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07 大魔女さんと大海原
竜の涙のミネストローネ 後編①
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ヒヤリとした空気を感じる。
魔族が作り出したどこへ通じるともわからない穴に、今まさに引きずり込まれかけてるのかもしれない。
そうなればどうなるのか、考えただけで嫌な予感に身がすくむ。
でも――。
僕は思い直した。
目をつぶってたらダメだ。
諦めてたら、もし逃げ出すチャンスがあったとしても逃げられない。
怖くても目を開けてしっかり見ないと。
目をそらしたらダメだ。自分から諦めちゃいけないんだ。
「――!?」
おそるおそる目を開いた瞬間、僕の視界には意外なものが映った。
僕に絡みついていた魔族の触手が、何本も切断されて吹っ飛んでいるのだ。
それから刹那の間も置かずに、また数本がバラバラと散る。
「なっ……! 貴様いつの間に――」
その問いを全部言い終わる前に、魔族は断ち切られていた。ちょうど体の真ん中から右と左に分かれて、そのまま地面に墜落して弾け飛ぶ。
魔族にとっても予想外の事態が起こったのは明らかだった。
僕にわかったのは、どうやってか魔族が一瞬で斬られたということだけだ。
ってことは――。
途端に浮遊感が戻ってくる。
確かに解放はされたんだけど、空中に置いてけぼりにされてしまった僕の体が落下し始めたのだ。
「お、落ちる――!」
いつかを思い出す状況だ。この世界に飛ばされてきたばかりのあの時。
二度と味わいたくなかった自由落下の感覚。
あの時はトッティが助けてくれたけど、今は竜にかかりきりでとてもそんな余裕はなさそうだ。
でも、悲鳴を上げながら落ちる僕を、誰かの腕が支えてくれた。
そのまま視界は何度かの回転を経て地面に近づく。
そしてその人は着地した。人ひとり抱えているとは思えない、トンというあまりにも軽い音を立てて。
思わずその顔を見上げてしまう。
僕をお姫様抱っこしていたのは――見知らぬ男性だった。
バンダナを巻いた短い金髪、それと青い目。整った精悍な顔立ちをしていて、背中には剣の柄? が見える。
ええと……とりあえずお礼を言って、下ろしてもらわなくちゃ。この体勢はさすがにちょっと。
「あの、ありがとうござ――」
「魔女! 俺ごと撃て!」
男性はそう叫ぶと、即座に再び地面を蹴った。
僕を抱えているとは到底思えない動きだ。
その直後に、トッティが放った雷撃が何筋にも分かれて地面に突き刺さる。
まだしぶとく生き残っていた魔族にトドメを刺したのだと、僕は遅れて気がついた。
雷は魔族以外には当たらなかったけど、それは僕を抱えて避けてくれたこの人のおかげだ。『俺ごと撃て』の言葉に応えて、トッティはごく短時間でコントロール無視の魔法を放ったのだから。
「立てるな?」
「あっ、はいっ! ありがとうございました……!」
洞窟の壁際まで移動してから、男性は僕を下ろしてくれた。
なんとか意識を取り戻したらしいエリーチカが、すぐにすっ飛んでくる。
「ピィィ! カイ! 守りきれなくてごめんなさいぃ……」
「いやそんな……、謝らなくて良いよ!」
「おい、妖精」
「ふぁいっ!? 誰ですう、この人っ!?」
「いや、僕も分からないんだけど……」
男性は僕たちの疑問には答えずに、鞘に納めていた剣を抜いた。大きくて長い剣はいかにも重そうだったけど、この人は羽か何かでも触っているように軽々と扱う。
それに下ろしてもらってわかったけど、この人、でかい。百八十センチはゆうに超えてるし、ガッシリとしていて体格も良い。
「お前は盾の魔法に専念しろ。短時間守れば十分だ。それでもきつい時は、自分と、この若いのだけ守れ。良いな?」
「え、でもまた竜が魔法を使ったら危険ですよう……?」
「おい。良いな?」
「ひゃ、ひゃい!」
「良し」
そう言うと男性は剣を携えて風のように駆け出した。
この窮地に、突然現れたものすごく強い剣士。
もしかして、もしかするとこの人は――。
