大魔女さんちのお料理番

夕雪えい

文字の大きさ
上 下
61 / 61
07 大魔女さんと大海原

竜の涙のミネストローネ 後編②

しおりを挟む
 ……目が覚めた。
 もうめまいはないし、体も重くない。どうやら痛いところもないみたいだ。なんとか自分が大丈夫そうなことに安堵する。

 意識を取り戻したあとにすぐに目に入ってきたのは、心配そうに僕を見つめるトッティとルジェとエリーチカの姿だった。
 僕が気がついたとわかると、みんなとてもほっとした顔になり、口々に謝罪やら喜びやらをまくし立てる。
 みんなで一気に言うものだから、全然聞き取れない!
 でもそれだけ心配してくれたってことだ。ありがたいのと申し訳ないのとで胸がいっぱいだった。

「ごめんね、心配かけて。あ、そうだ。邪竜はどうなったの?」

 見回す限りだとここはまだ洞窟の中。しかもさっきドラゴンと戦っていた場所だ。
 でも竜の姿はなくて、みんなは無事。
 ということは――。

「もちろん倒したわ。竜の体は死ぬと魔法力マナのかけらに分解されて消えちゃうから、もう残ってないんだけど。その代わりに――見て、あれを」
「アレって……」

 トッティの示す方向を見ると、そこには大きな泉があった。遠目から見ても、こんこんときれいな水が湧き続けているのがわかる。
 僕が倒れる前まではあんな泉はなかったはずだ。いつの間に?
 さらにその泉の真ん中には、大きな水色のたまごがあった。

「あれは竜の卵よ。竜が死ぬと残された魔法力はああやって卵と泉を作るの。泉の中で卵は孵化ふかして、また新しい竜が生まれる。そしてまた世界を守るの」
「それじゃ、死んじゃった竜の痕跡は何も残らないの?」
「いいえ。新しい竜は、前の竜の魂の一部を引き継ぐと言われているわ。体がなくなっても、魂はなくならない。それがこの世界の生命のサイクルなのよ」

 魂はなくならない、か……。
 じゃあせめて、僕は忘れないで覚えておこう。あの竜のこと。
 結果として邪竜と呼ばれる存在になってしまったけど、長い間この世界を守ってくれていたのは間違いないんだから。
 孤独に生きて孤独に死ぬ運命の竜。僕は心の中で黙祷もくとうを捧げた。

「そういえばみんなのケガは大丈夫? トッティたちもだし、討伐隊の人たちは……」
「私たちは平気。部隊にも死者は出てないわ。でも多かれ少なかれケガはしてる。そのことでカイにちょっと相談があるの」
「何だろう? 僕にできることなら何でも!」
「ごめんなさいね、まだ起きたばかりなのに」

 戦闘では全く役に立たなかったばかりか、さらわれかけたり倒れたりと散々だった。
 みんなは気にするなと言いそうだけど、さすがに何かしらの埋め合わせをしないと僕の気が済まない。

「みんなのために食事を作れないかしら? 竜の卵のあるあの泉は、『竜の涙』と呼ばれていて強い魔法力があるの。これで料理を作って体内に取り込めば、自己治癒力が高まってみんなのケガも早く治るから」
「なるほど! あれだけたくさん水が湧き出しているなら、少し分けてもらっても大丈夫そうだもんね」
「ええ。討伐隊にも調理係がいて、手伝ってくれるって。良かったら献立を考えてくれないかしら?」
「おやすい御用だよ!」

 竜の涙か。
 水をたくさん使った料理。そして大勢が疲れを癒せるようなメニューといえば、やっぱりスープだろうか?

