まれぼし菓子店

夕雪えい

文字の大きさ
上 下
10 / 96

まったり白玉抹茶パフェ

しおりを挟む
 桜庭先輩との約束を果たす日が、意外と早くやってきた。
 約束……というのは言うまでもない。まれぼし菓子店でまた美味しいお菓子を一緒に食べる! という、他愛ないけど心ときめくものだ。
 先輩が良い人なのはこないだわかったけれど、まだ完全に打ち解けてはいない。だから、共通の仕事か何かのご褒美にするのが、距離感的にちょうどいいのかなと考えていた。

 そんな折だ。ドドッと大量に急ぎの仕事が入ってきて、わたしたちは二人でさすがにひいひい言いながら残業三昧の日々を送ることになった。共通の仕事が欲しいとは言ったけど、ここまでのものは望んでいない、断じて!
 仕事の山、山、山……。いくつの山を二人で越えただろうか。
 やっと終わりが見えたのは金曜日の夜遅くのことだった。

「やっと終わったわね……」
「はい、なんとか……」
 先輩の顔にも疲れの色が隠せずに見える。わたしだって、へろへろだ。
「あ!」
「?」
 そこで思いついたのだ。
 こんな日は……。こんな日こそ!
「桜庭先輩! ご褒美を食べに行きませんか?」
「ご褒美ってこんな時間から? 私お酒は飲めないわよ」
「大丈夫です。行きましょう、あの店に!」
「あの店って……あの店!?」
「はい、あの店です!」
 かくしてわたしは先輩の手を引いて、再びまれぼし菓子店にやってきたのだった。

「いらっしゃいませ」
 迎えてくれたのは手嶌さんだった。
 魔女の屋敷のような不思議な店内に入り、ふかふかのソファにかけると、先程まで仕事でささくれていた気持ちが嘘のように溶けて、ゆったりとした気持ちになる。
 いつものようにお水を用意してもらい、古風な表紙のメニューを開く。

 今日は珍しくこれというメニューが決まっていない。何にしようかなと二人でページをめくっていると、しばらくして手嶌さんが口を開いた。

「抹茶白玉パフェはいかがですか?」
 夜更けに提案してくるには罪なメニューの名前である。ちょっと非難がましい目を彼に向けてしまった。彼は彼で、釈明するように、
「お二人ともずいぶんお疲れみたいでしたから……何か、やり遂げたあとなのかなと」
 なら……と彼は続ける。
「いわゆるご褒美というのも悪くは無いんじゃないかと思いまして」
「もう……手嶌さん……そういうところですよ」
「あはは」
 まさにその通りではある。
 わたしと先輩は顔を見合わせて頷いた。では今日は、ご褒美の白玉抹茶パフェで。
「かしこまりました」
 少し可笑しそうに、微笑ましそうに、手嶌さんが笑って厨房へ引っ込んでいく。
 さてご褒美に相応しい素敵なパフェが本当に出てくるのかな? ……なんてね。

 長いパフェスプーンがまず先に用意される。そこでもうわくわくしてきてしまうのだ。
 パフェって本当に心弾む。
 桜庭先輩もわたしと心は同じようで、さっきからちらちらバックヤードのほうに頻繁に視線をやっている。

「“とろける魔法”白玉抹茶パフェです」

 小ぶりのソフトクリームに抹茶が降り掛かっている。それに、抹茶アイス。白玉といちごとあんこが乗って、コーンフレーク。その下にまたアイスクリームと抹茶のブラマンジェ。
 ううん! これは大盛りだ。

 いつも思うけど、パフェってどう食べるのが正解なんだろう。上から段々と層になって下まで続いているパフェ、それぞれの層を平らげていくべきなのか、それともいくつかの層の調和を楽しむべきなのか……。
 などとしょうもないことを考える。どう食べたって正解なんだろうな。
 とろける魔法が溶けてしまわないうちにと、わたしたちはいそいそ匙を持ち上げた。

「うーん抹茶の苦味が……」
「あーこのアイスがほんとに……」
「コーンフレークもおいしくて……」
 全部語尾まで言いきれない美味しさである。
 ソフトクリームとアイスクリームにはそれぞれことなった喜びがある。ソフトクリームのはかない食感、アイスクリームのしっかりと重厚な食感。どちらも抹茶を纏ってほんのり苦味と甘みを持っているのが良い。
 白玉とあんこは安定の組み合わせだ。もちもちして味自体はあまりない白玉にあんこが絡まると鉄壁の定番になる。
 口が甘くなったところで放り込む、いちごの甘酸っぱさ。

 ここで先輩の顔を見ると……この人もしかしてめちゃくちゃ可愛い人かもしれないと思う。幸せいっぱい夢いっぱいを地で行く、なんとも素敵な表情だった。わたしもつられて笑顔になりながら、パフェスプーンは決して手離せない。

 コーンフレークは玄米まじりのものなのか、独特の香ばしさがある。ザクザク食べていくうちにまた、今度はバニラのアイスにたどり着いて口の中が冷たくなる。そこに柔らかい美味しさのブラマンジェ。
 こうしてひとつの物語のように、一通りの味わいが終わる。

「これは……」
 桜庭先輩が息を飲んでいるのがわかる。
「これは確かにご褒美ね」
 次に出てきたのは無邪気な笑顔と言葉だった。
 わたしも、手嶌さんもつられて笑顔になる。
「ほんとに!」
「表情もとろける魔法、ということで、ひとつ」
 手嶌さんにそう言われてわたしも桜庭先輩も自分の頬に手を当てていた。お互い少し赤面していたかもしれない。
 何処までも、とろけてしまっていく。

 ご褒美の余韻は深く、わたしも先輩も喫茶室で夜遅くまで他愛のない話にも、そうでない話にも花を咲かせた。仕事のことも、恋愛のことも、先輩が天涯孤独だからしっかりしてるということも。
 わたしはどんな顔をして彼女の話を聞いていただろうか。いずれにしても別れる時には、先輩はにこにこの笑顔になっていた。パフェを食べ終えた時と同じように。

 この分だと、次の約束を果たす日もそう遠くは無さそうだ。
 約束の日を楽しみに、わたしは先輩を見送って帰路に着いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

不妊を理由に離縁されて、うっかり妊娠して幸せになる話

七辻ゆゆ
恋愛
「妊娠できない」ではなく「妊娠しづらい」と診断されたのですが、王太子である夫にとってその違いは意味がなかったようです。 離縁されてのんびりしたり、お菓子づくりに協力したりしていたのですが、年下の彼とどうしてこんなことに!?

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

処理中です...