「キース!」
「お師匠!?」
トッティは竜と睨み合ったままそう言い、ルジェも驚きの声を上げる。
やっぱり――。
この人は、トッティの元仲間。そしたルジェのお師匠さんでもある『キース』さんなんだ。
なんでこんなところにいるのかはわからないけど、救いの神、地獄で仏とはこのことかもしれない。
「一気に行くぞ!」
「前の時より手強いわ。油断するんじゃないわよ!」
「誰にものを言っている」
笑いながら応えたキースさんは、流れるような動きで竜の攻撃を避ける。そのまま怒涛の勢いで攻め立て始めた。
無骨な大剣を力任せに振るだけではない。わずかに存在するウロコの合間を的確に斬り、あるいは突く。
さながら鎧の隙間を縫うように。どれだけの精密さが要求されるのか想像もつかない。まさに人間業とは思えない剣技だ。
キースさんの傷つけた場所を狙い、ルジェが追撃していく。
二人がかりの猛攻で邪竜は攻撃する隙を確実に失っている。
そこにトッティが絶え間なく魔法を撃ち込んでいく。
負担が軽減されたエリーチカも、順調に障壁の魔法で援護ができる。
こうなれば全てが噛み合い、良い感じに回り始める。
さっきまでの嫌な雰囲気は、気づけば全然なくなっていた。
たった一人が増えただけでこんなに違うなんて――。
いや、仮にトッティが二人いるようなものだと考えれば、当然の結果なんだろう。
戦いの状況は見違えるほどに良くなってきた。
そこで僕はふと体の力が抜けるのを感じた。
気が抜けた? いや、まだしっかり緊張してる。
魔族につかまったせいで体が消耗したのかもしれない。
とにかく、まだ予断を許さない状況なのに座り込んだり倒れたりするわけには……。
壁によりかかってこらえてみたものの、効果がない。だんだんと目の前が暗くなっていく。
貧血ってこんな感覚なんだろうか。
「えっ!? カイ! 大丈夫ですかぁ!?」
慌てるエリーチカの声も、戦場の喧騒も遠く聞こえる。
次に目が覚めた時には、どうかみんなの勝利で無事に戦いが終わっていますように。
そんなことを祈りながら、僕はズルズルと座り込む。そして視界は暗転し、僕の意識はぷっつりと途切れてしまったのだった。
魔族が作り出したどこへ通じるともわからない穴に、今まさに引きずり込まれかけてるのかもしれない。
そうなればどうなるのか、考えただけで嫌な予感に身がすくむ。
でも――。
僕は思い直した。
目をつぶってたらダメだ。
諦めてたら、もし逃げ出すチャンスがあったとしても逃げられない。
怖くても目を開けてしっかり見ないと。
目をそらしたらダメだ。自分から諦めちゃいけないんだ。
「――!?」
おそるおそる目を開いた瞬間、僕の視界には意外なものが映った。
僕に絡みついていた魔族の触手が、何本も切断されて吹っ飛んでいるのだ。
それから刹那の間も置かずに、また数本がバラバラと散る。
「なっ……! 貴様いつの間に――」
その問いを全部言い終わる前に、魔族は断ち切られていた。ちょうど体の真ん中から右と左に分かれて、そのまま地面に墜落して弾け飛ぶ。
魔族にとっても予想外の事態が起こったのは明らかだった。
僕にわかったのは、どうやってか魔族が一瞬で斬られたということだけだ。
ってことは――。
途端に浮遊感が戻ってくる。
確かに解放はされたんだけど、空中に置いてけぼりにされてしまった僕の体が落下し始めたのだ。
「お、落ちる――!」
いつかを思い出す状況だ。この世界に飛ばされてきたばかりのあの時。
二度と味わいたくなかった自由落下の感覚。
あの時はトッティが助けてくれたけど、今は竜にかかりきりでとてもそんな余裕はなさそうだ。
でも、悲鳴を上げながら落ちる僕を、誰かの腕が支えてくれた。
そのまま視界は何度かの回転を経て地面に近づく。
そしてその人は着地した。人ひとり抱えているとは思えない、トンというあまりにも軽い音を立てて。
思わずその顔を見上げてしまう。
僕をお姫様抱っこしていたのは――見知らぬ男性だった。
バンダナを巻いた短い金髪、それと青い目。整った精悍な顔立ちをしていて、背中には剣の柄? が見える。