 考えながら立ち上がってみると、幸いふらつくこともなかった。
 良かった、一時的な不調だったみたいだ。やっぱり魔族のせいだったのかもしれない。
 僕は早速調理係の人たちと話し合い、料理を作り始めることにした。


「よし、できた!」

 完成する頃にはそこそこの時間が経っていた。
 いくつもの大きな鍋に、たっぷりのスープが湯気を立てている。
 みなさんお待たせしましたって感じだ。
 僕は今回みたいな大部隊のための料理を作るのは初めてだったけど、そこは歴戦の調理係の人たちがカバーしてくれた。
 美味しく仕上がったと思う。

 スープと言っても、具材は色々入れてみた。
 玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、豆。それと部隊のみんなが持っていたドライトマトを刻んだもの。
 あとは以前作りためて乾燥させておいた僕の手作りマカロニをありったけの量入れた。

「大魔女様の料理番さん。具だくさんのスープ、美味しそうですね!」
海人マーフォークのみなさんが気に入ってくれると良いんですけど……」
「大丈夫ですよ。この味はみんなも好むと思います!」

 マーフォークの調理人たちと話してみると、意外と好感触みたいだ。
 ドライトマトを食料に持っているだけあって、トマトの風味が活きたスープは結構口に馴染みやすいのかもしれない。

「このスープには何か呼び名があるんですか?」
「そうですね……。『ミネストローネ』かな!」

 僕が見慣れているのとは少し違うけど、ミネストローネと呼んで良いと思う。
 ミネストローネは確かイタリア料理だったはずだ。日本ではトマトのスープって感じだけど、本場では具の野菜もその時々で変わるものらしいし。
 マーフォークたちはスープを器に盛り付けながら、嬉しそうに言う。

「ミネストローネ。竜の涙のミネストローネですか。この勝利の記念になりそうな、素晴らしい料理です」


 そのあとミネストローネを盛り渡して、炙った黒パンと一緒にみんなで分かちあって食べた。
 これが文字通りの『同じ釜の飯』というやつなんだろう。

 戦いが終わり、泡沫うたかたの大地の危機が無事に回避されたことも手伝ってみんな表情が明るかった。
 大きな戦いをまたひとつ乗り越え、僕もひと心地ついた気持ちだった。

 ただひとつ、戦いの最大の功労者のひとりであるキースさんの姿が見えないのだけが引っかかっていたんだけど……。
 トッティはまだ魔族や瘴気しょうきの後処理に忙しそうだったし、ルジェはルジェでその武勇に興味を持ったマーフォークに引っ張りだこだ。エリーチカは戦いの疲労からか、満腹になった途端に眠りこけてしまっている。

 ……なんだか聞きそびれてしまった。
 仕方なしに食事を終えると、僕は後片付けをすべく立ち上がるのだった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

TW  nabe
2024.09.19 TW nabe

異世界ものの中では、異色なのかな?楽しく読ましてもらってます。この世界の人たちは皆 主人公のご飯食べて 仲良くなるんじゃなかろうか?主人公は現実世界に、帰ってもかえらなくても幸せになるような気がしますね。続き楽しみです。

夕雪えい
2024.09.19 夕雪えい

こんにちは!お読みいただき、嬉しい感想までありがとうございます😊
意外にも異色な方なんでしょうか?ごはんものは結構あるだろうなあと思いながらも、好きなものを詰め込んで書いておりました!
ごはんを囲んで仲良くなれるって、とても素敵なことですよね。
これからも1日最低1話ずつ更新していく予定ですので、ぜひこの先もお付き合いくださいませ🙇🏻‍♀️

解除

あなたにおすすめの小説

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ
ファンタジー
遥かな昔、凡ゆる魔術 凡ゆる法を極め抜き 老いや衰退すらも超克した最強の存在 魔女達の力で、大いなる厄災は払われ 世界は平穏を取り戻してより 、八千年 …避けられぬと思われていた滅びから世界を救った英雄 又は神として、世界は永遠を生きる七人の魔女達によって統治 管理 信仰され続けていた… そんな中 救った世界を統治せず、行方をくらませた 幻の八人目の魔女が、深い森の中で 一人の少女を弟子にとったと言う 神話を生きる伝説と 今を生きる少女の行く末は、八千年前の滅びの再演か 新たな伝説の幕開けか、そんなものは 育ててみないと分からない 【小説家になろうとカクヨムにも同時に連載しております】

筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron
ファンタジー
いつもの様にジムでトレーニングに励む主人公。 自身の記録を更新した直後に目の前が真っ白になる、そして気づいた時には異世界転移していた。 魔法の世界で魔力無しチート無し?己の身体(筋肉)を駆使して異世界を生き残れ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。