子で外出と言うとよくプリンを食べていたらしい。
 それが製菓への興味へとつながって、自分で作るようになり、そしてプロへ……。というから、幼い頃の記憶というのは後の人生に大きな影響があると言って違いないと思う。

「もちろん、プリンだよな?」
「もちろん!」
 同志を見る顔で互いに視線をかわし、今日のメニューはあえなく決まったのだった。

「お待たせしました、〝懐旧の香り〟特製プリンです」

 木森さんの力の入りようが半端ではなくて、ちょっと笑ってしまう。
 いつもはどちらかというと寡黙で無表情な木森さんのドヤ顔は、なかなか見る機会がない。
 それほどにプリンが好きということだろう。もちろん、わたしだって負けていないと思う!

 さっき彼が口にしたとおりに、お皿の上に富士山みたいにそびえ立つ、頑丈なプリンである。そのくせテーブルの上におくと、ふるりと震える儚さまでをも備えているから、プリンというのは何だかずるい食べ物だと思う。
 カラメルが溺れるほど掛かっていて、見た目も理想の美味しそうなプリン。シンプルな白い陶器の器が、かえって食欲を刺激する。

「これが木森さん自慢のプリンかあ……」

 思わず独りごちてから、いそいそと匙をとる。あの木森さんが自慢げにしているということは、それ相応にすごいものなのだろうと思ってしまう。好きこそ物の上手なれというか……好きなものだけにこだわりもかなり深いだろう。

 匙を入れるとほんの少しの手応えを感じる。この瞬間はとてもたまらない。大きめにすくいとったプリンが、匙の上でふるふると震えている。
 そのまま口に運ぶ。

 まず強い卵の味。そしてちょっとだけ弾力。あ、懐かしい……そう思う。そしてほろりと苦味のあるカラメルの味。これがまた嬉しい。
 カラメルの癖のある味に決して負けない強さを持つ、土台のプリンの味の頼もしさ、美味しさ。
 一口二口と食べ進むうちに、段々とその強さがよく理解できるようになってくる。
 食べ進む匙がぜんぜん止まらない。

 これが木森さんのプリンの完成系かあ、と心の底からほっこりする。懐旧、まさしくそうなんだ。

 気がつくと、お皿の上は綺麗にまっさら。富士山をあっという間に平らげてしまった。

「満足して貰えたみたいで良かった」
 傍らにいつの間にかやってきていた木森さんが、我が意を得たりとばかりに、うんうんとうなずいている。
 またわたしったら、顔に出ていたのだろうか、恥ずかしい。

「うちのばあちゃんはもう死んじまったけど」
 わたしの祖母は健在だ、
「思い出っていうのは案外しっかり残ってるなって」
 その通りだと思う、
「プリン作るときに思うよ」
「……そうですね」

 そうか、木森さんのお祖母さんはもう亡くなっちゃったのか。
 なおさら、思い出のプリンという気持ちは強いことだろう。
 ちょっと、しんみり。外の雨音が心なしか強くなる。
 ぽつぽつと街路樹や植え込みの葉を弾く雨の音を聴きながら、しばらく無言の空間。

「ところで」
「?」
 珍しく先に口を開いたのは木森さんだった。
 しかもいたずらっぽい笑顔で。

「おかわりも、ある」
「おかわりします」
 わたしは決断的にそう答えた。
 そして二人して……顔を見合わせて笑ったのだった。
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