ええと……とりあえずお礼を言って、下ろしてもらわなくちゃ。この体勢はさすがにちょっと。
「あの、ありがとうござ――」
「魔女! 俺ごと撃て!」
男性はそう叫ぶと、即座に再び地面を蹴った。
僕を抱えているとは到底思えない動きだ。
その直後に、トッティが放った雷撃が何筋にも分かれて地面に突き刺さる。
まだしぶとく生き残っていた魔族にトドメを刺したのだと、僕は遅れて気がついた。
雷は魔族以外には当たらなかったけど、それは僕を抱えて避けてくれたこの人のおかげだ。『俺ごと撃て』の言葉に応えて、トッティはごく短時間でコントロール無視の魔法を放ったのだから。
「立てるな?」
「あっ、はいっ! ありがとうございました……!」
洞窟の壁際まで移動してから、男性は僕を下ろしてくれた。
なんとか意識を取り戻したらしいエリーチカが、すぐにすっ飛んでくる。
「ピィィ! カイ! 守りきれなくてごめんなさいぃ……」
「いやそんな……、謝らなくて良いよ!」
「おい、妖精」
「ふぁいっ!? 誰ですう、この人っ!?」
「いや、僕も分からないんだけど……」
男性は僕たちの疑問には答えずに、鞘に納めていた剣を抜いた。大きくて長い剣はいかにも重そうだったけど、この人は羽か何かでも触っているように軽々と扱う。
それに下ろしてもらってわかったけど、この人、でかい。百八十センチはゆうに超えてるし、ガッシリとしていて体格も良い。
「お前は盾の魔法に専念しろ。短時間守れば十分だ。それでもきつい時は、自分と、この若いのだけ守れ。良いな?」
「え、でもまた竜が魔法を使ったら危険ですよう……?」
「おい。良いな?」
「ひゃ、ひゃい!」
「良し」
そう言うと男性は剣を携えて風のように駆け出した。
この窮地に、突然現れたものすごく強い剣士。
もしかして、もしかするとこの人は――。
「キース!」
「お師匠!?」
トッティは竜と睨み合ったままそう言い、ルジェも驚きの声を上げる。
やっぱり――。
この人は、トッティの元仲間。そしたルジェのお師匠さんでもある『キース』さんなんだ。
なんでこんなところにいるのかはわからないけど、救いの神、地獄で仏とはこのことかもしれない。
「一気に行くぞ!」
「前の時より手強いわ。油断するんじゃないわよ!」
「誰にものを言っている」
笑いながら応えたキースさんは、流れるような動きで竜の攻撃を避ける。そのまま怒涛の勢いで攻め立て始めた。
無骨な大剣を力任せに振るだけではない。わずかに存在するウロコの合間を的確に斬り、あるいは突く。
さながら鎧の隙間を縫うように。どれだけの精密さが要求されるのか想像もつかない。まさに人間業とは思えない剣技だ。
キースさんの傷つけた場所を狙い、ルジェが追撃していく。
二人がかりの猛攻で邪竜は攻撃する隙を確実に失っている。
そこにトッティが絶え間なく魔法を撃ち込んでいく。
負担が軽減されたエリーチカも、順調に障壁の魔法で援護ができる。
こうなれば全てが噛み合い、良い感じに回り始める。
さっきまでの嫌な雰囲気は、気づけば全然なくなっていた。
たった一人が増えただけでこんなに違うなんて――。
いや、仮にトッティが二人いるようなものだと考えれば、当然の結果なんだろう。
戦いの状況は見違えるほどに良くなってきた。
そこで僕はふと体の力が抜けるのを感じた。
気が抜けた? いや、まだしっかり緊張してる。
魔族につかまったせいで体が消耗したのかもしれない。
とにかく、まだ予断を許さない状況なのに座り込んだり倒れたりするわけには……。
壁によりかかってこらえてみたものの、効果がない。だんだんと目の前が暗くなっていく。
貧血ってこんな感覚なんだろうか。
「えっ!? カイ! 大丈夫ですかぁ!?」
慌てるエリーチカの声も、戦場の喧騒も遠く聞こえる。
次に目が覚めた時には、どうかみんなの勝利で無事に戦いが終わっていますように。
そんなことを祈りながら、僕はズルズルと座り込む。そして視界は暗転し、僕の意識はぷっつりと途切れてしまったのだった。
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